縮転都市


「ただいまー」

 寒風の吹きすさぶ冬のある日。高校の授業も終わり、里奈は友達と別れを告げると寄り道もせず一路家に帰っていた。

「うぅ、寒かった……」

 白い息を吐きながら、かじかんだ手を擦り合わせる里奈。
もっとも、外に比べれば幾分マシとはいえ、家の中もそれほど暖かいとはいえなかった。
両親が共働きのため、日中は家に誰もおらず、暖房がついていないからだ。
別に一日中つけていていればいいのにとは思うものの、電気代が勿体ないからといつも家を出るときにスイッチを切られてしまっていた。

「こんな時は少し身体を動かして温まらないと……」

 そんなことを呟きつつ、里奈は自分の部屋に入ると、鞄を置き、コートを掛けてエアコンを入れておく。
着替えはまだいい。白に紺衿袖の長袖セーラー服に黒タイツを履いたまま、身体を動かす準備を整える。
カーテンを閉じ、部屋に鍵を掛け……両親は仕事中とはいえ、念のため。

「さてと、今日はどこにしようかな」

 それから本棚に収まっていた幾つも×印のついた世界地図を開いて、人さし指をどこか適当な場所に置く。

「ここに決めた。ふふ、どんな街かな。大きいといいけれど」

 指が止まった先の都市に思いをはせながら、里奈はパチンと指を鳴らすと、部屋の床にミニチュアの街が音もなく現れた。
縮尺は1000分の1ほど。二メートル四方の中に、大きさこそ違うものの本物と見紛う精巧な造りをした街並みがぎっしりと広がっている。

「……うん。今回のはそこそこ大きいかな。立派なタワーもあるみたいだし」

 大小数千の建物、そして街の中心にそびえる膝丈ほどの電波塔を見下ろし、にっこりと微笑む里奈。

「それじゃ、さっそく……」

 そう言って、ミニチュアの建物群を踏みつけるようにしてずんずん街の中へと入っていく。
もっとも、相対的におおよそ長さ230m、幅90mにもなる彼女の足が収まる場所などどこにもなかったが。
黒く艶やかなタイツを履くことで引き締まり、よりくっきりほっそりと見える里奈の美脚に蹂躙されていくビルの数々。
小さくとも重厚そうな建物がほとんど抵抗もないまま、まるでクッキーでできたお菓子の城のようにあっけなく
何十と一纏めにして屋上から基礎まで瞬時に、粉々に踏み潰され、初めから厚みなど無かったかのように薄くペースト状に圧縮され、
わずかな瓦礫だけがそこに建物が存在していたことを示すかのようにタイツの繊維に絡みついていく。
反対の脚でも同様にして、それから足が持ち上がる際にまた何十と蹴り砕かれ、足が振り下ろされる際にまた……
と繰り返されていくことで、わずか数歩にして早くも少なからぬ被害を被ったミニチュアの街。
その中に蠢く数多の存在がいた。
幾分か、といっても一万を優に超える数が既に建物ごと、乗り物ごと、あるいは直接踏み潰されていたが、
ミニチュアのビルよりさらに脆く小さなモノなどどれだけ踏み潰そうが感触もなく、
辛うじて数が集まることでようやく里奈にその存在を気付かれることになった。
街の中心付近を走る大通りに差し掛かったところで、
通りを立ち往生する何百台かの車、そして歩道や車の周りで呆然と立ち尽くすそれらを見とめた里奈。

「やっぱり今回もいるかぁ。まあそうだよね、どこかの街を持ってきただけだから。
んー、ごめんなさいね。でも、今日がこんなに寒かったのがいけないの」

 ちょっと心が痛むものの、こうして街と一緒にいる以上、生かして返す訳にはいかない。
一人でも残してしまったら、万が一にも私の存在が知られて平穏な学生生活が台無しになってしまうかもしれないし。
そう、街に蠢く存在――小人たちは本物の人間であり、このミニチュアの街は本物の街なのだから。
いつからだろうか、里奈はあらゆる物を縮小転送する能力を有していた。
指を鳴らすだけで、人間、トラック、高層ビル、都市、果ては惑星まで、望んだ大きさに縮めて目の前に持ってくることができる。
この能力を使って、里奈はストレス解消のため、あるいはただ単に遊びがてら、既に何十と都市をこの部屋に縮小転送し、破壊していた。
そして、今日も。

「まずはやっぱりこれかな」

 大通りにいた小人たちの集団を車列ごと、爪先で線をなぞるようにして一気にすり潰してから、
里奈はすぐ足元に建っていた超高層タワーを根本から掴んで引っこ抜き、顔の高さに持ってくる。
すると、展望室らしき場所には百人以上の小人たちがいるのが見て取れた。
持ち上げた際の衝撃からか、誰も彼も転げ回ってしまっている。

「くす、小人さんがいっぱい。逃げる時間もなかったのかな。まあ、逃げても無駄なんだけどね。
ふふ、どうしてあげよっか。って、あ、あれ……」

 そんな哀れな小人たちの姿を見て、いけないとは思いつつちょっとした嗜虐心が湧くも、
無意識に力が入りすぎたのか、それとも引き抜いた際に負荷がかかったのか、
建物は次第に大きく歪み、拉げ、展望室ごとボロボロと崩れ落ちてしまった。

「あーもう、脆すぎだよ」

 里奈は不満気にそう言って、手の中に残ったタワーの根元部分も放り落とすと、
先に落下して砕け散っていた残骸ごとゲシゲシ踏み躙っていく。
特に展望室だった場所を中心に、隣接する駐車場や周囲の建物を数多く巻き込みながら。
そうしてタイツに包まれた足でたくさんの建物や車を踏み抜き、瓦礫やぺしゃんこになった車を巻き上げ、
さらに何度も足踏みすることでタワーの痕跡もそこにあった何もかもを残らず消滅させて、
少し気分が晴れたところで顔を上げると、ふと部屋の中に何か十字をした銀白色の物体が飛んでいるのが目に入った。

「あれ、虫……じゃなくて飛行機? この街の上空を飛んでいたところを一緒に縮められちゃったのかな。
運が無かったね。でも、見逃してあげない。ふふ、私の手から逃げられるかなー?」

 足元で小気味よく踏み潰れていく建物たちなど気にせずゆっくり追いかけると、
飛行機は慌てて速度や高度を上げようとしたものの、ちょっと背伸びして手を伸ばせば簡単に掴み取れた。
手の中に小さく収まった機体――中型のジェット旅客機をしげしげと見つめる里奈。

「捕まえた。さーて、せっかくだし、あなた達は特別に私の胸で抱きしめてあげる。嬉しいでしょ?」

 そうにこやかに言うと、有無も言わせず旅客機をセーラー服の中に突っ込み、胸の谷間に機体を挟み込んでいく。
そうして、大きすぎず、しかし決して控えめではない、綺麗な形をしたおっぱいを両手で服越しにむにゅむにゅと揉んでいけば、
数百人の乗員乗客を乗せたままの旅客機は両翼を折られ、柔らかなお肉の中に消えていき……。

「んぁ……はんっ……」

 少し色っぽい声を漏らす里奈。
感触を楽しむようにしばらくおっぱいを揉み続け、それから服の中を覗き込んでみれば、
もはやそこにはわずかな染みと、ごく細かな残骸しか残っていなかった。

「んー、気持ちよかったけど、ちょっと汚れちゃったかな。まあいっか。どうせ後でシャワー浴びるし」

 胸の中に消えた乗客たちのことなど顧みず、事も無げに言って、それから里奈はまた街の方に興味を移していく。
旅客機を追いかける際に踏み潰していたのか、既に足元で半壊していた駅舎の残り半分を停車中の電車ごと足で余さず一気に薙ぎ払って、
雑多な地面を一掃すると同時に無数の残骸や十両ほどの拉げた車両、車内や駅構内にいた一万近くの小人たちを宙にばら撒いたり。
そうして瓦礫の雨によって街の一部に「ささやかな」被害が出るよりも早く、
範囲はともかく比べ物にならないほどの威力を有する足が街の一角に振り下ろされていく。

ドゴオオオオン、ドゴオオオオン……

 せいぜい数十センチから数メートルの瓦礫、人間、二十メートルほどの鉄塊が降ってくることなど可愛いくらいの大破壊。
黒々とした巨大な天井が落下してきて全てを敷き潰すかのように、
そこに存在していたものは何であろうと瞬時に尽く形を失い、押し潰れ、消滅するという、
殲滅の二文字が2000平方メートルに渡って一度にもたらされる。
それだけでなく、その衝撃によって外周に位置していた多くの建物も倒壊したり、傾いたりと、
里奈がただ動き回るだけで街は壊滅的な被害を被っていく。
面を制圧する大量破壊兵器じみた、里奈の足。
タイツを履くことで美しくも恐ろしく黒光りするそれは、ただ踏み潰すだけが能ではなかった。
里奈の意志一つでしなやかに動き、爪先だけで二十階建ての高層ビルを突き潰したり、
高さ百数十メートルもの超高層ビルを全面撫で回してから苦もなく捻り潰したり、
足指の腹で通りに詰まっていた数十台の車列を掴み潰したりと、多彩な破壊手段をとってみせる。
もちろん被害の多くは踏み潰しによるものであったが、
時折しゃがみ込んではデコピンして一際大きな雑居ビルを木っ端微塵に粉砕したり、平手で球形をしたコンサートホールを叩き潰したり、
路上を逃げ回る小人たちを指先で突き崩したビルの瓦礫で生き埋めにしたりと、里奈は足だけでなく手でも破壊を楽しんでいた。
やがて角に立っていた高層マンション群を一纏めに踏み潰し、床との境目にある工場群を足踏みして蹂躙したりと、
一辺二メートル――本来は二キロメートル四方の街の隅々まで綿密に踏みしめたところで、
わざと最後まで残していた陸上競技場を中に追い詰められてひしめき合っていた数万の小人ごとお尻の下に敷き、
一人も生かさないように、そして感触を味わうように、タイツに包まれた桃尻をぐりぐり押しつければ、
もはや街には何一つ無事なものは残されていなかった。

「もう全部壊れちゃった……。つまんないの。まだ身体だって十分に温まってないし。
でも、街を壊すのは一度に一つまでって決めてるから……。そうしないとすぐになくなっちゃうものね。
うーん、でもこれくらいの街だったらきっとまだ周りに広がっているだろうし……。
ついでに大きさももっと小さくして……」

 そうして里奈は悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、一旦立ち上がってミニチュアの街の外に出ると、
指を鳴らして入れ代わりに新たな街を出現させる。
今度はさらに縮尺が小さな、真ん中二十センチ四方がぽっかりと綺麗に土色をした街。
周辺部は全く無傷な姿をしているものの、無論、これからすぐに中心部と同じ運命を辿らせてあげるのだ。

「さて、今度はどのくらい持つかな?」

 ずんずん。オフィス街はもちろん、郊外の住宅地もお構いなしに笑顔で踏み躙っていく里奈。
先ほどとやっていることはそう変わらないものの、大きさがさらに10分の1となれば、相対的に里奈の足の大きさは約2300mにもなる。
質量に至っては10の3乗倍となることで、先ほどの10倍どころでない被害を一踏みでもたらし、
直撃を受けた建物だけで数百棟が超高層ビルであろうと地下深くの核シェルターであろうとさっくりと消滅、
周囲の建物に至っては消滅こそ免れたものの、全半壊したものだけでその何倍にもなり、
中にはあまりの衝撃で粉微塵になるものさえあった。
ただの一歩でこの有様である。
それが立て続けに繰り広げられれば、あまりの破壊力、その余波である激震、爆風に打ち拉がれることで、
もはや小人たちなど満足に逃げ回ることすら不可能であった。

「あはは。この一歩でどれくらい死んじゃったかな」

 そんな哀れで卑小な小人たちを嘲笑うかのように、
里奈は少しも悪びれるどころか人を人とも思わない台詞をさも楽しそうに言いつつ、
その間にも街に足を振り下ろすことでさらに犠牲者を増やしていく。

「私ってほんといけない子だね。でも、私みたいなか弱い女の子に踏み潰されて死んじゃうほうがいけないんだよ」

 確かに里奈はそれほど身体が丈夫でないとはいえ、1000分の1、10000分の1に縮められてしまえば
ビルでさえ簡単に消滅させられてしまう中、どんなに屈強な人間であっても一溜まりもなかった。
そうして早くも街の半分ほどを完全に踏み固め、
残り半分も破壊し尽くそうと足を踏み出そうとした時、不意にタイツの周りに小さな火花が幾つも上がった。

「きゃっ。な、何!?」

 特に痛くも熱くもなかったものの、突然の事態に慌てて辺りを見回せば、
近くに基地でもあったのだろうか、戦車隊が足元で攻撃を加えているのが目に留まった。

「……もう、タイツが破けちゃったらどうするの!」

 思いがけない攻撃に、頬を膨らませて怒る里奈。
もっとも、一応足を上げてよく確かめてみても、タイツにはほつれ一つないみたいだった。
これだけ小さくなると、元はきっと凄く強いはずの戦車といえど、
女の子一人の衣服でさえ少しも損なうこともできないくらい非力になってしまうのだろうか、それとも……。
何にせよ、攻撃されたからには反撃してあげないと。
そうでなくても、どうせすぐに街ごと殲滅してしまえるけど。

「んー、小人さんも必死なのかな。でも、やりっぱなしはダメ。
今度は私がやり返してあげる。ふふ、怖かったら逃げてもいいんだよ。……逃げられるならね」

 そう言って里奈は戦車隊の真上に足をかざし……全体重を掛けて思いっ切り振り下ろす。

ズッドオオオオオオンンン!!!

 これまでで最も強烈な一撃。
あまりの威力に、周辺の住宅は倒壊を遥かに通り越して吹き飛んでしまうほどで、
まだ残っていた街の大半の建物も波を打って崩壊してしまう。
きっと、小人たちもほとんど死に絶えてしまったはず。ちょっと勿体無いことをしたかな。
もちろん、足を上げてみたら戦車隊の存在などどこにもなかった。

 そうして瓦礫の山と化したミニチュアの街を後始末するように、
1000分の1サイズの時と同じ要領で、それよりもさらに一歩一歩の破壊力、破壊範囲を増した歩みで隅々まで踏み固めていけば、
多くの高層ビルが立ち並ぶ大都市であったはずの街はもはや全てぺったんこになってしまっていた。
幾多の建物が織り成す起伏も、そこに住み暮らししていた小人たちの蠢きも消え、
残るは街中に幾重にも折り重なったタイツの跡だけ。
もうちょっと遊びたい気持ちもあるものの、十二分に街一つを破壊し尽くしてしまった以上、そろそろ終わることにする。

「身体もだいぶ温まってきたし、今回はこれくらいにしておこうかな。えへっ、ありがとね」

 そして指を鳴らせば、部屋からミニチュアの街「だったもの」は跡形もなく消えてしまった。
きっと、今頃世界中がまた街一つが完全に押し潰れてしまっているのを確認して、さぞかしびっくりしていることだろう。
でも、私には関係のないこと。どこか遠くの街が無くなろうと、知ったことではないし。

「さてと、勉強しなきゃ。私は真面目な女子高生だからね。と、その前に……」

 そう言って里奈は地図に×印を一つ加えると、鼻歌を歌いながら何事もなかったかのように机と向き合っていった。


おしまい

 

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