お嬢様の異世界統治記

1話 お嬢様はせーふく者!?


古来より続く名家、皇(すめらぎ)家。その屋敷地下に深淵と広がる大書庫に一人の少女が佇んでいた。
ウェーブのかかった長い金髪に、透き通るような蒼眼。そして気品ある端整な顔立ちが印象的な美少女である。
その名は皇 エリカ。今年で17歳になる、皇家当代当主の長女である。
かつては高名な大魔導師を幾人も輩出し、国の政を司ることもあるなど名門中の名門であった皇家であったものの、
近年は凡人揃いで斜陽な当家にあって、エリカは久方振りの大魔導師となれる素質の持ち主であった。
生まれながらにして天才的な魔力を有するだけでなく、少し勝気なところはあるものの、人一倍努力も熱心で、
今日も魔法学院から帰ると着替える間も惜しんですぐに地下書庫へと向かい、魔導書を解読していた。

「さてと、次はどれにしようかしら」

他に訪れる者もなく静寂に包まれた書庫で、読み終えた書物を本棚に戻しながら一人物思いに耽るエリカ。
もうこちら側の目ぼしいものは粗方解読してしまった。反対側は文芸書や歴史書だし…。
じゃあ、この奥はどうかしら。鉄格子を越えた先の書庫には、ぱっと見古ぼけた本が雑然としており、
本棚に入りきらなかったのか、床や棚の上で無造作に山積みとなってしまっているものまである。
汚損具合が少々気になるものの、ひょっとしたら貴重な魔導書が眠っているかもしれない。
とりあえず鉄格子の鍵を開け、コツコツ足音を立てながら奥に歩いていくと、
中ほどまで進んだところで、怪しげな魔力を放つ一冊の本がふと目に留まった。

「これは……?」

惹かれるようにして手に取ったのは、魔法で厳重に封印された古書。
高位の魔法が記された魔導書となると、使用者あるいは行使対象に多大な被害・災いをもたらすことから、
あるいは家伝の秘法が外部に漏れるのを防ぐ目的から、書物自体を封じられることはよくあることだが、
エリカは純粋な知的好奇心からそのような背景などさして気にすることなく、
本の上に手をかざして魔法を注入し、幾重にも渡る封印を簡単に解き放つ。

「この程度の封印、取るに足りないわね」

ふん、と鼻で笑いながら、まずは煌びやかに装飾された表紙を開いてみる。
すると、真っ先に目に飛び込んできたのは呪文の羅列。

「これは転移魔法? でも、それにしては……」

転移魔法は基本的に上級魔法ではあるものの、それは制御が非常に難しいからであって、
殺傷能力の高い攻撃魔法でもないのにこの封印はあまりに過剰すぎる。
それに、呪文も原則からはやや外れたものがそこには記されていた。
少し怪訝に思いながらも、とりあえず続きをパラパラとめくっていくと、
長い年月で黄ばみ色褪せ、所々破けたりした魔導書から何とか読み取れたのは、禁呪、転移、異世界といった内容。
情報を整理すると、どうやら最初に記されていた呪文を唱えることで異世界へ行くことが出来るらしい。
ただし呪文自体未完成で、その上未知なる場所に座標を指定することからかなり危険も伴い、
発明者はおろか、幾人もの優秀な魔導師が転移したきり帰ってこなかったことから、
当時の皇家当主の命により禁呪とされてしまったみたい。でも――

「へえ、面白いじゃない。腕が鳴るわ」

禁呪相手となると俄然やる気が出てくる。しかも異世界に行けるなんて、素敵じゃない?
このところ触れたのは退屈な魔法ばかりだったので、余計高揚してしまう。
当時の当主様には悪いけど、この禁呪、破らせてもらうわ。

「異世界ね…。どんなところかしら」

想像を膨らませながら、まずは未完成の呪文を自分なりにアレンジして組み立てていき、
暫くの格闘の後、納得いくものが出来上がったところでそれを冷静に詠唱していく。
そして呪文を詠み終えた瞬間、足元に出現した魔法陣によって全身が淡い光に包まれた――

 * * * * *

「ここは……?」

光が収まってからゆっくりと目を開くと、そこは起伏のほとんどない平面世界だった。
見渡す限り大地は緑色の苔や灰白色の砂利のようなものに覆われ、
他には遠方に見える大きな湖と、付近の点々としたわずかな水溜りだけ。
丘と言えるほど高さのあるものは近くになく、遠くにも山並みや森林らしきものは見当たらない。
また、周囲には生き物の気配もなく、ひっそりと静まり返っている。
見たところ、どこかの高原にでも転移したみたい。
空気はとても澄んでいて、心なしか空が近いように感じられた。
まるで夢を見ているような世界。でも、意識を失った覚えなんてない。
そして何よりも肝心なこと。空を見上げれば、赤と青の月がうっすらと浮かんでいるのを見て取れた。

「最初の印象としては、まずまずね」

どうやら無事、異世界に転移したみたい。ひとまず成功に安堵して、それから足元の感触を確かめてみる。
二、三度足踏みしてみると、この辺りは地面が柔らかいのか、ずぶずぶと沈み込む感触があるものの、
せいぜい靴が軽く埋まる程度で、ぬかるみに足を取られることもない。
これなら魔法を使わずとも歩くのにほとんど支障はなさそう。
そうと分かれば、早速苔の上に足跡をつけながらずんずん踏み進んでいき、
砂利の一帯に大きく足を踏み出したところで何やら変な感触がした。
デコボコ尖っていたはずの小石が、特に感触もないまま沈み込んでしまった……?
いや、潰れてしまった、と言った方が正しいのかもしれない。
些細などうでもいいことだけど、ちょっと気になって足を上げてみると、
地面にくっきりはっきり刻まれた足跡には粉々にすり潰れた石が幾つか見受けられた。

「ずいぶんと脆い石ころね。どんな材質で出来てるのかしら」

ちょっと不思議に思い、近くのものを手に取ろうとしゃがみこんでみると、
そこで目に映ったのは砂利などではなく、極小サイズなミニチュアの建物の数々だった。
たくさんの住宅やマンションに、学校やオフィス、スーパー、コンビニなどなど。
縮尺は…だいたい1000分の1くらいかしら。意識して顔近づけてみなければ気付かない程度の大きさ。
でも、とても小さいながらも同じ形のものはほとんどなく、一つ一つがかなり精緻に造られているみたい。
質感といい生活感といい、まるで本物そっくり。凄く繊細な技術に感嘆してしまう。
ふと、そこでちらほらと目に入る、何やら蠢く微小なものの影。
ただの小虫かもしれないけど、他にも色々と気になることもあり、
もっとよく観察してみようと魔法で感覚を研ぎ澄ませてみれば、
次の瞬間はっきりと見て取れたのは、小さな…人間たちだった。

「え、うそ…。こんな、こんなことがあるなんて……」

至る所にたくさんみられる、人間そっくりなのに大きさは芥子粒くらいの小人たち。
意思をもって動き回り、車やバイク、自転車を運転している者までいる。
本物…に間違いはなさそう。何をもって本物というかはわからないけど。
ともかく、小人たちとは姿形だけでなく文明レベルもだいたい同じくらいで、
付近一帯には住宅街が、少し先にも高層ビルの立ち並ぶオフィス街や繁華街があり、
どれもこれも大きさを除いては元の世界のそれと非常によく似通っている。
よく見れば、街の周りにある苔のようなものは田畑や森林だったりして、
ほんとに小さな丘も、細々した建物と対比してみれば山のように見えなくもなく、
きっと向こうに見える湖も、本当は海だったりするのかもしれない。
カルチャーショックなどという言葉では到底表現しきれない光景。
まさか、異世界が極小なミニチュアの世界だったなんて。

とりあえず大きく深呼吸して気持ちを一旦落ち着かせて、
それから改めて足元に目を転じると、街並みが靴の周りで不自然に途切れているのが見て取れた。
そこに何があったかは定かじゃないけど、もう何もなくなってしまったことはさっき足を上げた時にきっちり確認済みだったりする。
きっと幾つかのビルと、たくさんの住宅が靴の下で跡形もなく潰れてしまったに違いない……。
驚きや興奮の連続から一転、後ろめたさでちょっと憂鬱な気分。
…で、でも、こんな気付かないほど凄くちっちゃくて、
しかも軽く踏んだだけで壊れちゃうほど脆い方が悪いんだから。
何も、踏みたくて踏んだわけじゃないし。

「…そう、これはただの事故なんだから。事故ならしょうがないよね」

思わず口から零れてしまう、少しというかだいぶ無理がある自己正当化。
でも、相手がほとんど見て取れないくらい矮小な存在ということもあり、
ちょっと傲岸不遜になってしまっているのが私自身はっきりと感じられる。
とはいえ、特に悪い気はしなかった。

「ねえ、貴方たちもそう思わない?」

一応、同意は求めてみた。いつの間にか自然と笑みを浮かべながら。
でも、耳を澄ませても聞こえてくるのは、か細い悲鳴や絶叫ばかり。
少しは抗議の声くらい上がるかと思ったけど、小人たちは私の話を聞く余裕さえないみたいで、
誰も彼も一心不乱にただひたすら逃げ惑っているだけ。
別に取って食べようとか、潰しちゃおうとか、そんなことをする気はさらさらないのに。
もっとも、その走りはあまりに遅々としたもので、何百歩と走ってようやく私の一歩に相当するくらい。
たとえ乗り物を使っていても速さはあまり変わらず、見ているこちらが情けなってしまう。
か弱く気概もない小人たちなんて、所詮、取るに足らない存在なのかしら。
ふと、そんな見下した考えまで思い浮かび、一旦は押し留めたものの、
もう心は哀れな小人たちと戯れたい気持ちでいっぱいだった。
たっぷり可愛がって、ちょっぴり虐めて――

ともかく、このまま観察し続けるのも何だし、色々と尋ねてみたいこともあったので、
差し当たり、まだ付近をのそのそ動いていた小人に向かって指先を伸ばしてみた。


郊外に突然現れた、身長1000メートルを優に超えるであろう超巨大な美少女。
高さ十数メートルの木々がうっそうと生い茂る森林を靴のごく浅い部分だけで踏み躙り、悠然とそびえ立っている。
彼女と比較したら、街のほとんどの建物など文字通り足元にも及ばす、高層ビル群も踝以下の高さ。
近隣の数百メートル級の山々でさえ膝から腰にかけての標高しかない。
何と偉大な存在であり、それに対して何と我々のちっぽけなことか。
そんな彼女だが、どこかの学生なのか、服装は清楚な紺と白のセーラー服に、黒のニーソックスとローファーだった。
胸は程よく成熟しているようで、服越しでも正しく山のように豊かな丸い膨らみを存分に見せつけ、
脚はすらりと長く天高く伸びながらも、むっちりした太ももは絶対領域を眩しく覗かせている。
そして、制服と言えど品の良さを感じさせる完璧な着こなしに、
長いウェーブの金髪を優雅にふわっと舞わせる様はまさにお嬢様といったところ。
ツリ目の澄んだ蒼眼に、整った顔立ちは凛々しい印象を受けるものの、
にゃんこ口で得意気な表情はツンツン具合を幾分和らげ、美しさと同時に可愛らしさも兼ね揃っていた。

営業マンの彼も他の人々と同様、超巨大な美少女に見とれてしまっており、
彼女が大きな地響きを立てながら近づいてきても惚けたままだった。
だが、すぐ傍の住宅地に巨大なローファーが振り下ろされたことで
強烈な衝撃と突風に思わず腰を抜かし、立ち上がれなくなってしまう。
そんな彼の目に嫌でも飛び込んでくるのは、住宅街に鎮座する巨大な黒い塊。
それが彼女の靴だと気付くまで少し時間がかかってしまう程、彼我の大きさが違いすぎた。
つい先程まで向こうには数十棟の家屋が立ち並んでいたはずだが、
巨大なローファーは情け容赦なくそれらを尽く踏み砕き、押し潰し、
さらには周囲に立ち並んでいた住宅の多くも衝撃で倒壊させたり傾けたりしてしまっている。
たった一踏みだけで、何という破壊力だ。もし、あれがもう少し手前に下ろされていたら…。
そんな恐ろしい想像が、ますます彼を怯え震え上がらせてしまう。
そして彼はそのまま動けずにいると、重々しい地鳴りと共にまたしても突風が吹き荒れた。
彼女がしゃがみこんだのだ。たったそれだけでも、これほどまでの迫力。
青空はニーソックスの漆黒に遮られ、辺り一帯は昼間というのに暗く閉ざされ、
まるで天が落ちてきたかのようにさえ感じられてしまう。
一応、彼女は脚を内側に寄せて膝小僧をくっつけているようではあったが、
屈んでいる状態であっても膝の高さは数百メートルにもなる。
市内で最も高い超高層ビルよりもさらにずっと上にあっては、
薄暗闇に包まれているとはいえ地上正面からの視線を遮られるはずもなく、
小さく可愛らしいリボンと裾にレースのあしらわれた桃色のパンツがはっきりと拝めたが、
不幸にして彼にはそれをじっくりと眺める余裕もなかった。
しばらくしてどうにか立ち上がったときには既に周りに誰もおらず、
不安と焦燥感に駆られながら彼女とは反対方向へ全力で逃げ走ろうとしたが、時既に遅し。
背後から巨大な棒状の白い物体が二本、凄まじい速さで迫ったかと思うと、
次の瞬間、彼は周りの地面ごと数百メートル上空へと持ち上げられてしまった。


初めは小人を直接捕まえちゃおうかと思ったけど、あまりの小ささに潰してしまう恐れがあったので、
周囲の地面を爪先でカリッと削ってから慎重に摘まみ上げ、それから小人だけを反対の手のひらにそっと振り落とし、
用済みとなった地面は指の間ですり潰してからまじまじと観察してみる。

「へえ、こんなにちっちゃいのに私たちそっくりなのね」

手のひらの上に可愛らしくちょこんと乗っかる小人。
大きさは一ミリくらいで、重さなんて全然感じられないけど、
容姿はどこからどうみても普通の人間にしか見えず、服装も会社員なのかスーツを着ている。

「た…助けてください……」

当初の目的も忘れて思わず見とれていると、ふと、蚊の鳴くような声が聞こえていきた。
感覚を研ぎ澄ませなければ、きっと聞き取ることさえ出来ないような声量。
全く、身体だけでなく声もちっちゃいなんて、ほんと惨めな存在ね。ちょっと呆れちゃう。
ちなみに、小人の喋っている言葉の意味は魔法によって理解することが出来る。
逆に、私が話す言葉を小人たちが理解することも出来るはず。

「さあ、どうしようかしら?」

別に危害を加えるつもりはないけど、少し勿体ぶってにやにやしながら楽しそうに言ってあげると、
小人はますます震え縮こまってしまっているようだった。

「ふふ、そんなに怯えちゃって。でも大丈夫。ちゃんと優しくしてあげる。ほら、こんな風に――」

そして、ふぅっと優しく撫でるように吐息を浴びせかける。
すると、小人はそれだけでどこかに吹き飛んでしまった。
ただ気持ちを楽にさせてあげるつもりだったのに。

「あら、ごめんなさいね」

まるで綿埃のよう。吹けば飛ぶとはこのようなことかしら。
ちょっと申し訳なく思うも、そんな言葉が思い浮かんで、くすっと笑ってしまう。
でも、色々と尋ねる前に小人が消えてしまい、ほとんど何も得られなかったので、
改めてもう一人、手近なところを逃げ回っていた小人に少し腕を伸ばして同様に捕まえ、
今度は余計なことはせずに色々と情報を引き出してみた。

その小人の話によれば、この世界は自然も動物も街も全てが小人と同じように小さいとのこと。
他は月が二つあることを除けば元の世界と特に大きな違いはないみたいで、
文明も文化もどことなく…というか、かなり酷似しているような気がする。
ともかく、疑問はある程度解消されたので、用済みとなった小人を…
酷い目に会わせちゃうのはさすがに可哀想なので、ちゃんと地上に戻してあげることにした。

「ありがとね。それじゃ、解放してあげる」

一応、手の傾きを変えたり、場所を田畑の多い開けたところにしたりと配慮はしたものの、
それでもやっぱり建物を幾つか押し潰しつつ、手の甲を地面に沈めていって段差をなくすと、
その小人は手の端で少し迷っていたものの、意を決したのかおっかなびっくり転げ落ちていった。
無事、大きな怪我もなく降りられたのを確認したところで、少し顔を上げてみれば、
眼下いっぱいに広がっているのはちっぽけなおもちゃのような建物の数々。
…こんなにたくさんあるなら、少しくらい弄ってもいいよね。
じっと眺めていると、不意に沸々と湧き上がってくる悪戯心。
たぶんいけないことだとは分かっているものの、特に抗おうとは思わなかった。
故意でないとはいえ、建物はもう幾つも壊しちゃっていることだし、
これ以上被害が拡大したところで大して変わらない気もするし。
また、何も始めから破壊しようというわけじゃない。ただ、弄くり回すだけ。
それで壊れてしまうようなら、悪いのは脆い小人の建物の方なんだから。
となれば、どうせ住民はみんな逃げてしまったことだし、遠慮なく弄っちゃおう。

まずはさっき小人を下ろした付近の木造住宅に人差し指を近づけると、つんつん突いてみる。
するとたった二突きで、指先ほどもない建物は簡単に押し潰れてしまった。

「ちょっと触っただけなのに。ずいぶんと脆いのね」

敷地に刻まれた指の跡を見て、半ば呆れたように笑ってしまう。
建物は跡形も瓦礫の一片さえ残らず潰れ果て、地面にめり込んでいる。
プチプチを潰すみたいで少し気分が良かったのは内緒。
続いて隣の新築住宅にも指先を伸ばすと、慎重に摘まみ上げてみようとする。
でも、やっぱり加減が上手くいかず、建物は地面から引き抜く前に指の間ですり潰れてしまった。

「うーん、普通の住宅は脆すぎてだめね。じゃあ、これならどうかしら」

今度は十階建てくらいの少し頑丈そうなマンションに目をつけると、
その土台を爪でぐるっと一周、削り落としたところでそっと摘まみ上げる。
すると、何とか上手くいったみたいで無事に建物を顔の高さまで上げることが出来た。
でも、前の住宅に比べれば幾分丈夫とはいえ、段々と指の腹が建物にめり込んで瓦礫がパラパラ落ち始めており、
このままだと砕いてしまいそうだったので、一旦、反対の手のひらの上に置いてからじっくりと観察してみる。
初めに外観を一通り眺め、次に爪で外壁の一部を削ぎ落して中を物色していく。
この世界の本や雑誌、音楽を読んだり聴いてみたかったりという目的がないわけじゃなかったけど、
持ち上げた際の影響か、部屋中のあらゆる物がごちゃ混ぜになってしまったこともあり、
何が何だかよく分からなかったし、そもそも物が小さすぎた。
ちょっと残念に思いつつ、他に面白そうなものも見当たらなかったので、
無用となったマンションはまた摘まみ上げて元の場所に戻してあげた。
もっとも、支柱を失った建物は後ほど足を一歩踏み出した際に
簡単に倒壊して瓦礫の山と化してしまったのだけれども。

それからまた幾つかの住宅を指先で撫でてみたり、屋根だけ剥ぎ取って中を覗いてみたり、
爪で掬い上げようとしたりして触れた物のほとんどを全半壊させたところで、
か弱い住宅を弄くり回すのにちょっと飽きてしまい、何となしに辺りを見回してみると、
少し離れた場所に電車がトコトコ走っているのを見つけた。

「ふふ、あれなら少しは楽しませてくれそう」

本当は全速力なのかもしれないけど、のんびり進んでいるようにしか見えない電車を口元を緩めながら眺め、
おもむろに立ち上がると、なるべく被害が少なくて済むよう足を下ろす場所を調節しながらも、
一踏みで数十棟の建物を踏み潰しながら大股で三歩進めば、容易く追いついてしまった。
それからまたしゃがみ込むと、まずはほとんど目に見えないような架線を小指の先で軽く切断して動きを止めたところで、
乗客が逃げ出しちゃう前に三本指を車両真下の地面に潜らせ、線路ごと掬い上げてみる。
途中、持ち上げられたレールが継ぎ目でブチブチ千切れ落ちつつも、
何とか電車を顔の高さまで持ってきてから中を覗いてみると、
細い糸のような二両編成の車内にはぎっしりと小人たちが乗っていた。

「へえ、意外とたくさんいるものね。ひょっとして私から逃げようとした小人もいるのかしら。
少し可哀想な気もするけど、捕まったからにはとことん付き合ってもらうわよ。
…そうね、こんなお遊びはいかが?」

小人たちに向かってくすくす笑いながらそう言うと、
まずは線路の端を引っ張って電車の向きを90度変えたところで、
手のひらを上にしたままゆっくりと腕を屈曲し、徐々に傾斜をつけていって電車を走らせてみる。
満員の乗客を乗せたまま、腕の上を滑るようにして肘の方へと走っていく車両。
その光景はまるで小動物がじゃれてるようで何だか少しくすぐったく、可愛らしい。
途中、何度か転覆してしまいそうなところを絶妙な感覚で調節し、どうにか肘まで到達したところで、
今度は腕を伸展させ捻り回しつつ、電車を反対向きに手の甲まで走らせてさせたり。
そうして耳を澄ませてみれば、たくさんの小人たちの悲鳴や絶叫が聞こえてくる。
気分はさながらトロッコかジェットコースターといったとこかしら。
そんな小人たちの様子を楽しみながら、さらに速度を上げて何周と繰り返し、
みんな疲れてしまったのか声もほとんど聞こえなくなったところで
電車を手のひらに戻し、中を覗きながら声をかけてみた。

「どうだった? いっぱい楽しめた?」

すると、皆一様に憔悴しきった顔をしていた小人たちだけど、一斉にこくこく頷く。
もう少し遊んであげようかと思っていたものの、その様子に免じて地上に帰してあげることにした。
摘まむと潰れてしまう恐れがあったので、手のひらを水平にしながら手の甲を地面に着け、
次いで滑らせるようにして指先から電車をそっと走らせ、地上に戻してあげる。
それからゆっくり立ち上がると、さっきから屈んでばかりで少し疲れちゃったので、
大きく伸びをして凝り固まった身体をほぐしてから辺りを見回してみると、
ふと目に付いたのは街の中心に小さくそびえる高層ビル群。

「お次はあそこね」

早速近づこうと数歩進んだところで、もうその先の通りは小人や車でいっぱいだった。
さすがにこの上をずんずん踏みつけていくのは躊躇われるというか、
そんな残酷なことはするつもりもないし、したくもない。何より靴が汚れてしまいそうだし。
もちろん、住宅が密集している場所を歩いていけば小人たちは踏まなくて済むかもしれないけど、
それでは街に多くの被害が出てしまうし、逃げ遅れた住民がいないとも限らない。
振り返ってみれば、もう少なからず色々なものを破壊しちゃってはいるものの、
私としてはあくまで小人たちと敵対するつもりはないから、なるべく被害は少ないに越したことはないし。
となると、答えは一つ。…追い払っちゃえばいい。

「そこの小人たち、よく聞きなさい。これから私はこの道の上を歩くから、早く逃げた方がいいわよ」

片手を腰に当て仁王立ちしながら、とりあえずは通りにちょいちょい指をさして警告してみる。
すると、ある程度の小人たちは意図を読み取って横道へと逸れてくれたものの、
残りは急ぎ先に進もうとして押し合い圧し合いの大混乱に。
私の声一つでこんなにも慌てちゃって、見ていて何だか微笑ましいけど、
これではますます足を踏み出すのが困難になってしまう。
そこで、仕方なしにもう一声かけてみることにした。

「ほらほらぁ、何ぼさっとしてるの。潰されたくなかったら、さっさと横にどきなさい」

足元の小人たちに向かって楽しそうに言い放ち、ついでに靴を真上にかざしてやったりすると、
さすがに小人たちは蜘蛛の子を散らすように散り散りばらばらとなって
間もなく通りには人っ子一人いなくなり、何十何百台もの車だけがドアを全開にして放置されていた。
別に乗って逃げればいいのにと思いつつ、もう誰も乗っていないことだし、
全部を全部というわけじゃないものの、サクッとまとめて踏み潰しちゃおうか。
ただでさえ通りの上を歩けば一度に数十棟の道路脇の建物が感触もなく消滅することだし。
でも、せっかくこんなにたくさん無人の車が並んでいるので、あえて撤去してあげることにする。

「ちょっとこれは邪魔ね。駆除させてもらうわ」

そう言って道路に顔を近づけながら屈み、すぅっと息を吸うと、
放置された車列を手前から奥へと順々に吐息で吹き飛ばしたり。
紙吹雪みたいにふわっと舞い上がって遠くに飛んでいく車両の数々。
軽自動車はもちろん、大型トラックやバスであっても関係ない。
ついでに街路樹や信号、周囲の建物のガラスまで飛んでいったのはご愛敬。
また、一歩当たり数十棟の建物を粉砕しながら少し前に進むと、
二本の車列を一本の指先でつぅっとなぞって百台ほどを一まとめにすり潰したり。
そうして開けた通りを闊歩すると、高層ビル群まではすぐだった。

多少はみ出しながら左足を公園に、右足を河川に置いて木々を踏み締め流れをせき止めながら、
オフィス街の一角を両足の間に収めつつ両手を腰に当て仁王立ちして見下ろしてみれば、
超高層ビルといっても膝に届くものなんてなく、せいぜい踝程度の高さ。
普通の高層ビルに至っては多くが靴の厚さにも満たない。
それでも、指先にも劣る住宅よりはよっぽどマシな大きさだけど。

「ふうん、超高層ビルも大したことないのね。所詮、小人の建物といったとこかしら。
ちょっと比べてみる? 私の足の方がずっと長くて大きいみたいだけど」

にやにや笑みを浮かべつつ、左足の靴を脱いでニーソックスに包まれた足を曝け出すと、
街で一番高そうな超高層ビルの隣に踵を置き、足はまっすぐ地面に垂直に立てて比較してみた。
もちろん、結果は一目瞭然。高さも横幅も奥行きも、全て足が遥かに勝っている。

「ふふ、私の勝ちー。でも、こうしてみるとなかなかの大きさじゃない。
きっと頑張って建てたのね。えらいえらい。ご褒美に撫でてあげる」

そして、ニーソックス越しに足で建物を爪先で指の腹でたっぷりと愛撫してから解放すると、
他の高層ビル群も可愛がってあげるべく、デパートは倒壊しない程度に爪先でつんつん突いてみたり、
高層マンションは最上階から地上階まで壁面を削るようにして足を擦りつけてみたり、
また、全面ガラス張りのオフィスビルには上から足を乗っけてみたり。

「くすくす、立派なビルが女の子に踏みつけられるのはどんな気分かしら」

何だか少しゾクゾクするものを感じながら、ゆっくりと体重をかけてみると、
四方のガラスがパリパリ割れて粉々に砕け散っていくのが見て取れた。
あとほんのちょっと力を込めれば建物自体も同じようにして崩壊すると思うと、
このまま一気に踏み潰してやりたい衝動に駆られるものの、
たぶんまだ中には逃げ遅れた小人たちも大勢いるかもしれないし、
大きな建物を身勝手に跡形もなく壊しちゃうのはさすがに躊躇われたので、
この建物を虐めるのはそれくらいにして、瓦礫を軽く払い落したところで足を戻し靴を履き直す。
それから今度は屈むと、窓越しに何十人もの小人たちの姿が見えたオフィスビルを指先で揺さぶってみたり。
指の動きに合わせてちっぽけな小人たちが床を滑り転げ回るのが何ともおかしく、笑えちゃう。
でも、あんまりやりすぎると可哀想なのでほどほどにして、
続いてはホテルを土台ごと抉り取ってから摘まみ上げ、手のひらに置くと、
建物を人差し指でちょいちょい弄ってみたり。

「これくらいの大きさなら遊びがいがあるわね」

いつの間にか、何もかもがやりたい放題だった。
小人を虐めちゃうのも、建物を弄んじゃうのも。
元の世界でそんなことをしたらきっと大変なことになるけど、
ここでは誰も私を止めることなんて出来ない。私に逆らうことも出来ない。
そんな気持ちが少しずつ、着実に芽生えていた。

 * * * * *

その頃、防衛軍統合対策本部では突如出現した超巨大少女――コードネームGの撃滅に向けて作戦が練られていた。
当初は相手が人型というのもあって、様子を見ながら意思疎通や対話を考えていた政府だが、
Gの出現から十分と経たずして住宅数百棟が破壊された事態を重く見て、早くも軍に出動命令を下す。
怪獣をはじめとする巨大生物は、たとえ敵愾心がなくとも存在自体が驚異なのだ。
ましてや常人の1000倍程もあると推測されるGでは尚更である。
攻撃的な動作をとるまでもなく、市街地をただ普通に歩くだけで、
一度に数十棟もの建物が踏み潰されて跡形もなく消滅し、
周囲数十から数百棟も全半壊してしまうのは現地の映像を見れば明らか。
このままGを野放しにしていれば、都市の壊滅も時間の問題でしかない。
そのような事態だけは国家の威信にかけて絶対に避けなければ。

そして間もなく、近隣の航空基地から第一陣として出撃する13機の戦闘機。
各機4発の対艦ミサイルを搭載し、編隊を組みながらG撃滅のため空を翔ける。
やがて街の上空付近に到達し、高度を下げて雲海を突き抜ければ、
否応なしに目に飛び込んできたのはセーラー服姿の美少女。
完全に周囲の平坦な風景と隔絶しており、距離感がまったく掴めない。
つまるところ、巨大。それも、高山と比すことができるくらいの。
…大きい、大きすぎる。思わず呆気にとられてしまうパイロットたち。
1000倍程度とは知らされていたが、実際に目の当たりにすると迫力が段違いだ。
まさかこれほどだとは。それに比べて我々の、都市の何とちっぽけなことか。
彼女は屈んでいるというのに、その頭の高さほどある建物など皆無で、
それどころか建物の多くは足元にも遠く及んでいないように見られる。
超巨大という形容がぴったりと当てはまる、あまりに化け物じみた存在。
とはいえ、大きさを除けば容姿は人間にそっくり…というより、優美な年頃の女の子にしか見えず、
どういうわけか我々と同じ言語を流暢に話し、一応、意思疎通も図れるらしい。
そんな彼女、いやGに有無も言わせず攻撃すべきなのだろうか。まず対話という選択肢はないものか。
一瞬、パイロットたちの頭にそんな考えが思い浮かぶも、だがしかし、命令には従わなければならない。
それに、彼らに撃滅の必要性を強く認識させるものとして、都市に幾つも深々と刻まれた巨大な足跡の存在があった。
何の脈絡もなく、住宅地を大きく抉るようにぽっかりと空けられた大穴群は
そこにあったであろう多くの住宅やビル、その他あらゆるものを飲み込んでしまっている。
恐るべき破壊力。これを人間がやろうとしたら、仮に建設機械を用いたとしても、
建物の撤去から地面の採掘までどれほどの人数と時間が費やされることか見当もつかない。
しかも、一つ一つがGのたった一歩で、一瞬で刻まれたというのだから、なお恐ろしい。
そして今なお、Gは街の中心部にてビルの破壊を続けているようであった。
もはや一刻の猶予もない。街の平和のためにはただ撃滅あるのみ。

とはいえ、懸念される事態は幾つもあった。
やってみなければ分からないが、まず第一に攻撃が通じるのであろうか。
幾ら生身に見えるとはいえ、あれほどの超巨体ともなると、
対艦ミサイル数十発程度では満足な打撃を与えられない可能性がある。
第二に、果たして攻撃が命中するのであろうか。
目標は非常に大きいものの、人型であることを考慮すると、
その倍率に比例する速さで俊敏に動くことは十二分に考えられる。
一撃必殺を期すためにも、遠くからのミサイル攻撃は避けておいた方がいいだろう。
他にも住民の避難についてなど、まだまだあるが、これ以上あれこれ考えていても仕方がない。
この期に及んでは、もうやるしかないのだ。

やがて目標に近づくにつれ、散開する飛行隊。Gを中心として半円を描くように広がっていく。
間もなく各機指示通りの地点に到達したところで改めて向き直せば、
Gは相変わらず建物に気を取られているようだった。これならいける。
そしていよいよ、隊長の号令を合図に全機一斉に対艦ミサイルを発射した。
一撃で軍艦を無力化する威力を有するミサイルが13発、
三方から吸い込まれるように巨大すぎるGへと飛来していく。
祈るようにその行方をじっと見守るパイロットたち。
愚かにも、Gは我々にもミサイルの存在にも気付いてないようで、
避ける動作をとることもなく、程なくして立て続けに全弾命中した。
たちまちその身体に幾つも巻き上がる爆炎、立ち昇る黒煙。
…やったか。パイロットたちは一瞬そう思うも、
爆発はGの大きさに比してあまりに小さなものだった。
Gの様子からしても、これではほとんど成果が期待できないかもしれない。
だがしかし、一撃一撃が弱くとも、積み重ねることで大きな力となるはずだ。
何、まだ各機ミサイルを1発撃っただけだ。まだ弾は十分ある。
攻撃が効かないのであれば、効くまで何度でもやってやるさ。

そして再度攻撃態勢に入ろうとした時、彼らは彼女に捕捉されてしまった…


高層ビル相手に遊んでいると、突然、服やスカートの辺りで幾つかの小さな爆発が起こった。
これは…攻撃なのかしら。それにしてはずいぶんと火力が低いみたいだけど。
とりあえず、探知魔法で『敵』の居場所を軽く探ってみると、街の上空に複数の存在が感じられた。
視認してみれば、たぶんこれは戦闘機が…13機、私を包囲するように飛んでいる。
ようやく小人の軍隊のお出ましってとこかしら。
まあ、ちょっとした悪戯感覚だったとはいえ、最初の方はともかく、
街の中心に向かうにつれて、さすがに色々とやりすぎちゃった感は否めない。
少なくとも数百の建物と自動車を跡形もなく破壊し、小人たちもたくさん虐めちゃったし。
でも、そうは言っても、か弱い…つもりは全然ないものの、
女の子に警告も無しにいきなり攻撃してくるなんて、少し酷いんじゃない?
もっとも、この程度の攻撃では特に痛みも痒みも感じず、
見たところ衣服にも穴や焦げ跡一つなかったけれど。

「…なによ、やる気? そんなにちっちゃいくせに?」

とりあえず手にしていた高層ビルを元の場所に戻すと、立ち上がってキッと睨みつけてやる。
すると、怯んだのかしばらく攻撃が止んだものの、やがてひょろひょろしたミサイルがたくさん飛んできた。
それらを近くまで引きつけたところで、まとめて片手でぱしっと一薙ぎに払う。
その際、手のひらや腕で幾つも爆発が起こったものの、もちろん身体には火傷一つ付かない。

「こんな弱々しいもので私を倒せると思っているの? 勇敢というか、無謀というか…。
はあ、もうしょうがないわね。その勇気に免じて、一度だけ猶予をあげる。
今すぐ無意味な攻撃を止めるのなら、許してあげないこともないけど?」

初めは少しむっとしていたものの、それも束の間、
小人とはいえ、軍隊の攻撃が魔法を使わずとも全然効かないことに気を良くして、
余裕たっぷりに、薄笑いを浮かべながら忠告してみる。
私にも多少過失があるわけだし、これで諦めるなら、いきなり攻撃してきたことは水に流してあげてもいい。
寛大な気持ちでそう思ったりしたものの、愚鈍にも小人の軍隊の攻撃はまだ続き、
ミサイルを次々に発射し、それだけでは心許なかったのか、
さらに何機かは肉迫して銃撃を加えているみたいだったけど、
今度は払うこともせず、仁王立ちのまま悠々と受け止めてあげた。
数瞬の後、お腹の辺りで弾ける小さな爆炎。服に遮られて感触は全くない。
もっとも、直接身体に命中したところで熱くも痛くも痒くもないけれど。
それにしても、せっかく逃げる機会をあげたというのに無碍にするなんて。
言っても分からないなら…身体で分からせてあげるまで。
もはや、小人たちを見る目は憐憫から侮蔑へと変わっていた。

「へえ、そっちがその気なら、私も好きにやらせてもらうわ。
それにしてもさっきからぶんぶんと纏わりついちゃって、そんなに私と遊びたいの?
くすくす、いいわよ。嫌というほどたっぷりと虐めてあげる」

もう余計な遠慮はいらない。小人の軍隊にも、小人の街にも。
今度は私の番とばかりに、まずは近くを低空飛行していた戦闘機二機に
心持ち足元の確認をしつつも容赦なく街を踏み荒らしながら悠然と歩み寄ると、
機体を指先でピンッと弾き飛ばし、クシャッと挟み潰し、木端微塵にしてやる。
パイロットたちは直前に脱出したみたいだったけど、
吐息を吹きかけたら綿毛みたいにどこかへ飛んでいってしまった。
続いて別な戦闘機にも住宅地を廃墟と変えながら歩み寄って両翼を引き千切れば、
機体はくるくる回りながら墜落し、真下に位置していたマンションに激突して建物共々砕け散り、
さらには抱えていたミサイルが誘爆したのか、小さな爆発が起きて付近の住宅数棟も炎上した。

「あーあ、自分たちの兵器で街を壊しちゃうなんてね。
でも、私の一歩の方がずっと被害が大きいみたいだけど。
火消しついでにやって見せようかしら。ほら、こうすれば…」

冷笑しながら、右足を墜落現場が真下に来るよう動かすと、周囲の住宅共々一思いに踏みつける。
ちっぽけな建物のデコボコなど関係なく、ほとんど抵抗も無しに靴は柔らかな地面に深くめり込む。
僅かに感じられるサクッした感触が、新雪の上を歩くようで何とも小気味よい。
ついでに小火を揉み消すように地面をぐりぐり踏み躙ってやれば、
足を上げてみた時、崩壊したマンションやバラバラになった機体の残骸、延焼した住宅数棟、
さらにはそれらの周囲数十棟ほどの建物が残らずすり潰れて地中深くへと埋まっていた。

「…ふふ、あはは! どうかしら、私の強さは。
といっても、ただ足を踏み下ろしただけだけどね」

頭では分かっていても、実際にこうして破壊の惨状をじっと目にすると、
小人の街のあまりの脆さについつい笑いがこぼれてしまう。
きっと小人たちが一つ一つ丹精をこめて、数カ月かけて作り上げた建物が、
何十とまとめてたった一踏みで、一瞬で踏み潰れてしまうなんて。
ちょっと自身の圧倒的な強さに酔いしれちゃうかも。
既にずいぶんと多くの建物などを壊してきてはいたものの、
ここまではっきりと意図的に破壊したのは初めてだから。
それにしても、意識一つでこんなにも受け止め方が変わるのね。
後悔ではないけど、もっと最初からこうやって楽しめばよかったのかもと思いつつ、
言い知れない気分の良さに、今からでもこの街全部を踏み躙って、徹底的に壊してしまいたい衝動に駆られちゃう。
さすがにそれは幾らなんでもやりすぎな気がしないでもないけれど。
まあ、何をするにしてもまずは目の前の小人の軍隊を倒してから。

そして次の獲物を探し求めるべく顔を上げてみれば、
残りの戦闘機は今更ながら恐れをなして攻撃を諦めたのか、
手が届かないほど空高くに逃げたり、見えないくらい遠くに飛んでいったりしていた。
ほんの少し反撃しただけでこの体たらく。逃げ足の速さだけは立派だけど。
だったら初めから言うことを聞いてればいいのに、なんて思うも、
確かにこれなら『直接』攻撃することは難しくなってしまっている。
もっとも、それならこちらも別な方法をとるまで。
モノを投げつけるのも悪くはないけど、もっとスマートなやり方で。

「くすくす、それで逃げ果せたつもり? 
分かってないわね。私を怒らせたらどうなるかってことを。
…そうね、その前にちょっと面白いものを見せてあげるわ」

嗜虐的な笑みを浮かべ、まずは虚空に手のひらを向けると、
手に意識を集中させながら呪文を唱え、風魔法を一気に放つ。
たちまち空を乱舞し風を切り裂きながら、ほぼ一方向に勢いよく伸びていく竜巻。
たとえ直接触れずとも、その周囲で発生した巨大で強烈な乱気流によって
雲海は文字通り雲散霧消し、近くを飛んでいた戦闘機も煽られて木の葉のように舞っていく。

「どう? 逃げても無駄ってこと、少しは理解できたかしら。
たぶん分かってもらえたところで、今度は直接当ててあげる。
今のはそのちっぽけな機体に比べて大きすぎて、当たっても面白味がないから、手加減はするけどね。
ま、せいぜい無駄な足掻きでも頑張って、私を楽しませてちょうだい」

余興を終えたところで、今度は指で銃の形を作り、まずは一番遠くにいた戦闘機に狙いを定めると、
人差し指の先に魔法を込め、銃弾の代わりに風魔法を撃ち放つ。
小さな渦を巻きながらぐんぐん直進した旋風は目標に寸分違わず命中すると、
衝撃と風圧でちっぽけな機体をバラバラに切り裂いて撃墜していった。
威力を極限まで抑えた下級魔法でも、小人の軍隊相手では十分すぎる威力。

「手応えがなさすぎるわね。ほんと、どうしようもない弱さ」

そう言いながらも、射的感覚で次々と魔法を撃っては一機ずつ正確に仕留めていく。
急降下や急上昇、大きく旋回したりと複雑な回避運動をとっていても関係ない。
ちょいっと魔法の軌道を修正してやれば、どう飛ぼうと簡単に直撃させられる。
こうして戦闘機は瞬く間に数を減らしていき、あっという間に残りは一機だけとなった。

「ふふ、後はあれだけね。さーて、どうしてあげようかしら」

最後の一機はちょこまか飛んで逃げようとしているところを、とりあえず魔法で拘束してクイッと手元に引き寄せ、
一歩も動くことなく易々捕まえると、一応、コクピットの中を覗き込んでみた。
すると、さっさと脱出すればいいのに、まだ小人の兵士たちが乗っているのが確認できたので、
せっかくだし、機体を手のひらの上に落として彼らが出てくるのを急かしてやる。

「潰されたくなかったら早く降りなさい。さもないと…」

人差し指を突き立て、尾翼の方からゆっくり圧力を加えて機体を押し潰していくと、
兵士たちは大慌てで手のひらの上に転げ落ちるように飛び降りてきた。

「よしよし、聞きわけが良くていい子ね」

大人の軍人相手に、子供をあやすような物言いを自然と口にしながら、
彼らのすぐ傍で機体をそのまま指先で粉々にすり潰してやる。
すると、よほど怖かったのか、ガクガク震え跪く兵士たち。
…初めはちょっと虐めてやろうかと思っていただけなのに、
そんな彼らの姿を見て、沸々と湧き起こってくる何とも言えない感情。
虐めたくて、可愛がりたくて、ちょっぴり守ってあげたいような。
支配欲や征服欲というか、ひょっとしたら歪んだ庇護欲かもしれない。

(征服…ね。考えたことなかったけど、なかなか面白そうかも)

元の世界でも魔導師の名門である皇家の嫡流として、お父様をはじめとした今日の不甲斐ない一族はともかく、
それなりには強いと自負しているものの、さすがに一人で一国の軍隊相手に勝てる気はあまりしない。
でも、全てが卑小で儚く、触れれば壊れてしまうようなこの異世界なら、
国どころか世界全部相手にしても、魔法を使うまでもなく楽に勝てるはず。
…どうせ私はこの大きさからして、異世界にとって敵となる存在。
ならば、逆に征服してしまえばいい。征服して、ちっぽけな小人たちを服従させてやるのだ。

この瞬間、異世界の運命は決まった。

「…身の程知らずで取るに足りない小人たちは、私がまとめて征服してあげることにしたわ。
まずはこの国からね。さあ、首都の場所を教えなさい。そうすれば痛い目を見ずに済むわよ」

そして早速、指先を近づけて兵士たちをまとめて爪の先で軽く抑えつけてやると、
軍人らしい気概も何もなく、すぐに一人が簡単に音を上げた。

「あ…ああ、あっちです。あの山の向こうに都が…」

小刻みに震えながら、小さな山の方を指さす兵士。
標高が低いので、悠々とその向こうを眺めることはできたものの、
この街から首都まではそれなりに距離が離れているからか、
ぱっと見たところ特に大きな街らしきものは窺えなかった。

「本当にこっち? それらしいものは何も見えないんだけれど。
…ああそう、もし嘘だったらこの国は残らず滅ぼしちゃうから。
とても責任重大だけど、大丈夫かしら」

念のため、くすくす笑いながらもそう言って兵士を睨みつけたら、
あまりに荷が重すぎたのか、それとも恐怖のあまりか、彼は失神してしまった。
でも、代わりにもう一人に聞いても同じ答えだったので、たぶん方角は正しいみたい。
ま、違ったとしても街の破壊をたくさん楽しめるからいいけどね。

「それじゃ、征服を始めようかしら」

一応、攻撃してきたとはいえ、言うことに素直に従ってくれた兵士たちは寛大な心で許してあげ、
近くの高層ビルの屋上にそっと下ろしたところで私はそう宣言すると、
荒廃した街をさらに踏み荒らしながらまっすぐ首都へと侵攻していった。

 * * * * *

途中、中小幾つもの都市を踏み躙り…なんてことは幾ら征服目的とはいえ、
無差別に破壊するのは無粋だし、一々小人たちをあしらうのも少々面倒なのでせず、
代わりにその隙間の田園地帯を縫って歩き、時折現れる低山は一跨ぎで越えていくと、
しばらくの歩行の後、ようやく大きな都市が少し先に見えてきた。
今まで見てきた街と比べてずいぶんとたくさんの建物が所狭しと立ち並び、
都心はもちろん、近郊にも立派な高層・超高層ビルが多数見受けられる。
一つ一つは極小のミニチュアサイズとはいえ、規模といい密度といいさすがに壮観で、
たぶんあれが、兵士たちの指し示していたこの国の首都といったとこかしら。
この国が火の海にならなくてよかったわね、なんて思いながら次第に視線を手前に移していくと、
特に大きな建物もなく、田畑や河川敷などで開けた郊外の一帯には
首都を守るかのようにして小人の軍隊がずらりと展開していた。
ここを越えたらもう後がないだけあって、なかなかの陣容。
数十の戦車や戦闘機はもちろん、他にも装甲車や大砲、ヘリなど多種多様な兵器がいて、
何やらちょっと大きくて変わったものも一体、その中心に位置していた。


先の戦いで完敗した防衛軍であったが、所詮、一航空部隊が破れただけとあって未だ戦意は衰えず、
やがて行われるであろう首都攻防戦に備えて着々と準備を進めていた。
首都周辺の基地からは百両近くの戦車や歩兵戦闘車に、自走砲やロケット砲、対空誘導弾など火砲も数十門、
さらには戦闘機や攻撃ヘリなど数十機をはじめとした通常兵器はもちろん、
対怪獣用決戦兵器も次々と惜しみなく防衛線に投入されていく。
50メートル級の怪獣を焼殺出来るほど強力なレーザー砲を搭載した車両群に、
冷凍弾など特殊弾頭を多数搭載した、飛行要塞と称される重戦闘機。
異世界では怪獣が時折出現するため、このようなものが開発されていたのだ。
そしてその最たるものが、『機甲龍』と呼ばれる怪獣型の戦闘マシンである。
全高100メートル、総重量10万トンにもなる巨大兵器で、かつてこの国が総力を挙げて葬った大怪獣を基に造られたそれは、
怪獣の強靭な鱗をも粉砕可能な非常に高い攻撃能力と、強烈な突進をも防げる強固な装甲を兼ね備えており、
防衛軍の最大・最強兵器として獅子奮迅の活躍をし、今までに数々の怪獣を葬っていた。
そのため、兵士たちや市民の機甲龍にかける期待は非常に高かったが、
今回対峙するGは機甲龍の十数倍も巨大な上に不思議な力を行使し、
武器や防具は見られないとはいえ、どこまで渡り合えるか一抹の不安もあった。

そしていよいよ、Gが首都近郊へと接近してきた。
初めは小さく、次第に大きくなっていく、重々しい歩行音、大地の震動。
まだ数十キロは彼方にいるというのに、その姿をはっきりと見て取ることが出来る。
常人の1000倍ほどとは聞いていたが、まさかこれほどまでに偉大な存在とは。
付近にそびえている小高い山はどれも膝ほどの高さしかなく、楽々一跨ぎしてしまえそうだ。
ならばそれよりもずっと低いビル群は、大きく足を上げるだけの価値もないのだろうか。
まとめて踏み潰され、蹴散らされて容易に破壊されてしまうだけの存在。ましてや人間など。
そんな常軌を逸したデカブツと戦わなければならないとは、気分はまるで巨象に挑む蟻のようだ…。
幾度となく怪獣と戦火を交えていても、今回のGの圧倒的な巨大さに戦意を喪失しかけている将兵は結構な数に上り、
また、部隊の配備も侵攻速度があまりに速すぎて十分進んでいるとは言えなかった。
もっとも、たとえ万全な態勢であっても勝算はかなり薄そうであったが。
だが、ここで我々が退いてしまったら誰が首都を、この国を守るのか。
外見こそ人の姿をして、気品のある端正な容姿でいかにも美少女といった感じではあるが、
そんな見た目とは裏腹に、彼女は…いやGはこの国を征服するつもりらしい。
その暁には、恐らく国民は皆奴隷以下となり、虫けらのように扱われてしまうことだろう。
…ふざけるな。確かにGから見れば人間など小虫以下の存在かもしれないが、一寸の虫にも五分の魂。
我々にも誇りというものある。そのような未来など断じて認められない。
ならば、やるしかない。それがどんなに厳しい戦いであっても。
そう、今まで我々は強大な敵が相手だろうと、決して諦めなかった。
諦めずに戦い続け、撃退し撃滅してきたではないか。
不屈の精神をもってすれば、最後には必ずや我々が勝利する。
その瞬間を信じて、ただ最善を尽くすのみ。

やがてGとの距離が残り十キロとなったところで、いよいよ戦いの火蓋は切って落とされた。


小人の軍隊まであと十数歩で到達できるくらい近づいていくと、
ようやく正面から一斉に無数の砲弾やミサイルなどが飛んできた。
でも、足元からの多くは靴やニーソックスに当たって虚しく爆ぜ、弾け、
空からのも多くは服やスカートの上に小さな火花を散らしておしまい。
数が増えたところで、相変わらずの蚊にも劣るような弱々しい攻撃。
どれだけ熾烈であっても少々煩わしいだけで、衣服も身体も別に何ともない。
少し焦げたように見えても、軽く払えば簡単に煤が落ちて汚れはなくなり、
素肌が曝け出た太ももや手指に時折攻撃が命中しても、わずかにくすぐったいだけ。
お待ちかね…というほどではないものの、これだけたくさんいるのだから、
ちょっとは私の血をたぎらせてくれるような攻撃を期待していたけど、この程度が小人の限界なのかしら。
もっとも、待ち構えておきながら何もせずに無条件降伏なんてされるよりは、よっぽどマシといもの。
そして、彼らの攻撃を悠々と受け止めた上で完膚なきまでにやっつけて、
圧倒的な力の差を嫌というほど思い知らせてあげよう。

「ふふ、こんなにも大きさが違うのに健気なものね。そんな姿勢、嫌いじゃないわ。
でも、勇敢と無謀は別物。私に逆らったらどうなるのか、まだ分からないのかしら。
まあいいわ。何度でもそのちっぽけな身体にたっぷりと教えてあげる」

弱々しいシャワーのような攻撃を払う素振りもせず、一身に浴びながら、
片手は腰に当て、両足は軽く開いてゆったりと小人の軍隊を見下ろし、くすくす笑いかける。
とはいえ、質はともかく数自体は…ぱっと見、兵器だけで数百、兵士となると数千数万はいるみたいで、
これを一つずつ一人ずつ渾身丁寧に相手にしていくのは少々面倒そう。
となれば、サクッと一まとめにやっつけちゃおうか。

「こんなにごちゃごちゃと、邪魔よ」

もっとも、幾ら私に盾突く小人とはいえ実害もないし、なるべく残虐な行為はしたくないので、
一応、わざと大きく足踏みして近くの兵士たちを震え上がらせ遁走させながら、
まずは左翼の部隊にゆっくり歩み寄り、戦車などを踏み潰し、蹴散らしてやる。

「ほらほらぁ、さっさと逃げないと潰しちゃうわよー」

楽しそうに言いながら、後退していた何両かの装甲車は爪先で軽く弾き倒して、
中の兵士たちが全員よろよろと逃げ出たところで押し潰し、
放置された十両くらいの戦車もまとめて爪先で押さえつけ、
押し潰れる様を見せつけるようにゆっくりとぐりぐり踏み躙ると、
ますます恐怖に拍車がかかったみたいで、小人の兵士たちは次々戦意を喪失して逃げ出していく。
そうして追い払ったところで、また次の部隊に足を踏み入れては戦車や大砲などを踏み潰し、すり潰す。
すると、味方を援護するつもりなのか、空からの攻撃が少し強くなったみたい。
肝心な威力は相変わらずで特に何の感触もなく、あえて無視してしまおうかとも思ったものの、
攻撃が集中しただけあって身体の周りに結構な硝煙が立ち昇ってさすがに煩わしくあり、
少し足元の視界も悪くなってしまったので、邪魔者には退場してもらうことにする。

「…ちょっと鬱陶しいんだけど。消えてくれる?」

そう言って風魔法を唱えると、上空を飛んでいた戦闘機たちは空中に大きな渦をつくることで一まとめに吹き飛ばし、
低空を飛んでいたヘリたちは旋風を起こすことで、ついでに硝煙を掻き消し地上に突風をもたらしつつ一薙ぎに払い飛ばす。
ある程度威力を抑えていたものの、兵士たちや車両の幾らかが舞い上がってしまったのはご愛敬。
他の機体が次々と風に翻弄されて木の葉のように乱舞し墜落していくなか、
生意気にも何とか生き残ったちょっと大きなずんぐりした戦闘機も、
ご褒美にほんの少し威力を高めた風魔法をピンポイントに撃ち放てば、
簡単に押し流されてくるくる回りながら遥か遠くに消え去る。
こうして数十機いた航空部隊は瞬く間に沈黙してしまった。

「ふん、大人しくしてればよかったのに」

鼻を鳴らしながら仁王立ちして、誰もいなくなった空を満足気に仰ぎ見る。
それから足元に視線を動かすと、いつの間にか何やら大きくてちっちゃなものが攻撃しつつ突撃してきていた。
二足歩行する鋼鉄製のトカゲ、といったように見えるこれは…ロボットなのかしら。
全身のあちこちからミサイルやレーザーや、砲弾などを次々と発射し、
さらには右腕のドリルらしきものを唸らせながら、もうほとんど足の届く範囲にきている。
どたどたと可愛らしく動き、歩行も攻撃も一生懸命な姿に少し様子を見守ろうかとも思ったけど、
近接攻撃だとさすがにちょっとくらい靴に傷がつくかもしれないので、さっさと倒しちゃうことに。

「へえ、こんな大きなおもちゃを上手に動かせるのね。凄いじゃない。
でもそれだけ。お遊びに満足したところで、これでも食らいなさい」

そう言って、突進しかけていたロボットを横から軽く一蹴りで盛大に飛ばすと、
途中、進路上に放置されていた地上部隊を蹴散らし踏み躙りながらゆっくりと歩み寄り、
しぶとく立ち上がろうとしたところで追い討ちをかけるように爪先で地面に叩きつけ、ぐりぐりと踏み躙ってやる。
でも、機体は超高層ビルくらい大きいだけあって少しは丈夫みたいで、地面に沈み込んではいくものの簡単には潰れない。
そこで、屈みこんで掴み上げると、頭部をぷちっともぎ取り、胴体は一思いにグシャッと握り潰してやった。
…アルミ缶を圧し潰すような感触がちょっと新鮮で、快感。
これくらいなら手応えがあっていいのに、と思うのは贅沢かもしれない。
ともかく、無残に拉げた残骸を地面に放り落とすともう一度踏み躙り、
残った頭も指先でこね回してからすり潰せば、ロボットは跡形もなく消滅した。

それから辺りを見回してみれば、小人の軍隊は半壊状態になっており、
だいぶ攻撃が弱まってきたものの、なおも一部は戦意が残っているみたいだった。

「まだ無意味な攻撃を続けるの? ほんと、小人って頭が悪いわね」

ちょっと呆れながらも、ここまでくると何だか哀れな感じもする。
攻撃するしか能がなく、私にただ踏み潰され蹴散らされるだけの存在。
もっとも、安っぽい感傷に浸るつもりはさらさらないので、
とりあえずは足元で一両だけ健気に攻撃を続けていた戦車を摘み上げてやる。

「こんなちっぽけなもので私と戦おうなんて、無謀を通り越して馬鹿じゃないの?
…ほら、撃ってごらんなさいよ。ちゃんと受け止めてあげるから」

物分かりの悪い人間はたとえ小人であっても嫌いなので、一思いに潰しちゃおうかとも思ったけど、
あえて力の差をより見せつけるために、手のひらの上に落とした戦車を蔑みながらつんつん突いて攻撃を促してみると、
戦車はしばらく沈黙していたものの、やがて立て続けに砲弾を撃ってきた。
もちろん結果は全部服や身体に弾かれておしまい。

「これで少しは満足した? じゃあ、今度は私の番ね」

やがて弾が切れたみたいで、攻撃が止んだところでにやっと笑い、
楽しそうに言いながら戦車を指先で挟み込んでゆっくりと微細な力を込めていけば、
中に乗っていた兵士たちが慌てて降りてきたけど、彼らを吐息で吹き飛ばし、戦車もそのまま挟み潰す。
それからも、まだ抵抗を続けている他の部隊にも歩み寄ると、
足を地面すれすれに動かして兵士たちを舞い散らしたところで、
大砲の多く残された陣地を何度も足踏みして踏み固めたり、
後退しながら攻撃を続けていた戦車や装甲車を爪先で軽く蹴り上げてひっくり返したり、
レーザー砲のようなものを積んだ戦車部隊も爪先だけですり潰し、押し潰したり。

「どう? 小人の軍隊なんて、私の足元どころか爪先にも遠く及ばないのよ」

そうこうしていけば、あれだけいた小人の軍隊も残りもわずかとなっていた。
辺りを見回せば、兵器のほとんどは全く原形を留めずぺしゃんこになり、
兵士たちもほとんどが武器も捨ててみっともなく逃げ回るか地面にへたり込み、
散発的に攻撃はあるものの、もう壊滅したと言ってよさそう。
仕上げに、足を高々と上げてから思いっきり振り下ろせば、
兵器も兵士もみんな吹き飛びひっくり返り、わずかな攻撃もピタリと止んだ。
ちょっと力加減を誤って、そこそこ広い範囲の建物も結構…
少なくとも数百棟くらい、崩れ落ちたり押し潰れたりして壊れちゃったけど。
ともかく、これでもう行く手を遮るものは何もいなくなったので、
遠慮なく首都の端に侵攻して、数十棟の住宅をずっしり踏み締め、
腰に手を当てながら仁王立ちすると、街の小人たちに向かって話しかける。

「この街の小人たち、そのちっぽけな耳でよく聞きなさい。
もう分かっていると思うけど、街を守っていた軍隊は今し方壊滅させてあげたわ。
ふふ、これでもうこの街は裸同然ね。さてと、私の好きなようにさせてもらうかしら。
もっとも、軍隊が生き残っていたところでそれは変わらないけどね。
でも、今すぐ私に服従するならこの街とこの国の小人たちの命は保証してあげる。…たぶんね。
ああそう、それでも降伏しないと言うなら…こんな素敵な物をあげちゃおうかしら」

そう言って一旦瞳を閉じ、精神をかなり集中させると、呪文を唱えて街の上空に巨大な火球を出現させる。
それこそ都市を丸々飲み込めそうな大きさの。うん、久しぶりだけど上手くいったみたい。
遠慮なく全開で発動させたのは確か初めてだったと思うけど。
元の世界では威力が高すぎてとても使うことが出来ない上級魔法でも、
この世界なら何の制限もなしに思う存分行使することが出来る。
あとは、この火球を落とすも消すも私の意思一つ次第。

「さあ、早く決めることね。あまりゆっくりしすぎると、疲れて落としちゃうかもしれないわよ?」

くすくす笑いながら答えを促し、とりあえず悠然と構えてみる。
まあ、実際これを維持し続けるのは結構大変だったりするけれど。
ともかく、魔法に意識を集中しながらもちょっと街の様子を窺ってみれば、
みんなこの世の終わりのように絶望しきった表情を見せ、逃げ場もなさそうにただ右往左往していた。
なんて情けない姿なのかしら。もっとも、元の世界でもこれを見せつけられたら大抵の人間が同じ反応を示すかもしれないけど、
もちろん、威力も見た目以上。この大きさなら私の通う魔法学院だって校舎の一棟や二棟、灼熱の炎で焼き尽くせるはず。
当然、これを食らって満足に生き残れる人間なんて、極一部の魔導師を除いてほとんどいない。

そうこうして少し待ってみれば、そろそろ待つのも持つのも限界に達したころに
ようやく白旗を掲げながらゆっくりと飛んできたのは一機のヘリ。
あまりに遅いので、急かすようにそれを指先で潰れない程度に捕まえて顔の前に近づけたら、
中にいた背広姿で初老の小人が必死な形相で「降伏します」と何度も絶叫していた。
よく見れば、全権大使なんとかと大きく書かれた急ごしらえのたすきをしている。
どうやらこの国の政府が正式に屈伏したとみてよさそう。

「うんうん、素直でよろしい」

それを聞いて満足すると同時に、ちょっとした達成感が得られる。
今この瞬間から、この国は全部私のものになったのよ。
これからは小人たちを、街をどう扱うのも思うがまま。
もっとも、ほとんど最初からそうやっていた気がしないでもないけれど。
ともかく、ヘリを地面にそっと置き、火球を安全に霧散させてから、
また街の小人たちに向けてにこやかな笑顔で話しかけてあげる。

「小人たちにとっても喜ばしい知らせよ。
この国はたった今からこの私、皇エリカのものになったわ。
これからは私の言うこと、やることが絶対だから、覚悟することね。
もちろん、私に逆らうことなんて絶対に許さないから」

喋るにつれて、だんだんと高ぶってくる気持ち。
支配者というものはこんなに気分がいいものだったなんて。
無力感溢れる哀れな小人たちの姿を見るにつけ、ぞくぞくしてきちゃう。
でも、これはほんの始まりにすぎない。

「ふふ、どうかしら。私に征服された気分は? 最高でしょ?
でも、これからもっとたっぷりと可愛がって、虐めてあげるから、楽しみにすることね」

こうして私は異世界の国の統治者となった――

 

 

 

「…ところで、これから貴方様を何とお呼びしたらよいでしょうか」
「そうね。女王様…はちょっと堅苦しいし、そんな柄じゃないし。
かと言って馴れ馴れしく名前で呼ばれるのも好きじゃないわ。
となると…。これから私のことはお嬢様、と呼びなさい」

征服した暁、偉い人を呼びつけた私はこの国について少々説明を受けた後、小人たちに向かってそう宣言する。
元の世界でも家柄から結構そう呼ばれていたから、というのもあるけど、
この時はまだ異世界をちゃんと統治する気なんてほとんどなかったから。
せっかくこの国が私のものになったことだし、たっぷり小人たちを弄んで、街も破壊して…。
そんな悪いことばかり考えていたりした。

ともかく、日も暮れてきたので今日はこのくらいにして、
転移呪文を唱えると元の世界へと帰っていった。


つづく

 

↓拍手ボタン

web拍手 by FC2

 

戻る