##########################
4-9-1.



 「それにしても、まぁ、さっきからずっと思ってたんだけど、これだけ大きくなるとなんか精密な地図の上に立ってるみたい」
「やっぱりこれだけ大きいと感覚も違ってくるだろ?」
「うん、確かに。100倍くらいなら街の中に立っているとか歩いているとかそんな感じだったけど。
 ん〜、今は街の上そのものに立ってる感じがする。もう端から端まで全部、見渡せちゃうしね」
「なるほど、由佳にはそういう風に感じられるのか……」
生まれつきのガチガチのサイズフェチである智之と違って、由佳はある意味、普通の感性を持っていると言える。
そういう意味では、巨大化している時の由佳の感想というのは、智之にとっても興味深いものだ。
所詮、この世界の小さな人間たちが創り上げた街。
そんなものは、由佳みたいな1000倍の巨人からすれば容易に破壊できる砂上の楼閣でしかない。
足を軽く地上に這わせていくだけで、次から次へと地上にあるモノはすべて形を失っていく。
そして、街は地図の上から消え去っていくのだ。




 「まっ、いずれにしてもこの世界は由佳のモノだし、オレとしては由佳の好きなようにして欲しいなー。その方がオレ的には萌えるし♪」
「私の……モノ?」
「そうそう、由佳こそがこの世界を支配・征服・統治する女神様みたいなもんだしさ。
 この世界じゃ、もはや誰も由佳には逆らえないよ。というか、そういう風に仕組んでみた♪」
「ふ〜ん、世界を支配する女神様ねー。でも、結局は、全部智之の思い通りになってるんじゃないの?
 だって、今日の私は、智之にご奉仕するメイドさん、なんでしょ?世界を支配する女神様をメイドさんにするなんて贅沢」
「今のところはそうだけどね。次からは由佳もオレと同じように、この世界で何でも思いのままにできるようにしてあげようって思ってる。
 もう大分、仮想現実の世界に慣れたようだしね。もうちょっといろんな応用的操作の仕方でも教えてあげたいこともあるんだけれど、それは今度でいい?」
「いいけど……どうせまた何かにかこつけて、私を大きくしようとか考えてるでしょ」
「そりゃ、オレからしたら『DESIRE』って、自由自在に体の大きさ変えられる場所っていうのが一番だしさ」
「ほんとそればっかなんだから……」
由佳はまた呆れ顔になって、ため息を吐いた。
「でへへ」
「褒めてない。全っ然、褒めてないから」
「えー、褒めてないのかよー」
「当たり前でしょー。私はどっかのヘンタイさんとは違うんだから」
由佳の言葉はいつになく手厳しい。
けれども、そんな言葉の中にも智之に対する愛情は感じられるのであった。
「でも、由佳だって本当は巨大化するのが、楽しくなってるくせに〜」
「……別に、そういうわけじゃないもん。そんなの智之の妄想だってば……」
「由佳が巨大化するのを大好きになってくれても、いいんだよ?
 オレは由佳のこと、ヘンタイさんとか思ったりしないからさ」
「……そういうことじゃないもん」




 もうすでにその態度からして、おそらく由佳自身、巨大化するのはそれなりに楽しんでいるはず、と智之は感じていた。
いや、むしろ確信しているといっていいだろう。
これは由佳の性格とか把握した上での、由佳の恋人としての勘だ。
それと以前に、一人でこっそりと巨大化してた件もあることだし。
「オレはいつの日か、由佳が巨大化するのが楽しくなる日が来るのを信じてる。
 むしろそれ以上に、由佳の方から巨大化したいって言い出す日が来るのを信じてる」
「…………そうなんだ、ふ〜ん」
「ほ〜ら、やっぱり♪」
「な、何よ…………」
「いつもなら由佳、こういう時、大体、『そんな日来るはずないでしょ』って言うのに、今、テキトーにごまかしたじゃん」
「そんなのたまたまだもん…………」
「なるほどね、たまたま、か。じゃ、たまたまってことにしておくか」
「むぅ〜、そんな智之の都合のいいようにばっかなんかならないんだから…………」
どう見ても由佳は強がっているようにしか見えないのだが、本人が(今のところは)否定していることだし、
これ以上、揶揄っていじめるのも可哀想なので、このあたりでこの話はオシマイにしておくことにした。
いずれにしても由佳にはこれからもこの世界で巨大化してもらうことは既定路線なのだから。



                                                            *



 「あとそれから。自分の趣味に突っ走るのもいいけど、サービスとして、少しは私のためになるようなことを考えなさいな」
「といいますと?」
「たまには巨大化しないで、何か別の形で仮想現実を楽しみたいの〜。
 だって、ほら、体の大きさを変えて遊ぶだけが『DESIRE』の使い道じゃないんでしょ?」
確かに由佳の言うとおりで、人間を巨大化させたり縮小化させたりするだけが「DESIRE」の使い方ではない。
むしろ、それは星の数ほどある使い道の中のたった一つの使い道でしかないのだ。
無限の可能性があるというのに、それを閉じてしまっているのは確かにもったいない話である。
「言われて見れば、確かに。他の使い方とかほとんど考えたことなかったなー」
「でしょ?」
「んーそうだな……じゃ、例えば、由佳は何かしたいことある?もちろん、この仮想世界の中で」
「例えばって、いきなり言われても……」
どうやら由佳は今まで自分が「DESIRE」の中で何がしたいかを考えたことがあまりないようだ。
そもそも「DESIRE」というのは、非常に自由度が高いゲームだ。
創りだされた仮想現実で何をするか、それは半ばユーザー任せである。
ゲーム内で何でもすることができる故に、ユーザー自身がやりたいことを明確にしておかないと、
せっかくのデバイスも宝の持ち腐れとなってしまう。
ある意味、これが「DESIRE」における最大の欠点なのだ。



                                                            *



 というわけで、由佳の要望を受けて、「DESIRE」に詳しい智之が何かいいアイデアがないかと二人で一緒に考えを巡らせる。
普段、巨大化とか縮小化とか、そういういわゆるサイズフェチの事しか考えてないので、
「DESIRE」の他の使い方、ある意味、一般的な使い方についてはさほど詳しくない。
強いて言うならばなら、思春期の男子中学生がエロ関係以外のパソコンの知識を持ってないみたいな感じである。
だが、今回はかわいい彼女のため、一肌脱ぐことにした。
そして、考える事しばし。
由佳が好きそうな・楽しめそうなことがないかと思念を巡らせる。
「ん〜そうだな……それじゃ、にゃんこと遊んでみるか?
 ほら、前にデートで猫カフェ行った時みたいな感じで、猫をいっぱい出してみたり。そうすれば、この仮想空間の中で猫と思いっきり遊べることもできるし」
「ここで猫と遊べるの!?」
思った通り、由佳は食いついてきた。
「もちろん仮想の猫だけど、それでも現実と何一つ代わりはないよ。それは由佳も分かってると思うけど?」
「へぇ〜そういうこともできるんだ〜」
「猫カフェなんて都会以外じゃほとんどないから、現実の猫カフェの代わりに仮想空間で猫と遊びたいって人が割といるみたいで、
 そういう人向けに『DESIRE』用に作られた専用ソフトというかステージがあるとか、何か聞いたことがあるな」
「それ、今度やってみたい!」



 智之がこんな提案をしたのも実のところ、由佳はかなりのネコ好きだからである。
何でも由佳の実家では猫を2匹も飼っているそうで、子供の頃からずっと可愛がっている。
ケータイの待ち受け画面もその猫たちの写真にしているほどだ。
ところが今の由佳の下宿先では、ペットを飼うことができない。
そのため、中々、猫分を補給することが出来ずにかなりさびしい思いをしているらしい。
その淋しさを紛らわすためなのか、由佳の部屋には動物系のぬいぐるみが大量に転がっている。
智之とのデートの時も近くの猫カフェに連れ立って行ったりしているくらいだ。
由佳が猫とじゃれあって癒されている間、智之は猫とじゃれ合ってる由佳を見て癒されているというわけなのだ。
智之は、とりあえず由佳にこのアイデアが受け入れられたことに安堵した。
今後のデートプランにこれを組み込んでみる必要があるようだ。



                                                            *



 「後はだな……ん〜、そうだな。今度ゲームやる時はさ、巨大化じゃなくて体を少しだけ大きくしてみない?」
「え、巨大化じゃなくて少しだけ大きくする……?」
由佳は智之の言葉がイマイチ良く理解出来ていないようだ。
「えーっと、要するに身長を伸ばしてみないかってこと。もちろん、ここでね」
「そっか、巨大化なんて出来るんだから、ただ単に身長だけを変えるのも簡単に出来るのね」
「そそ。由佳の身長を160cmはおろか170、180cmにだって出来ちゃう。どう?やってみたい?」
「う〜ん、それは面白いしやってみたいと思うけど……」
「けど……?」
「私の身長伸ばしても、またすぐに巨大化させたりはしないよね?」
「ギクッ……あぁ……そ、そりゃもちろん。巨大化させたら身長を伸ばした意味がなくなるからね……」
「何かひっかかるのがあったのは気のせいかしら?まぁ、いいけど……
 後、それはともかくとして、智之が言っているそれをやったら、私の身長が170cmとか180cmになった状態で日常生活を疑似体験出来るってことなの?」
「うん、その通り。仮想世界の設定を現実世界とほぼ同一にして、由佳の身長だけを変化出来るようにセットする。
 そうすると周囲は現実とそっくりそのままで由佳の身長だけが現実とは違うっていうのが再現出来るわけ」
「へぇ〜。でも、それじゃ、何で今は出来ないの?」
このことに関して、由佳にツッコまれて智之は焦った。
実際には、今すぐにでも実行可能なのだが、今回のプレイでまだやりたいことがいくつか残っているので、
そちらを優先させるためにちょっと誤魔化すことにした。





 「体をそのまま100倍とかの分かりやすい数字の倍数で巨大化させるより、身長を20cmだけ伸ばす方が難しいんだよ。
 手足のバランスとかを考えた上で、より細かな調整しないと変な風になっちゃうからな。
 それを今度、改めて実験してみる必要があるから今は出来ないんだ」
それでも由佳は慌てて取り繕った智之の言葉にある程度、納得したようだった。
「ふ〜ん。じゃ、今度『ゲーム』しに来る時はそれをしたいのね。
 いいよ、私もそれはそれで面白そうだと思うし」
由佳の言葉からして、感触は良好だ。
智之としても由佳をファンションモデルのような長身女性に変身させてみたい気持ちもあった。
そこからさらにリアルGTSシチュエーションに発展させることも不可能ではない。
こうしてうまい具合に次回のプレイの約束を取り付けることが出来た。
さて、問題はこれからだ。
「最終目的」を遂行するまでは油断できない。
ちゃんと由佳をその気にさせてあげないとイケない。
その前に、また一つやって欲しいことをリクエストする。
「それでさ……次は『アレ』を壊して欲しいんだけど、今度は、その壊し方に拘って壊して欲しいんだ」
「また……?」
そういって、智之が指さしたのは空港島とその対岸の間に架かる大きな空港連絡橋だった。




                                                            *




 正式名称を「新大浜国際空港連絡橋」と言うこの橋梁。
橋全体を道路と鉄道が共用する二階建て構造で、大浜市南部の沖合に設けられた空港島と対岸を結んでいる。
さらに、橋の全長がおよそ4kmにも及ぶという世界的に見ても長大な橋梁である。
上部には、大浜都心と直結している高速道路と一体化した片道2車線の自動車専用の空港アクセス道路。
一方、下部にはこちらも道路と同じく、大浜都心部と空港を結ぶ空港連絡鉄道の線路が走っている。
百年に一度の地震や台風にも耐えられるように設計されている。
その優れた建築技術を評して、数々の建築関係の賞も授与されている。
そして、数ある空港関係施設の中でも、この長大な連絡橋だけは位置的にもやや空港の端っこにあったこともあり、
奇跡的に由佳にも智之にも破壊されることなく、未だにほぼ原型を留めていた。 
もちろん、これからこの立派な橋梁も巨大メイド由佳によって、跡形もなく破壊されることになっているのであるのだが……




                                                            *


 




 それに先立って、今回、由佳には100倍サイズになって、破壊してもらうことにした。
先程、天戸川に架かる橋を二つ破壊してもらった時は1000倍だったので、大きさを変えて趣向を変えて見たかったのだ。
これほど大きな橋であっても、100倍サイズでも十分に破壊できそうだからだ。
それに、1000倍サイズだとあっという間に破壊し尽くして終わってしまいそうだというのもある。
その点、100倍サイズでは橋全体を一気に破壊し尽くすということは不可能であり、
時間を掛け、趣向を凝らしつつ、ヴァリエーション豊かな破壊を演出することが可能になった。


 だが、その一方で、100倍サイズに「縮小化」したことで生じる別の問題もあった。
1000倍サイズの先程は、その巨大さ故に大して問題にならなかったのだが、
100倍サイズになった由佳がメイド服を来たままで、このまま海に入ると服や靴がびしょびしょに濡れてしまうことになる。
それを由佳は嫌がったので、今回は海に入っても衣服も靴も体も濡れないという特別な設定も施しておいた。
「ちょちょいっと、設定を都合よく変えておいたから、そのまま海に入っても大丈夫だよ」
「相変わらず、何でもかんでも都合よく変えられるわね……」
由佳はそう口にしていた。
加えて、「服や体が海水で濡れない」ようにしただけなので、水の感触はちゃんと残るようにしておいた。
簡単にいえば、由佳が身に付けている衣服の上に非浸透性の極薄い膜を張ったような感じだ。
これを「神の力」とするか「人智を超えた超科学技術」とするかはさておき。
こんな設定などもはやどう考えても完璧なご都合主義なのだが、そもそも「DESIRE」というのは基本的に、こういうものである。
まさに「DESIRE」様様である。



 こうなる前にも、当然のように智之と由佳の間で「やってほしい」と「恥ずかしいからヤダ」という毎度毎度おなじみのやりとりがあった。
結果もいつも通りで、智之に押され根負けした由佳がしぶしぶリクエストに応えてくれたのだ。
「今日一日、由佳はオレのメイドさんだし言う事聞いてほしいなー」と。
結局のところ、これが決定打になったのだった。
「ほんとしょうがないんだから……」
(おっ、デレてきたな……)
少し文句を言いつつも、やや赤らめた由佳の顔には「やってあげるんだから、ちゃんと見てなさいよ」と書いてあった。
まだ、やや素直さが足りない気もするがそこはご愛嬌。
すこしツンな部分が残ってるとデレがより一層引き立つ。
まさにスイカに塩理論と同じことである。
(素直さはさっき見せてくれたし、まっ、いっか)
智之はまたしても期待に胸を膨らませ、由佳の大破壊行為を待ち望んでいたのだった……


<つづく>