ヤンデレの妹を持つと兄は苦労するものだ


春日 麻衣(かすが まい)は年子の兄が大好きな女子高生。
同じ高校に通う兄とは毎日一緒に登校し、家でも寄り添ってるほどであり、
いつも兄のことを気にかけ、自分だけを兄に見てもらいたいと思っているが、
どういうわけか兄は最近あまり構ってくれない。
それが周りのせいだと思った麻衣は悶々とした日々を過ごしつつ、
華奢な身体で内気なために現状を変えることもできず、
できることといえば近くの神社に世界が滅びるよう毎日お願いするだけであった。
「どうか世界がわたしとお兄ちゃんだけ残して滅びますように…」
ただ二人で一緒にいたいという、とても純心でいて恐ろしいお願い。
お参りを重ねるたびに想いはさらに強く、強くなっていき、そして100回目に達した時だった。
「お主の一途な願い、しかと受け止めた。特別に我がチカラを授けてしんぜよう。
未来はお主自らがこのチカラで切り開くがよい」
カミサマの声が麻衣の頭に直接響き、境内は光に包まれたのだ。
まさか本当に願いがかなうとは思ってなかった麻衣はちょっと驚きつつも、
どこか温もりある光の中で溢れんばかりのチカラをだんだんと感じとっていく。
それにつれて、麻衣はみるみる巨大化していったのだった…

真下に広がる小さな、本当は大きな住宅街を見下ろす麻衣。
一戸建、アパート、マンション…そして人間。全てがとるに足らない大きさになってしまっている。
ほとんどのものが片足や両足で覆いつくしてしまえそうな、そんな大きさ。
ふと足元を見れば、神社の本殿が両足の下にすっぽり消えていた。
どうやら全ては小さいだけでなく、とても脆くもなってしまったようだ。
そんな凄いチカラを手に入れた麻衣は微かに笑みを浮かべながら、ぽつりと呟く。
「このチカラで世界はわたしとお兄ちゃんだけのもの…。カミサマ、どうもありがとう」
少し戸惑いもあったが、それ以上に、世界を滅ぼせる力をもらえたことが何よりだった。
気に入らないものはこの本殿と同じように壊してしまえばいい。
わたしとお兄ちゃんの仲を裂くものはみんな消してしまえばいい。
本当はいけないことなのだろうが、どうせ誰もわたしを止められない。
止められないなら…わたしはやりたいことをやる。
「ふふ…お兄ちゃん、今すぐ行くからね……」
早速、麻衣は躊躇うことなく住宅街に足を踏み入れた。
一踏みで何軒もの戸建、何人もの人間を踏み潰し、蹴散らしながら、一直線に歩いていく。
まるで何かにとり憑かれたかのように。後ろを顧みることもなく。
その先にあるのは学校。麻衣や兄が通う高校である。
「今日もお兄ちゃんは一緒に帰ってくれなかった…。
どうせまだオトモダチと仲良くしゃべってるんでしょ。
わたしを差し置いて、そんなの許さないんだから…」
普段は思っても絶対に言えないことを洩らしつつ、麻衣はずんずん歩いていく。
何も前を遮るものはない。踝ほどの高さの住宅を跨ぎ、また潰していく。
そして、数十メートル間隔に大きな破壊の爪痕をいくつも残しながら、
普段なら徒歩で20分ほどかかる距離をわずかな時間で歩み寄った麻衣は
高校の手前でひとまず立ち止まると、多くの住宅を巻き込みながら両膝を地面につき、両手も地面に乗せる。
しなやかな指先にトラックが容易く圧縮され、鉄柵のついた塀が寸断されていくが、
構わず、顔をぐっと校舎に近づけて、大きな瞳で兄の教室の中をじっと覗き込む。
中には腰を抜かしてへたり込んでいるオトモダチと…お兄ちゃん。
「お兄ちゃん、みーつけたぁ」
不気味な笑みを浮かべながら、麻衣は嬉しそうに言う。
思った通り、まだお兄ちゃんは教室の中にいた。
オトモダチと一緒にいたのは気に食わないけど、もうこれでおしまい。
これからはずっとずっと、わたしと一緒。いつまでも一緒…。
もはや理性の歯止めがきかない麻衣は己の欲望のままに校舎に手を伸ばしていき、
教室の外壁や窓を爪先で器用に削って取り除いてしまうと、
開けた空間に親指と人差し指を入れ、椅子や机を隅に追いやりながら、
脅えて何もできない兄をそっと、優しく摘まみ取って顔の前に持っていく。
「ま、まさか…麻衣…なのか……」
大きさだけでなく、普段と異なる雰囲気の妹に兄は圧倒され、
恐怖と驚きのあまり、言葉が片言になってしまう。
「うん。わたし、お兄ちゃんをずーっと想ってたら、カミサマがこんなに大きくしてくれたの。
このチカラがあれば、もう誰もわたしとお兄ちゃんの仲を引き裂けないんだから…」
「……な、何を言っているんだ…」
「それは…こういうことだよ、お兄ちゃん」
麻衣は兄を摘まんだ手とは逆の手を高く振り上げると、兄がいた教室めがけて殴りつける。
耳を覆っても突き抜ける、凄まじい破壊音。大地を大きく震わせる衝撃。
頑丈なはずのコンクリート製の校舎も、巨大な麻衣にはあまりに無力で、
屋上から兄の教室まではおろか、その下の階にあった教室も完全に粉砕され、
あたりは飛び散った瓦礫片や歪な形に変形した机などが無残に散乱していた。
また、麻衣が手を引くと、そこには深々と地面に刻まれた拳の跡があり、
いくつもの『ヒトの成れ果て』によって赤黒く彩られていた。
「…お兄ちゃん、最近わたしに構ってくれなくなったでしょ。
わたしよりオトモダチの方が好きなんでしょ。でも…そんなの認めない。
お兄ちゃんを奪おうとするものはみんな、このチカラで壊してあげる」
そして一呼吸置き、兄をつぶらな瞳でじっと見つめる麻衣。
「もう、絶対にお兄ちゃんを離さないよ…。
だから、お兄ちゃん…わたしだけを見て…」
「………………」
目が虚空に浮かび、完全に上の空となってしまった兄。
まだ教室には級友が中にいたというのに。恐らくほかの教室にも生徒が何名もいたことだろう。
それらの尊い命が、よりにも妹によって、ほんの一瞬で消されてしまった。
しかもこの惨状は己のせいらしい。思わずガタガタ震えてしまう。
「…どうしたの、お兄ちゃん? ひょっとして…怖いの?
じゃあ、これを見て安心して。お兄ちゃんの大好きなパンツだよ…」
兄を地面にそっと下ろすと、顔を少し紅潮させながら、スカートをぴらっとめくりあげる麻衣。
…純白のパンツが眩しい。迫力も相当なもので、まさに絶景だ…。

しばらくそうやって兄にパンツを見せつけた麻衣は、
少し気持ちが落ち着いた兄を優しく摘まむと、胸ポケットに差し込んだ。
「お兄ちゃんはここでわたしが世界を滅ぼすのを見て…」
眺めは非常に良く、妹の温もりも感じられるため素晴らしい状況ではあるが、
ポケットの両側に挟み込まれてほとんど身動きが取れなくなってしまう兄。
それでも胸が控えめなため、強く圧迫されることはなかった。
(麻衣は貧乳でよかった…なんて言ったら殺されるかな…。
それより、世界を滅ぼすって、麻衣は何をするつもりなんだ…?)
答えはすぐに示された。麻衣は立ち上がると、校舎の残りの部分を踏みつけだしたのだ。
「な、何をするんだ…! やめろ、やめてくれ、麻衣!」
「ダメ。お兄ちゃんとかかわったものは、みーんな壊しちゃうんだから…」
そう言っている間にも校舎はどんどん踏み壊されていき、
その都度、麻衣の靴を赤く染めながらも、全壊するまであまり時間はかからなかった。
部活動に励んでいた多くの生徒がいた体育館もまた、数回蹴りつけられただけで彼らを巻き込みながら倒壊し、
グラウンドは血の海と化し、無人の倉庫や人気のないプールでさえ丸々踏み潰されてしまった。
「ふふ、学校が無くなっちゃったね…。だから、もうここに通わなくていいの。
わたしも、お兄ちゃんも、何にも縛られないんだよ…」
「麻衣……お願いだ、これ以上のことはやめてくれ…」
だが、兄の懇願もむなしく、麻衣はさらに破壊を続けていく。
廃墟と化した学校を出ると縦横無尽に住宅街を歩いていき、
家屋やマンションなどを踏み潰し、蹴飛ばしながらも、
オトモダチの家を確実に破壊し、兄がよく通う店なども踏み躙っていく。
粉々に砕け散る建物。響き渡る絶叫。ほとばしる血潮。
自宅も破壊から免れることはなかった。
「もう、こんな小さな家も必要ないね。ばいばい」
爪先で家屋を突いて倒壊させ、さらには瓦礫ごと敷地全体を踏み潰す。
それから、ポケットの中の兄に向かって話しかける。
「これからはここがお兄ちゃんの家だよ。
ふふ。わたしとお兄ちゃんはずっと一緒…」
「あ…あは……は…」
一方、親しんだ多くのものが次々と失われ、もはや発狂寸前にまで陥る兄。
自宅も、親友の家も、担任の家も、近所のスーパーも何もかもが壊されてしまった。
全ての繋がりが、妹によって絶たれようとしている…。
「…もう…勘弁し…て……くれ…」
嗚咽の入った、声にもならない悲痛な叫びを上げる兄。
(お願いだ、誰か妹を、麻衣を止めてくれ…!)
素直でいい子だった麻衣が、今はもう自分の言うことを一切聞いてくれない。
兄は己の無力さに打ちひしがれ、他力本願にならざるを得なかった。
だが、願いが通じたのか、壊滅に瀕した住宅街にようやく警官隊が現れた。
パトカー十台ほどがサイレンを鳴らしながら麻衣の手前まで接近すると、
中から数十人の武装した警官が麻衣を半包囲するように展開し、
先頭の警官が拡声器を片手に、麻衣に向けて大声で叫ぶ。
「そこの巨人! これ以上の破壊行為はやめなさい!」
だが、麻衣は警官隊の方をちらっと見ただけで、そのまま破壊を続けていく。
相手にする必要もない、ということなのだろうか。
「おのれ…! ええい、総攻撃だ! 撃て撃てーっ!」
勧告を無視され、憤る警官隊。隊長の号令を合図に、一斉に発砲を開始する。
大きすぎる目標に対し、乾いた発砲音を絶え間なく鳴らし続けるものの、
麻衣のきれいで繊細な素肌には傷一つ付かなかった。だが。
「お兄ちゃんに傷ついたらどうするつもり! 許さないんだから!」
思わぬところで麻衣の逆鱗に触れてしまった警官隊。
キッと睨みつける巨人の怒った形相に隊員は震えあがり、
武器を放り投げて一目散に走って逃げようとしたり、
仲間を振り払いながらパトカーで慌てて逃走しようとするが、
一踏みで半分ほどが踏み潰され、残りもすぐに同じ運命をたどることに変わりなかった。
「ふん。ちっちゃいんだから大人しくしてればよかったのに。
誰もわたしの邪魔なんてさせないんだから…」

こうして次々に兄と少しでも関わるものを破壊していった麻衣。
そして破壊の対象はピンポイントでの破壊から近所一帯へと、
近所一帯から街全体へと、次第にエスカレートしていく。
「お兄ちゃんとかかわったものはぜーんぶ壊してあげる…」
街の中心まで達した麻衣は大きなビルも太ももや脛でなぎ倒し、
小さなビルは次々に蹴り壊したり踏み潰したりして瓦礫の山を築いていく。
よく兄と一緒に買い物をした商店街は隅まで徹底的に踏み固め、
何度か遊びにきた中央公園も木々をなぎ払い、更地になるまで踏み均した。
もはや街は多くが失われ、人々もほとんど死に絶え、滅びようとしていた…。
「みんな…俺の…せい…で…。すま…な…い…」
妹の破壊の行方をただ見守ることしかできなかった兄。
こうなってしまったのは全て自分のせい。
だから、これ以上の破壊をやめさせるには元を断つしかない…。
「でも、これで……おし…まい…。さよな…ら…麻衣……」
自責の念に押し潰された兄は麻衣を止めるため、そして全てを償うため、
胸ポケットから抜け出すと、手を大きく広げ、地面に飛び込んでいった。
百メートルほどの高さから、はるか大地へと落下していく…。
「お…お兄ちゃん!」
麻衣が気づいた時には、兄はあとわずかで地面に衝突するところだった。
とっさに手を伸ばす麻衣。目にもとまらぬ速さで、両手を地面に添える。
…間一髪、兄は麻衣の手のひらの中に受け止められた。
それでも本当に無事かどうかまだわからなかったが、
しばらくして兄はゆっくりと起き上がるのが確認された。
だが、麻衣は兄の行動に強い衝撃を受け、そのままへたり込んでしまう。
「どうして…こんなこと…お…お兄ちゃんがいなくなったら…わたし…
わたしは…ただ…お兄ちゃんのためだけを思って……
でも、やっぱり自分勝手だったよね…うぐ…ごめん…な…さい…」
手のひらの中の小さな兄に、必死に謝る麻衣。
大粒の涙がいくつも零れ落ち、兄を濡らしていく。

「ねえ…お兄ちゃん…わたし…取り返しのつかないこと…しちゃった…。
いっぱい建物を壊して…たくさん人を殺しちゃった…」
しばらくして、落ち着きを取り戻した麻衣はやがて後悔の念を口にした。
見渡す限りの瓦礫の山。無事な建物はほとんどない。これを自分がやった…。
あまりに重すぎる罪。一時の感情で、人々の生活を、命を…奪った。
何でも自分の思い通りになるかと思ったが、結果、最愛の兄も失いかけた。
兄と一緒にいたいがための行動だったが、全く裏目に出てしまった。
どうしてこんなことになってしまったのか。今となっては何もかもが虚しい…。
「お兄ちゃん…わたし…もう疲れちゃった…。なんだかとても…眠たい…の…」
「麻衣……」
「お兄ちゃん…わたしのこと…嫌いになったでしょ…。
だけど、仕方ないよね…。こんなことしちゃったから…。
でも…わたしは…いつまでも…お兄ちゃんの…ことが…好き…だよ…」
「ま、麻衣―――!!」
「さよう…なら…お兄…ちゃ…ん……」
そう言って、ふっと力が抜けたように、麻衣は倒れこんだ…

 

窓から差し込めてくる日差し。小鳥たちの心地よいさえずり。
目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。確か、自宅も壊してしまったはずだが…?
不思議に思いつつ、窓の外を見ても、何の変哲もない、いつもの光景だった。
服装はパジャマ。着ていたはずの制服はきれいなままクローゼットに掛けられている。
「…あれ? 夢…だったの…?」
妙に現実的だった気がするが、夢だったらそれでいい。
むしろ夢でよかった。取り返しのつかないことなんて、もうこりごりだ。
「ふわぁ…」
麻衣は小さなあくびを一つすると、パジャマのまま部屋を出ていく。
すると、ちょうど兄も部屋から出たところだった。
「おはよ、お兄ちゃん」
「ああ、おはよう」
「あのね、わたし…今朝とっても怖い夢を見ちゃった」
「それは奇遇だな。俺も同じだ。内容はとても言えないが」
「えー? どうせ変な夢なんでしょー」
「まあな。麻衣がその…大きくなって暴れる夢だ」
「え………」
思わず絶句してしまう麻衣。内容を少し聞いても、同じ『夢』だった。
「ん? どうしたんだ、なんだか深刻そうな表情をして。
まさか、麻衣も同じ夢を見たとか…?」
「うん。でも、夢とは思えないほどリアルだった…」
「確かに…。だが、こうして家も街も無事にあるし、単なる偶然だろう。
それよりも早く飯食って身支度して学校に行くぞ」
「うんっ!」

そして放課後。兄はオトモダチに誘われたため、麻衣は一人で帰途に就く。
途中、麻衣はいつもと同じように何気なく神社に寄っていた。
「…た、ためしにやってみようかな…」
あの出来事が夢だったら何も起きないはず。夢じゃなかったら…?
好奇心と、ちょっとした嫉妬から、本殿の前まで来た麻衣はお祈りをしてみる。
「どうか世界がわたしとお兄ちゃんだけ残して滅びますように…」
すると、境内は白い光に包まれた…

 

おしまい

 

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