6.「街作り」
真美がお風呂から上がって、自分の部屋に直行してベッドに倒れ込む。
俯せになって寝転がって、今日一日の出来事を振り返ってみた。
昨日とは打って変わって、今日はうれしいことづくしだった。
いろいろあったけど、何よりも、司が「箱庭」の一角をプレゼントしてくれたことがうれしかった。
「これで私も『箱庭』の中で自分の街が作れるようになるのね…どうしようかな私の街」
試しに、真美は「箱庭」の中の風景を思い出してみた。
高層ビルが立ち並ぶ都市…郊外の美しい田園地帯…山に囲まれた小さな海岸…
どれも実際にありそうなくらいの出来だった。ただ「箱庭」の風景を思い出すだけじゃイメージが沸きにくいので、
司から借りていた鉄道模型の本を読んでみることにした。
その本には、丁寧に作り込まれた小さな鉄道模型の世界を撮影した写真が多数、掲載されていた。
掲載されてるジオラマはこじんまりとしたテーブルサイズのものが多くて、真美の参考になりにくいものばかりだった。
段々、残りページが少なくなってきたところで、ページをめくる真美の手が止まった。
2ページぶち抜きで載っていたのは、大都市を模した大きなジオラマの写真だった。
所狭しと並べられた建物と建物の間を高速道路と高架の線路とが貫き、そこを電車が走っている。
そこには、「これぞ、大都会レイアウトの決定版!!」という見出しが踊っていた。
「このジオラマすごいな〜、すごくよく出来てる。
そういえば、『箱庭』のビル街は思ったより小さかったんだよね〜。
たぶんこのジオラマよりも小さいはず...」
この前、「箱庭」のビル街を「巨人」として歩き回ったときのことを思い出す。
この瞬間、それまでバラバラだったアイデアが一本の線で結んだように、きれいに繋がった。
「いいこと思いついちゃった♪」
真美の「街作り」計画の概要が決まった瞬間だった。
「司が帰ってくるまでに完成させて、びっくりさせてやるんだから。待ってなさいよ、司!」
一人勝手に挑戦状を叩きつける真美。
「単純明解なコンセプトだけど、私一人じゃできなさそうだし時間も足りなくなりそうだし…」
真美の計画を実行するには、絶対に協力者が必要だ。
と言っても、こんなことを頼める候補者は一人しかいない。
真美は、奈央に「街作り」を手伝って欲しいという内容のメールを送った。
翌日の朝、奈央からの返信メールが届いていた。
真美の予想通り、奈央も「街作り」に参加したいとの事。
ここまでの段取りは順調に来ている。
後は、この週末の間に「街作り」のより具体的なイメージを作り上げなければならないが、
司が持っている模型の都合もあるので、あまり詰めすぎることが出来なかった。
「まっ、いいか。そのあたりは作り始めてみないと分からない部分も多いしね」
結局、真美はそう思って自分を納得させたのだった。
朝食を食べ終えて、真美が自室に戻ろうとすると母親が
「今日、これから新宿に出掛けるけど一緒にくる?」と誘ってきた。
丁度、新しい服が欲しいと思っていたところだ。
付いて行って服を買って欲しいとねだったら、買ってもらえるかもしれない。
「なんか今日はラッキーな日かも」と真美は上機嫌だった。
「司は、自分のいない間に『街作り』の計画を考えておけばいいって言ってたけど...
もう週末の間に完璧に出来ちゃったんだよね〜」
なにやら不敵な笑みを浮かべる一人の少女がいた。
今日は週が変わって月曜日の午後。
また真美は「箱庭」の中にいた。
自分に与えられた土地を見下ろす真美。
まだ今は、何もないけど金曜日にはこの場所に立派な街が出来上がってる…はず。
金曜日までに街全体が出来上がるかどうかは分からないけど、
それでも司を驚かしてやろうと真美はとにかく頑張ってみようという気になった。
「真美さんの希望は、ここを高層ビルがひしめく大都会にしたいっていうことですか?」
「うん、そうだよ。司が作った『箱庭』の入り口近くにある街より、ずっと大きな街にしてやるんだから」
真美がやけに力強く宣言した。
明らかに司をライバル視していた。
「『街作り』をする上で、コレだけは絶対外せないとか、そんな感じの具体的な計画はあります?」
「まずね、絶対私の領土内の電車は全て高架の複々線にする!コレだけは譲らないんだから!」
どこで「複々線」などという言葉を知ったのかは不明だが、
真美のわけのわからぬ気迫に押されてしまう奈央。
「あの真美さん、何でそんなに複々線にこだわるんですか?」
気迫の原因が気になったので、その原因聞いてみた。
「複々線って、なんだか大都会っぽいでしょ?
ほら山手線が走ってるあたりなんかそうでしょ?
あんまり詳しくは知らないんだけど」
予想通りあんまり大した理由じゃなかった。
「あっ、でも『箱庭』の中で、複々線になってる箇所はほとんどないので、
これはお兄ちゃんを驚かせるにはいいアイデアだと思いますよ」
「でしょ、でしょ?」
「他に決めてることはありますか?」
「あと、ビルの高さは、私の身長よりも低くする!」etc...
真美の希望は妙なものばかりだったが、実現不可能ではなかった。
「じゃ、まずは何から始めます?
今は、線路と『巨人用歩道』しかないですけど、ここに高架の複々線を作るのなら、
一旦今敷いてある線路を片付けないとダメですね」
「奈央ちゃん、線路とかその他の模型って全部、司の部屋にあるんだよね?」
「確かに、大体の模型はお兄ちゃんの部屋にありますよ。
あっ、でも、線路とか駅舎の模型とかは作業しやすいように、全部まとめてダンボールに入れて、
お兄ちゃん専用駅に停めてある貨車に積んであったと思います。
時間は掛かるけど、作業する度に一々重いダンボールを持ち運びするよりは、楽チンだとかで」
真美と司が大喧嘩したあの日もそう司は言っていた。
模型の街をよりリアルに作り上げるためには、駅舎やその他の建物だけでなく、車や街路樹などの小道具も必要になる。
こういう小道具をバラバラで管理していると紛失や破損しやすいので、
それぞれ袋に小分けして入れたものをダンボールに詰めて、司は貨車に載せておいたのだった。
「ということは、『街作り』に必要な材料をここまで運んでくるには、電車で運ぶ方がいいんだね?」
「そうですね」
ついでに司の部屋から運んできた資材を、どばーっと並べておくことが出来る広い場所が真美は欲しくなった。
これからの作業のことを考えて、この希望も奈央に話してみた。
「それなら、この線路を手前で大きく曲げて一時的に広い場所を作るのがベストだと思います」
他にいいアイデアが思い浮かばなかったので、結局、奈央のこの提案を実行することにした。
まず、二人は必要のない線路を次々と引き剥がしていった。
-箱庭新聞 地域面より 新都心建設に伴う鉄道の複々線高架化事業に反対する市民団体代表のインタビュー-
今、この街に二人の「巨人」の少女がやってきて、線路を引き剥がし、駅を持ち去っている。
何故、彼女達はこんなことをしているのだろうか?
どうも背が低い方の少女(といっても、身長は225メートル!!)が新しくこの地域の支配者となったようで、
彼女はこの辺りを再開発して新都心を建設するという。
新都心を建設するにあたって、彼女はここを走る鉄道の複々線高架化をしたいみたいで、
今ある線路を撤去してるのはそのためだ。
複々線高架化によって、新都心に通じる鉄道の輸送能力の向上が見込める。だが、ちょっと待ってほしい。
事前に、何の説明もなく数日間線路を撤去して、
鉄道の運行をストップさせるという暴挙はいくら彼女が「巨人」で、
なおかつこの街の「支配者」であっても許されるものではない。
我々は、彼女達の行為に断固として反対す(ry
ブチッ...
(編集部からのお知らせ)
市民団体代表の方がインタビュー中に踏み潰されたようなので、
インタビューはここで終わりです。ご了承下さい。
新都心を建設する予定の「巨人」の黒川真美さんのインタビュー;
この街は私のものなの!!この街をどうしたって私の勝手!
私に逆らう「小人」は踏み潰してやるんだからねっ!(既に実行済み)
冗談はさておき。
線路の撤去作業は反対派住民の妨害?もなかったせいか、順調に進んでいた。
引き剥がした線路の一部を流用して、臨時の資材置場と本線を結ぶ路線を作り上げた。
余った線路と申し訳程度に設置されていた駅を回収して、資材置場に置いた。
これで、準備の段階の準備が完了した。
次は、新都心建設に必要な大量の資材-要するに模型の建物とか高架橋セットとか-を
司の部屋から運んでこなければならない。
なので、二人はひとまず「箱庭」から出て、二階に上がっていった。
司の部屋に入り、ベッドの横にある「司専用駅」を真美が真上から覗く。
駅には、貨物列車が二編成停車していた。
手前の方に停車中の貨物列車を見たところ、
何も積まれていないことからして、奥の方が工事専用列車だろう。
案の定、奥の方の貨車には極小サイズの模型の建物が積まれている。
「奈央ちゃん〜、こっちでいいんだよね?」
真美に呼ばれて、奈央も顔を近づけて覗き込む。
「そうですね、必要なものはここに大体揃ってるはずなのですぐにでも出発できます」
また足りないものがあれば、後で取りに帰ればいいと思います」
「じゃ、行こっか…って、大事なこと忘れてた」
と言って、真美はポケットから何かを取り出した。
真美が取り出したのは、この間、司が貸出しという形で
真美にプレゼントしたあの模型の電車だった。
停車中の貨物列車の先頭の機関車を貨車から切り離して、
指先で軽く摘んで持ち上げて隣の線路に移し替えた。
代わりに自分の電車を線路に乗せて、貨車と連結させた。
「せっかく、司から自分専用の車両をもらったことだし、運転してあげないとね♪」
あれからあっという間に数時間が経過して、時計はもう5時をまわっていた。
「ふぅ〜、やっと終わったね〜」
作業が一段落ついて、腕を伸ばしてリラックスする真美。
「そうですね、一段落つきましたね」
二人の目の前には4メートルに渡って、高架複々線が見事な具合に出来上がっていた。
その途中には立派な駅舎を持った駅も設置した。
真美は、それを感慨深げに眺めていた。
「後は、よりリアリティーを出すために線路に架線柱を立てたり、駅の周辺を整備したりするともっといいですよ」
「そうだね。今のままだと駅前に何もない状態だから寂しい感じがするね。
今日のところは、これくらいで切り上げて明日また続きをしよっか?」
その日はこれで作業を切り上げた。
結局、それから数日間毎日、真美は「箱庭」に通い詰めることになった。
作業は順調に進んで、真美の「街」が完成を完成させることが出来た。
後は、司にこの出来ばえを見せて驚かせるだけとなった。
「ついに、ついに私の『街』が完成したんだ〜♪」
街の中心部にある駅を跨ぐ形で、真美は完成したばかりの自分の「街」を改めて見下ろしていた。
多数の高層ビルが林立するなかで真美の身長を超える高さのビルはなかった。
これはこの街の「支配者」の「わがまま」...ではなく「要望」だった。
全体としては多少の予定変更はあったものの、ほぼ「街作り」は真美の希望通りになった。
そこから少し離れたところから奈央もまた「街」を見下ろしていた。
「なんだか私も予想以上の出来ばえにちょっと見惚れてしまいます」
「これも、奈央ちゃんがずっと手伝ってくれたからだよ〜ありがとうね♪」
と、真美は奈央にぎゅっと飛びつき抱きついた。
「わっ。ちょ、ちょっと真美さん、何してるんですか、あっ危ないですよ」
「私達女の子同士だから、そんな怖がらなくてもいいじゃない♪」
「そ、そういうことじゃなくて、不用意に足が当たって建物とか壊れちゃうかもしれないんです。
またお兄ちゃんが怒っちゃうかもしれないんですよ〜」
奈央の指摘どおり真美の足が道路上に置いてあった車に軽く触れ、車は吹っ飛ばされていった。
「あははごめん、ごめん。つい、こう、うっかりと...思わず抱きつきたくなったというか...
にしても奈央ちゃんは羨ましいな〜。
こんなモデルさんみたいに足が長くて背も高くて〜おまけに顔もカワイイんだから。
私も女の子に生まれてきた以上は、奈央ちゃんみたいな子に憧れちゃうな〜」
「そう言われるとうれしいのはうれしいです...
ただ...あのこんなこと聞くのはどうかなって思うんですけど、
私は胸が全然なくて、これから先ずっとこのままの大きさだったらショックです。
前に、ここで海水浴をした時に真美さんの胸をみてからずっと思ってたんですけど...
真美さんの胸って結構おっきい方ですよね?
どうしたらその...胸って大きくなるんですか?」
「奈央ちゃんからして、そんなに私の胸っておっきいのかな?」
奈央は首を縦に二度振ってから、
「少なくともCカップはあるんじゃないかと思ってます。
その...私はまだ...Aなんで...」と声を潜めて言った。
「奈央ちゃんはまだ14だよね?それならまだ発展途上だから、そんなに心配しなくてもだいじょーぶ。
私もね、14過ぎてから段々と成長してきたわけだし...
こんなことで落ち込んでたらせっかくの奈央ちゃんのイイトコロが台無しになっちゃうよ」
「ですよねー、この前学校に行ったら男子達が『やっぱりおっぱいはでかくないと意味ねーよ』とか
言ってたんですけど気にしない方がいいんですね?」
「そういう男子の馬鹿な話は気にしないのが一番。
勝手に言わせておけばいいのよ
私も昔、同じようなこと言われた経験があるからわかるよ」
にっこり微笑んで真美は奈央を励ました。
「真美さんの言葉を聞いて安心しました...
あと、もう一つお願いしたいことがあるんですけど?」
「いいよ、言って言って」
「えっっと、真美さんのことこれから『お姉ちゃん』って呼んでもいいですか?
あのずっと敬語で話すの疲れて...
もう少し距離を縮めてみたいなぁなんて思ってたりしてたんですけど...?
あと私、『お姉ちゃん』って気軽に呼べる人がいたらいいなぁって思ってて...」
「『お姉ちゃん』かぁ...
奈央ちゃんがそう呼びたいのなら呼んでいいよ。
私もなんだか堅苦しい呼び方はあまり好きじゃないしね」
「あ、ありがとうございます」
「まだ堅苦しさが残ってるよ、奈央ちゃん
私のこと『お姉ちゃん』って呼ぶんだから司と話すときと同じようにしていいよ」
「はい..じゃなくて、うん、お姉ちゃん」
奈央はなんとか敬語から親しい口調に変えようとして悪戦苦闘していた。
「そうそう、いい感じいい感じ。あとは慣れることだね。
あっそうだ、せっかく『街』が完成したんだから記念に写真を撮ろうよ」
「じゃ、カメラを取ってくるね」
と奈央はなれないタメ口で真美に告げて「箱庭」の入り口へと向かっていった。
「お姉ちゃん」か...
なんだかそう呼ばれるなんて照れそうになると真美は思っていた。
「妹」の方が20cmも背が高い「姉妹」か...
そのことを思い出すとすこし複雑な気持ちにはなったが、
それでも奈央が「お姉ちゃん」と親しみを込めて呼んでくれるようになることは、
真美にとってもうれしいことだった。
<つづく>
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