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2.

  由佳が1000倍サイズとなったことで彼女の意識が確実に変化しつつあった。
今日までの「ゲーム」で何度か経験している100倍サイズだと、たとえ小さな小人の街とは言え、
由佳の目線から見下ろしても足元にいる小人の動きはそれぞれ逐一、
彼らが歩いてたり、走ってたり、腰を抜かしていたりとしている様子がしっかりと見えていた。
街中の建物も普通のビルやマンションなら膝ぐらいまでの高さはあったし、
一戸建ての家を踏み潰せたとしても、それはせいぜい一度に二軒だった。
だから、小人の街を一つずつ確実に踏み壊していくという実感があった。





 それがまた大きくなって1000倍サイズとなってからは、果たしてどうだろうか...
今の1500メートルの高みからでは、一人一人の小人の動きなんて全く見えないし、
この街にある程度の建物ならほとんど足を持ち上げることなく、まとめて一気に踏み潰せるようになった。
再び巨大化したことで、あらゆるものを同時に、大量に、容易に破壊できるようになったのは事実だ。
だが、それは由佳にしてみれば弱すぎて脆すぎて、相手に張り合いがなくなったように感じられていたのだ。





  (う〜ん、この街の建物って思った程大きくないのよね...
私が大きくなりすぎただけなのかもしれないけど...
大浜まで行ったら、また智之に頼んでちょうどいい大きさに変えてもらおっかな...)
約1500メートルの高みから真下を見下ろすなんてことなんて、由佳は当然、体験したことなかった。
こうして巨大化してる時、時々、自分が巨大化しているのか、周りの世界が小さくなっているのか、
どちらなのかわからなくなることがある。
巨大化してても、体は現実と変わらずに自由自在に動かすことができる。
なので、巨大化したのではなく、自分以外の世界の全てが小さくなったかのように感じてしまう。
もっとも今は、どちらにしても、自分の一挙手一投足で街がいとも簡単に壊れてしまうのだが...




  ここから大浜に向かうには、再び県境の山を越えなければならない。
高さが由佳の脚よりも低いこの山が、由佳の行く手にある唯一の障害らしい障害だった。
それ以外は所詮は人工物、300メートルにすら達しない高さしかない。
由佳がちょっと頑張れば、山肌に障ることなく跨ぎ越えられるだろう...
由佳は少し注意を払いながら、一跨ぎで山を跨ぎ越した。




 こうして、大浜の南端に身長1500メートルの超巨大女子高生が出現し、
その場には天を貫くようにして、二本の巨大な柱がそびえ立った。



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  山の反対側にやってきたと言っても、足元の風景は川山市周辺とあまり変わらなかった。
一戸建ての家が立ち並ぶ住宅地と田んぼや畑が半々ぐらいで、
それなりの高さがある建物は一部のマンションを除いてはなかった。
(このあたりにいる小人さんは突然やってきた私を見てどう思ってるのかな...?
って言っても、小人さんとはテレパシー出来ないから無理よね...残念)
由佳は今の自分を小人の視点から見たらどうなるのか、少しだけ気になった。
(どうせ智之はまたこっそりとどこからか見てるはず...むぅ〜)
仮に由佳が小人視点からの映像が見てみたいと智之に訴えたところで、
午前中のように、「オレとビデオを一緒に見ようぜ」という展開になるだけだ。
智之と一緒にプレイの映像を見るとなると、由佳はいじられ放題となってしまう。
この展開だけはどうしても避けたい。
(ふ〜んだ。智之への文句を込めて、このあたりもめちゃくちゃにしようっと...)



 とは言え、小人の街を虱潰しのように、あまりに丁寧に踏み潰していくともなると、
いくら1000倍サイズの由佳でも時間が掛かり過ぎる。
だから、由佳は潰し甲斐のあるところだけを集中的に狙っていくことにした。
駅や団地、ショッピングセンター...
人や車がたくさん集まっていそうな場所。
そんな所が由佳の気まぐれで、次々に踏み潰されていった。




  巨大化に反比例して、感じる罪悪感は小さくなって由佳の破壊衝動を後押ししていた。
小人が視界に入らず、建物を壊すことがメインになっていたことも大きい。
ふみふみ...ふみふみ...
200メートルを優に越える由佳の足では、どんな建物でも一撃で潰されてしまう...
(ふふ、み〜んなちっちゃ過ぎだよ...)
包装用のエアパッキンを一つずつプチプチ潰していくと気持ちいい...
それに近い感じかもしれない。



 大浜に向かって北上していくにつれて、だんだん田んぼや畑が少なくなってきて、
その代わりにほとんどが住宅地になってきた。
マンションなら一棟まるごと、一戸建てであれば二十戸程が一気にまとめて巨大なローファーに踏み潰されていく。
由佳の存在に気付いてからのわずかな時間の間に、小人に脱出することなど不可能だった。
哀れにも、巨大なローファーの下敷きとなり土に還っていく...




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 1000倍サイズというかつて無いほどに巨大化した由佳によって、大浜南部は局地的な被害を受けていた。
遥か上空から、この大浜南部を見下ろすとところどころに深く刻み込まれた由佳の巨大な足跡がはっきりと視認できた。
周りと比較して、茶色く足型に地肌が露になっている部分が由佳に踏み潰された跡だと分かる。
幸運にも踏み潰されなかった車や建物と比較して、その足跡の大きさは際立っていた。
(なんてデカい足跡なんだ....一戸建ての家が小石のようじゃないか!
 由佳の巨大さが分かっていても、自分の目で実際に目の当たりにすると....ゴクリ)




 加えて、足跡の部分は由佳の膨大な重量によって周囲より10メートルほど低くなっていた。
その淵の部分は、崖のように切り立っていた....
崖となっている部分は脆くなっているのか、土砂が底に向かってパラパラと落下していた。
そして底の部分には、巨大な靴の裏側の凹凸の溝の型通りに潰されてしまった街並みがあった....
家も車も街路樹も皆等しく平らになってしまってる。
(こ、これがギガサイズ由佳の力....もうたまんねーな!!!)
智之は眼下に広がる光景に興奮を禁じえなかった。
この破壊活動が少なくとも一部は自分のためであることは確かだ。
そのことが興奮をさらに加速させている。



 由佳は力を込めて踏み潰していったわけではないだろう。
ただいつものように歩いていったまでだ。
だが、由佳は1000倍の大巨人だ。
街を直接破壊しているローファーだけ見ても、
長さは230メートル、ヒールの高さだけでも30メートル、重量はなんと27万トンもあるのだ。
こんな巨大な靴に一度踏み潰されてしまえばどんなに強固な建物でも意味が無い。
以前の100倍サイズならこうまではならなかっただろう。





 そして、後に残されたのは、一つ一つが途方も無いくらい巨大で深淵のような深みを持つ足跡。
無論、そこはほんの少し前まで人間たちが普通に暮らしていた場所だったのだ。



 身長1500メートルの超巨大女子高生はそんな街並みを次々と巨大な靴底で踏みにじっていったのだ....





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 山を越え、大浜に入ってほんの少しだけ時が立った。
だが早くも、由佳は大都市大浜市の寸前にまで達していた。
特におかしいことではない。
今の由佳は1000倍の大きさがあるのだ。
その大きさ故に、由佳の歩行スピードも理論上の数値では時速4000キロだ。
今の由佳なら日本の北端から南端まで歩いたとしても、一時間で余裕でおつりが来る。
由佳からすれば大浜ー川山間もたったの60メートル...わずか一分弱で行けてしまう。
忘れてはならないが、今の由佳では歩くことすら大災害を引き起こすのだ。
身長1500メートルという人体が時速4000キロで歩行するということ...
それ自体が膨大な量の周囲の空気を掻き乱し、音速の数倍という驚異的な速度で様々な方向へと押し出されていく。
凄まじい暴風と衝撃波が、由佳から遠く離れている地点でも全てを吹き飛ばし破壊していったのだった....
多くの人間が何が起こっているかわからないまま命の失っていった。


 それはまるでクライシス・ムービーで核ミサイルが次々と地上に打ち込まれているような終末の光景だった。





 地上から事態の推移を見守っている智之にしてみれば、「ゲーム」が始まってからずっとめくるめく興奮の光景が続いているわけだが、
一方でやっている方の由佳からしてみれば、川山市まではともかくとして1000倍となってからはただ歩いているだけに近かった。
なんだか面白みが少ないと感じたのだ。
なので、由佳は思い切って智之に大きさを変えて欲しいという自分の希望を打ち明けることにした。





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 「ねぇ、智之〜、私の大きさ変えてよ〜。
なんか大きすぎてこの大きさつまんないよ...」
「ダメ」
「えー、なんでよ....」
由佳は不満そうな表情を浮かべている。
「ストップストップ〜。今の由佳の立場はなんだったかな〜?」
「うっ...」
由佳は思わず押し黙ってしまった。
「なんだったかな〜」
それでも、智之は沈黙を以て答えと認めることはしなかった。
「...メイドさん」
「由佳は誰のメイドさんなのかな?」
「......智之のメイドさん」
由佳は少し間を置いてから、答えを口にした。
照れてしまったのか、由佳の頬はまたピンク色になっていた。





 「じゃ、ちゃんとご主人さまであるボクの言うことを聞かないとね。
一度、由佳が大浜という大都会を1000倍サイズで豪快に破壊する光景が見てみたいからから、まだ大きさは変えてあげないよ。
いいかな、由佳?確かにこのあたりは小さな建物しかないから、つまらないかも知れないけど、
大浜の中心部には高層ビルも多いからさ。楽しみにしてて欲しいな。
もちろん100倍サイズも好きだから後でちゃ〜んと大きさを変えてあげるからさ。
それまで待っててくれよ」
「わ、わかりました...ご、ご主人さま...」
「それと、由佳は素直にしてた方がかわいいんだから、別にツンツンする必要ないと思うんだけどな...
そこんとこは、まぁ別にいいや。ツンツンもデレデレもかわいいから。
それよりそろそろ大浜の街並みが見えてきただろ?ほら、あっちの方」
智之に言われた通りの方向に、由佳は目を凝らしてみた。
ちょっと先に、大きな川(もっとも今の由佳ならば一歩で跨げるくらいの幅)が流れていて、
その川の向こう岸の近くには敵の侵攻を防ぐためなのか、
城壁のように高い壁がずっと連なっているのがわかった。
それでもやはり、今の由佳の巨大さからしたら、この長大な城壁であってもないに等しいように思えた。






  「川の向こう岸にずーっと城壁があるの見えた?」
「うん...」
「あの城壁に囲まれている都市がお目当ての大浜市さ。
城壁と言えども、全然古めかしいものではないんだけどね」
「じゃ、あれって何なの?」
「よくぞ聞いてくれた!
あの城壁は大浜市を襲撃する巨大娘から市民の人命と財産を守るための防御システムなのだ!」
「ねぇ、ご主人さま〜。
この『街を襲撃する巨大娘』って一体誰のことですか〜」
由佳が滅多に出さない猫撫で声で聞いてきた...
こういう時には、恐らく由佳の額には小さな青筋がピキピキと浮き出ているはずだ。
俗に言う笑ったままで怒っている状態と言うわけだ。





 (あっ、ストレートに巨大娘って言うのは、やっぱりまずかったか...
でも、今は由佳に直接攻撃される恐れもないし、もう少しいじめてやる...)
「そりゃ、もちろん由佳に決まってるって。
難攻不落絶対防御のあの城壁を由佳がいとも簡単に破壊してみせて、
大浜の街を火の海にして小人さんたちを恐怖のどん底に突き落とすことになってるんだから...ニヒヒヒ。
一応言っておくけど、あれは高さ150メートルはあるし、その手前の川だってそんなには小さくはないんだぜ。
川と城壁の二つを余裕をもって越えてもらうには1000倍サイズのままでいいかなって思ったからさ」
「...やっぱり...智之はほ〜んとしょうがないご主人さまなんだから...」
「あれ怒らないんだ...?」
「もうその段階はとっくに過ぎてるって...バカ...」
「そっか...いつも悪いな。オレのわがままに付き合わせてしまって....」
「でも、智之のそういう自分にも私にも正直なところは、キライじゃないよ。
 下手に隠し事されるよりはよっぽどいいと思う....」
「それは褒めてくれてると思っていいのかな?」
「んー、智之が感じた通りとしか言ってあげない♪」
かわいらしい笑顔を浮かべた由佳に答えをはぐらかされてしまった。






  「それから...智之に言われた通りにやってあげるのはいいけど、私からも一つだけ条件言っていい?」
「ん?」
「今日の夜は甘えさして欲しいの...
智之が最近私にあんまり構ってくれないし..私を抱っこして.ぎゅーってしてほしいな...
その久しぶりだし...明日も休みだから別に問題はないよね?」
「あぁ...いいけど...」
(機嫌が悪くなったのかなと思えば、なんだそういうことか。
確かに、せっかくのデート中なのに一人巨大化させられたら寂しくなってもおかしくはないよな...
むむ、これは反省しなきゃいかんな...)
由佳は少し恥ずかしくなったのか、俯き加減で指先をモジモジさせていた。
(もっとも、もうすぐしたら家に帰るでもなくここでたーっぷりかわいがるつもりだけど...
アイツは知らないハズ...ニヤニヤ)


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  「ねー、さっきから返事がないんですけどぉ〜」
「あっ、ゴメン。ちょっと考えごとしてた」
「で、どうやって私にこの街を滅ぼさせつもりなのかしら、ご主人さまは?」
「ん〜そうだな...あの城壁を乗り越える前に中の小人さん達が、逃げられないようにするために、
川に架かっている橋をできる範囲内で壊して欲しいな」
由佳が今いる場所からは、大小合わせて少なくとも四つの橋が確認できた。
これらの橋を落としてしまえば、大浜にいる小人たちの南に向かう逃げ道はほとんどなくなるだろう。
逃げ場を失った小人たちをじわじわと追い詰めるのも巨大メイドの由佳の仕事だ。



 「かしこまりました、ご主人さま♪あんなちっちゃくて脆そうな橋なんてすぐにでも壊してみせます♪」
「あっ、由佳。そんなにメイドさんキャラは無理しなくてもいいから....」
「何よ。そんなに私のメイドさんキャラがヘン?やれって、言ったのは智之なのに....むぅ〜」
「いや...なんでもない」
由佳がその気になれば、今みたいに従順でかわいらしいメイドさんキャラを簡単に演じられるのだが、頻繁に披露してくれるわけではない。
とっておきということなのか、それとも....?




  「ご主人さまが今回は『ブレザーの制服を着させられた巨大なメイドさんが小人さんの世界をめちゃくちゃにする』
っていう設定がいいなっておっしゃられたので、その通りにしたまでですけど何か?」
「いやそのまま続けてくれて問題ないよ...」
「では、ご主人さまはゆっくりとご覧下さいませ♪」
ここでテレパシーが切れた。


 (急にメイドさんモードになったら、こっちが焦るっつーの...
それにしても、いよいよこれから由佳が大浜の街を破壊していくのか....
大浜の街のマップデータを作るのにどれほどの時間を費やしたことか....
作業自体は全然、難しくはないんだけど、一つ一つの建物のデータを再現出来る様に
構築していくのにやけに手間が掛かったからなー。
その分、自由度と満足度も高くなるけど....
いよいよ1000倍由佳たんの豪快な破壊が始まる....ウヒヒヒ....)



 智之はこれから大浜市で、由佳が捲き起こす惨劇を心待ちににしていた....





<つづく>

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