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9-1.「競争」

 今日はとある休日。
せっかくの休日だというのに、外は朝からシトシトと断続的に雨が降っている。
こういう天気のため、外に遊びに出かけようにも気が進まなかったので、
司は昼ご飯を食べた後、そそくさと自分の部屋に戻ってベッドに寝転がる。
そして、お気に入りのマンガを読んでささやかな幸せを味わっていた。
だが、彼のささやかな幸せの時間は余り長くは続かなかった。
例によって、大いなる陰謀が彼の知らぬところで蠢いていたのだ!



 コンコン。
司の部屋のドアがノックされた。
「お兄ちゃん、入っていい?」
声の主は妹の奈央だ。
「おう、いいぞー」
特に、妹に見られたらやばいこともしていなかったので、司は素直に応じた。
これが、「おとこのこの秘密の時間☆」とかだったら別だったが...
カチャリとドアが開く音がして、奈央が入ってきた。


 「ねぇねぇ、お兄ちゃん。今、ヒマ?」
奈央は退屈そうにベッドに寝転がっている兄の姿を見ると、うれしそうな表情になって、
「ねぇねぇ、下に行って遊ぼうよ〜」と司を誘ってきた。
「今、オレは忙しいんだ。下で遊ぶんなら一人でやってこいよ〜」
「忙しいって、お兄ちゃん漫画読んでるだけじゃん〜、ケチ〜」
「奈央ももうガキじゃないんだから、一人で...」
「ごめんね、お兄ちゃん。今日はどうしても一緒に遊んで欲しいから...」
奈央はポケットに隠し持っておいた縮小機を取り出し、司に向けて使用した。
妹だから警戒心が無くても仕方がないが、よくあるように司は奈央に縮小機が発する光を浴びてしまった。




 「ちょ、またかよ...」
司にとって、奈央に勝手に身体を縮小化させられることは、もはや日常茶飯事になっていた。
だからこそ、驚くことはあってもあまり怒りも込みあがってこない。
あるのは、呆れる感情のみ。
「はぁ〜」と、思わず司が溜め息を吐いた。


 「今回はね〜、縮小率90%にしてみたの。コレだと現実的な大きさでしょ〜?」
奈央の言う通り、司は小さくされたものの、現在150?くらいの身長だ。
これだと司が中学校に入学した頃の身長だから、そこまで奇しくはない。
奈央の足で、踏み潰される恐れもない。


 しかし、今の二人の身長は頭一つ分違っていた。
もちろん、兄の司の方が背が低い。
それもはっきりと感じとれるくらいに...
170cmの妹と153cm(仮)の兄。
これが、司にとって絶望的な差となって壁のように立ちはだかるものだと思い知らされることになる。


 「はいはい、さっさと元に大きさに戻せ〜。わざわざ小さくなってやったんだからコレで満足しただろ?」
「いやだもんね〜」
「おい、奈央。屁理屈を捏ねないで早く戻せ!」
「だってお兄ちゃん、自分の縮小機使えばすぐに元に戻れるじゃん」
司は、慌てて普段自分用の縮小機を保管している机の引き出しを開けた。


 が、そこには司用の縮小機はなかった。
「あらかじめ、お兄ちゃんの縮小機は私が取っておいたの。
後でちゃんと返してあげるから心配しないでね」
そういって奈央は、自分用と司用の二つの縮小機を見せ付けた。



 「こ、こらっ、奈央。オレの縮小機返せー」
奈央のあまりにも用意周到すぎる行動をしかる余裕もなく、司は何とか抵抗しようとする。
「今のお兄ちゃんの身長だと届かないでしょ♪えへへ」
奈央は、高い身長と長い腕を活かして、二つの縮小機を司がジャンプしても届かない位置でブラブラさせた。
「くそっ、っら!!」
司が必死にジャンプしても、奈央によって軽くかわされてしまう。


 「妹に見下ろされる気分ってどうお兄ちゃん?」
「ハァハァ、んなもん、良くないに決まってんだろっ」
「このままだとずっとお兄ちゃんは私に勝てないんだよ?
 だったら、私と遊んでくれるよね?」



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 「ったく〜。わかったよ、一緒に遊んでやるよ。
 ただし、時間は2時間以内な。それ以上付き合うと疲れそうだから...
 いいな、時間はちゃんと守れよ」
「ありがと、お兄ちゃん♪」
奈央は満面の笑みを浮かべていた。
「兄をこき使おうとするなんて...まったく...」
「私、お兄ちゃんをこき使おうとしてないもん。
 私がお願いしたら、お兄ちゃんがやってくれるって言ったから...」
「そのお願いする過程に問題ありだっつーの。小さくなるのは別にいいが、いきなりはよせって」
「だって〜、お兄ちゃんがびっくりするのおもしろいんだもん♪」
「オレに警戒心がないのが悪いのか...って、おい...」
「エヘヘ、お兄ちゃん、小さくなっちゃってかわいいね。頭なでなでしてあげる♪」
奈央は、頭一つ分背の低い兄の頭を優しくなでた。
こうなってしまうと、もはや兄としての尊厳などというものは完全に無くなっていた。




 「くそ〜、覚えてろよ〜奈央。こんな兄いじめを続けてたらいつかしっぺ返しがあるはずだからな〜。神様はちゃんと見てるはずだって...」
「お兄ちゃんは、優しいからひどいことは私に出来ないはずだもんね♪ねぇねぇ、それより早く下に降りようよ」
「はいよっと。先に、この本を棚になおしてからな」
司は奈央が来るまで読んでいたマンガを元の位置に戻すために手を伸ばした。
が、奈央に身長を縮められているせいで、いつもなら余裕で届くはずの棚に、
必死に手を伸ばしても目的の段には届かなかった。





 「あれれ、どうかしたの、お兄ちゃん?
まさか背が低いから棚に届かないとか...?」
それを見ていた奈央が横から覗き込んできた。
奈央の顔には、なぜか笑みが浮かんでいた。
少しばかり、司はこの笑みにドキッとした。
いつも見慣れた妹の笑顔の裏に、何か恐ろしいものの片鱗が見えたような気がしたからだ。
だが、一瞬の出来事だったので気に掛けることはなかった。
「悪かったな、チビな兄貴で...」
「も〜拗ねないでよ〜、お兄ちゃん。今だけじゃん、私より小さいのは。はい、貸して、その本」
結局、奈央が代わりにマンガを元の場所に戻した。
「じゃ、行こっか、お兄ちゃん♪」
奈央は小さくなった兄の手を取り、部屋から連れ出した。
その光景は何も事情を知らぬ者が見たならば、仲の良い姉と弟のように映っていただろう。



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 「お母さん〜、お兄ちゃんと一緒に『箱庭』に行ってくるね」
「あら、どうしたの。司が小さくなってるじゃない」
奈央より頭一つ分小さくなっている司を見ても和美は大して驚かなかった。
突然、人間が小さくなったりするのは、
この世界では空から雨が降ってくるのと同じくらいの日常茶飯事なので、差し当たって驚くことではない。
「うん、ちょっとだけお兄ちゃんに縮小機をかけてみたの」
「奈央、あんまりお兄ちゃんを縮めていじめたりしちゃダメよ。
 お兄ちゃんにだってプライドがあるんだから...」
「は〜い」
プライドの問題だけ済むのかはよく分からないが、
かつて奈央が司よりも背が高かった時期の二人のギクシャクした関係を知る二人の母親は、
基本的に兄妹が仲良くしていれば問題ないと考えていた。


 そして二人は、一階まで降りて「箱庭」に続く階段までやってきた。
「お兄ちゃん、もう少し小さくなって欲しいんだけど...ダメ?」
「オレがダメって言ったら?」
「...ちょっとしょんぼり」


 それから少しの間があった後、
「わーったよ。ったく...しょーがねーな。いいぞ、小さくしても。
それから、何を企んでいるのか知らねーが、オレの身を第一に考えてくれよ。
奈央が『巨人』で、オレが『小人』なんだから...
『巨人』の奈央が歩けば地震は起きるわ、突風が吹くわで地上は大変なことになる。
だから、何かアクションを起こす時は前もってオレに言うこと。
これが守られなかったやめるからな」
特にシスコンというわけではないが、司も奈央に対しては甘くなってしまう傾向がある。
「は〜い、お兄ちゃん」
「まぁ、いい返事だ。さぁ、やっていいぞ」


 「じゃ、元の3分の1の大きさまで小さくするね♪」
奈央は縮小機の倍率設定を90%から33%に変えて司に向けた。
縮小機が起動し、すぐに司の体が小さくなっていき、身長60センチちょっとにまで縮んでしまった。
この身長だと目の前にいる奈央の股の下を司が、立ったまま余裕でくぐることが出来てしまう。
小さな司からすれば奈央は身長5メートルはある大きな妹だ。
奈央のスカートの裾が、司の目の前にある。
(まぁ、「箱庭」だとこれがビル街の上空にあるんだよな...
つか、いつものことだがコイツ、どんだけデカいんだよ...)
なんてことを思っていたら奈央が「しゃがむよ、お兄ちゃん」と警告してきた。



 奈央がしゃがんでも司が妹を見上げるのは変わりなかった。
3倍の差は伊達じゃない。
「立っているお兄ちゃんよりしゃがんでる私の方が大きいね♪」
さっきから奈央は必要以上に、司の小ささを強調する言動を取る。
その言葉は現状、認めたくはないが事実であり、
昔に比べたら幾分マシになったとはいえ、身長コンプレックスを持っているには、
ボディーブローのようにじわじわ効いている。



 「でも、今のお兄ちゃんが『箱庭』に入ったら身長80メートル以上はあるよ♪」
「そりゃ、比較対象が小さすぎるだけだろ...」
「お兄ちゃん、少しじっとしといてね」
「ちょっ、こらっ!オレを掴みあげるな!」
奈央は優しく兄を掴み、そのまま持ち上げた。
司は自由に動かせる両足をバタバタと抵抗するも、
今の彼の大きさではもう、力で奈央に逆らうことなど不可能だ。
「大丈夫だって、ただお兄ちゃんがどのくらいの重さがあるのか知りたかっただけ。
今のお兄ちゃんは、理論上、2キロちょっとしかないはずだからすごく軽いんだよ♪
このまま階段降りるからあまり動かないでね」
司は奈央に抱っこされたままで「箱庭」に運ばれていった。


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 階段を降りて、奈央は抱き抱えたままの司をその場で降ろす。
そして、内開きのドアを開けて照明のスイッチを押す。
すると、真っ暗闇だった空間が一瞬で明るくなり、
眼下に広がる「箱庭」の街並みが視界を占める。



 「で、どうするんだ?」
「とりあえずねー、お兄ちゃんが乗る電車を取りに行かないといけないから、
車両基地のあるあそこに行くの〜」
「ということは......げっ、オレはこのサイズで基地まで歩くのかよ」
「そんなに遠いところじゃないしいいよね?」
「そういう奈央は、デカい分だけ短くてラクに済むじゃねーか」
「まぁまぁ、そんなに怒っちゃダメだって〜」



 「なんでだよ?」
「心が狭いと真美お姉ちゃんに嫌われるかも知れないよ?」
「って待て、コラ。なぜそこでいきなり真美が出てくるんだ!?」
「ううん、なんでもないよ♪ほら早く行こ。置いていっちゃうよ、お兄ちゃん」
そう言って奈央は、先に行ってしまった。
「あっ、待てコラ。オレを置いてくな」
司は慌てて奈央を追い掛け始めたのだった。



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 3分の1に小さくされている司とは違い、奈央は行く手を阻む建物があっても、
それをひょいひょいと跨ぎ越していく。
小さな小さな建物に足が触れないように、足場を見つけて歩いていく術を奈央は持っていた。
歩きやすい「巨人」用歩道に入ってもその差は縮まることなく、むしろ広がっていくばかりだ。
奈央が一歩で済む距離を、司は三歩掛けて歩かなければならない。
ずんずんと小さな街並みの中を突き進む巨大な妹の背中を目で追い掛ける。
もう足で追い付くのは不可能だ。
しかしながら、どうせ目的地は同じ。
ならば、こちらはゆっくりと行く方が得策だ。
いつまでも妹にペースを握られたくはない。
そう思い、司は歩く速度を緩めた。




 あれだけデカい「巨大妹」がと後ろから見ていて、
何かを壊してしまうのではないかと心配してしまうが、
不思議と奈央はそういう「事件」を起こさない。
ここらへんが夏姫との大きな違いなのだ。
自分の大好きな「箱庭」だからこそ大切にしたいと考えているのだろう。


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 前を行く奈央が歩みを止めた。
どうやら目的地に着いたようだ。
後に付いて来ているはずの兄が何処にいるのかと、探すためこちらに振り返った。
すぐに奈央と目があった。
「お兄ちゃん〜早く来て〜」
奈央は一刻でも早く遊びたいのか、司を急かす。
「もう少しで着くから大人しく待ってろ」



 わざとゆっくり歩いてきた司がようやく奈央のもとに着いた。
「チビ兄ちゃん〜、わざとゆっくり歩いて時間稼ぎしてるんでしょ〜」
「『箱庭』の中で走るわけにはいかないだろ?
それに時間が2時間もあったらこんなチンケなやり方で、時間稼ぎしてもあまり意味がないと思うけどな」
「む〜、それはそうだけど...とにかく早く遊びたかったんだもん〜」
「で、何をして遊ぶつもりなんだ?」
「きょうはね〜、チビ兄ちゃんと私が『競争』するの♪」
「げっ、よりによって『競争』がしたいのかよ...」
「だって最近、チビ兄ぃやってくれなかったもん〜」
「はぁ〜、せっかくの休みが奈央に振り回されて終わってしまう...」
司がこの日何度目かのため息を吐いた。

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 「競争」とは二人が昔から「箱庭」でやっている遊びの一つだ。
どういうものかと言うと、名前の通り「箱庭」のある地点から、
ある地点まで(大抵は「箱庭」一周がコース)競争するのだ。
ただし、司が電車に乗って、奈央は歩きでだが...奈央の大きさにもよるが、ほとんどの場合、
「巨人」の奈央が圧倒的に有利な条件のため、勝負は無意味だ。
そのため速さを競う以外のことがメインになる。
そこで、何をするかは奈央の気分次第...
司の役割は、巨大少女のいたずらに翻弄される小人を演じることだ。



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 「じゃ、お兄ちゃんには電車に乗ってもらうから、もう一回小さくするね♪」
奈央は縮小機の設定を33%から、一気に「箱庭」標準サイズの約0.6%まで下げた。
司の体がどんどん小さくなっていき、奈央の足元にある模型の電車に乗り込めるまで小さくなった。
「こうなりゃ、こっちも本気出すか...もうここまで来れば俺も自分のテリトリー内で楽しまないと損だな。
 さて、電車はどれにしようかな...」
司は、車両基地に並ぶ自慢のコレクションの中から乗る車両を選び出すことにした。





<つづく>

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