####################
1.



 リビングでテレビのニュース見て夫の帰りを待っていると家の前で車のドアが開く音がした。
ようやく帰ってきたようだ。
たぶん我が家のドアベルが鳴らされるだろう。
今日は夜遅くまで打ち合わせを兼ねた飲み会があって、タクシーで帰ってくるという連絡はあらかじめ受けていた。
しかし、ただいまの時間、午後11時45分。
もうすぐで明日へと日付が変わる時刻だ。
パパの遅い帰りを眠気に耐えながら待っていた娘も2時間ほど前に、
ついにギブアップして眠りについてしまった。
明日も学校はある。
良い子は布団に入ってかわいらしい寝顔を親に見せなければならない時間だ。




 私の予想を裏付けるかのように、玄関のチャイムが二回鳴らされた。
いつもおかえりとパパに声を掛ける役の娘の代わりとは言ってはなんだが、
夫を出向かるために玄関の鍵を開けにいく。
玄関のドアを開けるとそこに立っていたのは、
酔い潰れた夫とそれを支えている久米さんとタクシーの運転手さん。
久米さんとは今日も一緒だったようだ。



 「あっ、どうも、こんばんは、奥さん。柳瀬さんを送り届けに来ましたっ!」
久米さんも少々...いや、かなり酔いが廻っているらしく、元々の明るい性格にさらに輪が掛かっているのか、
深夜にしてはえらく陽気な挨拶をした。ノリが大学の体育会系のようだ。
「すみません、またうちの主人がご迷惑を掛けてしまって...」
「いやいや〜、柳瀬さんを夜遅くまで飲み会に引っ張ったのは僕の方ですし...ヒクッ...奥さんは全然悪くないっすよ。
こちらこそ、お手数掛けて申し訳ないです...ヒクッ」
それから、酔っ払っている久米さんと私とで夫を玄関の中まで引っ張り入れた。
「んじゃ、僕はこのあたりでタクシーに戻りますね〜。
 柳瀬さんにはよろしく言って置いて下さい〜.ヒクッ〜」
「どうもすみませんでした」と感謝の念を伝えてから、玄関のドアを閉めた。
最後まで、久米さんは酔いのせいでいつになく陽気なままだった。




                                                            *




 久米さんの協力もあって、夫をなんとか玄関の中まで連れてくることができた。
が、ここから先が問題である。
身長181センチと大柄で、しかも完全に酔い潰れた状態の夫を女である私が、
一人でどうやって寝室あるいは、少なくとも、眠ってしまっても風邪を引かないような場所に移動させるか。
普通に考えれば、ちょっと無理な話である。



 だが、幸いなことに我が家にはある「秘密兵器」がある。
コレさえ使えば、たとえ大柄な夫と言えども、ちょちょいのちょいで寝室まで移動させることができるのだ。
ちなみに先程の久米さんも、私がよく使っているこの「秘密兵器」のことはちゃんと知っている。
玄関まで送り届ければ、あとは手伝う必要はないということも。
だから久米さんも私を全く気にすることもなく、
私が、こういう時のいつものことをするだけだと思ってまたほろ酔い状態で帰っていったのだ。




 夫は相変わらず酔い潰れたまま気持ち良さそうな寝顔を見せている。
まるで遊び疲れた子供のような寝顔だ。
夫の方が一才年上だというのに、この寝顔を見ていると思わず和んでしまう。
母性本能をくすぐる効果もあるのかもしれない。
外で寝ないように言っておく必要がありそうだ。
早速、私は持ってきた「秘密兵器」を夫に向けて使用した。
「秘密兵器」の効果は、すぐに現れる。
振り返ってみれば、もうかれこれこの「秘密兵器」を二十年は使っていることになる。
「秘密兵器」とは幼い頃からの随分と長い付き合いだ。
「秘密兵器」の動作が停止したのを確認してから、
目の前で相変わらず寝ている夫を「掬い上げた」。





 体の大きさを10分の1にまで小さくされた夫は、これから私の手で寝室まで運ばれるのだ。
手の中ですやすやと、まるで赤ちゃんのように気持ちよさそうに眠っているのを見ると
思わずかわいいと思ってしまった。
(酔っ払ったこ〜くんはほんとしょ〜がないんだから...
 私じゃなきゃ、この人の奥さんは務まらないもんね...
 あっ、でも逆にこ〜くんだから私の旦那さんが務まってるのかも....)


 そんなことを考えながら、私は玄関の明かりを消して、寝室のある二階へと上がっていった....






####################
2.



 気が付くと、オレは仰向けに寝ていた。
真上には真っ白な天井が見える。
天井があるということは野外ではない。
とりあえず一安心。


 ついでに、背中越しの柔らかな布の感触から、
自分が寝ている場所が固い地面やフローリングの床ではなく、ちゃんとベットの上だということも分かった。
そして、軽い頭痛がする。典型的な二日酔いの症状だ。
必死に昨晩の記憶を手繰っても、途中までしか思い出せない。
どうやってここまで帰ってきたのかが分からないが、ある程度の予想は付いた。
(また悪い癖が出てしまったな...こんな調子だと久米君に迷惑をかけたに違いないな...あとアイツにも...)
とりあえず体を起こす。喉もカラカラだ。
昨晩、摂取した多量のアルコールと合わさって眠っている間に相当、体の中から水分が失われてるに違いない。
とにかく早く、水の一杯でも飲みたかった。




 と、ここまで来たところでようやくオレは異変に気づいた。
ひどい二日酔いのせいで頭が鈍っているから、異変に気付くのが遅れたのだ。




 (ちょっと待てよ、俺。何か変だ...)
確かに、ここはいつも寝ている二階の寝室のはず...?
でも、よくよく部屋を見渡して見れば、隅っこにあるはずの加湿器もエアコンもない。
そして、ベットの横のテーブルの上にあるはずの「ここ」がない...
文で表現するとおかしくも思えるだろうが、これは事実だ。




 ようやく頭が目覚めてきて、現在自分が置かれている状況が理解できた。
(あーなるほど...前にもこういうことあったな、そういや。
こりゃ、しばらく待たないとダメだな...)
「ふぅ〜」と深いため息をつく。
今の自分はどうしようもないくらい、無力な立場に置かれているのだ。
自分にできることはこの場で待つことだけ。
ちょっと悲しいが仕方あるまい。
カラカラに乾いた喉の渇きに耐え、大人しく待つこと数分。





 遠くの方でドアがカチャリと開く音がして、トタトタという足音がし出した。
(おっ、やっとお迎えが来たようだな...)
と同時に、部屋が少しばかり揺れ出した。
(う〜ん、この元気いい地響きは、たぶん美央の方だな...)
足音と地響きが止んで、カチャカチャと音がしたかと思えば、
普通に考えれば驚くべきことだが、部屋の壁が上に移動し始めた。
だが、自分にとってはそこまで驚く現象ではない。
自分が今、置かれてる場所と状況を考慮すれば何のことはなかった。
「えへへ〜、ちっちゃいパパ、見〜つけた♪」
壁の代わりに現れたのは、壁より大きな愛娘-美央-の愛らしい笑顔だった。



                                                            *



 「きのう、美央はパパの帰りずっと待ってたのに〜。おそ〜い〜」
ぷぅ〜っと膨れた顔も実にかわいらしい。
いや、ほんとかわいいんだってこれが.....



 どうも、オレの親バカ病もいよいよ末期まで進行してきたようだ。
のろけすぎて不快になったかもしれないので、謝罪はするが賠償はしないぞ。
それはさておき、目の前の巨大な娘と向き合う。
(文字通り巨大娘...なんちって...だからって座布団を没収しないでくれ〜..)
「ゴメンな、ちょっと仕事で帰りが遅くなっちゃって...」
「で、ママにまた小さくされちゃって、このお家に連れて来られたの〜?」
「ははは、どうもそうみたいなんだ...」



 「本当に仕事だったの?」
と声が変わったと思えば、美央の後ろに妻の奈央が現れた。
奈央は少しオレのことを疑うような目でオレを見下ろしていた。
毎日見慣れた顔ではあるが、今の状況では巨大さ故の威圧感を感じる。
(つか、オレが浮気など出来ないことは、アナタが一番知ってるじゃないですか...)
と、オレは心の中で思った。
しかし、口に出すことはやめておいた。



 もちろん美央と同じで、奈央も今の自分の10倍サイズだ。
さすがあのかわいらしい美央の母親というワケで、奈央もかなりの美人である。
面食いの俺がかつて、一目惚れしただけのことはある。
出産を経て、一人娘の母親となった今でも、その美貌は変わってない。
とにもかくにも奈央は美人である。他に、言葉はいらない。
つまり自分は、かわいい娘とキレイな嫁さんに囲まれて幸せですってことだ。
おっと、頼むから石とか空き缶をオレに投げつけないでくれ...


 コホン、話が脱線してしまった。



                                                            *




 「こう、久米くんとかと次回作の打ち合わせをしてて、その後、いつもの流れで飲み会になっちゃってさ...」
「で、いつもの流れで、ぐでんぐでんに酔っ払って帰ってきたワケね」
「うっ...その通りですスミマセン」
「まったくしょうがないパパね〜」
「まったくしょうがないパパね〜」
奈央が言った後に、美央も口調をマネして同じことを言う。
10倍サイズの妻と娘に同じことを言われると、なんだかヘコんでしまう。
母娘だからと言ってシンクロさせて言わないで欲しい。
二人ともオレのことを意図して貶しているわけではないのだが...




 「でも、遅くなったとは言え、一応、約束通り日付が代わる前に帰ってきたからね。
 昨日のことは水に流してあげるね♪さっ、朝ごはん出来上がったから食べましょ」
「ああ、わかったよ」
と俺は言って、階段から一階に降りようとした。
「ちょっと待って、パパ」
奈央に呼び止められてしまう。
「わざわざそこの階段で降りなくてもいいでしょ?こういう時は...」
俺は、そう言われて元居た場所に戻る。
「美央、手を出してパパを乗せて二階から降ろしてあげて」
「うん」



 奈央に言われて美央が寝室の横に手を伸ばした。
なるほど、即席エレベーターというわけだ。
この二階の寝室から下までの高さは、およそ3メートル。
でも、10倍サイズの二人にしてみれば30センチの高さなので何のことはない。
俺は、そのまま横付けされた美央の手に乗り移った。
美央の手にまっすぐ二本の足で立つには、ゴツゴツというかフワフワしているので難しいのだ。
仕方なく、立つのを諦めて座ることにした。
どうせ、すぐに下に着いてここから降りるワケでもあるし。



 「パパ、乗った〜?」
「美央、降ろしてくれていいぞ」
すぐに、美央の手が下がり始めた。
高層ビルのエレベーターに乗ったときと同じような感覚が伝わる。
ゆっくりとしたスピードで7、8秒掛かって下に着いた。
美央はオレに配慮してくれてるのかわりとゆっくり降ろしてくれるのだが、
奈央は、同じことを半分の時間でやってしまうから、全くもって怖い。
(美央が優しい女の子でパパはうれしいよ...ホロリ)


 美央の手から降りて周囲を見渡すと、何もかもが今までの10倍サイズの寝室が確認できた。
エアコンも加湿器もちゃんとこっちにはある。
ただし何度も言う様に、ありとあらゆる全てが10倍サイズではあるが...




                                                            *




 さて、今オレがおかれている状況がどういったものかは、ここまで読んでいただければ、
賢明な読者の皆様なら分かって頂けたかと思う。
さっきの美央の言う通り、俺は10分の1に縮められているのだ。
ちなみに、さっきまでオレが居た家もきっかり10分の1サイズ。
これは、本物の家を建てた時に住宅メーカーから貰った我が家の精巧な模型なのだ。
そして、普段は本当の寝室の横にあるテーブルに置かれている。


 ふと、上を見上げると、巨大な妻と娘の上半身が見えた。
「パパ、少しじっとしててね」と奈央が言った。
奈央の巨大な指が近づいてきて、そのまま自分の体を摘み上げた。
「美央も動かないでね」
とそのまま俺は美央の制服の上着の胸ポケットに入れられてしまった。




                                                            *




 娘の手に乗せられるわ、娘の胸ポケットに入れられるわ、
となんだかさっきから普通の人間ならプライドを曲げられ凹みそうなことを、
深く酔った次の日の朝っぱらから散々体験してるわけだが、
実際のところ、俺はこの状況が楽しかったりする。




 なぜこんなのが楽しいのかというと、率直に言うと、俺が巨大な女性が好きだからである。
これを読んでくれている読者の皆様ならば、特段驚くこともなく、
皆まで言わずともわかって頂けるかと思っている。
オレは皆様方と「兄弟」といっても過言ではないはずだ。
オレがビルぐらいのサイズがある巨大な女性が好きというのは、物心ついた時からの趣向である。
これは、運命付けられたようなもので、何とか変えようとしてももはやオレにはどうすることもできない性的趣向である。
「兄弟たち」と一緒に理想について語りだしたら、きっと半日はあっという間に経ってしまいそうだが。





 そのことを、妻の奈央に前々から伝えてあるわけでもあるし、
奈央の方でも、よくわかってくれてるからこそ、彼女がオレを無断で縮小化しても全く問題ないのだ。
美央も、俺たちの事情をどこまで深く聞かされているのかわからないが、
とりあえず、母親の奈央に「こびとさん」の扱い方をしっかりと教育?されているせいか、
小さくなっているパパを大事なぬいぐるみのごとく大切にしてくれる。
こうゆう親子、夫婦の信頼があってこそ、俺が楽しめる環境が作り出されている。





 とは言え、「俺が」と言いつつもオレを小さくして楽しんでいるのは、実は奈央も同じだったりする。
ちなみに、奈央は俺とはまったく反対の性的趣向だ。
要するに奈央は、「巨人」になりたいのだ。
「巨人」とは言っても、豊富な資金力に物を言わせて、
チームを補強するのはいいがコストパフォーマンスが悪すぎるので、
思った以上に強くならない某球団のことではない。





 文字通り「巨大な人間」になるのが好きだったりするのだ。
奈央の方も同じく、子供のときからずっとこういう願望を持っていたようだ。
もしかしたら、オレと奈央は出会うべくして出会ったのかもしれない。
奈央じゃなければ、ずっと隠し事をし続けなければなかっただろう。
あまり自分の嫁さんの秘密をバラすのは、気が引けるのでこれくらいで止めておこう。
でも、奈央も俺と同じくらいの筋金入りなんだけどな...




 まぁ、美央も美央で、両親の本心を知ってか知らずか、生まれつき身近にある
サイズチェンジファンタジーを無邪気に楽しんでいるようだ。
美央もそうなのだが、一般的に言って女の子はお人形遊びが好きだ。
というわけで、オレはリアルなお人形みたいなものなのだ。




                                                            *




 「よいしょっ」
あれこれとした考え事から、ふっと現実に戻ってくると、
奈央がさっきまで俺がいたあの模型の「我が家」を持ち上げていた。
小さな「我が家」は段ボール程の大きさで、重さは、4キログラム程なので女性でも持ち運びすることができる。
普段はこの寝室に置かれているのだが、移動させていろんな場所に設置することも多い。



 「美央、リビングに戻るわよ」
「は〜い」
とこうして俺は、愛娘の胸ポケットに入れられて移動することになった。
ただ、なぜ奈央が模型の「我が家」をリビングまで持って行くのはわからなかった。






<つづく>

TOPに戻る