7.「お披露目」


 奈央と真美が「箱庭」の「街作り」を完成させた日の夜遅くに、
司は、四泊五日の一人旅から帰ってきた。
「おかえり〜、お兄ちゃん」
パジャマ姿で奈央は、帰ってきた司を出迎えた。
「ん、奈央か。ただいま〜。
あ〜〜、めっちゃくちゃ疲れた。風呂だ。
晩メシよりもまず、風呂。とにかく風呂に入りてー」
「もうお母さんも私もお風呂に入ったから、お風呂は大丈夫だよ。
でも、その前に、溜まった洗濯物を洗濯機に入れて、
残りの荷物を二階に持って上がっていってね」
「あいよ。ったくー、奈央も母さんみたいに口やかましくなったな...」
司がボヤいているそばから、
「ほらほら、お兄ちゃん、早く来てよー」と奈央が急かしている。
「はいはいはい〜〜」
司は、奈央に言われるがまま洗濯機が置いてある洗面所へと廊下を進んでいった。




 「ふぅ〜、これでお兄ちゃんに知られずにすんだかな?」と奈央は、溜め息を吐いていた。
とりあえずさっきは、司が「箱庭」に入ってくることを阻止するために、
さっさと、風呂に入るように誘導したのだ。
明日を待たずに、司が「箱庭」に入って中を見てしまったらおもしろみが半減する。
もうこれで今日のところは、「箱庭」に行くことはないだろう。
まぁ、へとへとに疲れて帰ってきた日に、わざわざ行くとは元々考えにくかったのが。



 司を風呂に押し込んでから数分後、奈央は「箱庭」に足を踏み入れていた。
真美と二人で協力して作り上げた「街」をもう一度、自分の目で見てみたくなったのだ。
奈央も今回の出来ばえには、少し自信を持っていた。
これならきっと、司も褒めてくれるだろう。
奈央の膝下にも及ばないほどの小さな模型の建物が、
ひしめき合う中にある「巨人用歩道」をのっしのっしと歩いていく。



 今まで何度、この「箱庭」に足を踏み入れて「巨人」となって、
この小さな世界を闊歩したのかは、奈央自身でもわからない。
「巨人」になってこの小さな世界を見下ろす度に、
彼女の胸の辺りがキュンとなることは昔から変わらない。
奈央は、自分はいつ頃から「巨人」になるとうれしく感じるんだろうとふと思った。





                                           *





 物心付いた時から、「不思議の国のアリス」や「ガリバー旅行紀」などの海外の童話がお気に入りの本で、子どもなりに深く興味を持っていた、奈央。
最も、幼い子どもなら一度は触れるであろうこれらの著名な海外の童話に、一度くらい興味を持つのは極々普通の話ではある。
ただ、奈央は他の子とは少しだけ変わっていた。
ある日、両親が「奈央は、大きくなったら何になりたいのかな?
お花屋さん?それとも、お菓子屋さん?」
と奈央に将来の夢について聞いてみた。



 「んとね〜、なおはね〜、おっきくなったらっね
がりば〜さんみたいにこびとさんのくににいきたいの〜」
と天使のようにかわいらしい笑顔でこのように答えたという。
初めのところ、両親は奈央が「大きくなったら」の部分を「大人になったら」ではなくて、
文字通り「巨大化」 の意味で捉らえたのだと考えて、
改めて「大人になったら」と言葉を変えて奈央に質問してみた。
それでも、奈央の答えは同じだった。
奈央の将来の夢に、少し困惑した両親は質問の内容を変えて、再び奈央に聞いてみた。
「あ、あのね、なお。ガリバーさんは小人さんの国にも行ったけど、
 他にも、ものすごく怖くて大きな巨人がいっぱいいるところにも、ガリバーさんは行ったんだよ?
 そんな怖いところにも、奈央は行きたいのかな?」
「ううん、いや!なおは、こびとさんのくににしかいきたくないの!!!」


 奈央には、本当に「巨人」になりたいという願望があることをようやく、両親は悟った。
もちろん現実の世界でガリバーが行った「小人の国」などあるはずがなく、
奈央がガリバーのような「巨人」になれる場所などないと両親は思っていた。
そして、そのことを理解するにはまだ幼い奈央には無理だとも考えた。
ただ、両親はまだ幼い娘の夢を壊すようなことはしたくないとも
また、人様から娘があまりにも変な子だと思われたくないとも考えた末に、
ちょっとした嘘を吹き込むことにした。
「奈央、あのね他の子のいる前で『ガリバー』みたいになりたいって言っちゃだめだよ」
「え〜、なんでなんで?なんでいっちゃだめなの?」
「実はね、みんなもね奈央と同じように『小人さんの国』に行きたいと思ってるの。
 でも、行くことの出来る子は限られてて、みんなが行きたい行きたいって思うようになったら
 奈央が行けなくなっちゃうでしょ?
 だからみんなには黙ってた方がいいの。
 お利口さんの奈央なら、ガリバーみたいにいつか小人の国にいけるよ」と言ってごまかした。
すると、両親の言っていることの意味を知ってか知らぬかはわからないものの、
奈央の方も「うん」と素直に返事をした。 


 実のところ、両親はこのことをそこまで深く心配したわけではなかった。
同世代の男の子が「おおきくなったら、ウルトラマンになりたい」
と将来の夢を語るのと同じような物だと考えたからだ。
ただ、それとは少し方向性が違って、加えて奈央が女の子だということを踏まえても、
奈央がこんなことを言い出すのも、遅くても小学校低学年までだと結論づけた。
何年か経てば奈央だって、世の中を知って成長するだろうし、
他に女の子らしい将来の夢が見つかるかもしれないと。
まぁ、端的に言えば時が解決するのを楽観的に待とうというのが、奈央の両親が出した答えだった。
最も、この頃の記憶は奈央にしてみれば曖昧なもので、
詳しいことは両親から後になって聞かされたものだ。


 それから、奈央が小学校に入ってすぐにあの「新急グローバルペンタゴン」の存在を知ると
すぐに行きたい行きたいと駄々をこねて、その年のゴールデンウイークに連れて行ってもらって...
園内で大はしゃぎして、遊び疲れて帰りの車中は、ずっと寝っぱなしだったことまで自然と思い出されてきた。
それから、お父さんがこの地下室に「箱庭」作りを始めて...
少しずつ、それでも着実にこの小さな世界は広がっていった。



 結局、奈央が「大きくなったら」行きたいと思ってた
「小人の国」は自宅の地下にあっていつでも好きなときに行ける
近くてやっぱりどう考えてみても近い存在になったのだ。
なにせ「箱庭」には、専用海水浴場からハイキングコースまで、
簡単なアウトドア活動が出来そうな場所が一通り揃ってあるのである。
仕事が多忙な父親にとっても、「箱庭」で家族サービスが出来る点は実に都合がよかった。
こうして「箱庭」は中条家の生活にすっかり溶け込んでいった。



 今までを振り返ってみると、毎回毎回「箱庭」にやってきて楽しいと思ってしまうあたり、
奈央は、まだまだ子供っぽいなと自分自身で感じる。
親戚などの周りの大人たちからは、
「奈央ちゃんは年齢に比べて大人っぽく見えるね」
などと、しばしば言われるが、そう見えるのはただ単に身長と外見が大人っぽく見えるだけだとしか自分では考えていない。
本当の精神年齢は、実際の年齢とそう変わらないはずだ。



 そんなこんなで目的地の「街」に到着して、何か異常がないかをチェックする。
明日、せっかくお披露目する以上は、一応、万全な状態でありたい。
とは言っても相手は司なのでそこまで気にしすぎることはないのだが.....
上からチラッと見る限りは異常はなし。
特に問題はなさそうなので、点検はこのくらいにして、自分の部屋に戻って寝ることにした。
どうやら最近の疲れが出てきたようで、さっきから急に睡魔が襲ってきているのだ。
「ふぁ〜、なんだか急に眠くなってきちゃった...早く寝よっと」とあくびをしながら奈央は階段を上がっていった。




                                           *




   翌朝、司は午前9時を過ぎるまでグーグー大きないびきをかいてぐっすりと眠っていた。
司の部屋に、奈央が彼を起こしにやって来た。
「お兄ちゃん、もう9時過ぎちゃってるよ〜早く起きて起きて〜」
「ん、奈央か。ふぁああ、ってもう9時過ぎなのか」
大きなあくびをして、体を起こす司。
「朝ごはんは、もうできてるから早く食べちゃって、ってお母さんが言ってたよ」
「そうか、サンキュー。んじゃ、一階に行ってくるな」
「それと真美お姉ちゃんがが、もうすぐしたら『箱庭』に遊びに来るって、さっき私のケータイにメール着てたよ」
これを聞いて慌てて飛び起きた司は、自分のケータイを確認する。
やはり、司のところにも真美から同じ内容のメールが着ていた。
「げっ、俺が帰ってきた翌日に、早速お土産をせびりに来るとは…」
「それだけ、お兄ちゃんが帰ってくるのを楽しみにしてたってことだよ。仲いいもんね〜二人とも。
ほらほら、早く支度しないとお姉ちゃんがやって来ちゃうよ〜♪」
「んなこと、わっーてるって」
司は、ドタバタと階段を降りていった。
「まったく〜、手間が掛かる兄を持つと妹の苦労が増えちゃうんだから」
奈央はまた小さな溜め息を吐いた。




   司が着替えたり、部屋を片付けたりと慌ただしくしてるうちにすぐに真美が来る約束の時間になった。
そして、約束の時間になると図ったかのように呼び鈴がなった。
玄関のドアを開けると「久しぶり〜、元気してた?」と真美が明るい笑顔で話し掛けてきた。
「元気かどうかはさておき、昨日までの一人旅の疲れはもう取れたぜ」
「そっかぁ〜、で、今回のお土産は何かな?」
「あのな〜、こういう場合、普通は『どこに行ってきたの?』とかを聞くのが筋じゃないのか?」
「いいじゃない〜、そんなことを聞かなくてもお土産で大体の場所はわかるんだし♪」
「そうですか、そうですか。まぁ、こんな玄関で立ち話しをするのも何だし、家に上がってくれ」
「それじゃ、お邪魔します〜」



 司が階段を上がっていき、真美も後に続こうとしたところで、
リビングに続く廊下の奥から奈央が手招きしているのを見つけた。
「ねぇ奈央ちゃん、まだ司にはバレてないよね?」
「うん、お兄ちゃんは家に帰ってきてからまだ一回も『箱庭』には入ってないはず...」
「なら、さっきメールした通りに実行するけど問題はないね?」
「うん、お兄ちゃんには悪いと思うけどこればかりは、仕方ないと思う」
「じゃ、隙を見計らってやっちゃってね」
「やっちゃいますよ?」
「大丈夫、大丈夫♪」
「じゃ、頃合いを見計らってやっちゃうね」
「うん、お願いね」
真美は、急いで二階に上がっていった。




                                     *




 「ほい、これがお土産の広島名物もみじまんじゅう!カスタードクリーム味とチョコレート味もあるぜ」
「ありがとうね〜♪」
「真美の場合、ご当地ストラップとかそんなのよりかは、
どっちかって言うと食べ物の方がいいかって思ったけど...」
「うん、ヘンなグッズよりもみじまんじゅうの方が好き(笑)」
「そうかそうか、それはよかった。ただし、まんじゅうの食べ過ぎには注意しろよ。
体重が増えても全くもって俺のせいではない。いわゆる自己責任って奴だ」
「あっ、ひっどーい。女の子が一番気にすることをズバリ言うなんて...無神経もいいとこだって、まった〜く」
「だから、気をつけろって…」
とそこへ奈央が部屋に入ってきた。



 奈央が入ってくるなり「お兄ちゃん、ごめんね」と言って、次の瞬間、
「縮小機」を司と真美の方に向けてスイッチを押した。
すると、ベットの上に座っていた二人が、150分の1の大きさにまで小さくなっていた。
一応、奈央はあらかじめ謝っていたが、当然のごとく、
司は突然のことに「こらー、奈央!いきなり、何すんだよ」と激怒していた。
「はいはい、ストップストップ。ここで、早くも種明かし〜♪」
と一緒に小さくなった真美が止めに入る。
「種明かし?何のことだ?」
司が何のことか分からず、戸惑っていた。
「実は、司にね、見せたいものがあるの」
「わざわざ小さくしたってことは、『箱庭』の中にあるのか?」
「ふふ〜ん、そうだよ♪普通に『箱庭』の中に入っていったらツマラナイでしょ?」
「でもさ、なにもいきなり何の説明もなくこうすることはないんじゃね?」
「もしかして怒ってる?」
「別に...奈央に突然小さくされるなんて昔から慣れてるし....まぁ、いいけどさ...」
「そっか、なら全然問題ないね。
 じゃ、奈央ちゃん、私と司をそこの『司専用駅』まで運んでね」




 というわけで真美は、上を見上げて「巨大妹:奈央」を召喚した。
実の兄である司より、真美はうまく奈央を手なずけているような気がする。
お互い、女の子同士だからいろいろと都合がいいのかと、司はずっと思っている。
奈央が、その巨体を二人がいる方に近付けたので、空気が押されて発生した強い風が二人に吹き付けた。
こういうことがある度に、自分がどれだけ小さくなったかを思い知らされる。
しかも、馬鹿でかい奈央の手に足を掛けてよじ登らなければならない。
余計に、自分の小ささを思い知らされる。




 二人が登るとすぐに、奈央の手がゆっくりと動き出して、二人を「司専用駅」まで運ぶ。
動きが止まったところで、奈央の手から飛び降りてプラットホームに着いた。
「で、ここから『箱庭』までは、電車で行けってことだな?」
「そうだよ、さすがは司。わかってるじゃん」
「わざわざ奈央とグルにまでなって、俺に奇襲攻撃を仕掛けてまでしたんだから、
期待を抱かせるそれなりのものを用意してくれているんだろうな?」
「まぁね。多分、司の期待には応えられる出来だとは思っているんだけど.....」
「真美がそこまで言うのなら俺も期待する。早く行こうぜ」
二人は、駅に止まっていた列車に乗り込んだ。
司が、運転席に座って、ブレーキを解除して、列車を始動させる。
出発するとすぐにトンネルに入って、ここからしばらくの間は、真っ暗な下り坂のトンネルを走っていく。




 「で、さっき言ってた見せたいものって何なんだ?
俺は焦らされるのがすごく嫌だから早く教えてくれ」
「そんなにも、早く知りたいの〜?」
真美がわざと司の神経を逆なでることを言うものの、
逆に司にギロッと睨まれた。
「わ、わかったわよ。教えてあげるからもうそんな風に睨まないでよ」
ふぅーっと一呼吸置いてから、真美は続けて話した。
「あ、あのね、司から貰った場所にね、私の『街』を完成させたの...」
「か、完成って、俺が旅行に行っているたった五日間の間に!?おいおい、マジかよそれ...」
「司が貸してくれた鉄道模型の本見てたら、あっという間にイメージが湧いてきて...その勢いで完成させちゃったんだ♪
それでも、奈央ちゃんがずっと一緒に手伝ってくれたからこそ、こんなにも早く完成させることが出来たんだけどね...
でも、正直言って、びっくりしたでしょ?」
「びっくりしないわけがない。
真美のことだから、旅行から帰ってきた俺に何かわからない点を相談してから、作り始めると予想していたんだけど...
まさか、完成させてくるとは...想定外だな。
一応、聞いておくが『箱庭』にそぐわないようなものになってないよな?
例えば、変なモニュメントみたいなのを勝手にドカッと街中に置いたり...」
「うん、そんなことはしてないよ。
 あの模型の本を参考にして作ったから、変な感じにはなってないと思うの」
「じゃ、出来具合いの自信のほどは?」
「自信のほどは?って言われても、学校のテストじゃないんだし...
 はっきり言ってわからないよ。
 でも、私と奈央ちゃんが二人とも満足するくらいの出来だったから、
 司にもきっと気に入ってもらえると思ってる...」
「それなら、大丈夫そうだな」
進行方向のずっと先に、小さな明るい点のようなものが見えてきた。
ようやく長い長いトンネルの出口に達しそうだ。
とは言え、真美に提供した場所は、街を通り過ぎ、海岸を越えた先にあるので、到着まではまだまだ時間が掛かる。
その間、司は旅行中に見かけた変なおばあさんの話をして、逆に真美は奈央と一緒に遊んだ時の話をしていた。
列車は段々と目的地に向かっている。



 トンネルを抜けて「海水浴」をした海岸付近を通り過ぎて、すぐさま再びトンネルに入る。
そして、二つ目のトンネルを抜けると何もなかったはずの場所に大きなビルがそびえたっていた。
かなり大きい...200メートルは余裕であるだろう。
「おいおい、アレはなんだよ...」
「私の『街』の一部だよ。でも、詳しい説明はあそこに着いてから♪」



                                  *



 実際に、司が駅に到着して、街中に入ってみると先程以上の驚きの連続だった。
何もなかったあの場所がわずか5日間で作り上げたとは、
とても考えられないレベルに仕上がっていたからだ。
キレイに整備された駅前ロータリー。
両側に背の高い木が植えられた大通り。
そして、通りに沿ってあるのは、20階くらいは優にあるビル。それも一つだけではない。
動く人や車がない以外は、どこかの大きな都市に来たのかと錯覚するぐらいだ。
「それでね、さっきから司が気にしてたあのビルは、この街のシンボルなの」
こう言って、真美はビルがひしめき合う街中でも、圧倒的な高さを誇ってそびえ立っているビルを指差した。
ここに到着する前に、電車から見えていたあのノッポビルだ。
「確かに、あのビルだけダントツに高いな。かなり遠くからでも見えてたし。
 近くで見るともっとすごいな。この街のシンボルタワーか...なるほど」
「あれだけは新しく買ってきて組み立てたんだよ、奈央ちゃんと二人でお金出し合って。
 少しばかりお財布にダメージがあったけどね(笑。
 そうそうちなみに、あのビルの高さは本当の私の身長より少しだけ低くしてあってね、なんでかって言うと....」
「つまり、真美より背の高い建物はこの街にはないから、ここに『巨人』でやってくると少しばかり優越感があると...」
「あ〜、私より先に言うなんて、ヒドイ。せっかく司に自慢しようと思ってたのに...」
「残念でした〜っと」




 それはともかくとして、駅を中心に整備された街のこれら全てが、どうやったらこうもうまくいくのかわからなかったが、
とにかく、奈央と真美の二人のみの手によって、この街は作り上げられていた。
司は、心の底から出来ばえに素直に感心してしまった。
この「街」にケチをつけることなんて無理だった。
「真美がこういうことに向いているのなら任せよっかな〜。
 俺は、線路以外の構造物を並べるのは不器用であまり得意じゃないし、ぶっちゃけ手抜きになってるところもある。
 こういうことにも向き不向きってあるからな。
 当たり前だけど、真美がこの5日間レイアウトを作っていて楽しかったらの話だけどな。
 ここ最近は、自分が作った線路ばっかり走ってるもんだから、新鮮味がないと言うか、面白みがないというか。
 まぁ、いわゆる『マンネリ』気味だったから、たまには、外部の風を『箱庭』の中に入れてみたりしたかったし。
 とにかく、うまいこといってよかった」
司が、うんうんと頷いてみせる。


 「でもね、そんなに毎日のようにここに通って迷惑にならない?」
「今まで今日を含めて六日間も連続して、ここに通っている人間が今さら何を言ってるんだか...
 真美が毎日ここに来たぐらいじゃ迷惑になるわけないし、
 それに『箱庭』には家の中を玄関だけ通れば行けるからラクだろ?
 ウチの母さんは、迷惑が掛かるとかそういうことは、あまり気にしないから大丈夫だって。
 それと、これはここだけの話。
 この前な、ウチの従姉がウチにやって来て、『箱庭』に小さくならずに入ってきたんだけど、
 線路にデカい足載せて塞ぐやら、車はそのデカい足で蹴飛ばすやら、ビルに服の裾を引っ掛けて倒すやら。
 で、とどめにミニチュアのビルが沢山密集している地域でこけやがってさ。
 従姉がこけた時、俺は『小人』で少し離れたところにいたんだけど、結構足元が揺れたからな。
 震度で言うと3か4くらい。それに、音も結構すごかった。あんなすっげ〜轟音聞いたのは、2回だけだよ」
「2回ってことは、前にもあったの?」
「昔、奈央が、同じようなことやらかしたがあってな。その時は、不可抗力だったからしょうがなかったけど。
 でもな、人間がこけた瞬間がスローモーションで見れるって、中々面白いんだぜ」
「へぇ〜、確かにそんな瞬間は見たことないな〜」
「んで、結果的に従姉がこけた周辺は、もうまさに大怪獣が暴れて壊滅した跡のような状況になって。
 というか、実際巨大怪獣みたいなもんだったな、アイツは」
「年上のお姉さんなのに、そんな言い方していいの?」
「ただ自分の方が年上と言うだけで、オレを散々弄繰り回してきた人間だから、これくらい言っても大丈夫だって。
 で、さっきも言ったけどその後片付けというか『箱庭』の復興作業が大変だったわけですよ。
 わかるだろ?あの大変さ。経験者にしかわからないんだよな、アレは。
 夏姉ぇ...じゃなくてその従姉が一回やって来て掛ける迷惑なんかと比べたら、
 毎日真美がやって来て掛かる迷惑なんて微々たるものだから、うん。
 愚痴混じりになって悪いけど、コレが本音だ」
「司も大変なんだね、アハハ」
真美が苦笑する。
「そうやって今、笑ってる真美も『巨人』の状態でこけたら同じような大惨事になるんだけど、わかってる?」
「ん〜、そういうこと言わないでよ〜、ちゃんとわかってるってば〜」
「さて、どうするんだ?この後は」
「どうしよっか、ハハハ」









 少しばかりの沈黙が二人の間に漂った。
「えーっと、特に何もこの後のことについては、考えていないということか?」
「うん、だってここ数日間は、この『街』を完成させることだけに集中してたから、後のことは何も考えてないの...
 あーでも、久しぶりに何かこう、やり遂げた感じがする〜。
 後しばらくは、『箱庭』とはサヨナラしてもいいかな?ずっとここに居たから少し飽きちゃった♪
 私はね、『箱庭』には、たまに来るのがちょうどいい感じがするの。
 あんまりここに居るのに慣れると新鮮味が薄れてきちゃう気がするし...
 でも、また一週間かそれぐらいしたらまたここに来たくなると思うから」
「なるほど、オレとか奈央は小さい頃から『箱庭』に慣れているから、
 もう今更、そういう小さくなったり大きくなったりすることに新鮮味を感じることはないけど、
 真美は、ここにくる度に何か普段の生活とは違う感じを楽しんでいたわけか...」
「ん〜そうね、私からすればここは『テーマパーク』みたいなものかな...
 楽しいけど、毎日来るとちょっと疲れちゃう。けど、やっぱりまたここに来たくなっちゃう。
 小さくなっておっきな奈央ちゃんを見上げたり、逆に、小さな模型の街の中に入って巨人みたいに上から見下ろしてみたりなんかしてね、
 『非日常的』な体験をして楽しいときを過ごすっていう点でよく似てると思うよ」
「なら今日はこの後普通にさ、せっかく来たんだし、少なくとも昼ぐらいまで、奈央も含めて俺の部屋で遊んでいかね?
外は出掛けるのもうんざりするぐらい暑そうだから、クーラーガンガン掛けてインドアな一日を過ごすというのはどうだ?」
「うん、そうするよ♪ねぇ、なんか私でも出来るゲームあるの?」
「それは、オレの部屋の押入れにあるソフト類と相談しなければならないな...
 でも、確かパーティーゲーム系ならいくつかあったし、多分。これくらいなら大丈夫...だよな?」
「うん、それ系のゲームならなんとかなる」
「じゃ、一旦帰るかオレの部屋にな。駅まで戻ろうぜ」
「あっ、ちょっと待って、司。
 もうすぐ奈央ちゃんが迎えにきてくれる手筈になってるから、じっとしていた方が危なくないよ...」
「そうだな、妹に踏み潰されそうになるのはゴメンだからな。
 そういやさ、さっき、奈央がお前のこと『真美お姉ちゃん』って呼んでた気がするけど、この五日間でなんかあったのか?」
「あれれ、鈍感な司君にしては変化に気付くなんて上出来ね」
「二人だけで話が進んでるとあれこれ疑わざるを得ないな」
「いいじゃない、女の子同士で秘密を共有するくらい♪」
「むぅ〜、そう言われてしまうとうまく言い返せないな...」

 すると、ドーンドーンと大きな音がしだして、地面が震えだした。
「どうやら...」
「約束通り、奈央ちゃんがやって来たみたいだね♪」
毎度毎度、巨大な奈央が登場する際のお馴染みの前触れである。


こうして、夏休みの間という長いようで短い期間で、三人の関係は急速に変化していったのだった。

<つづく>

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