智之に導かれて、由佳がやってきたのは大浜の最大の繁華街:海田。 海田とはかつてこの地が海のそばであったことに由来する地名である。 海田は、大浜市の北部に位置するJR大浜駅を中心とした我が国を代表する繁華街の一つである。 この海田駅にはJRの他、いくつかの私鉄と地下鉄が乗り入れ、その周辺にはホテル、百貨店、事務所ビル、映画館、アミューズメント施設、歓楽街などが集積している。 ここ海たは大浜だけではなく、隣接する他府県からも大勢の人がやってくる非常に集客性の強い地区だ。 周囲を見てみても道路以外は隙間なく、雑草のように建物が空へと伸びている。 街の規模としてはさすが日本の中でもトップクラスと言ったところか。 * 「こ、このあたり一帯を全部壊すの...?」 「そ。壊し甲斐があるだろ?流石に100倍サイズじゃちょっとタイヘンかなーって思ってさ。 だから、由佳にはここまで1000倍サイズのまま来てもらったんだけど」 「ふーん」 確かに智之の一番のお気に入りである100倍サイズでこの一帯全てを徹底的に壊せというには多少無理がある。 一つ一つしらみつぶしに破壊していくには広いからだ。 なので、侵略の難易度を下げるためにも、1000倍に巨大化しているというのは実に有効な方法だった。 「まずは線路を挟んで北側の地域をめちゃくちゃに踏み潰して欲しいんだけど」 「南側は後回しなの?」 「うん、そうそう。南側は南側でまたちょっとやって欲しい壊し方があるから...」 「はいはい、わかりましたよーだ、ご主人様♪」 この海田周辺は海田駅を挟んで北側と南側では、大浜の中心部に近いということもあってか、どちらかと言えばやや南側の方が発展している。 それに倣ってか、壊し甲斐のありそうな大きな建物も南側に集まっている。 なので北側は比較的中小規模の雑居ビルやマンションなどの建物がひしめき合って、街を形成している。 そしてその真上から由佳の超巨大なローファーが振り下ろされるのである。 (これだけ小さいと踏み潰すていうか「足を置く」だけでも全部壊していけるわね... ふふふ...みんな私の足で潰れちゃえ...) 4000万トンという膨大な体重の何割かが加速度が付いた状態で地上に落ちてくるのだ。 落ちてくるのは片足で体重の何割かとは言え、それは前に由佳がやったジャンプで地震を起こしたときのエネルギーとはまるで桁違い。 足を置くだけですさまじい一撃を小人の街に刻み付ける。 その衝撃の凄まじさで北海田の建物は由佳の一撃を直接受けずとも次々と倒壊していった。 由佳からすれば地面からおおよそ2,3cmの出来事。 ローファーの底あたりがどうなってるかなど知る由もなかった。 お洒落なファッションテナントビルも私鉄の大きなターミナル駅ビルもそれに直結するデパートも... 今の由佳からすれば足元にも及ばないちっぽけなものだ。 そこにある何もかもを圧倒的な質量が潰していく。 特別なことはしていない。 この世界に対して、ただ由佳が巨大すぎるだけだ。 * そして由佳の侵略開始から数分も経たないうちに北海田一帯は壊滅していた。 由佳の直撃を運良く免れて、形を保っている建物が少しある以外はほとんど完璧に破壊しつくされていた。 直接、由佳の足に踏み潰された箇所以上に衝撃波で破壊された面積が大きかった。 瓦礫が地上を埋め尽くし、そこに街があったことを吹き飛ばしていた。 身長1500メートルの超巨大女子高生の足で全てを踏み躙られた結果であった。 完膚なきまでの蹂躙。 (ふふふ...全部潰しちゃった♪あとはアレだけね...) 由佳は視線を足元から逸らした。 由佳の視線の先には壊滅した地区の隅で、唯一普段と変わらぬ様子で生き残っていた大きな建物があった。 意図して残してしまったのではなく、偶然の賜物。 たまたま最後まで残ってしまった最後の砦。 海田駅の目と鼻の先に堂々と銀壁の巨大な店舗を構える「ヤドバシカメラ海田」。 大手家電量販店の旗艦店でもあるこの店はありとあらゆる家電が揃っているのはもちろんファッションテナントやレストラン街も入居しており、 差し詰め「電化製品の百貨店」と表すのが相応しい大規模な商業施設だ。 普段なら平日でも中々の人ごみ、休日ともなるといつの時間でも人の多さにうんざりするほどの集客力を持つ店舗だ。 と、書いてきたが、ここに大いなる恐怖が襲ってくるのは時間の問題で不可避なのだ。 もう今までのような平穏な日常は二度と戻ってこない。 すべてを巨大娘が破壊しつくしていくからだ。 (ふふ...これを壊せば一区切りね...) 「ヤドバシカメラ」の横長の独特な形状の建物だけを残して、北海田一帯は十数平方キロメートルに渡って、 由佳が踏み潰して、そこにあったすべてを廃墟へと無残にも変えていた。 * さてさて。 ヤドバシカメラのすぐ近くにまで迫ってきた、由佳。 足を踏み出せばすぐにでも踏み潰せる位置だ。 駅前の大型店舗ではあるが、横に由佳のローファーが並べられていると小さく見える。 何せそのローファーの大きさ230メートル。 それが二つも並び、そこから上空に向かって由佳の巨体が伸びている。 「さすがに由佳と並ぶと大きな建物もおもちゃにしか見えないね。うんうんいい眺めだ」 またひょっこりと智之が口を出してきた。 「で、今度は私にどうさせる気なのよ」 「そんな特別なことはさせないよ。 そうだな...どうせならここはシンプルに真上から一撃で一気に踏み潰せるかな...? 横にも大きな建物だから真ん中を潰すようにすれば映えると思うから」 「う〜ん、まぁそれならできそうかな。なんていうかあっさりしすぎてて気が抜けちゃった... まぁ、いいわ...言われたとおりにやってみる」 そう言うと由佳はおもむろに右足を持ち上げ、「ヤドバシカメラ」の真上に振りかざした。 230メートルの巨大なローファーは12階建てのビルを一瞬で踏み抜いた。 駐車場...レストラン街...電化製品売り場... そして瓦礫の重さも加わって建物の下を通る地下鉄のトンネルまで崩壊させた。 由佳はあっさりと「ヤドバシカメラ」の巨大な建物を潰した。 由佳はその存在を無意識のうちに消してしまっているかもしれないが、 この建物の中には多くの人々が取り残されていた。 超巨大女子高生が大浜に出現して、それからあっという間に街がめちゃくちゃにされ、 逃げる間もなくここに取り残されてしまった人たちだ。 突如、始まった巨大娘の侵略に成す術もなくただ怯えてその脅威が過ぎ去るのを待った。 だが、巨大娘の目的はすべてを踏み潰すことであった。 そして彼らの希望は適うことなく、何が起こったのか理解することも出来ない一瞬の間に肉体を建物ごと踏み潰されてしまった。 この世界の人間が由佳に適うはずがないのだ。 由佳がもはや以前の面影をなくしたビルから足を引き抜くと残っていた外壁の残骸がバランスを崩して、自壊してしまった。 由佳がダメ押しとばかりに最後まで残っていた外壁をつま先で押してヤドバシカメラの破壊を完了させた。 (あーあ...全部壊れちゃった...) こうして海田駅北側はほぼ完璧に破壊しつくされて、依然としてほぼ無傷である南側とその対比は異様な恐ろしさがあった。 まずは第一段階、北海田の殲滅が完了したのであった。 * 「言いつけどおりに北側はほとんど踏み潰しました、どうでしたか。ご主人様?」 「地上は何があったか、もう訳分からないくらいにめちゃくちゃになってる...」 「そーゆうことじゃないの。智之の見たかった通りになったかって聞いてるの」 「あ、それはもうもちのろんで...心行くまで堪能させてもらいました。最高です」 「ならいいけど...」 (まったく...智之が喜んでくれないと私がこうまでしてやってあげる意味ないじゃない...) 由佳の言葉通り、智之が満足してくれないとこの破壊行為の価値は半減してしまうのだ。 (って...は、半減って何よ...半分は私のためって言うの!?あぅ...) * 破壊活動を自分のためにしているのか。 それとも智之のためにしているのか。 どっちが先にくるのか本当に分からなくなっていた。 当然、最初は智之に頼まれて仕方なく智之のためを思ってやってあげた。 それを智之はすごく喜んでくれた。 そこまでは予想通りで... けれども、予想外だったのは... (まさかこれが楽しくて丁度いいストレス発散になるとはね...それにキモチいいし...) 本心を顕わにすると智之がさらに調子に乗りそうなので表に出すのは控えてはいる。 (でも、いずれはバレちゃうかな...それにちょっとズルいよね、智之は..私がこうなることを考えてそうだし...) 頭の中ではそんなことを考えながら、由佳は破壊活動を続けていた。 リスクが皆無な仮想空間での破壊活動を中断する理由を由佳は持ち合わせていない。 表面上は智之の言いつけで...内心は自分自身の破壊衝動に導かれる形で... 今度のターゲットは大きな弧を描いた形の透明な屋根... その下には南北に伸びる高架の橋といくつものプラットホーム... いつもなら早朝から深夜まで、平日休日を問わずに多くの人が行き交う海田駅だった。 だが、今は人っ子ひとりおらず無人の列車が二編成不気味に停車していただけであった。 そこに巨大な黒い塊が空から落ちてきて... 一瞬の内に瓦礫の山をまた一つ築き上げていた。 一撃で小人が構築してきた構造物を無に返す。 超巨大女子高生の破壊活動は留まることを知らない。 一人の欲望がさらなる欲望を刺激し、壮絶なる破壊をこの世界にもたらしていた。 * 「あ、駅まで潰したんだ...へぇ〜」 「どうせ壊すことになってたんでしょ?言われる前にやってあげたんだから...」 「まぁ、由佳の言うとおりだけどな...」 「じゃ、黙って見てればいいの」 「へいへーい」 そう言いつつ、由佳は腰に手を当てて自分が踏み潰してきた小人の街並みを見下ろしていた。 智之の好みの行動をするように仕向けられてきたのがようやく慣れてきたのか、その姿に不自然さは見られない。 「それにしても、街を丸ごと潰すとなると割と大変かも...だって、まだ半分くらいなんでしょ? どうせなら一気に...どかーって壊せるような感じでしたらダメなの? 私のこと、怪獣怪獣言うならビームで焼き払うとかあってもいいんじゃないの...」 「一度、やってみたい?」 「あ...いや、そういう訳じゃなくて智之が好きかどうか聞いただけだから...別に...」 「なるほどねぇ...おっきな由佳がビームか...考えておこうかな」 「ちょ、ちょっと...なんとなくで言っただけでやってあげるなんて一言も...」 「まぁ、そうだね。また次の機会ということで...」 「だから誰もやってあげるなんて言ってないって...」 「でも、オレがやってほしいって言ったらどうするの?」 ここまで智之の希望を一応飲んできた由佳が今更、断るはずもないので智之としては押し気味に尋ねた。 「うっ...そ、それはまたその時になったら考えるわよ...」 「というわけでそれはさておき。次にさ、由佳にやってもらいたいのはビルの握り潰しなんだ」 「握りつぶし?踏みつぶしじゃなくて?」 由佳はどういうことなのかちょっと途惑っているようだ。 「ビルを握るようにして、そのまま力を加えて一気に潰すのさ。 握りつぶしは相当大きくないと出来ないからな」 「それもそうね...」 今までは自分の体とほぼ同じ、あるいはそれよりも大きいくらいでビルと向き合っていたが... そんな大きさのビルも今となってはそう...握りつぶせるほどに小さな存在だ。 「由佳の足元のそばにレンガ色した筒状のビルがあるはずなんだけど...」 智之が言うそのレンガ色の丸い形をしたビルがどこにあるのかと由佳は上空から探した。 足元のビル群の中をあちこち目配せして、そのビルを発見した。 「んーとこれ?」 「そそ、まーるいビルなら握りやすいだろうし...」 「ん、わかった」 そう言うと由佳はそのビルの近くにしゃがみ込んだ。 もちろんその動きに合わせて周りにあったその他のビルは潰されるべくして潰された。 「こういう感じ?」 「そうそう、さすが由佳。オレの見たい通りにやってくれる♪」 由佳はビルを覆い隠せるほど巨大な手でビルを包み握り締めようとしていた。 「あーいい感じ。理想的な光景だよ...はぁはぁ」 智之はあまりにすばらしい光景が目の前に広がり、気が緩んだのかつい、はぁはぁしてしまった。 そしてその智之の不審さを由佳は見逃すことはなかった。 「あー、今なんかヘンなこと考えてはぁはぁしたでしょ?」 「な、なんですか、由佳さん」 智之は動揺している。 「やっぱり。その証拠に口調がおかしくなってるわよ」 「ソ、ソンナコトナイデスヨ...」 「あやしぃ...」 由佳に指摘されて、動揺した智之は不審な外国人のようなしゃべり方になっていた。 「どうせ私が握りつぶそうとしたビルを『何か』に見立てて、はぁはぁしたんでしょ? まったくもう...どうしようもないヘンタイなんだから...」 確かに由佳が握りつぶそうとした円形のビルは大きさの比率からして、「何か」というか「ナニ」に近い。 そこに女の子が握る形で手を添えるとまるで「手コキ」を連想させる風景になる。 きっと今の映像にモザイクを掛けるといかにもそういう風に見えるだろう。 「いや〜、実際に由佳に握られてるだけでも中々気持ちよくてさ...それを思い出していたら...」 「智之のバカヘンタイ...」 「ひぃっ」 由佳はぼそりと呟いた後、手にしていた高層ビルを握り潰していた。 そして直接潰されずにすんだビルの最上部が真っ逆さまに地上に落下していった。 地上に激突したビルだったものは凄まじい轟音を最後に響き渡らせて瓦礫の山の一部になった。 決して女性の中でも握力の強い方ではない由佳とは言え、この巨大さともなるとビルをいとも簡単に握り潰すくらいの握力はあるのだ。 「智之はエッチなこと考えすぎなのよ...」 「お、男ならこれくらい仕方な...」 ジロリ... 由佳が智之を見るような目でどこからかすべてを眺めているヘンタイを睨んだ。 「あの...由佳さん、日本語間違ってません?」 「合ってますが、何か?智之=ヘンタイだから何も問題ないの」 「そ、そうですか...すみません」 由佳は手に付いたビルの残骸をぱっぱと落としていた。 * 「あー次はどうしようかしらー。 巨大な女の子がだーいすきなすっごくヘンタイのご主人様からこの街を壊すように言われたけど... まだ残ってる部分はどうやって壊したらいいか分からないのー」 恐ろしいまでの棒読み口調で由佳が愚痴り始めた。 由佳はつまらなさそうに指で地上をツンツンと攻撃していた。 一回のツンでビルを一撃倒壊させる。 智之が由佳の言動に戸惑っている間にも次々と彼女の指でビルが破壊されていく。 今の彼女には情け容赦などあるはずがない。 (って、これ愚痴じゃなくて、オレの指示待ち...?) おおよそこういう智之のヘンタイっぷりにあきれている時の由佳というのは、 不機嫌モードというかあきれモードというかつんつんモードというか、 とにかくそういう何ともいい表しにくい不安定な状態で... それでもこんな状態からでも由佳の機嫌を元に戻す方法は今までの経験上ある。 そして何よりこの不安定な機嫌でも大丈夫というサインは... 由佳がまだ破壊活動に乗り気だということからも明らかだった。 <つづく>