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3.

 スクール水着を着せられた由佳は、海のど真ん中に立っていた。
青々とした海水が膝のあたりまで達している。
キョロキョロと周囲を見回すが、自分の体と海水以外の他は何も見当たらなかった。



 智之がさっき説明したシナリオの一番最初の場面通りにちゃんとなっている。



 「…し、も…もし?あーあーもしもし?オレの声聞こえてる、由佳?」
いきなり智之の声が、頭の中に割り込んできた。
「えっ、智之?」
突然のことで、返事が変に高い声になってしまった。
姿は全く見えないのに、声だけは直接聞こえるなんて変な感じがした。
「えっと、今『ゲーム』にあるテレパシー機能を使って由佳と直接会話できるか、試してみたけどうまいこと出来たみたいだな」
「今、智之はどこにいるの?」
「どこと言われても、オレのほうはまだどこにも姿は現してないからなんとも言えないんだけど…」
「ふ〜ん、『テレパシー機能』ね〜、やけに便利な機能だね」
「『ゲーム』ではコンピュータを通じて意識が、共有されている状態だから出来るみたいだよ」
智之もどういうことか詳しくは知らなかったので、テキトーに言葉を取り繕って誤魔化しておいた。



 「じゃ〜ね〜、最初はあれを襲いに行ってほしいな〜」
智之が教えてくれた方向の先には、俗に「海の貴婦人」と呼ばれる大きな船-いわゆる豪華客船-が航行していた。
「あんな船、さっきからあったっけ?」
「いや、ついさっき作り出してみた」
「作り出したって…随分とテキトーな話ね。まぁいいわ。所詮、ここはヴァーチャルリアリティーの世界だし…
 そう言えばこの世界、何から何まで全部智之が作ったんだよね?」
「一応、オレがこの世界の『創造主』って設定だけど。ん、どうかした?」
「え〜、智之が世界の創造主ってなんだかいや〜。創造主ってモノにも格があるでしょ…」
「まぁまぁ、そう言わずにお願いします。女神様」
「女神様?何それ〜」
「由佳はこの世界の女神様ってことだよ。ただし、破壊の女神様だけどね(笑」
「は、破壊の女神様ってね、私を何だと思ってるのよ!!!」
「冗談だって、冗談。でも、この世界の小人さんからしてみれば『破壊の女神様』に違いはないと思うけど。
 なにせ今、由佳の身長150メートル近くあるんだから。
 このまま街に上陸して、前みたいに暴れ回ったら破壊の女神様だろ?
 それはそうと、あの豪華客船がいる近くまで潜水していって、手前で浮き上がって欲しいな〜
 映画でよくあるようにさ、海中から突如として怪獣が現れて近くにいた船を攻撃して沈没させるって奴。
 由佳は泳ぎうまいんだろ? 出来ないことはないよね?」



 確かに、由佳は中学校二年生までスイミングスクールに通っていたから、ある程度泳ぐのは得意でもあり好きだった。
智之はこのあたりもしっかりと計算に入れて、今回の「ゲーム」のシナリオを構築していた。
「もう、やればいいんでしょ、やれば」
智之の返事を聞かずに、由佳は大きく息を吸い込んで海の中に潜っていった。
ヴァーチャルリアリティの世界とは言え、水の中を泳ぐのは去年の夏以来だった。
が、幼い頃から長年に渡って体に染み付いた泳ぎ方を忘れているはずがなかった。
目を水中で開けてみると豪華客船の船底と思しきものが、向こうの方に確認できた。
由佳は、自分の体が豪華客船の手前に来るタイミングをうまく見計らって浮上した。




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 世界一周クルージングで数多くの乗客を乗せて、大海原を優雅に航行する大型の豪華客船。
船の前面にある広大なデッキに設置された温水プールで泳いだり、
プールサイドで日光浴をするなどして燦々と輝く太陽の下で乗客は優雅な一時を過ごしていた。
しかし、その優雅さな一時が破壊される瞬間が刻一刻と近づきつつあるのも事実だった。



 突然、船の進路上の海面がぶくぶくと白く泡立ち始めて異常な程盛り上がった。
そして何らかの原因により白く波だてられた海面は、
船の高さと同程度まで持ち上げられた。
持ち上げられた大量の海水が海面に落下していき高波を引き起こした。
高波を諸に受けて、船が上下に揺さぶられる。
海水が落ち切って、ようやくこの不可思議な現象の全貌が見えてきた。



 信じられないことに、海から巨大な生物が姿を現したのだ。
それも巨大生物の正体は人間であり、しかもスクール水着を着た巨大な女の子だった。
巨大な少女は船の真っ正面の位置の海の中に立っていた。
見る限り、海底に足が着いているのだろう。
だとすると、彼女はとてつもない大きさだ。
船の現在位置からだと船が全速力で回避を試みたとしても、恐らく彼女から逃れることは不可能だった。
巨大な女の子は一歩一歩こちらに近づいてきた。
彼女が海の中を歩くスピードは、豪華客船の数倍だった。



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 と、ここで不自然な形で船の動きがぴたりと完全に止まった。
周囲を見渡すと波も完全に止んでいる。
由佳以外のあらゆる物が凍りついたように動かなくなっていた。
智之がこの世界の時の流れを停止させたのだ。
「それじゃここからは、『巨大スク水少女の魔の手が迫る豪華客船の運命はいかに!?』って感じでお願い、由佳」
「なんで一瞬でそんな謳い文句が作れるのよ、まったくー」
由佳がジト目で智之を何やら呆れたように見た。
「ひとえに妄想力の賜物で〜す」
「はぁ〜」
呆れかえった由佳が深いため息を吐いた。
「ほらほら豪華客船が由佳の方に近付いてきたよ。
早くあの船を由佳のおもちゃにしちゃえ〜」
智之が止めていた時間を再び元に戻したようだ。
時間が止まる前と同じように船がこちらに近づいてきている。



 ここまできたらもう大人しく智之の言う通りにしてあげた方がよさそうだと由佳は思った。
「わかったわよ、メイドさんはたとえ巨大な女の子が大好きな変態チックなご主人さまの言うことでも聞かないとダメなんでしょ?」
「うんうん、その通り♪」
(ふ〜んだ、智之なんか後で小人になって、私を見上げている間に踏み潰してやるんだからっ)
それから、ここで智之に貸しをいっぱい作っておいて、今度、きっちりとそれ相応のお返しをしてもらうのだ。
由佳は頭の中で巻きおこっていた不毛な議論に終止符を打って、
徐々に迫ってくる豪華客船の相手をすることにした。



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 先ほどまで、デッキの上で優雅な一時を過ごしていた乗客たちは、
突如として現れた巨大な由佳の姿を確認するや否や、蜘蛛の子を散らすように逃げだした。
とは言え、これから由佳がこの船を「おもちゃ」にすることを考えると
船内に逃げ込んだところで、彼らの命が助かるはずはなかった。


 由佳は、自分の方に進んでくる船の先頭部を手で掴み、強引に船をストップさせた。
ほとんど腕に力を入れなかったが、それでも船をストップさせることが可能だった。
この船が誇る合わせて20000馬力以上の力がある二基の強力ハイパワーエンジンの推進力を持ってしても、
巨大な女の子の細腕にさえ、全く歯が立たなかったのだ。



 しばしばテレビ番組なんかで優雅な旅の代表例として挙げられる豪華客船でのクルーズ。
由佳も一度でいいからあんな豪華な船に乗ってみたいな〜なんていう乙女チックな憧れを持っていた。
しかしながら、由佳は、自分がこんなに豪華な客船に乗るより先に、
自分の手で沈没させることになるとは夢にも思ってなかった。
(見てなさいよ、智之。今の私を怒らせたらどういうことになるか…)
彼女はこの豪華客船を自分の手で壊す前に、一度じっくりと観察することにした。


 まずは船が動き出さないように右舷先端付近にある小さな錨を取り出して海に降ろす。
錨に続いて付属する長い鎖が海中に沈んでいく。
この錨自体も大きさは数メートル、重量は約8トンもある大きなものであったが、
由佳にとってはチェーンネックレスと同じような大きさにしか感じられなかった。
チェーンの長さが半分ぐらいまでなったところで、海底に到達したのか落下が止まった。



 続いて、由佳はそのまま船の右側に回り込んで、小さな船室の窓を通して中を覗き込もうとした。
窓に顔を近づけてみると、船室の中は高級ホテルのような白を基調とした調度品で飾られて落ち着いた感じであった。
客室の中でも一番高い位置にあるこの部屋は、恐らくこの船自慢のスイートルームだろう。
部屋の広さもかなりのものがありそうだが、それでもこのスイートルームは由佳の手のひらの大きさより狭いかも知れない。
「あ〜あ、一度でいいからこういう豪華客船に乗って、うんと高くて広い部屋を借りて世界一周とかしてみたいな〜」
優雅な船旅に対する憧れが、独り言となって漏れ出してきた。
部屋にはこれまた品の良さそうな中年夫婦がいて、由佳に驚いて腰を抜かして二人とも恐怖に打ちひしがれていた。
(う〜ん、この人たちは何も悪くないし、かわいそうだけど、所詮、ここは智之が創り出した空想世界の住人だもんね。
この人たちをどうしようと私の勝手だよね?私を巨大化させて怪獣みたいにした智之が悪いんだもん)




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 由佳は、智之にあらかじめ「ゲーム」を100%楽しむ方法を教えてもらっていた。
それは、「ゲームの世界の住人に感情移入してはいけない」と言うものだった。
「由佳もRPGのゲームやったことあるだろ?
 その時、人型の敵モンスターとか倒すのに躊躇ったことある?ないよね。
 それと同じでゲームの世界の小人を殺すことに躊躇いを持っちゃうとストレス発散なんて出来なくなるからね。
 最初のうちは、自分がやっていることがめちゃくちゃ残酷なことだと思うし、不慣れな部分もあるけど
 次第にゲームに慣れてくるとそういうモヤモヤ感もなくなるから大丈夫だよ」
智之のアドバイスを聞いた後の「プレイ」では、小人達に対してかわいそうだとかいう感情を持たないようにした。



 別の智之の言葉を借りて言うならば「自分の作った砂の城を自分で壊すようなこと」だって…
自分で作り上げて、時間を置かずにすぐに壊してしまう。
周囲への影響はないし、誰にも迷惑は掛からずに、自分だけが満足して終了する。

 

 それでいいのだ。
そういう風に考えを変えたら、自分(と第三者視点から眺めてる智之)が楽しめたらそれでいいと思えるようにもなってきた。
小人の世界なんてどうなっても知らない。



 すると、アドバイス通りの効果があった。
街の建物を踏み潰し、小人を恐怖に陥れることに快感を感じ始めたのだ。
今まで感じたことのなかった段々深みに嵌っていくようなサディスティックな快感。
「ゲーム」の世界では、すべてが自分の思い通りになってくれた。



 ただ、このことを由佳は智之にはまだ伝えていない。
(だって、私が巨大女になるのが楽しいって正直に言ったら、智之の思うツボになっちゃうじゃない。
 そうなったら毎週の度に、「ゲーム」に連れてこられそうだし…
 智之が喜んでくれるのはホントはね、うれしいんだけど…
 まっ、まだ教えてあげるには時期が早いかな?
 それまでは、あえてツンツンしといて智之をヤキモキさせてやるんだから…)




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 ふっと由佳の意識が頭の中から戻ってくると、まだスイートルームの乗客の夫婦は体を抱き合い恐怖で震えていた。
彼らの表情を見ているうちにまた前と同じような快感を感じ始めた。
ただ見てるだけではなく、この手でこの船をめちゃくちゃに壊してしまいたい…
由佳は、もはやこの船を破壊しつくすまでは、満たされることのない欲望に駆られ始めたのだ。



 スイートルームの窓から視線を外して、中に人差し指を入れてみた。
由佳の指はいくら細めだからとはいえ、サイズがサイズなので、
窓枠を破壊しただけに留まらず、メキメキと鋼鉄製の外壁まで曲げてしまった。
後には直径2メートル以上の大きな穴が残った。



 (あっ、これはベットかな?今、布の感触がしたし…)
由佳は中に進入させた指で部屋の中を弄くっていた。
部屋の中の様子は外からでは見えないので、手探りならぬ指探りだ。
(ん〜、さっきの小人の夫婦は部屋から逃げちゃったかな?
 それも、そうよね、いきなり巨大女の指が部屋に侵入してきたら逃げ出さないはずがないもんね…)
由佳の指は部屋の中を届く範囲で壊していった。
ベットは大きく移動して、照明器具は横倒しになり、バスルームとの間にあった内壁も簡単に壊されてしまった。
部屋の中を指で探ってはみたが、大して面白いことはなかった。



 指で作った船壁の穴をじわじわと広げていき、最終的には手首がすっぽりと入ってしまうぐらいにまで広がった。
広げた穴に、今度は右の手首から先の部分を突っ込んでみた。
中で手をガサガサと動かしてみると天井が崩れたのか、手の甲に物が当たる感触がした。



 (チマチマとやっても時間掛かっちゃうな〜。もう一気に壊して沈めちゃえ〜♪)


 船のてっぺんに両手を置いて、グッと全体重を掛けてみた。
徐々に船全体が沈んでいき、下の方にある船室が海面の下に消えていく。
船の周りには、ブクブクと白い泡が浮かび始めた。
ある程度高さが下がったところで、片足を反対側に移してみる。
あれだけ大きな豪華客船が、由佳の股の下に収まったのだ。
由佳はそのままの体勢から腰を降ろしていき、ついに豪華客船を跨ぐ形で乗ることに成功した。
一応、豪華客船に乗ってみたいという彼女の夢は妙な形ではあるが、適ったのである。



 ちなみに、彼女の跨った真下には多くの乗客が避難していた大食堂があり、
彼らは天井越しに由佳のスクール水着越しの股で押しつぶされてしまった。
由佳が跨っている部分だけは他の部分に比べて、押しつぶされたせいで凹んでいるが、そのほかの部分はほとんど無傷の状態であった。
今、由佳の足は海底に着いておらず、全体重がこの船だけに掛かっているのであるが、船に沈む気配もなく耐えている。
どうもこの豪華客船が思いの外、頑丈に出来ていたのだ。
体重4万トン、身長150メートルの巨大娘が全体重で乗っ掛かても、すぐさま沈没してしまうほどヤワな船ではなかった。
(意外と丈夫なんだね、こういう船って。
 ここからどうしようかな〜、簡単に潰れてくれないと沈没させるのに手間が掛かっちゃいそうだし…)
由佳がこんな風に思っていると、突然、大きな変化が現われ始めた。



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 (あれっ? 段々、船が小さくなっていく…)
実際のところは、由佳の体が巨大化し始めていたのだが、自分の大きさと比較対照できるものが、
今跨っているこの船しかなかったので由佳にしてみれば船が小さくなっていくように思えたのである。
由佳が、段々と大きくなっていくにつれ、船に掛かる重量も増加していく。
ここまで、なんとか由佳に耐えてきた船であったが、このまま由佳が大きくなっていけば、
重量に耐え切れずに沈没してしまうのは確実だった。





「きゃっ!!」
そしてついに、重みに耐え切れなくなった船が押し潰されて、由佳が尻餅を海底に付いて、小さな叫び声を上げた。
当然のことながら由佳のお尻で潰された船体は真っ二つになっている。
由佳に潰されずにすんだ両端部分が、まだ周りに残っていた。
最終的に由佳は、普通の人間の500倍サイズにまで大きくなっていたのだ。
「もう、勝手に私を大きくしないでよ〜。
 まだあの船で遊びたかったのに…」
「由佳がだんだん大きくなっていって船が重みで潰れちゃうのはいい光景だったな〜」
「私はそんなに重たくないもん!!」
「身長750メートルなんていう大きさであっても?」
「うっ…って、智之が勝手に私を大きくしたんだから私のせいじゃないじゃない!!」
「まぁまぁ、そう怒らない怒らない。
 豪華客船は潰れちゃったけど、そのかわりに少し離れたところに、
 もっといっぱいの『おもちゃ』を用意しといてあげたから。
 由佳〜、起き上がって。そんでもって、今、由佳がむいている方向に歩いていってね。おもちゃがあるのはその先だから」
「むぅ〜〜」
由佳は膨れっ面になっていたが、智之に促されると素直に海水を掻き分けて歩いていった。





<つづく>

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