#################### 5.  「次は〜西白川〜西白川。 この電車は当駅で後続の快速電車の通過待ちをします...」 朝のラッシュ時の各駅停車はこの西白川駅で後続の電車の通過を待たされることが多い。 それを横島は知っていた。 そして、この電車もそれに該当する。 横島はこの駅で電車から降りた。 ホームの一番端っこに向かって、スタスタと歩いていく。 このホームの端っこからだと、さすがに邪魔になる通勤客も少ない。 もうすぐここを通過するであろう快速電車も眺めやすいはずだ。 加えて、この駅一帯は線路が直線になってるので、遠くからでも近付いてくる電車を見つけやすい。 もちろん、ここで何をするかはちゃんと決まっている。  玲香に掛ける「魔法」の第二弾。 第一弾とは打って変わって、今回はど〜んとド派手に行くつもりだ。 やる内容はあらかじめ決めてあるが、今度は「魔法」を掛けるタイミングが重要だ。 何せターゲットは時速120kmでこちらに向かってきているのだ。 (失敗しても時間を巻き戻せばいいんだけど、やっぱり一発でキメた方がいい) さっきやったような時間停止を応用し、時の流れを巻き戻すことも出来る。 が、今回ばかりは時を操るチートには頼りたくはなかった。 目を凝らしてみると遠くにやってくる電車が見えてきた。 玲香が乗っているはずの快速電車だ。  実行するのは駅の列車接近のアナウンスが始まる頃でいいだろう。 巨大化するのに必要な時間も計算に入れて実行タイミングを計る。 (いよいよ恐怖の巨大女のお出ましだ...) 「2番線を列車が通過します。黄色い線の内側にお下がりください。2番線、ご注意下さい...」 構内のスピーカーから注意を促すアナウンスが流れだした... 横島は時速120キロで向かってくる快速電車の中にいる玲香に向けて「魔法」を掛けた。 *  その3分程前... 通勤通学客で溢れている白川駅のホームに快速電車が入ってきた。 それぞれのドアから乗客が降りて来て、それを越える人数が入れ代わりに電車に乗り込んだ。 その新たに乗り込んだ乗客の中に玲香もいた。 車内はぎゅうぎゅう詰めの大混雑だ。 これでも首都圏の通勤ラッシュとしてはマシな部類に入る。 次の停車駅、仙波駅までおよそ10分弱。 ターミナル駅の仙波でかなりの数の客が降りるはず。 なので、それまでこの混雑は続く... ドアが閉まり、満員の乗客で大混雑の快速電車がゆっくりと白川駅を発車した。  これだけ大勢の人間が狭い車輌内に密集していると、息苦しさを感じる者もいる。 ただし、この混雑の中でも息苦しさとは無縁の人物もいる。  例えば...周囲より頭を少し飛び出させている白いスーツを着た大女...玲香だ。 周囲の乗客は玲香のことをやけに背の高い女性だなと感じているのだが、 その一方で、玲香自身は特に不自然さを感じていない。 横島の手によって、元の彼女の身体データが書き換えられているからだ。 つまり「桐島玲香」なる人物は、元から身長180センチ超の大女だという設定になったわけだ。 これまでの彼女の人生では大半の男を見下ろし、見上げられてきたということになる。 今も他の乗客の頭を見下ろせる位置に顔があるのは、自分の身長が人より高く、ずっとそれが当たり前だと彼女の中では思っている。 そういう「設定」だ。 だが、この日常の風景ももうすぐ終了となってしまう。 そのことをここにいる乗客たちは知る由もなかった。  そして、ついに「その時」がやってきた。 白川駅を出発して、まもなく次の西白川駅を通過しようとしているところで、玲香の体に再び異変が起き始めたのだった。 *  なんと再び、玲香の身体が段々と大きくなってきたのだ... それもさっきとは違い、明らかに巨大化しつつある。 周囲の乗客は迫り来る玲香の身体で押し潰されそうになっている。 先程とは比べものにならないほどの急速な巨大化であっという間に玲香の頭が天井に達した。 身体が狭い車内に何とか留まろうとして屈んでしまっている。 すでに玲香の身長は4メートルに達していた。 それでもなお、彼女の巨大化は止まらなかった。 突然の事態に乗客たちは一体何が起きているのか理解できないまま、パニックになっていた。 時速120キロで走行中の電車の中から脱出する術はない。  「きゃぁぁぁぁぁぁー」 断末魔の叫びとともに何人かの乗客は、ドアと巨大な玲香の肉体に挟まれ圧死した... そしてついに、車両自体が巨大化し続ける玲香の身体に耐えきれなくなった。 その瞬間、車両の屋根や壁面が一気に吹き飛んだ。 周囲にいた乗客たちも一緒に高速状態で車外に振り落とされていった。 さらに巨大化した玲香の肉体は車外にはみだし、車両よりも大きくなるまでに至っていた。 僅かな時間で1000トン以上にまで増大した玲香の体重を支えきれるわけもなく、 車両の台車と車輪が破壊され脱線を引き起こす。 レールの上から外れた車体が悲鳴のような高い金属音を辺り一面に響渡らせる。 逆方向の下り線の線路も同時に巻き込みながら、レールを歪ませてバラストを周囲に撒き散らしていく。 それでも依然として、玲香の巨大化は止まることなく続いている。  玲香が乗車していた三両目は巨大化によって吹き飛ばされ、直に大破した。 車体を弾き飛ばすほどに巨大化した玲香の体は時速100km近くのスピードで地上を滑っていく。 そのまま西白川の駅に隣接していた5階建ての商業ビルに叩きつけられた。 その衝撃で商業ビルは一瞬にうちに崩れ落ちてしまった。 さらに、その後部に連なる車両が玲香の身体を先頭にして、玉突き事故のように次々と多重衝突していく。 そして脱線・横転した車両にも高速で別の車両が次々と突き刺さっていく。 速度を保ったまま横転した車両がプラットホームにせり上がり、ホーム上にあったものを一気に吹き飛ばしていった。 待避線で通過待ちしていた普通電車にも脱線した車両が突っ込んでいった。  轟音が止み、土煙が晴れて全てが終わった時には、先頭部と最後部付近の車両以外の車両は脱線していた。 多重衝突に巻き込まれた車両は原型を留めていないまでに、変形し破壊されていたのだった。 そして電車に乗っていた乗客もまた目も当てられないほど無惨な姿に変わり果て、地面に横たわっていた... 崩壊した商業ビルの瓦礫にまみれ、電車がオモチャに見えるほどにまで巨大化した玲香の姿があった... * 「いたたたた...何が起こったの...?」 玲香は意識を取り戻した。 さっきまで立って電車に乗っていた。 それなのに、今はなぜだか体が横になっている感覚がする。 目を開けると、そこにあったのは青い空に白い雲。 きれいに晴れ渡った空だった。 どういうわけだか、仰向けになっていたらしい。 さっきから自分の身に何があったのか何が何だか、全くもって訳が分からない。  (ここはどこなの...?) 軽い頭痛がする頭を手で押さえながら、上半身を起こした。 すると今度は空ではなく、地面が視界に入る... だが、彼女の目の前に広がっていたのはありえない光景だったのだ。  ボロボロになった銀色の物体があちこちに散乱し、「何か」が恐ろしいことに滅茶苦茶に破壊されて、形状が崩れてしていた。 「何よ...何なのよ...これは!」 玲香は自分の周囲に広がってる光景が全く理解できなかった。  ふと恐ろしくなって、近くに転がっていた物体を手に取った... 感触がひんやりとしてる... どうやら金属でできてるようだ... 真ん中には穴がいくつも空いていて、一部はひび割れたガラスがくっついている... よく見てみるとシルバーを基調としたボディにブルーとイエローの二本のラインが走ってる。 非常に見覚えのあるカラーリングだ。 それは今まで乗ってた電車の路線のイメージカラーだ。 玲香の恐怖が一段と深まった。 (これって電車...?しかも無茶苦茶に壊れてる...) 思わず手に持っていた物体を落としてしまった。 それはガシャンと地面に落ちた後、簡単に変形してしまった... (なんで...なんでこんなにも小さいの?) 玲香は  もう一度、周りを見渡す。 すると見えたのはハイヒールより小さな車両に、何かの建物に突き刺さっている自分の足... まるで、この当たり一帯を巨大怪獣が破壊しつくしたような惨状だった。 何もかもが自分より圧倒的に小さい。 驚愕の事実だった。 しかも、この惨状を引き起こしたのが、おそらく自分だと言うことも.... 玲香にさらなる衝撃を加えたのだった。 *  玲香は目の前の状況を未だに理解できないでいた。 それも仕方あるまい。ありえないことが起こってしまったわけなのだから。 今、彼女は今朝からの記憶を洗いざらい必死になって探っていた... 朝起きて顔洗って歯を磨いて... 朝食食べて家を出て駅に着いて、いつもと同じ電車に乗って... いつもと何ら変わらない朝だった。 ... ......  そう、電車に乗ったところまでははっきりと覚えていた。 電車は遅れてもいなかったし、ちゃんと動いていた... いつも通りに快速に乗って... 乗って... ...  でも、そこから先... その後の記憶がすっぽりと抜け落ちている。 何があったか、まったく思い出せない。 その後に何かとんでもないことが起こって... (じゃないと、私の周りのこのオモチャみたいな世界は一体何なのよ!! ま、まさか自分が巨大化したとでも言うの...) 玲香の脳内が混乱と恐怖に埋もれ、パニックに陥った。 「い、いやぁぁぁぁ!!」 突如として街中に出現した女巨人が、周囲何キロにも渡って聞こえる程の大音量で悲鳴をあげたのだった... *  その頃、玲香を意のままに巨大化させて、それに伴う大規模列車事故を発生させた張本人は... 駅の真上から下の惨状を眺めていた。 今度は「空中浮遊」の超能力を使用していた。 (思った以上に迫力のある巨大化シーンだったな) 横島が予定していた以上に、凄まじい破壊シーンだった。 思わず息を飲んで見続けてしまっていた。 だが、これからはこれも横島のお気に入りの「おかず」になるであろう。  玲香が押し潰したのだろう... 線路沿いのビルが軒並み破壊されている。 西白川の駅は無残なまでに破壊し尽くされていた。 ついさっきまで、そこに駅があったかどうかさえ判別するのが困難な程になっていた。 そこには駅の代わりに巨大な玲香の肉体が横たわっている。  巨大化した玲香が地上にへたりと座り込んで狼狽してる様子... 無論、現場付近にいる小人...人間たちも玲香と同等... いや、それ以上に狼狽してるようだった。 何百人もの人間たちがどの方向に逃げていいのか分からず、右往左往していた... 上空から見下ろしていると普通の人間たちがありんこのようで、玲香が普通の人間にも見える。 どちらにせよ小さい人間たちからすれば玲香は巨人である。 実にいい気分、いい景色だ。 (まだオレは見物人として見ておくことにしようか...) 玲香が巨大怪獣のように見える小人視点の映像はちゃんと別口で記録してある。 巨大女に追われる恐怖を味わいたくなれば、自分の意識を無数にいる投下すれば済むことだ。 とりあえず。 今はまだこの事態をただ眺める「傍観者」の立場でいい。  さっき横島がやったように人間を巨大化させたり、時の流れを止めたり、空中浮遊したりすることもちゃんとセッティングをすれば簡単だ。 プレイヤーの望むがままに神のごとく世界を創造し、操ることができる。 これが「DESIRE」の最強の魅力。 「DESIRE」がもたらす快感は他では味わえないものばかりだ。 *  (おっと...少しよそ見していたら玲香が立ち上がりやがったな...) 身長90メートル、体重7500トンの巨大女が西白川の駅前ロータリーにそびえ立った。 黒のハイヒール、ナチュラルカラーのストッキング、 白の上下のスーツにストレートロングの髪の毛。 そして整った顔立ち。典型的美人タイプだ。 10人の男に聞いたら8人...いや9人は美人の範疇に入ると答えるレベル。 普通に生活していても、十分に存在感があるであろう玲香。 そんな彼女が50倍に巨大化して、街中に聳え立ち、さらに圧倒的な存在感を誇っていた。 駅周辺の建物は彼女の腰はおろかほとんどが膝下以下の高さしかない。  しかも、アレだけの惨事を引き起こしたにもかかわらず、玲香は傷一つ負っていなかった。 スーツもハイヒールも汚れることなく、新品同様の輝きを放っている。 玲香がこの事故で傷つかないようにとあらかじめ横島が設定しておいた結果だ。 (巨大女は傷ついてはならんのだよ...)  そんな美しさを持った巨大女性を醜い容姿でお馴染みの巨大爬虫類怪獣と形容するには相応しくない。 あえて例えるならば、人間の街を征服せんとする巨大女王様だろう... 女王のように強大な力を持ち、小人の上に君臨して欲しい。 (後は勝手に巨大女に仕立てあげられた玲香がどうゆう動きを見せるかだ...な) 横島はこれから玲香が巻き起こす二次破壊を心待ちにしていた... <つづく>