#################### 3. さて、ここでなぜ俺が小さくされていることに対して平然としていられるかや、その他諸々を説明しなければならないな。 おっと、自己紹介を忘れてたな。 さっきからずっと言い出す機会がなくて申し訳ない。 まずは、これから始めないとな。 俺の名前は、柳瀬功輔。 今は、娘の服の胸ポケットに入れられているような存在ではあるが、 ちゃんと一家の大黒柱として、そしてまた父親として家庭を支えている。 それと、職業は専業作家。 ペンネームは本名と同じ。 知名度はまだそんなにないけど、まぁ、そこそこ連載が続いたり、そこそこ書いた本が売れているので、 よく小説とかに出てくる「売れない作家」ではない。 かといって、かつてあった「長者番付」に載るのほどの大物ではない。 でも収入は、同年代のそこそこ一軍で活躍してるプロ野球選手くらいはある。 なんだかんだで、雑収入があって場合によってはそっちのほうが稼げたりする。 だから、こんなに若い時に郊外とは言え、こんな立派な一戸建ての家を建てることができたのだ。 これもこれも、オレの拙作を読んで頂いている読者の皆さんのおかげです、ハイ。 ちなみに、都心のマンションではなく、郊外の一戸建てにした理由もちゃんとあるが詳細は、また後ほどに。 * 次に、俺より一歳年下の妻の奈央。 大学の同学年で(俺が一浪したからだ)出会って、少ししてから付き合い始めて、そのまま結婚して今に至ってる。 ちなみに学生結婚ではない。 出来ちゃった結婚でもない。 そこは、よくわかって欲しい。 学生時代のオレは奈央と真面目に交際してたからだ。 長身ですらっとしたモデル体型で俺にはもったいない美人の嫁だ。 本人によると中学生の頃から、美央の妊娠・出産を経ても体型が、 ほとんど変わっていないというのだから、ある意味恐ろしい嫁だ。 ちなみに、身体で変わったのは一ヶ所だけある。 どうも、結婚当時から胸だけは2カップ大きくなったらしい。 それは、オレもよく分かる。 何せオレが原因ですからーはははははー。 付き合いだしてからと言うもの、オレがあんなことやこんなことをしまくって刺激したせいだ。 絶対。 必要な部分だけ成長してくれたようです、はい。 ちなみにないよりはある方が好きなタイプですよ、オレは。 * そして、ただいま小さくなった俺をポケットに入れて運んでくれている愛娘の美央。 今年の春から、小学校に通っている。 まだまだかわいい盛りで、美央のためなら、 「よーし、パパがんばっちゃうぞ」という気分にさせてくれる。 現段階では、はっきりしたことは言えないが、どうも美央は奈央に似ているようである。 オレはそうでもないと思っているのだが、親戚やら友人やらに言わせると、奈央と美央は良く似ているらしい。 確かに、男として格段面構えのいいわけではないオレよりも、明らかに美人な奈央の遺伝子を受け継いでくれるほうがいいのだが... とにもかくにもこの娘はかわいくて仕方がないのだ。 * それから、さっきちらっと話に出てきた久米君。 彼は、俺の担当編集者だ。 俺がデビューしてからずっとお世話になった前任の藤岡さんの後を引き継いで、 二年前から俺の担当になっている。 在学中は直接の面識はなかったが、偶然にも彼は俺と同じ大学の3学年下だ。 おっと、奈央がリビングについたみたいだ。 キリのいいところで、そろそろ話を切り上げさせて貰おうか。 こんなことはあまり長々と話すことでもないしな。 * 二階の寝室から階段を降りていって、リビングに着いた。 小さくなって娘の制服の胸ポケットから家の中を見ると、普段と違う光景で興味深い。 サイズフェチ業界では、「縮小人間」とか「小人」というのは結構、ロクな目にあっていない気がする。 ほのぼのとした触れ合いよりも、オモチャにされるとか奴隷にされるとか... 幸いウチの嫁と娘はそういうことをしない。 誰ですか、幼女のオモチャになりたいとか言ってる人は。 えーそれはさておき、奈央の手が接近してきて美央の胸ポケットから指先で俺の両肩を摘み上げた。 ダイニングテーブルに降ろされるまで、わずかな間の空中浮遊だ。 落ちたりしないように身体をじっとさせる。 しばらくすると、ゆっくりとダイニングテーブルの大地が近づいてくる。 「よっ」 危なくないようにとテーブルにギリギリ足が届かないくらいの高さになったところで着地する。 さっきまでオレがいた模型の「我が家」はあらかじめテーブルの上に置かれていた。 同じくテーブルの上に置かれている朝食の皿と比較するとなんともおかしい。 このサイズ比だとまさに「小人の家」だ。 何となくガリバー旅行記の一場面を思い出す.... (ん、そういやあの場面は巨人の国の女王とその娘たちと小さなガリバーが一緒に食事をしていたような....) 奈央も狙ってやったわけではないだろうし、偶然の一致とは恐ろしいものだ。 ...って、偶然の一致で済ましてはいけない。 奈央のことだから、本心としては狙ってるはずだ。 「パパの分を小さくしてあげないと...」 奈央が「縮小機」を取り出して、オレの分の朝ごはんを小さくした。 こういうことまで出来ちゃうんです。技術革新ってすごいよな。 * とりあえず無事に(?)朝御飯を食べ終えることができた。 10倍サイズの二人が食べる光景は言葉ではいい表せないほど豪快だった。 (奈央がオレにわざと見せ付けるかのように食べていたのはよくあることだけど...) 奈央が巨大な皿を次々と片付けていく。 小人視点から眺める日常の風景もオレにとっては楽しいものであった。 「美央、トイレに行っておきなさい。まだだったでしょ?もうすぐ出掛けるからね」 「は〜い」 美央は素直に奈央の言うことを聞いてトイレに行った。 「さてと...じゃあ、これから美央を駅まで送ってくるから、パパは戻ってくるまで待っててね」 私立の小学校に電車で通う美央を最寄りの駅まで送り届けるのが俺たちの役目だ。 俺も作家という自宅労働者なので、奈央とは交代交代でその役目を担っている。 (自分から運転してまで送るということは、オレを元の大きさに戻すことは後回しなのか...) 小さくなろうと思えば、また何時でもなれるので、とりあえず今は元の大きさに戻りたかったのだ。 「ああ、行ってらっしゃい... って、ちょっと待て、奈央。先に、俺を元の大きさに戻してくれ」 「ダメよ。こうやって小さくしてるのは、昨日、夜遅かった罰なんだから。私が帰ってくるまで、小さいままでいて。 駅まで車で往復するだけでそんなに長い時間じゃないでしょ?」 奈央に希望を伝えたが、そううまくはいかなかった。 昨日の帰りが遅くなったのはオレの非である。 そこを突付かれるといたいのだが、言い分は主張しておく。 「短いとは言えだな...」 「ちょっと聞いて。今日はこの後、『地下』に行ってみようかなって... 小さいままで待っててもらうために、わざわざこの『我が家』をここに持ってきたんだから。 待ってる間、もう少し家の中で寝ててもいいわ。ねぇ、こーくんはどうする? 締め切りが迫ってる大変な原稿はある?」 奈央は、最近では二人っきりの時にしか使わない呼び方で尋ねてきた。 今でも、たまに「こーくん」なんて呼ばれたりすると恥ずかしいやらうれしいやらで... もちろん、奈央にこう呼ばれてうれしくない訳がないのだが、 自分自身も歳を取り、美央も成長して、いつも一人の父親として生きている今となっては、 恋人時代の呼び名の恥ずかしさも増してくる。 それでも奈央は気に入っているようでよく呼んでくる。 奈央もオレのことを「あなた」とか「功輔さん」って呼ぶような柄じゃないし、オレ自身もそう呼んでくれるほうがありがたい。 昔ながらの亭主関白のような夫には幸か不幸かなれそうにもないのだ。 「いや、一昨日に仕上げた原稿で一区切り付いたから、今日一日くらいは、時間の余裕はあるよ。 そうか、この後『地下』に行くから俺は小さいままの方が都合がいいんだな。 こりゃ、いろいろと楽しみしてていいのかな?」 「ええ、楽しみしててもらえるとうれしいわ、こーくん♪」 「じゃ、このままの大きさでいいから、今度は、俺の部屋まで運んでくれ 「わかったわ、それじゃ、美央。パパに行ってきま〜すって言ってあげて」 美央がトタトタとテーブルの方に寄ってきて、 「パパ〜、行ってきま〜す」 と小さな俺に向かって愛らしい笑顔で行ってきますの挨拶してくれた。 「美央、悪いけど玄関で靴履いて待っててちょうだい。ママは後で玄関に行くから」 「うん、美央、玄関で待ってる〜」 そして、奈央はソファーの上に置いてあった学校指定のランドセルを手に取って、 さっきと同じようにトタトタと玄関の方に歩いていった。 こうして俺は、10倍サイズの娘が登校するのを、 サッカーグラウンドのように広大なダイニングテーブルの上から手を振りながら見送った後、 10倍サイズの妻に運ばれて自分の部屋に運ばれることになった。 *  「今日は特に、下に行くのに必要な物はないの?」 「んー、今日は何も持たずに手ぶらで行こうかと。向こうにも道具は揃ってあるし...」 一階の北西の角部屋にやってきた二人は、これからの予定のちょっとした打ち合わせをしていた。 この部屋は、功輔の書斎というような最もらしい名前は付いているが、 現状は功輔の私物や普段はあまり使わないレジャー用具を置いてるだけの半分物置きのような部屋だが、 彼の仕事部屋は別にあるので、特に問題はない。 それと、もう一つこの部屋には非常に大切な役割がある。  「はい、ここでいいわね?」 「サンキュー。じゃ、『地下』で待ってるからな。車の運転気をつけてな」 「えぇ。行ってくるわ」 奈央は、功輔を送り届けて美央が待つ玄関へと戻っていった。 自分の10倍サイズの奈央が奏でるドスーンドスーンという地響きも、 巨大女フェチの功輔にとっては心地のよいサウンドに変換される。  え、巨大女フェチって何かって? これ読んでる人なら自分でソレが何かよ〜くわかってるはずなんだけどな〜 まぁ、後で詳しく説明するので、ここでは割愛する。 *  一方、功輔は奈央の手から降りた場所から少し歩いて、 壁際にある円筒状の物体に近付いた。 この物体の正面には持ち手のないドアがあり、 その横には数字キーと液晶画面が付いている小さな操作盤があった。 ここが、今回の功輔のお目当ての場所なのだ。  そして、功輔は何やら小さなスイッチを手馴れた手つきで手早く操作して、ドアを開きその中に入っていった。 #################### 4.  結論から言って、小さくなった功輔が入っていったのは「地下」と書斎を直接結ぶ小さなエレベーターだ。 何せ10分の1の大きさの功輔が乗れるくらいだ。 そしてエレベーターに乗り込んでから、ノンストップで地下に到着する。 エレベーターには「地上」と「地下」の2つの階しか存在しない。 そして、エレベーターが地下に到着し、中から出てきたのは、妻の手に乗るような小人の功輔ではなく、 逆にリリパットにやってきたガリバーのように巨大な功輔だった。 昨夜、奈央は酔っ払って帰ってきた功輔を持ち運ぶために普段の10分の1の大きさに縮小させた。 それ以降、功輔の大きさはまったく変化していない。 このエレベーターに乗っていたわずか数分の間に、 一体なぜ功輔の大きさがこんなにも変化したのか。 この謎を解く鍵は、この地下世界自体にある。 そう、功輔の自宅の地下にあるのは、家やビル、道路となにもかもが 現実の150分の1の大きさしかない世界だったのだ!!! * オレが今いるこの地下空間、通称「箱庭」。 一重に「箱庭」といっても、机の上で収まるサイズから、広い空間を目一杯使った広大なものもある。 我が家にあるのはどちらかと言うと後者の方だ。 地下の空間のほとんどを「箱庭」に作り変えてある。 何もないところに好きなようにミニチュアサイズの建物や道を設置していき、 自分だけの小さな世界を作り上げることができる。 これが「箱庭」の最大の魅力だ。 元々、鉄道模型愛好家が体を縮小して模型の車両に乗り込み、運転を楽しんだことから始まり、 今や「箱庭」の使用目的は鉄道模型以外の多方面に及んでいる。 例えば、スポーツカーや高級外車の愛好家で現実にそういった車を購入・所有出来ない人達が、 精巧な模型でもいいからということで購入し、「箱庭」の中に走り応えのあるコースを自由に構築して「箱庭」の中で思う存分走らせたりしている。 各自がお気に入りの車を持ち込んで走らせることの出来る愛好者施設も多い。 現実にはマンションが買えるくらいの価格の超高級車も「箱庭」用ならば、 市販されてるものなら一台数万円、高くても十万円程度で購入できる。 世間のお父さんの懐にも優しい。  たまに本格的な趣味人は完全オーダーメードで「箱庭」専用車を作らせる場合もあって、 その場合は現実と高級車の価格とそんなに変わらない。 このミニチュアカーの動力源は専用コードを経由してコンセントで充電できる充電池を使用しているため、環境にも家計にも優しい。 ただ、エンジン音を楽しみたいという愛好家にとっては少々辛い点であるが。 * 先程のエレベーターは、「箱庭」と上にある書斎とを直接結ぶものだ。 エレベーターとは言え、「箱庭」の付属施設のようなものであり、あくまで小人専用。 普通サイズの人間が乗るにはあまりにも小さすぎるものだ。 普通サイズで作ると非常に広大な場所を必要とする(「箱庭」視点から考えると)。 そもそも普通の世界を150分の1に縮小した「箱庭世界」と普通の世界との間には、 150倍という非常に大きな物質の大小の差がある。 お互いを、直接行き来するのには少々不便である。 どこかに大きさの違いを仲介する場所があった方がいい。 そこで、両者の間の大きさであるこのエレベーターを設置したのだ。 「箱庭世界」の地上から真っ直ぐ天(井とも言える)に向かって、そびえ立つこの筒状のエレベーターは、 さながら、SF映画や小説に出てくる軌道エレベーターのようだ。 少年時代に少しだけ夢見たものを実現させた。 家庭用軌道エレベーターというのはちょっと大げさかもしれないが、 軌道エレベーターが宇宙と地上を繋ぐように、我が家の軌道エレベーターは上の世界と「箱庭」を繋いでいる。  エレベーターは最上部と最下部の乗降口を除き、透明なパイプ状の構造で出来ている。 ここはエレベーターを作った時に絶対に譲れなかったポイントだ。 SFの世界と同じく、エレベーターから下の世界に広がる小さな街並みを見下ろしてみたかったからだ。 ここから見下ろす景色はオレのお気に入りの光景だ。 天井に近い部分は約3メートル、「箱庭」換算で高度450メートルにあたる。 わざわざこれがやりたいがためだけに作ったようなものだが、作った甲斐は十分にあった。  そうだ。軌道エレベーターについて一つ、おもしろいエピソードがあるのだ。 それを忘れないうちに話しておこう。 *  ある日、奈央と「箱庭」にいた時、急にあるシチュエーションがオレの頭の中で思い浮かんだ。 そのシチュエーションを実行するに当たっては、当然ながら、奈央に協力してもらわないといけなかった。 急な思いつきであったが、その内容を説明すると奈央の方もすぐに賛同してくれた。 さすがは奈央。オレの嫁さんである。 巨大化願望を持つだけあって、奈央が巨大化する必要のあったこのシチュエーションには二つ返事だった。 すぐさまオレ達はそれを実行することにした。  オレがエレベーターが設置されている建物の中に入ったのを確認してから、奈央が準備をする。 こっちから奈央の準備過程が見えてしまっては興ざめするからだ。 一方でその待っている間、オレはエレベーターに「箱庭」側から乗り込んで何もせずにしばらくじっとしている。 この何もしないで待つといことが大事なのだ。 ちなみにこの時の奈央はオレより少し大きい程度だった。 それまでリアルGTSごっこのようなことをやっていたからだ。 なので、奈央はもっと「巨大化」する必要があった。 「巨大化」もして、奈央の準備が終わり、声で合図があった。 巨大女の声が街に響き渡る。 そこで初めて上に行くボタンを押した。  エレベーターがぐんぐんと上昇し始める。 最下部でエレベーターを支えてる建物の中を通り抜け、透明なパイプ状部分に出た。 明るく広げた視界の目の前にあったのは、そう...「巨人」となった奈央の足首。 その後、上昇とともに視界に入ってくる奈央の部位も上に上がっていく。 足首、脛、膝、太もも、腰、胸.... 地上から巨大な奈央の肉体を見上げることはあっても、 徐々に上昇していきながら眺めるということは初体験だった。 胸を通過する頃、視線を感じたので顔を上げた。  すると巨大な奈央と目が合った。 この時のゾクゾクした感情は、今でもはっきりと覚えている。 巨大な瞳がオレが乗っているエレベーターの箱をじっと見つめているのだ。 自分の妻とは言え、巨人である以上、巨大なものに対する本能的な恐怖感があった。 高度200メートルに達していると言うのに、まだ奈央の巨塔のような肉体は終わっていなかった。 下から見上げてるだけでは分かえいえない巨大感。 奈央より高い位置で「箱庭」を見下ろすことでまた違ったすばらしい景色を目の当たりにすることが出来たのだ。  奈央を抜き去ろうとする頃に、今度は奈央がエレベーターを捕らえようかとするように腕を伸ばしてきた。 迫り来る巨大な腕は危害がないことが分かっていても、これまたとてつもないスリルがあった。 オレは腕を伸ばして欲しいと前もって言った訳ではなかったので、完全なアドリブだった。 奈央も巨大女になってオレの期待に応えてくれたのだ。 *  その後、エレベーターは上の書斎に到着した。 そして今度はすぐさま折り返して「箱庭」に戻るのだ。 書斎の床のトンネルを抜けて「箱庭」の上空に戻ってきた。 戻ってくることを見越してか奈央は視線が初めからこちらに向けられていた。 上っていく時とは反対に頭、首、胸、腰、太もも、足首と奈央の体の傍を舐めるように見ながら下がってきた。 また巨大な奈央の体をじっくりと堪能することが出来た。  地上に到着して、オレはエレベーターに繋がる建物から外に出た。 彼女はすでに小さくなってオレの帰還を待っていたのだ。 「こーくん、怖かった?」と、その後、奈央に聞かれた。 さっきの行為で驚かせたと分かっているのだろう。  オレと同じ大きさになっているかと思えば、そうではなかった。 さっきまでと同じようにオレよりも頭一つ分はデカいサイズで待っていた。 こっちにおいでおいでと手招きされた。 吸い寄せられるように奈央の方へ行くとそのまま抱きしめられてしまった。 「おいおい...」 「誰も見てないからいいじゃない...」 「まぁ...それもそうだな...」 「キライとは言わせないわよ?」 「そんなこと言わないって...」 胸元から顔を上げるとその視線の先には奈央の顔があった。  人間と言うのは自分より大きな存在に抱きしめられると本能的に安心するのかも知れない。 その一方で逆に、自分より小さな存在を抱きしめるとまた違った安心感があるのかも知れない。 縮小機がなければこうして自分より大きな女性に抱きしめられる経験なんて出来なかったはずだ。 (これは役得なのかな...)  奈央はこうしたいわゆる「リアル巨大女」状態も好きなのだ。 オレが小男で奈央は大女。 ただでさえ長身でスタイルのいい奈央がオレから見て身長2,3メートルの大女になって色々とする。 色々の中身はこうやって抱きしめられたり、小人のように扱われたりだ。 「だって普段のこーくんは私より大きいじゃない?だからそのお返し♪」 巨大化願望ではなくちょっとしたサイズチェンジでも楽しんでいる。 (きっと奈央が子どもの頃は義兄さんが相手してたんだろうな...) なんとなく昔の苦労が思い浮かんだ。  というわけでこういうことがあった。 いや、「あった」ではない。今でもある。 それ以降、このシチュエーションは幾度となく繰り返してきた。 昔話はこれで一旦おしまいにしておこう。  とにかく「箱庭」、そして縮小機にはこういった使い方もあるというわけだ。 * さて、「箱庭」の中心部から少し外れたところに、エレベーターの「箱庭」側の入り口がある。 そして、そこから少しばかり歩いたところに、オレの仕事場がある。 何もわざわざ時間をかけて、「箱庭」にやってきて原稿を書く必要はないと思うかも知れないが、 家で閉じこもっても仕事が出来る職業ゆえに、気分転換も兼ねて、あえて通勤するというスタイルを採っている。 今日みたいに、エレベーターに乗ってやってくる日もあれば、他のルートを経由してやってくる場合もある。 どのルートを辿るかはその日の気分次第。 もちろん、体が疲れてて動きたくない場合は、「箱庭」に降りてこないで上で原稿を書けばいいだけだ。 もっとも、「箱庭」の中にあるオレの仕事場は一ヶ所だけじゃない。 「箱庭」のいたるところに、執筆が可能な建物を設置しているのだ。 モバイルPCを持ち歩いていればどこでも書ける。 毎日同じ場所に居続けるのが苦手なタイプなので、こうした方が何かと原稿も捗るのだ。  この話をするとよく人に聞かれるのが、 「それなら外でワンルームマンションを借りられないのですか」ということだ。 これについては「箱庭」から仕事場を変えるつもりは全くない。 理由は簡単。 執筆中には「箱庭」によく奈央がやってきて、「箱庭」の中を歩き回る。 もちろん小さくならずにだ。 それを見るのがオレの息抜きになっているからだ。 しばらくブラブラと「箱庭」の中を歩き回った後、そのまま帰っていく。 ふと窓の外を見れば巨大な奈央がいる。 それが大事なのだ。これは譲れない。 だから仕事場を外には移したくない。  それにだ。 奈央もオレが外に仕事場を持つとしたら反対するだろう。 なぜなら奈央も「箱庭」の中で巨人になっている姿をオレに見られるのが好きだからだ。 「一人で『箱庭』に入るよりもこーくんがいてくれた方がいいよ。 だってこーくんがおっきな私の姿見てくれるからね♪」 奈央にこういわれてしまえば、仕事場を移す理由など皆無だ。 と、その時遠くの方で、カチャリという音が聞こえた。 (おっ、いよいよ奈央のお出ましだな...) オレの胸が少し昂ぶってきた。 <つづく>