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4-6-1.


 大浜湾岸に身長1500メートル近い超巨大女子高生がやって来た。
彼女はさっきまで身に付けていた制服の上着も脱ぎ捨てて、身軽になっていた。
加えて、途中で履いていた靴下と靴ももうすでに脱いでしまっていた。
色白で繊細、しかして、その大きさはとても人間のものとは思えぬ、
とてつもなく巨大な塔のごとき「破壊の女神」の裸脚が天に向かってそびえ立っている。
邪魔なものを一切身につけていない、素足の状態は再び海に入るにはもってこいだ。



 それでも今の彼女にとって、この目の前にある海も広く大きなものであるけれども、深さは水たまりのようなものでしかない。
しかも陸地に近い部分となれば、浅く、せいぜい足の裏を濡らす程度にしかならないだろう...
そして、ひとたび水溜りに足を入れると大量の水が押し出され、大津波になるのは言わずもがな。
「破壊の女神様」は自分の知らず知らずのうちに、壊滅的破壊を引き起こす恐ろしい女神様なのだ。


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 ちなみに。
「破壊の女神様」こと由佳が今、立っている場所。
ここには沖合いの空港とセットで開発された空港対岸の新都心地区である。
いや、今となってはもはや、「あった」と言った方が正しいか。
そこにあるのは新しい街「だった」構成物の残骸の山でしかない。



 元々、この周辺は過密化の激しい大浜の都市問題を解決すべく、新しい大規模な国際空港とセットで計画された新都心地区だった。
先に完成し、運用が始まっていた空港とは違い、未だ開発途上ではあったが、
元々立地が比較的、都心部にも近いという利便性があり、未開発地区も年月の経過に伴なう発展が期待されていた。
さらには沖合いに完成した空港は元より、空港に接続する高速道路、鉄道に加え、
近隣の設備の老朽化が目立っていた港も巨額の資金の投入により改修されて、整備されていた。
つまり陸海空のすべての主要な交通手段が空港及び対岸の新都心地区の周辺にほぼ揃っていた。
そんな好立地のこの地域には、大規模ショッピングモールに高層タワーマンション、大手電機メーカーの工場に名門私立大学の新キャンパス。
と、この臨海地区には商・工・住・教育といった様々なジャンルの各施設が軒並み進出していた。



 そんなこれからの発展が待ち望まれていた街。
それを由佳はあっさりと踏み潰してしまった。
由佳は足元を良く見ないまま、この地域に足を踏み入れていた。
この街の玄関口となる駅は最初の一歩であっさりと踏み潰された。
駅には列車が停車中であったのだが、それもまとめて一気に押し潰されていった。
由佳の巨大な素足が取り除かれた後は、地平と同じ高さに真平らになっていた。
駅を踏みつぶした後、ようやく由佳が気付いた。
(あ、なんか踏み潰してたみたい...
 う〜ん、何、これ?駅?全然、気付かなかった...)
ここでようやく由佳は足元に広がっている小さな街並みを注視した。
ただ上空から見渡しただけでは足元にある小さな建物の詳細は分からなかった。
その中ですぐに分かった建物があった。

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 それが駅と直結して作られていた三棟並びのタワーマンションだった。
(むぅ...チビのくせにこんなの建てちゃって...生意気...
 そのくせ、私の膝にも届いてないなんて、本当にちっちゃいんだから...)
こちらも由佳の視界に入って、数秒後には3棟まとめて巨大な素足で薙ぎ払われていた。
それも智之からの破壊活動の新しいリクエストがある前にだった。
壊してもいいものを壊すことにはもう慣れてしまっていた。


 このタワーマンションは、将来起きるとされていたM8クラス巨大地震にも耐えられるように最新技術を駆使して建設されたものだった。
が、さすがにマンションよりも大きな足で薙ぎ払われるようにして、破壊されるとは誰しもが想像していなかった。
大地震に対する備えはあっても、破壊の女神様の前では無意味である。
巨大な足が衝突した時のエネルギーがタワーを支える構造を崩し、支えきれなくなった自重も加わり、一気に崩れ落ちていった。
三棟分のガレキの量は半端ではなく、崩壊に伴い生じた土煙は上空へ周辺へと広がり、周囲一帯を包みこんでいった。



 ちなみに破壊した時の彼女の気持ちをここで代弁すると「なんとなく壊してみたくなった」だったりする。
彼女はわりと恥ずかしがり屋さんなので、智之が聞いたところでこの返事は素直に返ってこないだろうが。
目に入って、邪魔なように感じたからなんとなく踏み潰してみる。
小さな建物とは言え、裸足で踏み潰すのは足が傷付く恐れも本当はあるのだが、例の「設定」により、由佳が傷つくことはおろか、痛みすら感じることはない。
痛くも痒くもないからこそ、こんな芸当ができるのだ。
由佳にとっては、この地上は柔らかい土と砂で覆われているようだった。
そしてそれは意外と楽しい。
由佳自身はそんな素振りを積極的に見せていわけではなかったが、それでも智之は感じ取っていた。



  
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 そして、由佳の襲撃は留まることを知らなかった。
タワーマンションの次は近くにあった大型ショッピングモール。
こっちは高さではなく広大な敷地が売りの施設であったが、それはこの世界の住人にとってである。
由佳からすれば、これでも小さく感じていた。
(こっちはそれなりの大きさはあるけれど...えいっ♪)
建物のほぼ中央付近目掛けて足を突っ込んだ。
そしてそのまま掻き混ぜるように足を動かす。
上空から見ると「薄い」ショッピングモールの構成物がグシャグシャになっている。


 「す、すげぇ...」
先程から、固唾を飲んで由佳の破壊活動を眺めていた智之が思わず感想を漏らしていた。
「別に壊してもいいんでしょ?どうせ後で『壊して』って言われると思ってたし」
由佳はさらりと言ってのけた。
地上はすでに由佳によって、目で確認できる大きさの建物は破壊しつくされていた。
「それに改めて、驚くこともないんじゃないの?」
「由佳がこんなことやってくれるってことが大事だからな。
 それに下から見てるとハリウッド映画もびっくりなくらい迫力があって興奮するし」
「こっちからするとただ足を動かしてるだけなんだけどね...」
「後で見てみる?こっちからの映像」
「べ、別にいいって。恥ずかしいから」
「うーん、オレとしては由佳には巨大化した自分がどんなことをやってるか知ってて欲しいんだけどなー」
「どうせ今朝みたいに私がおっきくなってる時の映像見せて、ニヤニヤするんでしょ」
「よくお分かりで。由佳いじりは楽しいし」
「あーもう...なんでこんなことが好きなのよ。付き合わされるこっちの身にもなってほしいんですけど!?」
「そりゃ、オレがこういうコト好きだからってことに尽きる。
 後、オレとしては由佳の自主性を尊重して、巨大化してもらってるつもりなんだけど?やめる?」
「もう好きにすれば?今日だけは許してあげるから」
智之の思った通りの返事が返ってきた。



  「それなら、この際、オレのしたいこと全部やっちゃおっかなー。
 そうだな、まずは...もうそこから見えてると思うけど、沖合いに空港が近くにあるだろ?そこまで行って欲しい」
「ってことは、空港もメチャクチャに壊して欲しいの?」
「まぁ、それは山々なんだけど。空港に着いたらちょっと待ってて」
「また何かするの」
「説明はその時にするからさ」
「むぅ...わかった。あんまり変なことさせようとしたら怒るからね」
好きにしていいと言ったり、変なことしたら怒ると言ったり、由佳は相変わらずのつんデレっぷりを発揮してくれていたのだった。




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チャプ...
そして沖合いの海上空港を目指し、由佳は近くの海に足を入れた。
思っていたほど、海水は冷たくなく、むしろひんやりとして気持ちが良いくらいだった。
海とはいえ、所詮、由佳にしてみれば足の甲にすら達しないほどの水溜まり。
その中を数歩進む。
忘れてはいけない。
今の由佳は1000倍サイズだ。
人工島が建設できる程度の「沖合い」などという場所は、彼女にとって「2,3歩先」と同じなのである。
足を2,3回、動かし前進する。
たったそれだけで、目当ての場所に到着してしまった。
ずっと足を海水に浸しているわけにもいかないので、さっさと空港島に上陸した。
空港全体をパッと見たところ、空港内の活動は停止しているようだった。
流石にこんな大巨人が出現し、今まさに空港を一気に踏み潰そうとしているような緊急時に航空機の離発着は行われていなかった。


 「で、ここでどうするのよ?」
「ん、ちょっと待てって...」
「あらかじめ準備くらいしときなさいよ...」
そう言いかけたとき、由佳は不意に何かの気配を感じた。


 そして、由佳が気配が感じた背中の方に振り返った。
すると、そこにどうゆうワケか智之が立っていた。
しかも由佳と同じ大きさで。
さっきまで一切、姿形が見えなかったのに、だ。



 けれども、由佳にはそれがどうしてなのかもうすでにわかっていた。
どうせ大方、智之が瞬間移動だのテレポートだのの何かしらの「力」を使ったのであろう。
何せ、この世界は智之の思い通りに動いていると言ってもいいくらいの世界だ。
現に、彼の望みどおりに由佳は自由自在に巨大化させられてるし、
小人軍の総攻撃を受けても痛みすら感じさせない目には見えない無敵の防御壁を与えることも出来た。
だから、気配を感じさせず一瞬で由佳のそばに移動してくるなんてこともいとも簡単に出来るはずだ。




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 そして、智之は無言のまま、由佳に近づくとそのまま自分の方に抱き寄せた。
由佳も分かっていたのか、抵抗することなく智之にされるがままになった。 
「おっきい由佳もいいけど、やっぱりこのサイズの由佳もいいなー。ちっちゃくて」
智之は優しく由佳の頭をなでなでし、由佳は黙ったまま智之の胸に顔をうずめていた。
しばらくそのままの状態が続き、由佳は満足したのか顔を上げ、半歩後ろに下がった。
「なんでこっち来たのよ...」
「あれ、由佳はオレに来てほしくなかったの?」
「別にそういう意味じゃないけど...」
「じゃ、うれしいんだな?」
「随分、都合のいい解釈するね」
「そりゃ、だって由佳はオレの彼女だし、そう思ってくれてたらうれしいなーって」
もう一度、智之は由佳の頭をなでなでした。
愛情表現に自分のワガママに付き合ってくれたことへの感謝の意味も込めてだった。




 「それでどう?満足した?」
「満足はしているけど、まだまだ足りないな〜」
「あれだけやってあげたのに...まだ足りないって...ヘンタイ...
 智之の好きそうなこと、いっぱい見せてあげたじゃない...」
「まっ、そりゃ、オレは由佳の言うとおり、ヘンタイだからな。もの凄く欲深いんだぜ〜」
智之はもはや完璧に開き直っていた。
男なんて8割は何らかのヘンタイだというのが智之の持論だった。
逆に言えば、ヘンタイじゃない奴は男でないとも言える。



 「それよりも何で智之も巨大化して来るのよ...私がおっきくなっているのを見てるだけじゃなかったの?」
「楽しいことにはオレだって参加したいし♪」
「楽しいことね〜」
そう言うと由佳は智之に見せつけるかのごとく、近くにあった空港のターミナルビルの端っこを踏み潰してみせた。
「こういうの?」
「も、もしかして小さな建物を破壊するのが楽しく感じるようになってきたのか?」
「さぁ、どうでしょうね〜」
由佳は含みのある笑いを見せた。
「で、でも、やってくれてるってことは嫌いじゃないってことだよな?」
「ノーコメント。残念ながら、私はそんなに都合のいい女じゃないもん」
由佳は中々、本心を語ってくれなかった。
が、彼女の表情を智之が見たところ限り、いい感じのように思えた。



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 「それにさ、まだまだやりたいコトがあるんだ。
オレが巨大化したのもその下準備。でも、正真正銘、今日は次で最後かな」
そしてよくよく見ると智之は手に何か服らしきものを抱えている。
綺麗に折りたたまれたそれは白い部分と黒い部分で構成されていた。
しかもレースやフリルでふんだんに飾り付けられている。
その衣服に由佳は見覚えがあった。
それは由佳の記憶にある限り、智之が今彼女が着ているブレザーの制服と同じくらい大好きな衣装であった。



 「だから、それで私にまたメイド服着せる気なの?」
「あ、バレてたか」
「当たり前。バレバレ」
「分かったわよ...それに着替えてあげるから...」
由佳は珍しいことにいつになく物分りが早かった。



どうやら、ここで女子高生コスプレともお別れのようだ。
リボンを取り、ブラウスのボタンを一個ずつ外していく...
「由佳、脱いだ服はテキトーに投げ捨てておいて」
服を脱ぎ捨ててもいいというねは几帳面な性格の由佳にとっては新鮮だった。
上下の下着以外何も身につけていないこともそれに拍車を掛ける。
投げられたブラウスが風を受けて、バサッと大きく広がる。
少し息苦しい制服を脱ぎ捨てるのは爽快だった。



 「よし、それじゃ着替えるとこ(ry」
「けど、智之はあっち向いてて。着替えの覗きは禁止」
「なんで?由佳の着替えるところ見たい...それに堂々と見るなら覗きとも言えないしさ」
「だーめ。あっち向いてなさい。大体、さっき一回見せてあげたんだし、もういいでしょ?」
「(´・ω・`)」
智之のショボーン顔の攻撃。
「うっ...そんな顔してもだーめ。いくら見るのが智之だって、見せたくないの」
由佳に心理的ダメージ。しかし、由佳は耐えた。
「(´・ω・`)」
もう一度、同じ顔をしてみせて、由佳の心を揺さぶってみたが、こうかはいまひとつだった。
「と、とにかく智之の大好きなメイド服に着替えてあげるんだから我慢して」
「はーい」
智之が大人しく引き下がった。


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 由佳の着替えを見られなくなるのは残念だったが、とりあえずメイド服を着てもらうという当初の目標は達成されそうだ。
なので、ここは大人しく引いた方が印象は良い。
ここで由佳の機嫌を損ねてしまうのは得策ではない。
二兎を追うものは一兎をも得ず。
ことわざにある通り、欲張りは良くない。
着替えを見ることは捨て、メイド服を着てもらうという実を取った。



 ただ、巨大な二人にとってはこの空港島でさえも狭く感じられ、場所の余裕がほとんどなかった。
由佳から距離を取るために智之が島の北半分に移動した。
巨大化するのも好きな智之は、近くにある小さな空港施設を壊してみたい衝動にかられたが、
由佳に壊してもらう方がいいと思い、自分で破壊するのはやめた。
由佳の着替えが終わるまで、空港島の北の端に座って、背を向けたまま大人しく待つほかなかった。



 一方で、由佳は島の南側を陣取り、そこで着替えていた。
智之は由佳の隙をついて振り向いてみようかと思ったが、
彼女の機嫌を損ねてしまうと色々とメンドくさいことになりそうだった。
 「いい?絶対、こっち振り向いちゃダメだからね...」
由佳から再度、念押しの注意を受けた。
余程、信頼されていないようだ。
まぁ、由佳が心配するように前科があるから致し方がない。
なので、大人しくじっと着替えが終了するまで待っていることにした。



<つづく>