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5-1.


 沖合の海で一隻の豪華客船と多数の戦艦を、おもちゃのように弄んで、沈没させた由佳。
そこから智之に誘導されて、大きな港が広がる臨海都市の玄関口となる湾が見えるところまでやってきていた。
その手には、撃沈した軍艦の残骸が握られていた。
由佳曰く、これは「お土産」なんだそうだ。
一体、誰に対するお土産なのかは分からないけれども……
もはや言わずもがな。
次は、この街が巨大スク水少女に弄ばれてしまう運命になっているのだろう。
神様の気まぐれというには、あまりにも残酷だ。



 「そのまま湾の奥の方まで歩いていって大丈夫だよ」という智之の言葉通りに、500倍サイズの由佳は海をずんずん進んでいく。 
(ふぅ〜、ここまで結構歩いたかな?智之は、ここまでそんなに遠くはないって言ってたけど、実際は違ってた訳だし。
それに足元にはちっちゃい船がいっぱいだし……もう、みんな沈んじゃえっ)
イライラし始めた由佳は、智之のシナリオにはない行動をとった。
たった一人の、だけどとっても巨大な女の子のちょっとしたイライラがとんでもない災害を引き起こしたのだ。



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 身長750メートルのスク水少女の由佳は、その場で足を使って海水を掻き回し始める。
由佳の足を動かされる範囲が段々拡大していって、掻き回された大量の海水が大きな波を創りだしていった。
由佳の近くを航行していた船は即座に逃げ出した。
だが、想像を絶する速度で迫りくる波から逃れられるはずがなかった。
高さ十数メートルの大波の直撃を受けて、木ノ葉のように翻弄される。
波を受けきれなかった船は次々と転覆していき、終いには全て同じように海面の下に消えていった。



 「ふふ、今ので私の周りにいたちっちゃなお船は、みんな沈んじゃったかな? 
それじゃね、次は……もっともっとおっきな波を作ってみせてあげる♪」
由佳は膝を曲げて手が水に届く程度までしゃがみ込んだ。
由佳の巨体の移動により空気が押し出されて強風を発生させる。
そして、両手を海水に付けて、押し出すように大きく、力強く前後に動かした。
足で掻き回すよりも、さらに大量の海水が2つの手のひらで動かされる。
より一層、大きな波が生み出された。
由佳は何度も往復させて、次々と波を作り出していく。



 「ほらほら〜♪津波だぞ〜♪ 早く逃げないと飲み込まれるぞ〜♪」
由佳は大波を作り出した後、しばらくの間、波の行方を観察していた。
波の行く手には、大きな港街が控えていた。
このまま行けば、まず間違いなく大波の直撃は避けられない。
元々、智之のシナリオでは、この後、ここを巨大な由佳が暴れまわって破壊するはずの街だった。
由佳の手によって作られた巨大な波は、その尋常ではないスピードと威力を落とさずに保ったまま、
湾の奥にある市街地の方へと襲い掛かろうとしていた。
(どうせ私があの街を壊すんだし、たまにはこんな予定外のことをして智之に悪戯してみるも……悪くは無いかも♪)



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 港の岸壁で、いつものようにのんびりと礒釣りをしていた初老の男性が海の異変に気付いたのは、由佳が大波を引き起こしたすぐ後だった。
男性は、さっきから随分と強い突風が吹き付けたり、何やら沖の方で海鳴りような妙な音がするとは思っていた。
が、港の近くにある工場の作業音だと思って気にも止めていなかった。
だが何となく胸騒ぎがして、今、ふと男性が顔を上げて目の前に映ったのは、凄まじい速度でこちらに迫り来る水の壁だった。
男性が水の壁の正体が巨大な波だと気付き、慌てて釣り竿を投げ捨てて、そこから逃げ出すまでに掛かった時間のはわずか一秒。
しかし、時速100キロ以上の速さでやってくる大波は、わずか一秒で約30メートルも進むのだ。
人間の走る速さなど軽く超える。
もはや釣り人の男性に勝ち目など全くなかった。
次の瞬間、彼は何が起きているのか分からないまま、波に飲み込まれていった。




 U字型の湾の形状により、湾の奥に達した波はさらに威力とスピードを増していた。
沿岸に点在する港まであっという間に到達した大波。
そこに停泊していた小型漁船や中型の貨物船を波に飲み込むとそのまま一気に陸に押し上げた。
この恐ろしいまでの波の勢いに船の大小は関係なく、ただただ木の葉のように流されていくだけであった。
そして、陸に上がった波は港の近くにあった倉庫や車と一緒に釣り人を押し流していった。
波は陸上に達してもまだ勢いは収まらず、より奥にあった大きな工場や資材置き場にも襲い掛かり、皆一様に水流に沈めていく。
さらには、海沿いを走っていた列車までも横転させて、何もかもを波に巻き込んでいき、恐ろしいまでの水の力で港町を破壊していった。
第一波だけでこの有り様で、この後、さらにより大きな第二波、第三波が港へと押し寄せてきたのだ。
沖から幾度と無く襲い掛かってきた大波は、大きな港をまるごと飲み込み、瞬く間にその場所を「海」にへと変貌させていた。
大波の被害は当然、街の海沿いの地域だけには止まらなかった。



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 元々、この街には市の中心部を貫くように流れ、湾に注ぎこむ比較的大きな川があった。
湾岸部を飲み込んだ大波は、悠々と湾の一番奥にある川の河口にまで押し寄せた。
近くの岸壁に停泊していた小型タンカーも強すぎる波の勢いには逆らえず、波に攫われていった。
流されたタンカーは河口付近に架かっていた国道の橋の橋脚に叩き付けられるような形で衝突した。
積荷として、重油を搭載していたタンカーはその衝撃ですぐさま爆発、炎上した。
波自体は橋の本体までは届かなかったのだが、橋脚がタンカーの爆発によって崩壊した。
橋の崩壊により、その時、たまたま橋を通過していた何台かの自動車や路線バス、歩行者が運悪く巻き込まれてしまった。
彼らには為す術もなく、波の荒れ狂う真下の海に落下していった。



 そして河口付近を猛スピードのまま通過した大波は、勢いをそのままに、川を逆流していったのだ。
逆流を続ける津波はあっという間に河川敷を飲み込んだだけではなく、川の堤防をも軽々と乗り越えていく。
川の両側に広がる街の繁華街や住宅街に侵入した水は至る所を水没させた。
住宅地に達した波は街中の街路樹や電柱を薙ぎ倒し、家屋をも押し流していく。
漁港から流れに乗って、漂流してきた無人の漁船をビルに突き刺していった。
その水の深さはみるみるうちに人間の胸の辺りにまで達する程だった。
何の前触れもなく、堤防を乗り越えて住宅街を襲ってきた水に住民や車は、枯れ葉のようにただ流されていくのみであった。



 住宅街の川を挟んで反対側の位置には、大きな地下街もある繁華街があった。
普段、地下も地上も昼間でも、買い物に来た人々で割りと混雑している場所だ。
そういった人が密集しているところに、突然、海から川を逆流し堤防を乗り越えた津波が侵入してきたのだ。
地上にあった街路樹も車も人間も全てを押し流した濁流は、地下街に通じる階段を下っていった。
地下に入ってきた水の逃げ場はなく、水位はみるみるうちに上昇して、
ついには地下街の全てが水で満たされてしまった。
地下街に取り残されて、パニックに陥り逃げ遅れた多くの人々が犠牲になった。


 最終的には、市街地の大半の地域に海水と淡水が混ざった大波が押し寄せ、それによりこの一帯は1メートルほど浸水したのだった。



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 由佳はしゃがんだまま、波の行く末を見守っていた。
由佳にしてみれば、波の高さはせいぜい5センチ程度のものだったが、実際はその500倍の25メートルなのだ。
自分が作った「小さな波」が全てを飲み込み、街を破壊していく様に興奮と優越感を覚えた。



 「あ〜あ、由佳ってそんなひどいこと出来るんだ〜」
いきなり智之の声が聞こえて、由佳はビクっと体を震わせた。
「本当なら、この街は由佳に踏み潰してもらおうと思ってたのに……でもね、かえっていつもと違ってよかったよ。
巨大スク水少女がいたずら半分で起こした津波が街を壊滅させるなんてね、めちゃくちゃ興奮したよ。アドリブの行動としては、100点だな」
「えっ、そうなんだ……」
由佳は、智之に褒められて何だか急に恥ずかしくなった。
本当なら、シナリオ外の行動をして智之を驚かせてやろうと思ってたのに、逆に、智之を喜ばせる結果になってしまった。




 「さてと、この街はもうダメになっちゃったから、予定を変更してと。由佳〜、とりあえず街に上陸して。それから、また次にやって欲しいこと話すからね」
智之に言われるままに、由佳は街の方に向かって歩き出す。
由佳が動きだしたためにまた大波が発生したが、先程の大波によって、もうすでに臨海部はあらかた洗い流され、破壊尽くされていた。
津波で破壊された船や工場の残骸が海の上に無残にも浮かんでいた。
それら海面に浮遊する瓦礫をもろともせずに由佳はさらに港の奥へと進んでいく。
湾内は浅く、海水面は由佳の踝にも届かないほどだった。



 そして、由佳は街に上陸したのだった。
智之の手によって、500倍に巨大化させられた大巨人の由佳。
何も履いていない素足でさえ、優に100メートルを超えるほどの大きさがあった。
今、この街で一番大きいのは由佳だった。
すべては由佳に見下ろされる。
「本当ならこの街は由佳の足だけで更地になってしまうはずだったんだけど、代わりに今は由佳津波のせいで街中が浸水しちゃってるね」
「ふんっ、こんな小さな街なんか私にとってはどうでもいいもん」
「うん、そうだね。身長750メートルもある巨大スク水娘の由佳にとっては、この街は小さすぎたかもしれないね。
 でも、まだ壊滅ってほどではないし、残っているの全部、由佳の足で踏み潰していってよ」
「……いいけど、裸足でもケガしない?」
いくら自分が大きいとはいえ、靴も靴下も履いていない素足で街を踏み潰すのは、傷ついたり痛かったりしないかと心配だったのだ。
「もちろん。こっちにいる間は絶対にケガしないし、傷すら付かないようにちゃんとあらかじめ設定してあるから、何を踏み潰しても大丈夫。
 さっきアレだけ軍隊から砲撃食らっても痛くも痒くもなかっただろ?それと同じわけさ。
 さささ、由佳が好きなだけ踏み潰していっていいからね」
智之はそれだけ言うとまたしてもどこかへと消え去った。
(ほんっとうに好き勝手言うんだから……
 そりゃ、今日一日は『智之専属のメイドさん』ってことになってるし、智之の好きにしていいよって言ったのは私の方だけど……)
由佳はぶつくさ文句を言いつつも、足元の水浸しになった小人の街を気にかけることもなく、中心部の方へとずんずんと進んでいった。



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 いざ上陸してみると思った以上に、街は広範囲に渡って浸水していた。
眼下に広がる街を見渡す限り、道路、公園、学校、繁華街、住宅街……
どこもかしこも由佳が作り出した大波によって、街中に海水が入り込んで、いたるところが水浸しになっている。
街並みの中に広がる水面に太陽の光が反射してきらめいて見える。
上陸したのはいいものの、ただ、ぼーっと立っているだけでは、智之は満足してくれなさそうだ。
なので、とりあえず近くにあった商業ビルと思しき建物を壊してみることにした。
(ビルと言ってもこの程度の小ささなのね……)
由佳は、建物の小ささに驚きを隠せなかった。
500倍サイズになって街にやってきたのは、今回が初めてだ。
これまでのプレイではこんなにも巨大化したことはなく、今まで以上に自分の大きさに戸惑ってしまう。
海にいる間は比較対象が船しかなく、自分の大きさを実感することはあまりなかった。
こうして街に上陸して、自分がどれだけ大きくなっているかを身を持って感じ取ったのだ。



 元々、海に近いこの辺りでは高さのある建物は少ない。
地上にあった建物のほとんどは大波で洗い流されてしまっているようだ。
今はだだっ広い更地に押し寄せてきた海水が留まり、小さな池のようになっている。
そんな中で、このビルは大波に飲み込まれずに、その場に残っていた数少ない建物であった。
とりあえず左足だけでバランスを取りつつ、右足をブラブラとビルの真上に翳してみる。
それだけもう、由佳にとっては小さいこのビルは足の影に隠れて見えなくなってしまった。
元から無人だったのか、それともどうにか逃げ出したのかは分からなかった。
が、ともかくビルは無人のようだった。
足をさらに近付け、ビルに触れさせた。



 すると驚くことにビルは抵抗なく一気に潰れてしまった。
まるで砂の城を押し潰したような感触が、何も履いていない足を通じて由佳に伝わった。
(なによ、これ……)
それはあまりにも脆かった。
脆すぎてビルを踏み潰したという感覚は薄い。
が、さっきまでビルがあった場所にあるのはコンクリートの瓦礫の山。
自分のせいでこうなったのは明らかだ。
軽く触れただけなのにあっさりと壊れてしまったようだ。
それと靴で踏み潰していくのとはまた別で、足の裏を軽くくすぐられるような感触が気持ちよかった。
(智之が踏み潰していってって言ったわけだし、別にいいのよね……)
ここからもっと中心部に行けば、建物はいくらでも残っている。
そこに行って、そこら中にある建物を尽く踏み潰していけば、もっともっと智之は満足してくれるだろう。
単純明解なやり方。由佳の脳裏に興奮してはしゃぐ智之の姿が思い起こされた。
後で中心部に行くとして、この臨海部にも壊し甲斐ある建物は色々とありそうだった。



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 次に、由佳の目に止まったのはかなり大きな何かの工場とそれに隣接する倉庫群。
これほどの広大な敷地を有しているとなるとさすがの由佳でも破壊するのに少し時間が掛かりそうだ。
ただ、何を製造している工場なのかは上空から見下ろすだけでは判断できない。
製鉄所なのか、自動車工場なのか、それとも化学薬品工場なのか……
しかし、そんなことは些細なことでしかない。
いずれにしても完膚なきまでに踏み潰し、蹂躙していくまでだ。



 ここも大波の直撃を受けたのだろう。
よく見てみると既に工場の至る所が波によって、破壊されているようだ。
この様子では施設の内部にも大量の水が侵入しているだろう。
(もう十分壊れちゃってるみたいだし、踏み潰していっても今さらどうってことはないわよね……)
もう操業が再開できないほどのダメージを食らったところに、今度は由佳が直接、情け容赦なく、攻撃を仕掛けていく。
工場の施設を手当たり次第……もとい足当たり次第に破壊していく。
大きな排煙用の煙突をつま先で蹴り、倒壊させたり、足を振り子のようにして施設の建物を地上から一掃するごとくなぎ払っていく。
建物を踏み潰していった際に足裏に張り付いた工場のガレキがパラパラと真下に落下していく。
ガレキの大きさと落下してくる高さのせいで、これだけでも、十分に無視できないほどの被害をもたらす。



 手当たり次第、目に付く場所を破壊していくこと数分。
工場の施設の大半を破壊、もしくは再起不能なまでのダメージを与えてやった。
何もかも思い通りに蹴散らすことができて、何だか気分がいい。
(これが智之が言ってた破壊の快楽ってやつね……
 まぁ、そりゃ気分はいいけど、智之が覗き見ていること考えると恥ずかしいことには変りないし……
 智之に何聞かれても誤魔化しておかない。智之のことだし、調子に乗って、もっとヘンなこと要求されそうだし……)
自分が破壊した工場だったところを見下ろしつつ、そんなことを頭の中では考えていた。



 大きな異変があったのは、ちょうどその時だった。
水に触れて反応すると爆発する化学物質が工場内にあったのか、可燃性の物質に何かの火が引火したのか。
突如、由佳の背後で、破壊した施設の残骸が爆発・炎上した。
振り返ってみると爆発によって生じた赤黒いキノコ雲が空高く立ち昇っていた。
爆発地点と思しき場所の周辺では、爆発によって生じた炎がガレキの山に延焼していた。
爆発の規模は凄まじく、爆音と共に爆心点から同心円状に衝撃波を伴った爆風が吹き抜けていった。
が、由佳には暖かいそよ風程度にしか感じられなかった。
(びっくりした〜……いきなり大きな音がしたと思ったら工場が爆発するなんて……
 もうあんまり近寄りたくないし、ここはこのくらいにしておこうかしら……)
これだけめちゃくちゃにすれば、智之も十分満足してくれたはずだ。
更なるターゲットを求めて由佳は、この場を立ち去ることにした。 




<つづく>

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