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4.

 
 智之の指示通り、海の中を歩かされてもう5分が経過していた。
ついさっきまで雲一つない完璧な晴れ模様だったのに、今、由佳は濃い霧の中にいた。
この深い霧のせいで、ほとんど前が見えない。
それでも、智之には由佳がどっちを向いているかが分かるらしく、適度に歩く方向を指示してくる。
「もうすぐしたら霧が晴れて、目的の場所に着くからさ」
智之の言葉通りに霧が段々薄くなってきて、視界が広がった。



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 そして霧の中から抜け出した私の目の前には、おびただしい数の軍艦が停泊していた。
目を軍艦の方に凝らしてみると、砲身がすべてこちらに向けられているのが分かる。


 加えて、上空には戦闘機がいっぱいで、旋回してこちらの様子を伺っている。
戦闘機が出すキーンという騒音が非常にうるさい。


 おびただしい数の軍艦に戦闘機などと言葉だけ取ればかなり物騒だ。
何せ、今の状況はすぐにも戦闘が始まって、砲弾が飛び交いそうだ。
軍艦や戦闘機に乗っている"はずの"軍人さんは戦闘開始を目前に控えて、とても緊迫した雰囲気に包まれているだろう。


 でも、私は全然そうは感じなかった。
だって、軍艦も戦闘機もみんなみんな精巧な模型のように小さいのだから……
手で持ち上げただけで壊れてしまいそうだ。


 数十隻の軍艦とそれ以上の数の戦闘機と対峙しているのは、
身長750メートルの一般的な怪獣なんか比べ物にならないほど巨大な女の子。
しかもどういうわけかスクール水着を着用している。
というか着せられているという方が正しい。
それはつまり、私。
これから私は目の前にある軍艦や戦闘機を全滅させなければいけない。
それは、「ご主人様」である智之の命令。
今日一日、私は智之の「メイドさん」になっているわけだから、ご主人様である智之の言うことを聞かないといけない。
(でも、実際のところはお願いされたと言った方が正しいんだけどね。
私も別に嫌々してるわけじゃないからね。)
こうやって「ゲーム」の中で、智之の願望を叶えてあげるぐらいは、本当のところはうれしいぐらいなのだ。
でも、まだ素直にこの感情を智之に伝えるのはなんだか恥ずかしかった。
(やってあげた後に見せるあの満足げな表情を見ることができるのは私だけだし…)


 ちなみに今回の「ゲーム」の設定は、
「あるメイドさんがご主人さまに小人さんの星をスクール水着を着た上で侵略してほしいと命令されたので、侵略しに来ました」と言うものなのだ。


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 「智之〜、ねぇ今度は、どこにいるのよ?」
「由佳の正面にある一番大きな船の中だよ〜。
 ここからだと、おっきな由佳が見上げ放題ですごくいい感じ。
 じゃ、これからは、この第二ステージでやってほしいことを言っていくからね」
「い、一応智之のリクエストはちゃんとやってあげるけど、変なこと命令しないでね。もしそんなことしたら怒るから」
智之が調子に乗らないように釘を刺しておく。
「変なことって何?」
「そ、それくらい分かるでしょ!前に言ったようなこと!!」
「オレ、馬鹿だから覚えてないな〜。
 だから、知らないうちに由佳の言う変なことをリクエストするかもな〜」

 智之は、絶対分かった上でわざと言ってる。いわゆる確信犯のスタイル。
ならこっちもそれ相応の態度見せ付ける必要がある。
なにせ今、優位な立場にいるのは、私の方なんだから。



 由佳は右足を少しだけ動かして海水をかき回すようにしてみる。
静かだった海面に「小さな」波が生まれた。
でも、小さいというのは由佳にとってだ。
実際には、5、6メートルはある高波。
高波を受けて、目の前に居並ぶ艦船の集団が大きく縦に揺れる。
由佳はほとんど何もしていないのに、軍艦をおもちゃのように扱えて気持ちよくなった。

 由佳が起こした波は、智之が乗っている船にも襲い掛かり大きく船体を揺らした。
あのくらいの高さの波だと、揺れるときに結構なスリルがあるはず。
「うおおおー」
波に煽られて船内にいた智之が叫ぶ声が、早速テレパスを通じて聞こえてきた。




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 「艦長、目の前の巨大女が足を動かして高波を作り出して、こちらに攻撃を仕掛けてきました!!
このままだと、あの波はすぐにこの船に到達します!!!」
「回避は可能か!?」
「無理です!!波の高さとスピードを考慮しますとこのままの状態で、波をやりすごす方が安全です!!」
「総員、衝撃に備えろ!!」
艦長の指示通りに操舵室にいる皆が衝撃に備えるための姿勢を取った。
乗員が防御姿勢になって、すぐさま波の衝撃を感じて、船全体が大きく上下に揺さぶられた。
船が大きく揺れて、ジェットコースターのように体に大きなGが掛かる。
時間が経つに連れて、揺れ幅が小さくなっていき、なんとか高波をやり過ごすことが出来た。

 窓に近寄り、前方にそびえ立っている由佳を見上げると、オレの居場所がわかっているのだろうか、
由佳はこちらを蔑み見下すような目をしていた。
どうもオレは地雷を踏んでしまったようだ。
さっきのオレの言葉に怒った由佳が、足を動かして高波を作り出してしまったのだ。
巨大な由佳にとってはいたずらのつもりだろうが、
小人のこちらにしてみれば転覆の危機に陥る恐れがあるくらいの大事だ。
怪我したり、死んだりすることはないが、やはり怖い。
それでも、まぁ、ここから見上げて眺める巨大な由佳の姿は、オレにとって相当興奮できるくらいいい眺めであったり。
それに加えて周りにいる軍人が非常に緊迫した口調で、
あのちっちゃくて(今はものすごくおっきいけど)カワイイ由佳のことを、
「巨大女、巨大女」なんて叫んでいるのを他人事のように眺めているのも、巨大娘スキーとしては中々面白い光景であったり…



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 「ねぇ、さっきの攻撃で今の私の力、智之ならよ〜くわかってたわよね?
そこにあるたくさんの軍艦だって私にしてみれば、ただのおもちゃにしか見えないんだからね。
智之がそういう調子乗ったつもりでいるなら『ゲーム』の続きやめちゃうよ?
そうなってもいいのかな〜?私は、全然困らないけど、智之は困るよね?
せっかくのお楽しみが無くなるのはイヤだよね?
なら、ご主人様はおとなしく見ていて下さいね〜」
由佳は船の中にいる智之に見せ付けるために、さっきまでの表情とは打って変わって、とびきりの笑顔を見せつけていた。
怒りを笑顔で無理して隠しているようにも見えたが、そこは気にしないでおく。



 尤も、今さっき「大人しくしてないとやめちゃうよ」なんて口では言っていたが、
実際、由佳は「ゲーム」を途中でやめるつもりはなかった。
ただ智之にあらかじめ釘を刺しておきたかっただけの気持ちから出た言葉であった。
「今日は智之のリクエストを受けてあげるけど、あんまり調子に乗ったら…どうなるかは、もちろんわかってるよね?」
「は、はい。それじゃ….」
由佳に釘を刺された智之は大人しくなって、リクエストを伝えた。




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 由佳が腰を曲げて前屈みになって、一隻の戦艦を上からわしづかみにした。
一瞬のうちに、由佳の手で捕らえられた軍艦が上空に持ち上げられていった。
空中に持ち上がった軍艦の底から、大量の海水が下の海面に向かって滴り落ちていた。
巨大娘が戦艦に直接攻撃を行ったのを皮切りに一斉に、
周囲に展開している軍艦が搭載されている全ての砲から由佳に向かって攻撃がなされる。
相当な火力だ。放たれた圧倒的多数の砲弾が由佳と戦艦との間にある空間を埋め尽くしている。
さすがは最新鋭の戦艦が揃ってるだけのことはある。
相手が普通だったならその火力を持ってして、簡単に撃破していただろうに…



 しかし、悲しいかな。
相手は身長750メートルの巨大娘だ。
あまりにも大きさが違いすぎる。
どんなに激しい砲撃を巨大娘に加えても、
彼女のきめ細やかな白い肌にかすり傷を付けることさえ出来ないのだ。
逆に、巨大娘の手を狙った砲弾が捕らえられていた戦艦に命中し、爆発炎上してしまった。
この爆発でも、彼女は何事も無かったかのように攻撃してきた軍艦を睨みつけていた。



 「ねぇ、小人さんたち。今の私にそんな攻撃が効くと思ってるの?
 それにさっき、私がちょっと足を動かしたときに出来た波を受けて小人さんたちは大慌てしてたし…
 あんなの私からしたら攻撃の内にならないのにね…かわいそう。
 さっさと逃げた方がいいのにね…でも、こうやって私に向かって攻撃してきた以上は、逃げないっていう意思表示かな?
 なら、その勇気に応えて、小人さんたちの船全部沈めてあげるからね…覚悟してよ…」
 


 もう一度由佳が近づいてきて、さっきと同じように一隻の戦艦を掴みあげた。
今度は、他の戦艦が攻撃を仕掛ける前に、由佳は捕らえた船に手を掛けた。
「今の私がどれだけの力を持っているか、見せてあげるわ」
由佳が指先にほんの少しだけ力を込めた次の瞬間には、
メキメキと音を立てて堅い装甲を施した戦艦のボディーが歪み始めていびつな形に変形してしまった。

 現実世界の由佳は未開封のペットボトルの蓋さえ、自分の力だけでは開けられないのに…
この光景を間近で見ていた智之は脳髄を揺さぶられるような興奮を感じた。



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 彼女は今、指先のほんのちょっとした力だけで、厚い装甲を施してある戦艦を簡単に歪めてしまった。
「こんな感じでいいの?」
由佳は智之に確認する。
「今のはすごくよかったよ〜」
由佳は声の感じで、智之の言葉が嘘ではないと感じた。
「あっ、それと今ので力加減はわかった?」
「うん、大体わかったよ。硬そうな戦艦でもほどんど力入れなくても、壊れちゃうね。
あとは私の好きなようにしていいのよね?」
「由佳に任せるから、後はお好きなようにどうぞ」
由佳が、さっきよりさらに手に力を入れると、なんと、戦艦が真っ二つになってしまった。

元々、この第二ステージでの智之のリクエストは「戦艦を鷲づかみにして握り潰して欲しい」という一つだけだった。
後は、巨大娘の由佳が好き勝手に艦隊を弄ぶ光景さえ見れればよかったので、具体的なリクエストは控えめにしていた。


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 この世界で向かうところ敵なしの巨大娘は、小人さんの戦艦を一つ一つ沈めていくなんてことはしないのだ。
巨大娘は巨大娘らしく豪快に圧倒的な力の差を見せ付けるようにして、小人さんの軍隊を弄ぶ。



 由佳はわざと戦艦が密集しているところに割って入っていった。
軍艦は由佳が歩く度に引き起こされる津波で転覆したり、
さっきの二隻と同じように由佳の巨大な手で捕まえらた後、破壊されていく船もあった。
生き残っている船や上空の戦闘機から絶えず攻撃が続けられていたが、未だに由佳に傷一つつけることができていなかった。



 由佳から逃れそこねた艦は、大きな素足の直撃を受けて転覆したり、
甚大な被害を被ったりして、次々に海の藻屑と化していった。
前面に出て戦闘を行っていた艦隊の中で、一隻の戦艦も無事なものはなく、破壊された戦艦の残骸と多数の救命ボートが海面を埋め尽くしていた。
上空の戦闘機部隊も八割以上の機体を喪失していた。


そんな中、由佳は笑みを浮かべながら軍隊を翻弄していた….




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 そして戦いは圧倒的な力の差をもってして、わずか15分で決着がついてしまった。
ほぼ壊滅状態の小人軍と楽しそうに破壊活動を続ける無傷の巨大スク水少女…
後方に控えていた小人の軍隊の残存部隊は成す術もなく、後退していった…
「あっ、みんな逃げていっちゃう…」
小人軍が逃げていくことに気が付いた由佳はさびそうにつぶやいた。
「こういうときは、どうしたらいいと思う?」
「私に逆らった罰として、一隻残らず沈めてあげる?」
「大正解♪由佳も巨大娘が板に付いてきたね、今のが巨大娘として正しい考え方(笑)」
「ふっふ〜ん、じぁ逃げていった船を完膚なきまでに叩き潰しに行ってくるね♪」
いつの間にか由佳は上機嫌になっていて、智之の望み通り、楽しそうに小人さんを弄ぶ顔になっていた。



<つづく>

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