お嬢様の異世界統治記

3話 お嬢様はツンデレ!?

 あれから数日後。エリカは放課後になるとまっすぐ家に帰り、簡単な身支度を整えてから再び異世界を訪れていた。
今回の服装はシンプルな体操着にブルマの組み合わせ。それと、黒のハイソックスとスニーカーを履いている。
一見、普通の……といってもスタイルの良く、整った顔立ち、華やかな金髪が特徴的の女子高生が
体育の授業か部活動をしに草地へやって来たように見えなくもない光景。
もちろん、周囲の緑や白い点々は芝生や砂利でも何でもなく、全て水田や住宅といった建物である。
今更言うまでもなく、異世界の住人にしてみればエリカは自分たちの1000倍サイズという途方も無い大きさの持ち主であったのだ……。

「ふふ、相変わらずちっちゃな世界ね。めちゃくちゃにしたくなるくらい」

 開口一番に恐ろしいことを平然と言ってのけるエリカ。
前回の来訪時には中規模の街一つを数時間弱で、それも身体一つで壊滅させていたのだから、洒落になっていない。
またしてもどこかの街が滅ぼされるのかと心配を寄せる小人たちをよそに、エリカは辺りを見回し、それからふっと優しく微笑む。

「なんて冗談よ。破壊してばかりじゃ小人たちが可哀想だから、今日は代わりに何かしてあげることにしたわ。感謝しなさい」

 しかし、小人たちのざわめきは一層大きくなるばかり。
前回が前回だけに多くの小人たちは発言の内容を率直には受け取れないようで、
「”あの”お嬢様が何かしてあげるだって?」とか、「どうせまたろくな事じゃないはずだ」、
「今度こそ世界の終わりだ……」だとか、思い思いに好き勝手なことを口走っている。

「へぇ……。小人たちが望むなら、そうしてあげてもいいのだけど?」

 せっかくの好意を素直に受け取ってもらえず、少し拗ねたようにジト目でそう言ってやると、
小人たちは「申し訳ありませんでした!」と一斉に謝ってしまった。
中には地べたに土下座している者もいる有様。
その哀れでちっぽけな姿を見て、たちまち気が晴れたのでひとまず彼らを許してあげることにする。

「うんうん。素直でよろしい」

 まあ、小人たちの疑念も当然のこと。これまで破壊ばかりやっていたのだから。
でも、その反動というか、たまには創造の一つでもやってあげたくなるというもの。
今回、こうして少し心境が変化していたのは、前回の訪問からしばらくして少し冷静になったところで、
街一つを滅ぼすとか、ちょっとさすがにやりすぎちゃったかなと反省があったためだった。
もちろん、取るに足りない大きさの小人たちやその街など、どうしようと私の勝手だけど、
この国の統治者らしくたまにはいいこともしてあげないと、という思いから今日ここに来ていた。
わざわざ体操着を着ているのもそのため。もしかしたら力仕事もいるかと思って、汚れても良さそうな格好ということで選んでいた。
魔法学院の指定体操着。Vネックの白シャツの襟や袖、それとブルマが濃紺の体操着。
シャツはともかく、今時ブルマなんてあの魔法学院くらいしか履かせてないわよ、と内心毒づきつつ、
動きやすいのもあって私自身それほどこの格好は嫌っていなかった。

「そうね……、何がいいかしら」

 とりあえず、顎先に手を当て、少し考える素振りをしてみる。
といっても、何をしたら小人たち――それも1000分の1サイズの彼らに喜ばれるのか、あまり想像もつかない。
子供相手なら遊んであげるのなんか良さそうだけど、今はちょっと怖がられているだろうし。
大人相手なら……と、その時足元で一人の小人が目に入った。
こういう時は本人に聞くのが一番ということで、しゃがみ込んで尋ねてみることにする。

「ねえ、そこの小人。何か困っていることはないかしら」

 その小人。中肉中背の中年男性は農作業中に”お嬢様”の出現を受けて仕事どころではなくなり、
1600メートルはあろうかという彼女の超巨大な身体――主にスニーカーを間近で呆然と眺めていた。
中型タンカーに匹敵する程の長さ、あるいはその二隻分の横幅と同等の幅、
さらにはその上に何隻かずつ積み重ねた程の高さという途方も無い巨大さを誇る運動靴。
それが一足、おらが田んぼの上に鎮座する様を、口をあんぐりと開けながら固まって見ていると、
突然、天から全身を震わす声が降ってきて彼は正気に戻されてしまう。
慌てて左右を見回しても、仕事仲間を含め皆逃げてしまったのか誰もおらず、
どうやら呼びかけられたのが自分らしいことに気が付いて恐る恐る真上を見上げてみれば、
そこにいたのはロングウェーブヘアを垂らした金髪碧眼の美少女……の巨大な顔。
もちろんそれがこの国の統治者にして巨大スニーカーの持ち主――お嬢様であるのは言うまでもなく、
彼は怖れと畏れから縮み上がってしまう上に自身の何十倍もあろうという碧眼でじっと見つけられ、
目力で押し潰されそうになりながらも、なんとか必死に耐えて困っていることを震える声で口にする。
もちろん、お嬢様がこうしてこの世界・この街に来ていることが一番困ることなんですが、などとは言えるはずもなく、
伝えられたのは、最近この地方は日照りが多くて近くのダムが渇水しつつあるという内容であったが。

「それくらいお安い御用だわ。たっぷりと雨を降らせてあげる」

 早速、エリカは水魔法を唱えると、たちまち青空が一面の雨雲に覆われ、一帯に大粒の雨が降り注いでいく。
エリカの寸前で雨雲が途切れているため、彼女自身は全く濡れることもなかったが、
この地方はこれまでの豪雨記録を遥かに塗り替える土砂降りに襲われる。
渇水して底が見えていたダムに水が溢れていく……のはいいとして、
あまりの雨の勢いに、干乾びかけていた河川が増水して氾濫し、大地も水捌けの良し悪しにかかわらず水浸しとなってしまう。
数分前とは一転、まるで一面の沼地のように化してしまった田畑や住宅地。
濁流によって住宅が押し流され始める段階になってようやく彼女もこれはまずいと思ったのか、
すぐに雨雲を吹き飛ばして軽く大地を乾かしたりしたが……。

(ちょ、ちょっと、この程度の霧雨でいくらなんでも早すぎでしょ!?)

 すっかり土色に汚れてしまった眼前の光景。
もっとも、魔法を使って五感を高めていなければあまり気にならないような違いではあるものの、
それでも小人たちにとっては大変な事態になりかけてしまった感じ。
私にとっては降水量一ミリの小雨であっても、彼らにしてみれば一メートルもの豪雨。
このまま降らせ続けていたら、この地方自体新たな湖の底に水没していたのかもしれない。
異変に気付いてすぐに切り上げたものの、ぱっと見ただけで河川付近の住宅が何棟か崩れ、何十台かの車が水没してしまっている。

(うーん、小人に合わせての調節は難しいわね……)

 どちらかと言うと派手な魔法が好きな私にとって、繊細な魔法は苦手とは言わないまでも少し苦慮するものだった。
もちろん、だからといって同じ魔法学院の生徒はおろか、一線級の魔導師にもそうそう負けたりするはずもないのだけど。
ともかく、威力をなるべく極限まで落とすというのは最大出力にするより遥かに大変なんだから、
と愚痴の一つでもこぼしたくなるものの、やってしまったものは仕方ない。

「ふ、ふふん。どう? これでしばらくは水に困らないでしょ?」

 内心、しくじった感を抱きつつも顔には出さないようにして、腰に片手を当て虚勢を張ってみせる。
この国の統治者としての威厳だとか品位だとかを示すため、あるいは単純に失敗を悟られないように。
そ、それに、ダムに水を貯めるという目的は一応果たせたし、なんとか合格点はもらえるかもしれない。
とりあえず、小人たちの安否を探知魔法で調べて、
溺れたり流されたりして命にかかわるような微弱な反応が見られないことを確認すると、
そそくさと逃げるようにその場を後にしていく。

 さてと、次は何をしようか。
全てが1000分の1サイズのちっぽけな世界を見下ろしながら、
特に当てもなく田畑や山林、郊外の住宅地の上をぶらぶら歩き回っていく。
時折、進路上にいた小人やその運転する車を靴先でつついたり真上で足を振ったりして追い払いつつ何十歩か進み、
同じ数だけの足跡を大地にくっきりと刻んだところであるものに目が留まった。

「この山、ちょっと邪魔じゃないかしら。取り除いてあげるわ」

 それぞれ人口ニ、三十万はありそうなそこそこ大きな街と街との間に鎮座する小高い山。
私の腰程もないような高さなのに、横幅だけは延々とあって、二つの街を分断してしまっている。
おかげで、何本もの道路や線路がわざわざトンネルを掘ったり、くねくねと山越えしているみたい。
きっと、この山がなくなればもっと交流しやすくなるはず。
というわけで、魔法を使って消滅……させようと思ったものの、
先程少し失敗したばかりなので、念のため今度は魔法を使わず手作業でやってしまうことにする。
ま、いくら本物の山であっても、私の大きさにかかれば砂遊びの山と大して変わりない。
踏みつけたり叩いたりするだけで簡単に抉れていくような、小人の建物と同じく脆い存在。
とはいえ、素手というのも何なので、一応園芸スコップを召喚しておく。

「今からこの山を削るから、巻き込まれたくなかったら離れてなさいね」

 ひとまず警告をして、トンネル内を走っていた車や電車、
あるいは山の麓にいた小人たちが出ていったり離れたりするのを確認してからスコップで山をサクサク削り取り。
山の上にいた小人たちは今から降りるのを待つのも時間が勿体ないので、
車や建物ごと、周囲の山肌ごと慎重にスコップで掬ってから平地の上に降ろしていけば、慌てて逃げ出していった。
そうして削った土砂は近くの田畑や住宅の上に放り捨てることで新たな山が段々と築かれるものの、
後で踏みしめれば厚みもなくなることだし、今は放置しておく。

「んしょ、んしょ」

 時折可愛らしい掛け声を交えつつ、黙々と山を削っていくエリカ。
その光景は小人たちからしてみれば圧巻としか言いようがなかった。
膝を地面に着け、片手を山に添えつつ四つん這いのような姿勢を取ることで、
薄い体操着の布地を引っ張りながらたぷんと垂れ下がる豊かな胸。
ただでさえそうなのに、1000倍サイズともなればその双丘がガスタンクにも勝る大きさともなり、
見る者を誰しも――たとえ彼我の距離が数キロあろうと関係なく圧倒し、魅了していく。
傍から見ればなんだか高校生くらいの女の子が砂遊びをしているように見えなくもないが、彼女の大きさは実に自分たちの1000倍である。
数万トン、あるいは数十万トンもの大量の土砂がその上に建った家屋や事業所、何百本と茂った木々ごと一度に抉り取られ、
平地だった場所に新たな小高い山を築きながら堆積させられていく。
土木作業などとは比較にならない、天地創造ともいうべき行為。
次第に山が二つに割れ、街と街が開通していくも、一方で道路や線路はトンネルがスコップに掘られることで寸断され、
また、田畑や住宅が抉り取られたり土砂の下敷きにされることで、少なからず人々の憤りが蓄積していってしまう。
もしかしたら”お嬢様”の怒りを買って二つの街が滅ぼされてしまうかも、と内心ビクビクしつつも、
もはや先祖代々の土地、建物を失った者たちは自暴自棄となって、何十人と危険を顧みずエリカの足元へと向かい抗議の声を上げる。
しかし、それは彼女にとってみれば鬱陶しく不快なものでしかなかった。

「……何よ、小人たちのためにやっているのに」

 せっかくの好意を無碍にするなんて、愚かで見た目通り卑小な小人たち。
頑張ったところでこんな思いをするなら、やっぱり好き勝手暴れてしまおうか。
支配なんて余計なことを考えずに、好きな時に現れて、好きなだけ街を破壊していくだけ。
さしずめ怪獣といったところ。

(大怪獣エリカ、なんてね。あるいは大魔王かしら。魔法を使っていることだし)

 何にせよ、どうせこの世界には私を止められるものなんて誰もいない。
この国の軍隊だって、今や私のもの。あえてもう一度私と戦わせるのも面白そうだけど。
そうして傷一つ負うこともなく徹底的に痛みつけて、私が唯一絶対の存在であることを改めて知らしめてあげないと。
そうね、まず手始めにこの二つの街を滅ぼしてあげるのなんか良さそう。
近くでピーピー言っている小人たちに見せつけるようにして、蹂躙していったりね。

 そうして不穏な状況になりかけた時、エリカの目の前に一機のヘリが現れた。

「ちょっとお待ちください!」
「何よ、誰?」

 半身乗り出しながらアピールするように大きく手を振る、スーツ姿の好青年。
エリカの睨みつけるような目つき、不快そうな声つきにたじろぎつつも、よく通った声で畏まって答える。

「わ、私はこの地方の知事です、お嬢様」

 地縁・血縁もあって全国最年少で知事となった、目立ちたがり屋で有名な彼。
何事にも物怖じしない性格で行動力があり、多少の危険が感じられていようとこのような場面、状況を見逃すはずもなかった。
とはいえ、何も考えずに現れたわけではない。
彼は一方で調整能力が高いことはあまり知られていない事実であり、
前回”お嬢様”の破壊対象となった、この地方有数の都市からの速やかな全住民の避難遂行などは
知事自ら陣頭指揮を執り行い、おおよその成功を収めていた。
もっとも、半ば生贄にされる形となった街自体を守ることは出来ず、彼はそのことに心を痛めつつも、
このままではさらに二つの街が滅ぼされかねないと見て、先の都市跡地をヘリで視察中だったところを急遽切り上げて来ていたのだ。

「ふうん、それで?」
「はい、僭越ながらこの場を収めに参りました」
「余計なお世話よ。別に小人たちのことなんてどうでもいいから」

 そう言ってクスクス嗜虐的に笑うエリカ。
知事は全身に冷や汗を感じながらも、言葉を続ける。

「本当にそうでしょうか。今、こうして山を削っていたのは私どものためですよね」
「そ、それがどうしたの?」
「ですから、本当に施しをなさりたいのであれば、上からの押しつけではなく、我々の声も汲んで頂けたらと。
それが、統治者であるお嬢様の役目にございます」
「……そういうものかしら。でも、確かに言われてみればそれもそうね」

 エリカはそう言って少し納得した素振りを見せる。
なるほど、この小人が言うことはもっともかもしれない。

「それで、何かあるのかしら?」

 とりあえずこの体勢は少々窮屈なので、ヘリや足元の小人たちに一応気を払いつつ立ち上がると、
真ん中から綺麗に二分された山の一方に腰掛け、脚を組みながら尋ねる。
しかし、帰ってきたのは要領を得ない答え。

「い、いえ、具体的にはこれから検討と言いますか、意見を取りまとめてそれから……」
「はぁ……。話にならないわね。もういいわ」

 小人にちょっとでも期待した私が馬鹿だったと思ってしまう。
結局のところ、小人なんて取るに足りないちっぽけな存在。
そんなどうしようもない小人たちに目に物見せる前に、私の貴重な時間を無駄にした罰として、
まずは知事だとかいうこの小人にちょっかい出してあげようか、
それともわざと無視して管轄する大事な街が滅びていくのを目に焼き付けさせてあげようか。
と、しかしそんな考えを察知してか、小人の知事は必死にすがってきた。

「お、お待ちください! これは大変ご無礼を致しました。
で、ですが、とりあえず……ではなくて、一つ良いアイディアが浮かびました。
確か、お嬢様は不思議な力を使えるのですよね」
「ああ、魔法のこと? 大抵のことなら何でも出来るわよ」
「ならば、人々を癒すのはいかがでしょう。ここしばらくのお嬢様のご活躍で、多くの者が傷ついてしまったことですし」
「何か癪に障る言い方だけど……。それくらいお安いご用よ。で、どうすればいいかしら?」
「はい、これからご案内しますので、このヘリに付いてきてください」

 そして、高度を上げるとどこかに向かって飛んでいくヘリ。
私も立ち上がると、その後をゆっくりと追いかけるようにして地を踏みしめていく。

「あ、足元にご注意ください。この辺りは住宅地が広がっておりますので」
「ふん、女の子に踏まれただけで壊れちゃうくらい脆い方が悪いのよ」
「そ、そんな……」
「はいはい、もう、しょうがないわね」

 言われなくても建物が密集しているような場所、小人の気配がある場所は避けていたものの、
なるべく住宅は踏み潰さないようより慎重になりながら田畑や河川、堤防の上を歩いていく。
それにしても、腰の辺りの高さを飛ぶヘリは亀のような遅さで、ついついあくびが出てしまいそう。

「ねえ、もっとスピードを上げられないの?」
「こ、これ以上は無理です!」
「何なら、私の指に止まって場所だけ指示すればいいのに」

 数分経ったところでいい加減しびれを切らし、そう言ってヘリを摘もうと指先を伸ばすと、中から悲痛な叫びが帰ってきた。

「おおおおやめください! ローターが壊れてしまいます! そ、それに、もうすぐ着きますから大丈夫です!」
「そう? 残念ね」

 ちっとも残念じゃなさそうにクスっと笑いかける。
とはいえ、言葉に嘘はなかったようで、程なくしてヘリが速度を落としていく。
ようやくどこかお目当ての場所に着いたようだった。

「まずはこちらになります。お嬢様からするとだいたい靴三つ分先にある、緑色の屋根をした建物の一群です」

 まず案内された場所は、私がこの前壊滅させた街の近郊にある体育館らしき建物。
立地と大きさから、今は避難所として活用されているのかもしれない。

「ふーん、結構大勢いるのね」

 気配からして、小人が何千人かこの中にいるのが感じられる。
恐らく、多くは帰る家を失ってしまった哀れな小人たち。
そうさせた張本人が私だと思うと、ちょっと胸が痛む。だからと言ってどうこうというのはないけれど。

「そうですね。この場所だけでだいたいニ、三千人でしょうか。
しかし、これだけの距離、その上屋根越しでよく分かりますね」
「当然よ。私を誰だと思っているの?」

 ふふん、と胸を張ってみせる。
この程度の探知魔法くらい、私にとっては造作も無いこと。
物心ついた時には自然と使えるようになっていた。

「さてと、早速やってもいいかしら?」
「ほ、本当ですか? もちろん、是非ともお願いします」
「じゃあ、いくわよ」

 一応、小人の知事に尋ねてからもう少しだけ近づくと、
立ったまま建物に向けて手のひらを広げ、祈りを込めるようにして回復魔法を唱えていく。
すると、怪我をしていたからか、少し弱まっていた小人たちの気配が瞬く間に元の強さにまで戻っていくのが感じられた。
もちろん、小人はとても小さくてヤワなので、個々ではかなり意識してなければ違いも分からない程微々たる変化でしかなかったけれど。

「おお……」
「ふう、こんなところかしら。みんな治ったと思うけど、確認してみる?」
「は、はい! 少しお待ちください、今確かめてみます」

 どうやら私の魔法に見惚れていたらしい小人の知事に言葉をかけると、
我に返ったかのように慌てて反応して、それから誰かと連絡を取っていく。

「……なんと、本当か。そいつは良かった」

 しばらくして確認がとれたのか、小人の知事はそう言って安堵した表情を見せ、
それからこちらに向かっていい笑顔を見せてくれる。

「さすがでございます、お嬢様。現地の部下によりますと、皆一様に怪我が治ったなどと喜んでおります」
「そう、良かったわね」

 その笑顔が眩しかったというか、こうして避難生活を余儀なくされている原因が自分というのもあり、
なんだか褒められるのが気恥ずかしくてつれなく言い、それからポツリと呟く。

「……ま、こういうのも悪くないわね」

 私への感謝の声は魔法を通じても伝わってきて、ちょっといいことした気分。
回復魔法は慢性的な病気に効かないなど必ずしも万能ではないものの、普通の創傷や骨折くらいなら簡単に治すことが出来る。
私みたいな高位の魔導師ともなれば、よっぽど深い傷でもない限り傷跡も残さず治癒することも可能。
どうやら避難所にいる小人たちは避難途中に転んだり擦り剥いたりして怪我した者が多かったみたいで、
放っておいてもそのうち治りはするかもしれないけど、ちょうど良かったみたい。

「では、この場所の人々の具合も皆良くなりましたことですし、次の場所にご案内してもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんよ」

 次に訪れた場所は歩いて十歩程の近くの総合病院。ここでも同じようにして、同じように感謝されていく。
もちろん、先の理由から入院している全員を治せるわけではなかったけれど。

「それでは、次はこちらになります」
「はいはい」

 今度は別な避難所、その次は……。

 こうして何度か小人たちを建物ごとまとめて癒していくのを繰り返せば、
数千、数万の怪我し疲労した避難民たち(偶然その場に居合わせた他の小人たちも)は
皆健康な身体を取り戻していったようだった。

 * * * * *

「この度はありがとうございました。皆、お嬢様のご高配に感謝しております」
「ふ、ふん。当然よ。貴方たちにこうしてあげるのも統治者の役目なんだから……」

 少し照れたように、ぷいっと横を向きながら呟くエリカ。
いつしかその顔は充実したものになっている。
一方の知事も無事案内を終えることが出来て、疲れながらもやり切った顔を見せる。
彼は自分たちの呼ばれ方が”小人”から”貴方”たちに変わったのに気付き、
一瞬はっとした表情を浮かべるも、あえて指摘しなかった。

「ま、今回はただの後始末だから、また何かあったら言ってちょうだい」
「そうですね、今度はこの前の街の復興でも手伝っていただければ」
「んー、そうね。考えておくわ」

 満更でもなさそうに笑顔で言うエリカ。

 そして、彼女は前回とはまた違った満足気な表情を浮かべながら帰っていったのだった……。

つづく

 

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