お姫様の来訪

 

西暦2XXX年。地球人類が初めて宇宙進出を果たしてから数百年が経過したこの年、
星の数ほどの失敗と試行錯誤の末に彼らは異星人と通信によるファーストコンタクトを果たした。
初めは片言の挨拶文程度であったが、それでもこの出来事は人類史にとって最も重大な一ページであった。

異星人の遥かに高度な技術の賜物によって超光速通信を送受信出来るようになり、また言語障壁が取り払われた人類は、
かれこれ幾多の交信を経て彼らが非常に友好的な存在であるとの認識を強め、ある機会に双方の人的交流を行えないか提案してみる。
とはいえ地球人類は超光速航法も発明しておらず、宇宙開発はともかく未だに太陽系外に出られずにいたので、
まずは異星人側の代表であるお姫様に地球に来て頂くという形式ではあったが。

「私(わたくし)は一向に構いませんが、皆さんは本当によろしいですの?
私は少々そそっかしいですし、それに私たちがあなた方の星を訪れたら色々と大変なことになってしまうかもしれませんが」

承諾しつつも何やら深刻そうな内容を含むお姫様の返信に、
だがしかしこれを皮切りに何とか交流を深めたい交渉団はその真意をさほど吟味することもせず、
むしろ折角の機会を逃してはいけないという切迫感に加え自分たちから提案したこともあって二つ返事で訪問を受け容れてしまう。

 

そして翌月。数百光年もの距離を一ヶ月足らずで飛び越え、はるばる地球にやって来た異星人のお姫様。
人型の、それも地球人に瓜二つでうら若き美少女は気高さと年相応の愛らしさを浮かべて宇宙船から降りると、
青と白が基調の胸元が開けたロングドレスの裾を純白のドレスグローブをはめた手で押さえつつ、そっとパンプスを地表に着けた。
その下に大小数十の国と数千の都市、数億の人間を等しく踏み潰しながら。

 

宇宙船が接近するまで地球人類は全く知らなかったのだが、詰まるところお姫様は巨大だった。
もっとも、「巨大」などという言葉でおおよそ言い表せるほど、人々の目に映ったものは生易しいものでなかったが。
何しろ木星よりも遥かにバカでかい、全長数十万キロと推測される巨艦が地球に迫り来て、
その中から木星ほどではないにしても地球より大きな少女が現れたのだから。

交渉団の喧伝もあって地球はほとんど歓迎ムード一色であったため、
彼女が異星人のお姫様であることに人々が気付くまでそう時間はかからなかった。
と同時に、どうして安易に来訪を認めてしまったのか、彼らは後悔することとなった。
殊に交渉団は批難や攻撃の対象となったが、しかしながら異星人と技術力の差は考えられても、
まさかこれほどまで大きさが違うとはこうして現実を目の前にするまで誰も考えられるはずもなかった。

だが、今更愚かな判断を悔やんでも仕方がない。それよりも、これからどうするかだ。
このまま何の手も施さずに傍観していれば、もうすぐお姫様が地球に降り立ってしまう。
そして、長径数千キロにもなる超巨大なおみ足が高山や平地、海洋の区別なく全てを押し潰すことだろう。
その破壊力は小惑星クラスの隕石の衝突程度に済まないであろうことは想像に難くない。
良くて被害人口数千万。最悪、地球人類の滅亡もあり得る。
しかも、そんな破滅的な事態はお姫様が「ただ足を下ろした」だけで起こり得るのだ。
遠くの星系からはるばる地球にやって来て、他に何もしないと考えるのはあまりに楽観的すぎる。

すぐさま――いや、超巨大な宇宙船が太陽系内に現れてからずっと、
地球側からはあらゆるメディアを駆使して停船と着陸の不許可が呼びかけられていたが、
お姫様は未だ訪れたことのない蒼く美しい“小人の”星に目を奪われて通信を見落としており、
地球に船を寄せると速やかにハッチを開いて大気圏の彼方から降下を始めてしまう。
もちろんそんなことを知る由もない、仮に知っていたとしても他に打つ手のない人類は
こちらから呼び寄せた賓客を討つのに幾許かの躊躇いを覚えつつ、もはや迷っていられる場合ではないと見て、
不測の事態に備え衛星軌道上に待機していた各国の宇宙戦艦数十隻を糾合する連合宇宙艦隊から
たちまち数百条にも及ぶ高出力のレーザー攻撃が行われる。
だがしかし、数回の一斉攻撃によってもお姫様の身体には傷一つ――それどころか
集中砲火を浴びたはずのパンプスの裏面に焦げ目一つさえつけられないうちに、
逆に艦隊は避ける間も場所もなくその直撃を受け、一隻残らず粉砕させられてしまった。
そして、第二波となる地上からの無数の核ミサイル攻撃も物ともせず、
足の周りに同じ数だけの“小さな”爆炎を散らせつつ、何事もなかったかのように優雅にお姫様は地球に降り立った。

ただし、その姿は地球から遠く離れて見れば、身の丈ほどもない球体に玉乗りしているような状態であったが。

 

「はじめまして。地球の皆さん。私はルティール星の王女、アマリアですわ」

無事地球に降り立ったのを確認すると、地表に向かって優しく微笑みかけながらスカートの裾をつまんでお辞儀するお姫様。
本来なら美しさと可愛らしさの相まったその姿に、見るものは誰しも心が奪われる……はずだったが、
残念ながら全貌をまともに見られる者など地球上には誰もいなかった。
先ほどの着地とその衝撃で実に九桁もの人々が犠牲となってしまったことも勿論あったが、
それよりもお姫様の降り立った北半球がすっぽりとスカートに覆われてしまったことの方が大きかった。
地球の頼りない重力にほとんど引き寄せられることもなく、宇宙空間をオーロラのように優雅に広がっているスカートの下で、
今何が行われているか分からず、何をすべきなのかも分からず、あまりのスケールの違いにただ呆然とするだけの人々……。

その遙か一万キロ以上彼方で、数秒をおいて顔を一旦上げたお姫様は裾が邪魔にならないよう押さえながらおもむろに屈むと、
球状の地面に顔を近づけて地表の様子を興味津々に窺っていたが、やがてある一点に目を留める。

「えーっと、地球の皆さんはこちらにたくさんいらっしゃるようですね。
ふふ、私はこんなにも大きいので皆さんと握手することは出来ませんが、代わりに私の指と触れてみましょうか」

そして、その場所にドレスグローブをはめた指先を差し伸べると、
軽く地表に触れてから優しく撫でるように“小さな”丸い円を描いていく。

 

同じ時、とある小国の首都である人口数百万の大都市は大恐慌に陥っていた。
突如として天から超巨大な白い物体――お姫様の指先が迫り来たのだ。
軍や警察は自己防衛本能に基づき各所で散発的に無駄な抵抗を開始し、
市民は諸々の交通手段を用いて急ぎ脱出を図ろうとしたが、彼らに与えられた時間はあまりに短かった。
指先が向けられてから僅か十秒ほどで、千メートル級の超高層ビル数棟を含む数十万の建築物がそびえていた大都市は
毛ほども役に立たなかった軍や警察、数百万の市民ごと高低の違いなく全て瞬時に押し潰され、すり潰されてしまう。
被害はそれだけに留まらなかった。指先一本とはいえ、それが地球よりも大きなお姫様のものであれば、
空前絶後の破壊劇が大都市一つに留まるはずもなく、その国は他に幾つかの都市と国土の何割かも一緒に抉り取られる。
そして大地を激しく揺るがす衝撃が国中に伝わるよりも早く、残りも円を描くように動く指先に削り取られていく。
都市も、農村も、山河であろうと関係ない。指先に触れたものは次の瞬間には尽く消滅させられてしまうのだ。
人類は、地球上のあらゆるものはお姫様に対してあまりに無力だった。

 

さらに数か所に指を差し伸べてその都度幾つもの都市や国を滅ぼし、かれこれ数千万の人々を葬り去ったお姫様。
とはいえ、彼女は決して故意にやったわけではなかった。ただ、あまりに巨大すぎたのだ。
地球よりも大きなお姫様にとっては、その上に蠢く人類など微生物以下のサイズでしかない。
ルティール星の多くの者は、またアマリア自身も生来慈愛に満ちた優しい性格の持ち主であったが、
やや大らかなところもあってまさか自分がそのような被害をもたらしていることに気付くこともなく、
それどころか地球にさらなる破滅的な被害をもたらそうとしていた。

「さてと、次はどうしましょうか。指先ばかりというのも申し訳ないですし、今度は全身で触れ合ってみましょうか。
ちょっと恥ずかしいですが……しっかりと受け止めて下さいね。それでは、いきますよー」

そう言ってお姫様ははにかんだ笑みを見せると、やや真剣な面持ちで両手を地面に着いて上半身を前に倒し、地球の上に寝そべっていく。
片手の下に北極付近を、もう片手の下には世界最大の油田地帯を含む砂漠地域を叩き潰し、
お腹の下には十数億の哀れな民と、地球最高峰の巨大な山脈地帯を押し潰してしまっていたが、
彼女にしてみればその隆起でさえ高々一ミリに満たず、何ら感触もなければ意識することもなかった。
また、足は宇宙空間に投げ出してしまっていたが、地球を両手両足で抱え込むようにでもしないと地上に置けないので仕方ない。
そうして身体を倒していくにつれて、月の何分の一かの大きさはあろうというたわわな胸を、
それも二つを世界有数の穀倉地帯から温和な内海にかけての地域に乗せて全てを敷き潰していく。

「んっ……」

艶かしい声を漏らしながら、さらに体重をかけていけば、
むにっと広がったおっぱいが辛うじて破壊を免れていた周辺部をも押し潰しすり潰し、
それから身体を前に動かしていけば経済や文化、歴史の中心地である地方も地殻ごと削り取っていく。
朽ち果てながらも今なお威容を誇っていた遺跡群も、豪華絢爛な宮殿や聖堂も、
科学文明の粋を極めた近未来都市の数々も、そこにいた億万の人々ごとマントル層に埋められてしまう。
各国に配備された自動防衛システムによる砲火は、厚さ数十キロにもなる分厚い装甲――ロングドレスに守られたおっぱいを
一ミリたりとも揺らすことなど出来ずに、数瞬にして沈黙させられていた。

超巨大な手や胴、胸によって過半の土地と人口が失われた大陸。
だが、お姫様の身体のもたらす被害はこれだけに留まらなかった。
さらさらと透き通った長い瑠璃色の髪は一本一本が何千キロもの長さと何キロもの太さをもって、
お姫様の些細な動きにあわせてしなやかな巨大な鞭のように暴れ回り、身体の下の大陸のみならず世界中をズタズタに引き裂いていく。
たった一本の髪の毛が艦船や農村を粉砕するのは勿論のこと、大都市一つを破壊し尽くすこともあった。
突然現れた、どこまでも続く壁のような物体に高層ビル群が叩き潰され、走行中だった車や列車が止まりきれずに激突し、
人々が何事が起こったのか訳も分からないうちにそれが縦横無尽に勢い良く動き回ることで、
残った建造物も尽く崩され、人間も押し潰されたり吹き飛ばされたりして都市はすっかり跡形もなくなってしまう。
髪の毛一本でさえこれほどの破壊力である。それが束ともなれば、小国など丸ごと蹂躙され、
あるいは地表のあらゆる物を攫われて後には更地だけが残るような事態も同時並行的に起こっていた。

 

こうして知らず知らずのうちに人類史上最悪の大破壊と大虐殺を笑顔でやってのけたお姫様。
締めに胸を手で寄せて大陸の外れにある島国も挟み潰せば、もはや顔のすぐ下には陸地が残されていなかった。

「んふふ、どうですか? 楽しんで頂けましたか」

勿論それに答えられるものなどいるはずもない。

 

それから、お姫様はドレスに付着していた、元が高層ビルや城塞であったりした無数の瓦礫、
辛うじて原型を留めているものから厚みが完全に失われたものまで様々な車両や兵器などの残骸、
大きいものでは直径数十キロにもなる土塊、といったものを簡単に払い落としながら起き上がると改めて地球を見下ろす。
その視線の先に映ったのは、長細い地峡によって繋がった二つの大陸。

「まだそちらにはお伺いしておりませんでしたね。ほんの少しだけ待って下さい。
ふふ、この水溜まりは皆さんにとっては結構広いのでしょうが、私なら一歩で渡って差し上げますわ」

そう言ってお姫様は不敵な笑みを浮かべると、足を僅かに伸ばして幅数千キロの大洋を宣言通り一越えする。
そして、ほんの数秒足らずで北側の大陸の上に振り下ろされる、超巨大なパンプス。
大陸の中心には世界最大級の経済・軍事大国が存在しており、質・量ともに他国を圧倒する通常兵器は無論、
秘密裏に開発されていた核にも勝る強力な新兵器群による足裏への攻撃も果敢に行われていたが、
やはりというか大陸サイズの足の動きを少しも減弱できるはずもなく、数千の都市と数億の国民ごと、
さらには核戦争を想定して地下千メートルの深さに築かれたシェルターに隠れていたはずの要人ごと踏み潰されてしまう。
それからもう片足も大洋を一跨ぎして前に揃えると、大陸は大部分がパンプスの下へと消え失せる。
もっとも、その大陸はお姫様にとってはあまりにも狭すぎたためにパンプスの両端は両側の大洋にはみ出てしまっていたが。
とはいえ、お姫様の頭の中は既に次の触れ合い方をどうするかでいっぱいで、足元のことなど遥か意識の彼方にあった。

「皆さんは喜ばれるかわかりませんが……今度は私のお尻で直に敷くのはどうでしょう」

顎に手を当て何やら真剣な面持ちで考え込んでいたお姫様は、やがてバツの悪そうな表情でそう提案してみる。
勿論、人々がほとんど死滅していたこともあって、(そうでなくとも核攻撃さえ気づかないのだから)少し待っても反応が見られなかったが、
それが肯定によるものだと好意的に解釈した彼女はより多くの陸地を覆えるよう向きを90度変えると、
スカートを下に敷かないよう持ち上げてから体育座りのような姿勢で大陸の上に座り込む。
ただでさえ大部分が踏み躙られていた大陸では僅かばかりの生存者が助かったことを喜んだり、逆に呪ったりしているうちに、
余すところなく全てを押し潰すお尻の下敷きとなり、また、投げ出された足によってもう一方の大陸も無造作に無慈悲に叩き潰されていく。

「こうして肌越しに触れ合うと、姿は見えなくとも皆さんのぬくもりが感じられる気がしますわ」

お姫様はそう言いながら、ぐりぐり押し付けるように身体を動かすことで、南北両大陸はさらに捻られ躙られ砕かれてしまう。
また、その際に発生した地球全体を激しく揺るがす衝撃によって、大陸間にあった大小数千の島々も尽く沈没し、粉砕されていく。
こうして大洋を挟んだこの地でも、ほんの少し前まで約十億人が住んでいた数千万平方キロの土地が、
都市や農村は勿論のこと、草木一本はおろか山河も残るどころかマグマの海に沈むほど蹂躙され尽くす。
程よい肉付きの柔らかそうなお尻も、ニーソックスを履いた長く華奢な脚を魅せる丈夫なパンプスも、
世界を滅ぼす最凶最悪兵器という点では何ら変わりなかった。

「んふっ、なんだかいい気持ち……」

地獄の様相を呈する身体の下とは対照的に、やや上気しながらうっとりした表情のお姫様。

 

それからしばらく余韻を楽しんだ後、再び地球に玉乗りするようにゆったりと立ち上がったお姫様は、
満足したように身体をうんと伸ばし、自然と笑みをこぼす。

これでようやく終わったのか。それとも悪夢はまだ続くのか。
ほぼ壊滅した世界の中で唯一満足に都市も人間も生き残っていた大陸では、
月基地からの映像により他国が次々と滅ぼされていくのを目の当たりにして
人々は次は自分たちの番だとほとんど諦めの境地で天を――お姫様を仰ぎ見る。
すると、彼女と目が合ってしまった。いやまさかそんなはずは……。

勿論、惑星サイズのお姫様が地球人類の一人一人を認識出来るはずもないので、
それはただの思い過ごしに過ぎなかったが、一方で彼女が大陸を覗き込んだのは紛れも無い事実であった。
喚き、泣き叫ぶ人々の遥か上空で、くりくりと動く超巨大なエメラルドの瞳。
その大きさたるや、大抵の島々なら文字通り目に入れることも出来るだろう……。

と、不意にそれよりも大きな、ほとんどの島を一含みで食べてしまえそうな口が開かれた。

「たった今思いついたのですが、これからもこうして私たちばかりお伺いするのも申し訳ないですし、
この星を離れるついでに皆さんのうちの何人かを私の星に案内して差し上げますわ。
街ごとお連れ出来ますから、どうか遠慮なさらずに……ね」

お姫様はそう言って優しげな微笑みを浮かべ、数千万人の住む小さな大陸を何やら不思議なもので包み込むと、
両手指をその下に突き刺してそっと丁寧に慎重に宇宙空間に掬い上げていく。
それでも相当な速さで持ち上げられたため、本来ならあまりの気圧の変化に大陸の住人は破裂してしまうところだったが、
どういう原理か彼らはそうならずに済み、また、酸素が失われるような事態にもならなかった。
もっとも、それが幸運なことか不幸なことか、彼らはこの時点では何とも言えなかった。
とはいえ、もはや見る影もない地球に残されてしまった者たちのことを考えれば、
こうしてしばらくは無事でいられるらしいことはささやかな気休めにはなったが……。

「ふふっ。今日はとても楽しかったですわ。それでは地球の皆さん、ごきげんよう」

そんなことを知る由もなく、また、ついに自らがもたらした大惨禍に気付くことのなかったお姫様は
長い船旅にお供が出来たことを喜びつつ、初めての訪問を大過なくこなせたと自負して満足する。

そして、地球へ向けて笑顔で手を振ると、大事そうに大陸を抱えながら宇宙船に乗って遠く星々の彼方へと消えていった。
後には足跡や手形などがくっきりと刻まれ、大半の人類が死滅して文明が完全に崩壊した星を残して。

 

おしまい

 

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