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1.

 朝の気持ちのよい日差しが差し込む中、
一人のメイドさんが彼女のご主人さまを起こそうとしていた。
「ご、ご主人さま、お、起きてください」
彼女が何度か慣れない感じの口調で声を掛け、腕を揺すってようやく「ご主人さま」が反応した。
「ん?由佳か、おはよう」 と口では言ってるものの、
「もう少し寝かせてくれ〜」と
体を起こすことなく、適当な返事をしただけですぐに布団を深く被ってまた眠ってしまった。
「あの〜朝ご飯が出来てるんですけど…」
だが、肝心の「ご主人さま」は彼女の呼びかけにも反応せずが起きてくる気配は一向にない。



 ここで、シビれを切らしたメイドさんが驚くべき行動に出た。
なんと、あろうことかベットの上で気持ちよさそうに眠っている「ご主人さま」の体を跨いで、
お腹の上に体を持ってきて、それから、ゆっくりと体重を載せていったのだ。
次第に、異変に気付く「ご主人さま」。
彼の顔が、だんだんと苦しげな表情に変わっていき、
「ぐほっ、なんかお腹の上に…」という声を出して目を覚ました。
「ゆ、由佳!?苦しいからとにかく降りてくれ」
「はい、わかりました、『ご主人さま』♪」
とメイドさんが少しばかり怒りが混じった笑顔で答えた。




 「ったく、もうちょっとマシな起こし方してくれよ〜。
普通のメイドさんならもっとかわいらしい起こし方するもんだよ」
「私がやさしく声掛けて起こそうとしても、全然起きようともしなかったし、
それに智之が二度寝したから、早く起こしてあげようと思ってちょっと刺激的な起こし方をしただけだもん。
せっかく私が作ってあげた朝ご飯が冷めちゃったら嫌でしょ?」
自分は全然悪くないといった表情で、釈明する。




 メイドさん…もとい由佳が作ったトーストと目玉焼きの朝食を食べながら、
リビングの小さなテーブルを挟んで「ご主人さま」こと智之と「メイドさん」こと由佳が会話していた。
「にしても、約束通りちゃんとメイド服着てくれてるんだ〜
朝一番から、メイド服姿のかわいい由佳が見れて…いい朝だ」
智之は、やたらうれしそうな顔で、フリフリのメイド服姿の由佳の方を見つめていた。
「べ、別に好きで着てるわけじゃなくて、
この前の罰ゲームの約束を守るためだけに、着てあげてるだけなんだからっ」
知ってて知らずかは分からないが、ずいぶんと古典的なツンデレ台詞を言う由佳。

 



 由佳がこうしてメイド服を着ているのも、
この前の「ゲーム」の中でのある勝負で、由佳が負けたからなのだ。
その話は、今回の話とは少し関係ないのでここでは割愛させて頂く。



 「前にも何回か着てくれたけど、うん、やっぱり、メイド服を着ている由佳はかわいいな〜」
「むっ、かわいいって褒められるのは悪い気分じゃないけど…
智之を『ご主人さま』って呼ばなきゃいけないのがなんかねぇ〜
それはそうと、もしかして今日は、ずっとこれを着たまま過ごさなきゃなんないの?」
「出来れば、ずっと着てて欲しいんだけどなぁ〜。
 でも、やっぱ着てて欲しいじゃなくてご主人様命令で脱いじゃダメ。
一緒に午後から出掛けるからとりあえずは午前中だけな。
流石に、外に行く時まで着てろとは言わないけど」
 「それでも、午前中はずっとこれを着たままなの?」
「メイド服着ているのは、嫌?
似合ってるからそんなに恥ずかしがることもないと思うけどな〜」
コクンと由佳は小さく頷いた。
「由佳、その服出かけるまで脱いじゃだめだよ。
 由佳は今日一日ずっと俺のメイドさんなんだからな」
「もうっ、智之のイジワル!!」
顔を赤くしている由佳がポカポカと智之を叩くが、元々力が弱いせいか、
智之はほとんど痛みを感じず、笑っていた。


                                                            *


 朝ご飯も終了し、智之は床の上で、由佳はメイド服のまま寝転んでゴロゴロしていた。
何気ない会話をして、まったりとした休日の朝を過ごす二人。
不意に、智之が立ち上がりどこかへ行こうとしていた。
「ん?どこ行くの?」
「あぁ、ちょっとトイレにな」
「ふ〜ん」
由佳は、適当な相槌を打って、特に気にも留めることはなかった。





 それからしばらくして智之が由佳が待っている部屋に戻ってきた。
その手には、何か長方形のプラスチック製のケースがあった。
「ゆ〜か、これな〜んだ?」
智之がベッドの上で寝転がっている由佳に後ろから近付いてきて、
手に持っている物体をブラブラさせて、その正体を尋ねる。
その口調はやけに甘くてどこか楽しげだ。
由佳が後ろを振り返り、智之が持っている物を見た瞬間、
由佳は「!!!」と声にならない反応を見せて、何やらそわそわしだした。
「そ、それ、何なのよ?」
あくまでも知らないふりをする由佳。
「あれれ〜、由佳が俺の部屋にわざとコレを置いていったんじゃないの?
 中身をオレに見て欲しいって思ってさ。
 でも、出来れば見られたくないから出来るだけ見つかりにくいところに置いていったつもりなんだろうけど…
 残念、この前、オレがあるゲームソフトを探してて見つからなくて、家の中引っかき回してたら、
 DVDを並べてる棚の隙間にさ、こんなケースに入ったディスクをたまたま偶然見つけちゃったんだよね」
「し、知らないわよ…そんなディスク。どうせ、智之が集めたエッチな動画とか入ったのとか、そ、そんなんでしょ。このスケベ!!!
 そ、それより、探してたソフトはちゃんと見つかったの?」
由佳の表情が突然変わり、それに合わせて声色も変わった。
「ん?ソフトの方はちゃんと見つけたよ。ところで、なんでいきなり話題を逸らそうとしたのかな?
まぁ、いいや。どうせ分かってるだろうし…」
「本当に、知らないったら知らないのっ!!!!」
「あっ、そう?ほんと〜に知らないんだ。なら教えて進ぜよう。
 このディスクにはね、コスプレした由佳そっくりの巨大な女の子が、街を破壊していく様子が収録されてたんだ。
 レインボーブリッジ壊しから、デパートをおっぱいで潰すのまでたっぷり堪能させてもらったよ。思わず、三回も抜いちゃった」
由佳が赤面しそうなことを、あえて智之はストレートに言ってみた。
ある程度、女の子の由佳が聞いてて恥ずかしくなるような程度で言葉を選んだ。
 




 「ふ〜ん、智之も制服好きだったんだ、ヘンタイ」
智之の言葉に特に反応せずさらりと受け流して、揺さ振りを上手く回避した…..つもりだった。
が、この発言で智之の勝ちが決まった。
野球で言うなら一回の表から先発投手が自身のエラーに始まり、7失点大炎上と言う感じか。






 「あれ?おかしいな。さっき俺は、『コスプレした女の子』とは言ったけど、『制服のコスプレ』なんて一言も言ってないんだけどな〜
コスプレたって、今由佳が着ているメイド服だってコスプレの一種だし、メイド服だって可能性も十分にあるのに
なんで、制服のコスプレだって断言できたのかな〜?」
ニヤニヤとした智之が決定打となる言葉を由佳に言った。
「!!!!!!!!!」
さっきと比べて三倍増しの驚き。
「そんなの知らないったら知らないのっ!メイド服だって制服の一種でしょ!?」
由佳は、驚きと恥ずかしさが入り混じった声で、否定にならない否定をする。
そして、掛け布団の中に潜りこんでいった。
「ゆ〜か〜、展開上仕方がないとは言え、墓穴掘るの早すぎだよ〜。
それに、もしも知らないんだったら出ておいで〜 それとも素直に認めるの?」
と言いつつ、智之が布団を引き剥がそうとする。
が、由佳も布団の端を掴んで必死にバタバタと抵抗する。
布団の中から曇った声がして、
「ヘンタイの誰かさんのために、『ゲーム』の中で、ブレザーの制服の巨大な女の子を演じてなんかないんだからっ」
と、もうやけになったのか、由佳がこう言った。
「そーれっ」
智之がぐいっと力強く布団を引っ張る。
遂に、布団が引き剥がされて、中から顔をピンク色にした由佳が現れた。
今度は、両手両足をバタバタさせて智之に抵抗するが、そこは男と女の力の差。
由佳は抵抗も虚しくあっさりと、押さえ付けられてしまった。
「じゃ、なんであんなことをしたのか詳しい話を聞かせてもらおうかな?
別に怒ってるわけじゃなくて、当然ながら俺としてはうれしいことだしさ」
にやけた智之と恥ずかしいくて今にも泣きそうな顔の由佳が対称的だった。 





 「でも、この時は自分から進んで『ゲーム』をしに行ったんだろ?
それに見る限り楽しそうに街を壊してたし、下着姿だってオレに何度となく見られてるんだから」
あれから少し場を取り直して、智之は由佳に真相を尋ねている。
「それはそうだけど…べ、別にアンタのためにやってあげたんじゃなくて、
あくまでアレは私のストレス発散のためにやったわけであって、
もう一回言うけど、智之のためにやってあげたわけじゃないんだからっ」
「もう正直に言ったら?『オレのため』に巨大な女の子を演じてくれたんでしょ?」
「認めないったら、認めないっ!」
「そんなにムキになるなって。よし、こうなったら今日も『ゲーム』をしに行ってみるか?」
「行きたくないっ!」
「本当に行きたくないの?楽しいよ〜」
「…ぃゃ」
だんだん反対する声が小さくなってきた。
ここまできたら、由佳が折れるのも時間の問題だ。
由佳だって、本当はもっともっとやってみたいはずだ。
ただ自分でやりたいって言うのが憚られているだけなはずだ。
だから、その欲望が表に出せるように背中を軽く押してあげるのだ。



 「本当は、行きたいんだろ?
『ゲーム』の中で、巨人になって小人さんの小さなおもちゃみたいな街を壊すのが楽しくて仕方ないけど、
そんな風に感じるのは少し恥ずかしいと思うから、自分から行きたいとは言い出しにくいんだろ?」
「……うん」
「なら行く?」
「……うん」
長い押し問答の末に、ようやく由佳が正直に言った。
「よしよし、いい子いい子」と頭を撫でてやる。
由佳の機嫌を損ねた時は、こうして頭を撫でてやると由佳は喜ぶのだ。
基本的に子犬系なのだ。
「自分の彼女を巨大化させて喜ぶなんて、智之は変態だって、ゼッタイ!」
膨れっ面でキツイ文句を言ってくるが、口調とは裏腹に本気で怒っているわけではなさそうだ。
智之は、内心ホッとした。
「俺が変態だって知ってて、別れることもなく付き合ってるのはどこの誰だろうね〜?」
「もう知らないっ!」
まだ由佳の顔はピンク色のままだった。
たださっきまで見せていた泣きそうな表情は消えていた。




<つづく>

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