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4-E-1.


元通りの姿に戻った街に上陸する二人。空港対岸の再開発地区にある高層ビルも広大なショッピングモール。
いずれも智之の手によって由佳が壊滅させる以前の姿を取り戻していた。
「……で、なんで街が元通りに戻っているのよ」
やや不満気な声。なぜか由佳は怒っていた。智之としては正直なところ、それは意外な反応であった。
「せっかく私が智之が喜ぶと思って壊してあげたのに、それをちょいちょいって操作するだけであっという間に復元させるなんて……」
どうやら由佳は自分の努力が否定されたと感じているらしい。
理屈としては間違っていないが、冷静になって考えてみるとやはり不思議な発想だ。
もっとも由佳の言葉に嘘は含まれていないだろう。
「……それに本当にこっちに来ちゃったし……見てるだけのつもりじゃなかったの?」
「見てるだけのつもりだったけど……どうしてもガマンできなくなったんだよ」
「……何をガマンしてたのか気になるけど多分、私の予想は当たってるはずね」
「だって、由佳がメイド服姿であれだけ思う存分破壊し尽くしていく様子見てたら……オレがガマンできなくって当然だろ?」
「当然って……そんなので興奮するの智之だけじゃない」
「それでも由佳はやってくれたしな。ホント、感激モノだよ」
智之が仮想空間内に現れてすぐに由佳の体を引き寄せ、両腕の中に抱き込んでいた。もちろん由佳は抵抗することなく智之にされるがままであった。
「ほ〜ら、またすぐそーやって誤魔化そうとするんだから……私が壊してあげたのを元通りにしたことに対してのコメントはないの?」
智之のあやふやな態度を問いただそうとする由佳の言葉の内容とは裏腹に表情は柔和だった。
「そりゃもうアレだけ大胆に破壊していただいて嬉しい限りですよ、破壊の女神様♪ そしてもう一度、街を蹂躙していって欲しいから復元させたまでのことでございます」
智之はわざとらしくバカ丁寧に返答した。
「むぅ〜」
「由佳が不満を持つのも充分、理解できるけど、ちゃんと破壊と蹂躙の全ては記録してあるからオレが後から見て楽しむ分には問題ないわけで……」
巨大な由佳によって街を滅ぼされることはあくまで重要な過程ではあるが、最終目的ではない。
破壊と再生を繰り返し、何度でも由佳による素晴らしい蹂躙劇を鑑賞するためにはこれくらいのことは世界の理を捻じ曲げてでもしなければならない。
「ホント、こっちじゃ何でもかんでも智之の都合のいいように事が運ぶんだから……」
「何かご不満な点でもありますか、破壊の女神様?」
再度、「破壊の女神様」という呼称を使い、由佳をからかう智之。
智之としては気に入っているのだが、由佳の受けはあまりよろしくない。からかうには丁度いいのだが……
「何にもありませんよーっだ!」
子供っぽく舌を出して反論してくる由佳。
「まぁ一応、元に戻した理由もちゃんとあるんだけどな」
「え、本当にあるんだ、理由……」
由佳はまたしても意外そうな表情を浮かべていた。
「えーっとだな……まぁ、何というか……今日の最後のリクエストは巨大化した状態で由佳とデートしたいんだ……」
「で、でーと?」
しばしの沈黙の後、智之の口から出てきた意外な言葉に由佳は戸惑いを覚えた。
「いや……その……ほら、何と言うか、今までアレを壊してーとか踏み潰してーとかばっか頼んでたけど、そういうのは今日はもう十分、堪能させてもらったことだし、この後は、由佳と一緒にのんびりと小人の街でも見てみたいなーって思ったから」
徹底的に破壊し尽くされ、荒廃した街を由佳と一緒にデートするにはさすがに都合が悪かった。
あたかも観光目的で恋人同士で小人の国を訪れるように100倍サイズで小さな街並みの中を連れ立って歩くのが、智之の目的だったからだ。
(そうそう、この後は仲良くデートするわけだよ……ニヤリ)
振り返ってみればここまで、智之が今日やってみたかったことはほぼ予定通り完了していた。が、しかし。実は今日の最終目的にはまだ達していない。
それを達成するための手段が最後に用意したこの「デート」のお誘いだったのだ。
「ねぇ……本気でこの状態でデートするっていうの? なんか私に隠してない?」
やはり由佳は素直に智之の言葉を信じてはくれなかった。それどころか由佳の勘は鋭すぎて、智之をビビらせていた。
「怪しい。怪しすぎる。じー」
わざとらしく声に出す由佳。目もジト目のようになっている。どうやら思いっきり疑念を抱かれてしまったようである。
両腕の中に囚われたまま由佳は上目遣いで智之を見上げてきた。
「ねぇ、本当のところはどうなのよ?」
こうして上目遣いで見上げてくるかわいい女の子が自分の恋人であり、かつ、あの巨大な破壊の女神さまであるという事実。それがなおさら智之をドキリとさせる。
「ふぅ……やっぱりバレちゃったか……デートとというのは間違ってもいないんだけど、どっちかっていうと由佳と一緒に怪獣ごっことかしてみたいなーというのが本音で……デートっちゃデートかもしれないけど」
「怪獣ごっこがしたかった、ね……だから、智之も巨大化したりしてたのね……」
「そうそう、由佳を巨大化させるのも大好きだけど、オレ自身が巨大化するのも大好きってわけ」
「ふーん……そうだったんだ……」
「アレ、言ってなかったけ?」
「全然、聞いてないわよ……」
思いもよらぬ流れになってしまったが、智之は改めて自分の巨大化欲望を由佳に対してさらに打ち明けた。
「なるほどね。だから、私を巨大化させるだけじゃ飽きたらずに智之も巨大化してこっちに来たのね……」
由佳はさほど気にしていなかったようだが、それなりに智之の巨大化願望について納得したようである。
「っていう訳で、小人さんからの攻撃を受けても、由佳が全然痛くないように設定できるのも長年の経験の賜なのさ」
「そういう裏ワザみたいなことが出来るようになっているってことは智之のヘンタイの根深さってすごいね……」
「まぁな……そりゃ、何年もやってると『DESIRE』に関する色んなテクニックや裏技をマスターしてるしな」
「って、少しは否定しなさいよね……否定してくれるつもりで言ったのに……」
「でも、なんだかんだ文句はあるみたいだけど、基本的には由佳も楽しんでるみたいだし。よかったよかった」
「……だって、智之がそういう風に仕組んだからだもん……」
由佳はやや俯きがちに小さくそう呟いた。
「由佳も巨大化して破壊の女神様になって、小さな世界を蹂躙し尽くす快楽を分かってきたかな?」
「……快楽って、もう……」
由佳の俯き加減がさらに強くなった。まだまだ照れがあるようだ。
今日は豪華客船を沈めたことから始まり、海軍の大艦隊を翻弄し、2つの都市を壊滅させ、さらには巨大な国際空港をも破壊し尽くした。
由佳はこの地にその想像を絶する強大な「女神の力」の痕跡を深く刻みつけていた。
智之は由佳が作り出す破壊と蹂躙の惨劇をこころゆくまで堪能していた。
これだけ見せてもらえればしばらくは「おかず」に困ることはないだろうというほど。
後は、ここまで頑張ってくれた由佳を労う意味も込めて、二人でイチャつこうと智之はプランを立てていたのであった。
「それじゃ、街の方へと行こっか」
「……うん」
こくんと由佳は小さく頷いた。
こうして智之は由佳の手を引いて、街の中心部へと一緒に歩いていった。




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「それにしてもなんかすっごいパニックになってるね……」
「そりゃ、こんなにも巨大な人間が現れたらパニックにもなるよ」
海から上陸した二人は歩ける広い道を探し、再開発地区を貫く大通りに姿を表していた。
小人たちからすれば、超高層ビルのような巨大な人間が突如として、しかも二人も現れたのだからこうなってしまうのも無理はない。
近くの道路を走行中の自動車は慌ててUターンしていき、歩行者は歩行者でてんでバラバラになって逃げていく。中には、半分呪詛めいた言葉を叫ぶ者もいた。
「あっ、今の聞いた? 由佳のこと、大女だってさ〜」
「……うるさい。それを言うなら智之だって同じじゃない……」
恥ずかしがる由佳は智之の後ろに隠れるようにして身を寄せていた。
小人たちからすれば由佳は相当な巨人に見えるはずだが、智之はその由佳が小さく見えるほどさらに巨大なのだ。
「さっきも言ったけどオレは巨大化願望あし、小人がパニックになってるの見ると興奮するけどな」
「うぅ……智之がヘンタイすぎてついていけない……」
と嘆く由佳だが、今までも似たようなことが何度となく繰り返されてきた。
故に、しばらくしたら由佳もいつの間にか受け入れてくれるはずだと智之は楽観的に予測していた。
「それにしてもこんなにもちっちゃくてかわいいのに大女かー。しかもメイド服を身に纏った大女……萌える、めちゃくちゃ萌えるな!」
智之はニヤニヤしながら由佳を見ていた。由佳と同じ大きさに巨大化している智之から見れば、いつもどおりの「小ささ」である。
もちろんこのいつものサイズも愛おしいことには変わりはない。ヘッドレストを付けている由佳の頭を優しく撫でてやる。
そして、今の二人の服装は明らかに釣り合っていない。
智之の方はTシャツにジーンズという実にカジュアルな出で立ちなのに対し、由佳は可愛いらしいメイド服を着用している。
朝から続く由佳のメイドさんプレイは時と場所を変え、未だに継続していた。
「確かにこの世界の由佳は『破壊の女神さま』だけど、オレにしたらかわいい彼女で今日一日は専属のメイドさんだからな」
「とりあえず『かわいい』って言っておけばいいと思ったら大間違いなんだから……まぁ、嬉しいのは嬉しいけど……」
「おっ、素直になったじゃん。素直にしてればもっと可愛がってやるからさ」
「……もう。ホント、すぐ調子に乗るんだから。あんまり調子に乗りすぎると怒るからね」
由佳がいつものように呆れた口調で警告する。
実際、過去には智之が調子に乗り過ぎて由佳の逆鱗に触れてしまい、しばらくまともに口すら聞いてもらえなかったことがあった。
自業自得ではあるが、智之にとっては苦い思い出である。当然ながらその後、智之は由佳から許しをもらい、関係は修復済みである。
「それで、今度はどうすればいいんですか、ご・主・人・様?」
由佳はわざとらしくご主人様というのを強調して、智之に尋ねた。
「せっかくだし、まずはそこらへんにいる小人を踏み潰さないようにしてさ、軽く威嚇してきてよ。そうだな、ちょっと歩くだけでいいよ」
「それだけ?」
「あっ、車なんかをワザとらしく踏み潰したりすると効果的かも」
あえて由佳と同じ目線で、巨大メイドさんに命令をするご主人様の立場で由佳が小人の街を破壊していく様をゆっくりと眺めて見たかったのだ。
「はいはい、分かりましたよーだ」
メイドさんらしからぬ投げやり気味の返事ではあったが、ともかく由佳は承諾してくれた。





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今は100倍サイズになっているので、大通りに面している小さな雑居ビル程度の建物ならば簡単に踏み潰せそうであった。
だが、由佳は智之の言いつけ通りに建物は壊すことなく、路上に放置されていた無数の自動車や立ち並ぶ街路樹だけを狙って、次々と踏み潰していく。
もはや躊躇いなど微塵も見せることなく、ぐしゃりぐしゃりとモノを圧砕する大きな音を立てつつ、由佳は大通りにあったあらゆるものを破壊していく。
20メートルを優に超える巨人の足ならば、車道上を三車線に跨って十台近く前後の乗用車やバスを一度に踏み潰すのも容易い。
智之は背後から半ば恍惚としながら、その光景を眺めていた。
(小人たちからすれば由佳はそれこそ巨大な怪獣にしか見えないだろうな。ちょっと由佳には悪い気もするけど……でも、やっぱりたまんねーな。
こんなに巨大なメイドさん……おっと。いいこと思いついてしまった。せっかくメイドさんになりきってもらってるのだから……)
由佳の素知らぬところで智之はまたしても暗躍しようとしていた。
「由佳、ちょっといいかな?」
「何〜?」
大通り上で踏み潰しを続けていた由佳が智之の方を振り返った。
智之が声を掛けるまで、由佳はずっと踏み潰しを続けていたようで、まるで爆撃を受けたかのごとく、そこら中で道路に大きな穴が空き、信号機や歩道橋が倒壊していた。
軽く威嚇するだけ、と言いつけたが由佳はそれ以上のことをしでかしていた。
もはや誰が見ても巨大化を楽しんでいるとしか思えない。
以前、仕草のところどころで見受けられた不自然さも完全に消え失せている。智之の予想以上に由佳は仮想空間での巨大化に適応しているようだ。
由佳が振り返って智之の方を見てみる。
そしてどういうわけか智之が手にしていたのは……ホウキとちり取りの掃除用具基本2点セット。
しかもサイズはきっちり智之たちに合わせて、いずれも100倍になっていた。
「……何でここにホウキとちり取りがあるのよ」
「まぁ、メイドさんと言えばホウキとちり取りかと思って……それに、ここは『DESIRE』だから何でもアリということで……」
「嫌な予感しかしないところをあえて聞いておくけど、智之は私に何をさせたいのかしら?」
由佳が笑顔の中に怒りが混じった、中々、複雑な表情になっていたが、これもまたよくあること。
「巨大メイドの由佳が道路上にある車やゴミみたいなものを巨大なホウキで一掃していく光景を見たいから……?」
「そこで何で疑問形になるのよ、まったく。さっきからその場の気分やノリだけで私に言いつける命令を考えてない?」
「い、いや、そんなことないよ。こ、これもちゃんと予定通りのことで……」
やはりというべきか。由佳は智之の不自然な言動をズバリとしてきた。
「……まっ、今日のところはそういうことにしておいてあげる。今日一日は智之専属の素直で可愛いメイドさんでいてあげるつもりだし。ふふ〜ん、嬉しいでしょ?」
ニッコリと微笑み、上目遣いで智之を見上げる由佳。あまりの可愛さにノックアウトされかけた智之は思わず後退りするほどだった。
「そ、そりゃ、もちろん……」
別に極端に感情的だとかヒステリックということではないのだが、由佳は喜怒哀楽の差が激しい。
さっきまでぷーっと膨れっ面をしていたかと思えば、すぐに機嫌を直して智之に甘えに来たり、と。
智之自身はそれを好意的に捉え、甘えてくる由佳を可愛がるようにしていた。
そして喜怒哀楽だけでなくSM基質も由佳はコロコロと変わりやすくもあった。
従順なメイドのごとく、素直に智之の言うことに従っているかと思えば、逆に智之を震え上がらせるほどの「破壊の女神様」としてサディスティックな振る舞いもする。
ある程度は慣れてきたが、その変化の振れ幅は時に智之の予想を上回ることがある。
「まぁ、智之がやって欲しいことは大体わかってるし、とにかく車も破壊した建物の残骸も全部、一緒に道路をホウキで掃いていけばいいってことよね?」
「そうだね。大通りに散らかっているゴミをキレイにしていく感じで。由佳が踏み潰していった自動車の残骸とかもあることだし」
「小人の街を踏み潰してめちゃくちゃに壊していって、その残骸を掃除していくって結構ヒドいことしてるよね」
「でも、オレはそういうのが見たいからな」
「結局は全部、智之の見たいことになるわけね」
「えへへ……」
「まぁ、いいけど。それじゃ、しばらく大人しく見ててね」
早速、由佳が手に持ったホウキでビルを突き崩すようにすれば、ガラガラと大きな音を立てて、どのビルもいとも簡単に崩れていく。
半ば信じられない光景ではあるが、ホウキとビルの大きさを見比べてみればちゃんと納得できてしまう。
さらに由佳は巨大怪獣のようにビルに軽くケリを入れたり、手で叩き壊すようにもして繁華街の街並みを破壊していく。
ただ命じられたまま作業的に破壊するのではなく、色んなやり方を交えつつ進めていくあたり、由佳も意外とノリがいい。
そして仕上げに倒壊させたビルの瓦礫と一緒に道路上に放置されていた自動車や街路樹、信号機なども巻き込み、大通りとその周辺にあったものすべてが巨大なホウキによって、文字通り一掃されていく。
いつもなら破壊後には大量の残骸が広がっているのが、巨大なホウキで一掃されたためかキレイな更地へと変貌していた。
「こんな感じでどうですか、ご主人様?」
「すごいな……何もかも無くなって更地になってる」
智之は感心しつつ、跡形もなく消されてしまった繁華街であったエリアを見下ろしていた。
巨大メイドさんの破壊力がそこらかしこに顕著に現れている。
「さっき由佳はこの辺りを今の十倍も巨大な『破壊の女神様』として踏み潰していったけど、どっちのほうが楽しい?」
「そ、そんなこと聞いてどうするのよ……」
「どっち?」
「……別にどっちでもいいでしょ……」
「おやおや……ご主人様からの質問をメイドさんの由佳ははぐらかしちゃうのかな?」
「うぅ……」
メイドさんだからといって、無理矢理答えさせるように仕向けた訳ではないが、意外とこういう言い回しをすると由佳には効果的なのだ。
「……1000倍になってる時の方がよりおっきくなってるから破壊していきやすいとは思ったけど……」
「なるほどなるほど……」
「べ、別に一歩で街ごと踏み潰せるのが楽しかったとか思ってないんだからねっ!」
言うだけ言うと由佳はぷいっとそっぽを向いてしまった。
今日はずっと素直で可愛いメイドさんでいてくれるはずじゃなかったとツッコミたくなるところだが、これ以上、由佳をいじめるのはかわいそうだ。
(これくらいにしておくか……気になってたことはちゃんと聞き出せたことだし……)
「ボケーッとしてたら置いてっちゃうよ?」
そんなことを考えていたら由佳はもう先に歩き出していた。
「それに『デート』っていう割には手もつないでくれないのね。ふ〜ん」
「あわわわ……」
こんなタイミングで由佳を不機嫌にさせてしまっては元も子もない。
(ホント、寂しがり屋だな……)
由佳の後を智之は慌てて追いかけていったのであった。



<つづく>

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