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8.「襲来 -上-」



 熱戦が繰り広げられた夏の甲子園の決勝戦も数日前に終わって、
長くて短い夏休みもいよいよ、終盤に差し掛かったある日のこと。
朝から司は、「箱庭」の中で久しぶりに電車を走らせていた。
ここ最近は、自分自身の一人旅やら真美が作り上げた「街」のお披露目式やら、
祖父母が住む父親の故郷へのお盆の帰省やら、夏休みの宿題のレポートやらで
「箱庭」に長時間入り浸って電車を走らせる暇がなかったのだ。
昨日、ようやく課題レポートが大体完成し、
高校の夏休みの宿題にケリがついたところで、
こうして「箱庭」で自由気ままに電車を運転して過ごしているのだ。
久しぶりに味わう爽快感に思わず鼻歌を口ずさんでいた。
「今日は、あの『巨人姉妹』がここにやってくる予定もなく、
こうして誰にも邪魔されずに幸せな時間をすごせるんだ〜♪」
司の頭の中で思っていたことが、勝手に歌になっていた。
歌の中の「巨人姉妹」とは当然ながら、真美と奈央のことだ。
ちなみに、今日を含めここ数日間の午前中は、奈央は塾の夏季講習があり、
真美の方は友達の家に遊びに行っているらしい。
「今日は、あの巨大女二人組がやってこないとわかっているとウキウキしてくるぜ♪」





 普段から奈央と真美は、司のように縮小化することなく、
「巨人」としてこの「箱庭」に遊びにくる。
そのため、今日みたいに司が「小人」になって電車を運転するには、
彼女達「巨人」がいると少々不都合なのだ。
もちろん司の本音としては、奈央と真美が、ここに「巨人」として入ってくることには別に文句はない。
奈央は自分の妹だし、真美は自分から招待したのだから構わないと思っている。
ただ、少し前から、奈央と真美が二人揃って「巨人」の状態でいることが
少し恐く感じるようになったのだ。
何せ、彼女達の足の大きさだけで30メートル以上はあるのだ。
そして身長は200メートルを優に超えている。
この前、そんな二人が「箱庭」の中を歩いている様を「小人」視点で電車の運転中に、
何気なく眺めていたら背筋が寒くなったのだ。
一瞬、二人が「箱庭」を襲う大怪獣に見えたのだ。
もちろん、そんなことは実際には有り得ないと即座に否定できるくらい、司は二人を信用している。
ただ、どこか頭の片隅が拒否反応を示したのかもしれない。
司が忘れてしまった過去の出来事が原因なのかもしれない。
幸いなことに、この不快感は大したものではなく、少し落ち着けば症状は緩和される。
ただ、あまり気分のよいものではないのは確かだった。
それからというもの、二人が同時に「巨人」として、
「箱庭」にいる時は、極力、運転を控えて、
この気分の悪さは、一時的な気の迷いだと結論付けて、もう気にしないことにしたのだ。
それが功を奏したのか、それ以降、不快感を感じることはなかった。


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 さっきからずっとそんなことを考えていたら、いつのまにか
司の運転する列車は、真美と奈央が作り上げた「街」のあたりを走っていた。
この前、初めて、ここに通されたときはあまりの出来ばえに驚いた。
まさか自分が旅行に行っているたった五日間で奈央が手伝ったとは言え、
ほぼド素人の真美がここまでのものを完成させるとは夢にも考えていなかったからだ。
悔しいながらも司は、出来ばえを褒めてやるしかなかった。
本当のところは、「箱庭」にまた一つ華やかの場所が出来上がっていたので、司自身も実は気に入っていたりするのだ。
ただ、その気持ちを真美には素直には伝えていない。
司は、少しばかり真美の隠された構成センスに嫉妬してしまっていた。
それと、後は単に、司がそういった気の利いた言葉を言うほど出来た人間でもなく
加えて彼がそういう場面ではどうしても照れてしまう性質だからだ。



 と、昔の事をあれこれと思い出している間、
司は前方に対する注意が疎かになっていた。
司が気がついた時には、何かとてつもなく巨大な物体が、列車前方の線路上を塞いでいた。
司は、衝突を避けるために慌てて、急ブレーキを掛ける。
キィーっという特有の音が周囲に響きわたり、
ようやく列車がストップした。
あと十数メートルでぶつかるところだった。
命が助かったところで線路を塞いでいるこの巨大な物体の正体に気がついた。





 それは巨大な「靴」だった。
形からして女性物のパンプスだろうか。
ヒールの高さだけでも10メートルはありそうだ。
それが「どーん」と二本の線路を塞いでいるのだ。
そして巨大なパンプスからは黒色のストッキングを履いた脚が、
女性らしい丸みを帯びた曲線を描いて上に向かって伸びている。
司が今現在立っている場所からでは、
この巨大な靴の持ち主の顔ははっきりと見えない。



 さて、気になるのはこれが誰の足かということである。
そもそもこの「箱庭」は家の中にあり、
外部の人間が簡単に侵入してくるはずがないので、
おそらく司の顔見知りであるはずだ。
 


 まず始めに奈央かと思ったが奈央はまだこういった靴を持っていないので却下。
それに、線路上に「巨人」が足を置いてしまうミスなんて、
少なくとも、「箱庭」には慣れている奈央では絶対にしない。
 


 では真美はどうだろうか?
真美はまだこの「箱庭」に不慣れな面もあるが、慎重な性格ゆえに足元には十分注意するはずだ。
それに、今日のこの時間、彼女は友人の家に遊びに行っているはずだから、
わざわざ友人との予定をキャンセルしてまで、司の家に来る可能性は限りなくゼロに近い。
となると、まさに今、「巨人」になって「箱庭」に侵入し、
その巨大な足で線路を塞いでいるのは誰だ!?
司は、正体を確かめるべく列車から降りた。



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  司が上を見上げるとそこには、真美とも奈央とも違った若い女性の巨大な顔があった。
「やっほー、司♪久しぶり〜遊びに来てやったよん♪」
「のわっ、夏姉ぇ。な、なんでここにいるんだよ?」
巨大な足で線路を塞いでいたのは、藤沢夏姫(ふじさわなつき)-司と奈央の従姉にあたる女性だった。
彼女は今は、都内の名門私立大学に通っている大学生だ。
司は幼い頃から彼女のことを「夏姉ぇ」と親しみを込めて呼んでいた。
夏姫とは祖父母の家で顔を合わせることはよくあったが、
司達の家まで、やってくることはあまりなかった。
夏姫がしゃがんで司の方に顔を近づけてきた。
「あれっ?おばさんから、今日私が来ること聞いてなかったの?」
「そんな話はぜんぜ〜ん聞いてない」
「ありゃりゃ、ごめんごめん。
 てっきり知ってるもんだと思ってた。
 司が『箱庭』にいるって、おばさんから聞いてここに来たんだけど、
 ついつい、足元への注意が疎かになって線路塞いぢゃった♪
 私は、あまりここに入ったことがないからね...、びっくりさせちゃったね」
夏姫は、苦笑いしながら司に謝罪する。




 「危うくもうちょっとで、夏姉ぇの足に激突して死ぬところだったんだから。
 とにかく、夏姉ぇもここに小さくならずに入ってきたら、
 ゴ○ラとかキング○ドラなんかの巨大怪獣と同じようなもんだから気をつけてくれよ」
「ハイハイ、今度から気をつけま〜す♪
 ねぇ〜、ところで司。
 このままのサイズだと話しにくいと思うんだけどなんかいい方法ない?」
「ん〜それなら、俺が元の大きさになるか、
 反対に夏姉ぇが小さくなればいいと思う」
「それじゃ、私を小さくしてちょうだい。
 ただし!せっかく、私が怪獣気分を味わってるんだからあまり小さくしすぎないでよ」
 というわけで、夏姫はさっきの5分の1ほどの大きさ
 (それでもまだ身長50メートルはある!)まで縮小した。
周囲の建物は、夏姫の胸あたりまでの高さしかない。
「うん、なんだか、この大きさの方がさっきよりもいい感じ。
 じゃ、私の手に乗って」と夏姫は司の目の前に、自らの巨大な手のひらを差し出した。
「へっ?」
「アンタをどっか、丁度いい高さのビルの屋上まで連れて行ってあげるの。
 そこで話の続きをしましょ。ほら、グズグズしないで早くして」
「なんで俺がそんなことやんなきゃなんねーんだよ」
「姉に従うと書いて従姉のお姉さん。つまり私のことね。
 つべこべ言わずに私の言うとおりにしなさい。いいわね!?」
「ったく〜、わかったよ〜。言う通りにしないとまたどうせろくな事になんないから言われた通りにやってやんよ」



 返事をしてすぐに、司が差し出された巨大な手によじ登る。
夏姫が年上のせいか、司は会話のイニシアチブを完全に握られていた。 
司を乗せた夏姫の手がだんだん上昇していく。
落とされないように、司は張り付くばっていた。
手のひらの上昇が夏姫の顔の高さで止まり、
「司、こっち向いて」と彼女に呼び掛けられた。
司が声に反応して、振り返ると前方から突然、猛烈な風が吹き付けた。
「うわっ」
「おっきなお姉さんの突風攻撃♪」
口をすぼめて息で司を攻撃するとは、この巨大女、完全にノリノリである。
どちらかと言うと「小人」の司は、夏姫に完全にもてあそばれているという方が正しい。


 司が、声を荒げて抗議をするも
「どう?怖かった?驚いた?」と夏姫は気にも留めずに、笑顔で尋ねてくるのだから恐ろしい。
「夏姉ぇ、マジで恨むよ。死ぬかと思ったんだから」
「はいはい、ゴメンゴメン。これでいい?」
「謝り方に誠意が感じられないんですけど」
「謝ってあげたんだから文句言わないの。
 でもね、司がそんなに小さいとついついいじめたくなっちゃうの。
 まるで、昔に戻ったみたいだね♪」
「俺にとっては、夏姉ぇが楽しそうに語る日々は単なる地獄でしかなかったんだけど...」
「あらやだ、司ったら、あの甘くて懐かしく、そして切ないあの夏の日々を地獄だなんて」
「俺にとっては、プロレス技を掛けられたり、
 のしかかられて馬にされた苦い記憶でしかないんですけど…」
「私は、そんな野蛮な真似をした覚えなんてございませんわ、ホホホ」
「夏姉ぇめ、完全にとぼけやがったな」
「司君ったらヒドいわ。お姉さんをそんな風に言うなんて」
口調をガラリと変えて妙な演技をし始める。
「夏姉ぇ、ふざけるのもいい加減にしたらどう?」
「んもう、司はノリが悪いわね。
 じゃ、今から歩き始めるからしっかり捕まっててよ。
 私の手から下に落ちても、知らないからねっ」


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 夏姫の大きな手に乗せられて司は軽々と運ばれる。
夏姫の指一本でさえ、今の司の体より、確実に大きくて太い。
別に、夏姫の指が特段に太い訳ではない。
若い女性らしい細く長くスマートに伸びた夏姫の美しい指。
それでも、小さな司には大木のように感じられてしまう。
司が腕を回しても、恐らく両腕の先同士が届くことはないだろう。
これでも夏姫は通常の3分の1程の大きさに縮小している。
でも奈央は、大体「箱庭」には縮小せずにそのままの大きさで入ってくる。
そして、昔から司は小さくなって奈央の遊び相手になってあげていた。
もっとも、身長200メートルを優に超す奈央の遊び相手になってやるのは大変だったが...
何回か死に掛けたことがあるくらいなわけで。

 だから、司の本音としては現在の夏姫の大きさなんて、
奈央と比べたらかわいいもんだといった感じがする。
「夏姉ぇ〜、足元ちゃんと見て歩いてよ。
道路には車とかいっぱいあるんだから蹴飛ばしたり...」
「えっ、司?今、何か言った?」
夏姫は、手元にいる司の声に気を取られてしまった。
丁度その時、夏姫の足が路上に停車していた
(というよりか置いてあったと言うべきか)模型の自動車を蹴飛ばしてしまった。
蹴飛ばされた自動車は近くに止まっていた車に次々に衝突していって、最後にビルに激突して停止した。
「あちゃ〜やっちゃった」



「な〜つ〜ね〜ぇ〜。
だから、足元には注意しろって言おうとしたのに...」
「わ、私は全然悪くないわよ。
 こ、こんな狭いところに車が置いてある方が悪いのよ。
 絶対そう!つまり、車を置いていた司の自業自得!」
「ちょっ、夏姫ぇ!!こっちに責任転嫁すんなっ!
 夏姉ぇが怪獣みたいに、『箱庭』の中をどかどか歩くから、こういうことが起こるんだよ!」
「う、うるさーい。年上の私に口応えした上に、怪獣呼ばわりするなんて...司、覚悟しなさい!」
そういって夏姫は自由だった右手の指を司の体に絡ませて、「軽く」握りしめた。




「な、夏姉ぇ...く、苦しい」
司は、首から下の体の自由をほとんど奪われて、
それでもなんとか少しだけ動かせる足をバタバタさせて、夏姫の手の中でもがいていた。
だが、いくら司が逃れようと抵抗しても、巨大な夏姫の指はびくともしなかった。
「ふふ〜ん♪お姉さんに逆らったから、こういう風に痛い目に合うのよ。
まっ、でもこれ以上いじめるのはかわいそうだから、
今日のところはこれくらいで許してあ・げ・る♪」
夏姫は司を握り締めていた指の力を抜いて、司を解放してあげた。




 昔から、司は祖父母宅などで夏姫と会う度にいじめられてきた。
当時は泣かされぱなっしだったが、お互いに成長した今ではそんなことも自然となくなっていた。
「いつの間にかアンタに身長は抜かされちゃったし、
それにアンタは男の子だから、もう力で敵うはずもないし...
なんかさびしいなって思っていたら...
人形みたいにこんなに小さくてかわいらしい司を見つけたから
つい...その...いじりたくなっちゃって...ほ〜ら、うりうり♪」




 巨大な夏姫の人差し指が司の股間につんつんと一応やさしく、触れた。
自分の大事な部分を突然触られて、思わず声を上げて飛びのく。
「うわっ、いきなり何すんだよっ」
「ただの悪戯♪司も男の子だからここに『かわいいもの』をつけてるのかな〜って♪
もっと言うとキレイなお姉さんを見て興奮して、ズボンにテント張ってたりしないかな〜なんて思ったり♪」
「そんなわけ...ないだろっ」
「おやおや〜、私の目にはズボンのあたりが、膨らんできたように見えるんだけど気のせいかな?」
「男はココに刺激を受けると反応してしまうんだから、し、仕方ないだろっ。セクハラすんな、この野郎!!」
「司君は変態さんだね。親戚のお姉さんに大事なところをいたずらされてコウフンしちゃうなんて♪」
「あーもう!なんで今日はそんなに俺をいじろうとするんだよ!」
「だって、司をいじめるのが楽しいんだもん。
 それに、中々いいリアクションしくれるからもっといじめたくなるし♪
 よーするにアンタの存在自体が『いじめて下さい』と言わんばかりに私のS心を刺激しちゃうのよね〜。
 『いじめられっこオーラ』があるのよ。
 もしかして学校でもいじられキャラ?」
「いや、そんなことはないって。
 オレをいじめるのは夏姉ぇと...いや、夏姉ぇぐらいだって」
「ふ〜ん、それは本当のことなのかな?
 司が見栄張って嘘を吐いてるとも考えられなくはないわけだし....
 まぁ、いいわ。そんなこと」



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 夏姫が司を手から降ろすのにどこかいい場所がないかと周囲を見回すと、近くの住宅街の中に学校を見つけた。
隣接する校庭も夏姫が立ち入るには十分な広さがあった。
学校の周囲に立ち並ぶ家々を踏み潰さないように、幅の狭い路地に慎重に足を降ろしていく。
路地の幅は、夏姫の足の幅より少し広さくらいしかない。
数本の路地と十数戸の家々を跨いでいってようやく学校のすぐ横の道路に到着した。
それから夏姫は、校舎のそばにしゃがみ込んで、まずは屋上に司を降ろした。
そして夏姫は再び、その場で立ち上がった。
黒のストッキングに包まれたすらっとした夏姫の脚が校舎の横に高くそびえ立っていた。
そこから、軽く校舎をまたいで足を校庭側に持っていく。
この校庭はそこまで広くはないものの、
夏姫が腰を下ろすことができるくらいの余裕が十分にあった。
「よいっしょっと」
夏姫が校庭に腰を降ろした。
巨大なお尻の着地の衝撃が小さな揺れとドスンという音に変わって周囲に伝わる。


 屋上に設置されていた金網越しに、座っている夏姫の巨大な顔と目があった。
模型の学校であるからだろうか、転落防止用の金網の高さは司の首の位置ぐらいまでしかなかった。
下に転落しそうで恐怖感があった。
ただその分、顔を外に出すことが簡単に出来たので夏姫と会話はしやすかった。
「ここは本物の小人の街みたいだね。
 ビルも家も学校もあって、車までちゃ〜んとあるんだから。
  ガリバーみたいに小人の世界の街中を歩くのは気持ちいいね」
夏姫は「箱庭」を気に入ったようだ。
「で、今日は何しにウチに来たんだ?」
「何しにって、司に会いに来たんだけどな〜」
「それは、絶対に嘘だろ。さっさと本当のこと話したら?」
「アンタ、ほん〜っとに素直じゃなくなったわね。まったく、もう〜」
夏姫がなぜか溜め息を吐いた。
「確かにアンタに会いにきたわけじゃないのは事実じゃないわよ。
まぁ、単純に言うとウチの家族みんなでこのあたりに買い物にきて、
近くにアンタの家があるから寄ってくってことになっただけなんだけどね」



  現実世界とはそっくりなようで、全てのもの大きさが全く違う、この小さな「箱庭」の世界。
夏姫は「箱庭」の中のミニチュアの街を歩いたり、
「小人」の司と遊んでるうちに、ある種の優越感を感じたのだろう。
司だって「箱庭」の管理をする時には、
当然ながら縮小化することなく「箱庭」に足を踏み入れる。
だから司も夏姫の言うことに共感できた。




  「ねぇ司。ちょっと元の大きさに戻ってみてもいい?
どうせなら色々大きさ変えてこの世界を探検してみたいしね」
「仮に、俺がダメって言ってもどうせ無視するつもりだったんだろ?
もう、勝手に好きにしたらいいよ」
夏姫には何を言っても無駄だということがわかったのか
司は夏姫の好きなようにさせることにした。
「ありがとう〜♪流石は司だね〜。
お姉さんのいうことはちゃんと聞いてくれるね♪」
今までの発言を180度ひっくり返すようなことを言って、
夏姫はやけにうれしそうな表情を浮かべた。



 「じゃ、少ししたらまたここに戻ってくるね。
えっと元の大きさに戻るスイッチは...」
夏姫が、手に持っていた縮小機をまだ慣れない手付きで操作する。
しばらくすると、夏姫の体が次第に大きくなっていった。
元々、巨大怪獣サイズはあった夏姫の巨体がさらに巨大化していく様は壮大だ。
もしも夏姫のそばにいるのが司ではなく、
「箱庭」や「巨人」になれていない人間なら生命の危機に感じられるかもしれない。
さっきまで夏姫の体全体で占領されていた校庭は、
今となっては夏姫の左足だけで占領されていた。




  夏姫のもう一方の足は校舎を挟んで反対側に置かれていた。
たまたま、足が置かれた場所は空き地だった。
夏姫がうまく空き地を見つけたようだ。
建物や家屋が、夏姫の足で踏み潰されるようなことは何とか免れた。
  

                                                            *



  さて今、夏姫は校舎の真上で両足を少し開いて立っている。
少しといっても、実際には、足と足の間は100メートル近くはある。
そして、司の頭上には夏姫のスカートが悠然と翻っていた。
ということは、もちろん夏姫の直下にいる司には、中身が丸見えだった。
「司、私がここから動く前にスカートの中を見たら、学校ごと踏み潰すから。
アンタの考えてることはすべてお見通しよ!」
真上から降ってきたのは夏姫からの死の警告だった。
おそろく踏み潰すというのは、冗談であろうが司には冗談には聞こえなかった。
夏姫は、司がいるはずの場所を把握していた。
司のおよそ150倍はある夏姫の巨体から発せられた声は、
周囲の大気を震わせるほどの音量だった。
さっきまでの夏姫の声の音量とは、比べものにならないほどデカい。
夏姫から死の宣告を受けたからと言って、司だって男だ。
夏姫の足元という絶好のポジションにいるというのに、
多少脅された程度でみすみす見逃すわけにはいかない。
  



  これが妹の奈央のスカートの中だったら、
さすがに覗くことはしないだろう。
(たまに見えてしまうことがあるができる限りみないようにしているが
やっぱりどうしても見えてしまうことがある。コレは不可抗力だ)
ちなみに一週間前見えてしまった時には青と白の縞パンだった。
司の「息子」は正直者なのか、ついつい「反応」してしまった。
自分が兄として少し情けなくなった。





 だが、しかーし。今回の相手は夏姫だ。
性格と口に多少問題点があるが、
黙っていれば基本的にはキレイなお姉さんである。
この超ローアングルな場所から夏姫の覗いてはイケないところを、
あえて覗き見る価値は十分にある。
加えてさっきから、夏姫からは散々嫌がらせを受けている。
その反撃として頭上に目を向けてスカートの中を一瞬見るくらいなら、
夏姫は許さないにしても、神様は許してくれるはず。
司は自分にかなり都合のいい言い訳を考え出して、自分自身を納得させた。
「ちょっと、司。私がどのあたりを歩いていいか教えなさい。
教えてくれないとそこらへんをテキトーに歩いてくから。
建物踏み潰しちゃっても知らないわよ」
「女王様」は、さらに巨大化してもっと傲慢になったようだ。
「箱庭」を傲慢な巨大女王様の魔の手....じゃなくて魔の足から守るため、
渋々、司が現在いる位置から一番近い「巨人」用歩道が通ってる場所を教える。
「ありがとっ」
「女王様」も小人に礼を言うくらいの優しさは、一応持っていたようだ。



 
 思いきって頭上を見上げると上空にピンク色の部分が見えた。
夏姫の下着だ。しかも女の子らしいピンク色。
夏姫の好みは乙女チックだったので司には以外に感じた。
それは実にすばらしい光景だった。
男なら興奮しない者はいないだろう。
今晩のオカズが瞬間的に決まった。
それに、司としては先程からヤケに高圧的な態度を取って、
自分をコケにする夏姫のスカートの中を見れたことで、
少しはリベンジできたような気がした。





 その一方、夏姫は本当に司がスカートの中を覗き見ていることには、全く気付かないまま歩いていった。
夏姫自身、まさかあの司が上を見上げて本当にスカートの中を覗くとは予想していなかったからだ。


<つづく>

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