お菓子な小人の街

学校帰り、デパートでちょっとした買い物をしてから帰宅した私は部屋に入ると、
制服を着替える間も惜しんで、早速購入した品物の包装を解いていく。
リボンを解き、包装紙を破いて露わになった四角い箱を机の上に置き、そっと蓋を外せば、
中から出てきたのはゴマ粒のような建物でゴミゴミとした、ちっぽけな都市。

「へえー、これが小人の街ね。良くできてるじゃない」

一見、精密な模型のように勘違いしてしまいそうだけど、これはれっきとした街。
中にはちゃんと『活きのいい』小人が住んでいて、生活を営んでいるんだって。
何でも、この星のどこかにはびっくりするくらい小さな小人の生息する場所があるらしく、
偶然にもそれを見つけた会社が街ごと採取してきて商品にしているとか。
でも、私みたいな普通の女子高生でさえ何とか手が届く額では、
流通量が少ないと言ってもすぐに消費し尽くされてしまいそうな気もするけど、
小人は繁殖力や建築力が非常に高いので、ちょっとやそっと街を消費したところで全滅する心配は全くないらしい。
しかも、最近は養殖も盛んで、だいぶ供給量も価格も安定してきたとか。
ご家庭でも適切に餌や資源を与えてあげればどんどん増殖していきます、だって。
もちろん現実はそう甘くなく、小人は理想的な条件下じゃないと生育せず、
肝心な飼育セットも特殊な鉱物入りだとかで恐ろしく高いんだけど。

そんな事情はさておき。
私は商品の出来栄えにひとまず満足して、それから付属の説明書をさっと読んでみると、
『活きのいい小人の街セットC』という商品名のこの街の縮尺は1/10,000と書いてあった。
それが10cm角に綺麗に収まっている。もっとお金を積めばさらに街は大きくなるけど、今の私にはこれが精一杯。
あーあ、もっとお小遣いをたくさん貰えればなぁ。ウチのお母さんったらほんとケチなんだから。
…ともかく、小人の大きさも街と同じサイズなので、大きさは人間の10000分の1だから…えっと、0.1mmくらい?
よく見れば街の中に何かが蠢いているのは分かるけど、それだけちっちゃければ、
残念ながら虫メガネでもないと小人をちゃんと見て取ることはできなそう。
それは車や住宅でも同じ。高層ビルなら一応それっぽく見えるかな。
超高層ビルともなるとさすがに建物だとはっきり分かる。
もっとも、高さ100mだったとしても、私から見れば1cm相当しかないけど。
小指の先にも劣る高さ、大きさ。立派なはずの建物が、なんて惨めな存在だろう。
逆に言えば、この街で一番大きな鉄塔は3cmくらいの高さがあるけど、
小人たちからしてみれば全長300mにもなる巨大建築物になるのかな。

「こんなちっぽけなのに。あはは、おっかしー」

そんな想像と目の前の光景との落差に、ついつい笑ってしまう。
じゃあ、私の小指は600mくらいの大きさになり、私は身長16000mの大巨人にもなってしまうのか。
凄いなあ。さぞかし怖いだろうなあ。なんて思いつつ、私は肩肘を突きながら街をにやにや観察する。
それからまた説明書に目を落とすと、続きにはこの商品の売りが書いてあった。
要約すると、小人の街は無害・無臭・無毒であり、またお菓子のように甘いので、
観賞目的だけでなく遊びに使うのもお菓子として食すのもご自由にどうぞ、とのこと。
ちなみに、そのお味は舌でとろけるようにまろやかで美味しく、つい病みつきになってしまうものらしい。
そのイメージを頭に思い浮かべるだけで、何だかよだれが出てきちゃいそう。
もう我慢できず、とりあえず私は観察も兼ねて街で一番大きな鉄塔を摘まみ取ろうとしたら、
街の方から何やら微小なものが飛んできて、指の周りで幾つもの小さな火花が飛び散った。
なるほど、『活きのいい』とはこのことだったのね。うんうん、元気があってよろしい。
でも、意識してなければ分からないくらい微弱な攻撃で、指には痣一つできていない。
説明文通りとはいえ、なんて無害・無力な攻撃。ちょっと優越感に浸っちゃう。
それでも小人は諦めずに無意味な攻撃を続けていたけど、そんな健気な攻撃を私はあえて無視し、
そのまま指先を動かして鉄塔を挟み込み、ぎゅっと摘まみ上げようとする。

クシャ

次の瞬間、聞こえてきたのはまさしくお菓子を潰してしまったような音。
…どうやら力加減を誤ってしまったみたい。次はもっと丁寧にやらないと。
一応指を開いてみれば、鉄塔は粉々に擦り潰れてしまっていた。

「んー、しっぱいしっぱい」

舌を出しながら、てへっと笑う私。
それからもう一度、超高層ビルの一つを狙って今度は慎重に摘まみ上げようとするも、
小人の建物はどうしようもない脆さしかなく、ちょっと持ち上がったところでぷちりと潰れてしまった。

「あーもー、弱すぎだよっ」

あまりの脆弱さに、思わず不満を口にしてしまう。
でも、よくよく考えてみれば、わざわざ建物を摘まみ取る必要なんてなかったことに気づく。
今日この商品を買ったのは、別に遊ぶためじゃないわけだし。
もちろん、友達でそういうことをしている子もいるけど、
私はただ純粋に小人の街がどんな味か試してみたかっただけ。
ならば、まどろっこしいことなんてせず、初めからこうしちゃえばいい。
小人の建物を幾つも粉砕しながら人差し指の先で街の一部を掬い取ると、それを口元に持っていく。

「さーて、お味はいかが?」

そして、ぺろりと舌で一舐め。
建物の残骸などを一欠片も残さず舐め取っちゃう。

「…ん、おいしー」

すると、待っていたのは思ってた以上の美味。舌でとろけるというか、甘みがふわっと広がるというか。
どうやら美味しいとの噂はほんとだったみたい。これなら高い金を出した甲斐があったというもの。
たまらず、何度か同様にして街のあちこちに指を突き刺し、建物などを掬い取っては舐め舐めしてみるものの、
次第にちまちま味わうだけでは満足できなくなり、顔を近づけると街を直接舌で舐め取っていく。

ペロペロ…ペロペロぺロ

縦に横に舌を動かし、一舐めで大小数百の建物を絡め取っては食しちゃう。
舌の上で転がりながらじわっととろけていく、お菓子なビルや住宅。
ちょっとピリピリする刺激的な味なのは小人かな。ミントみたいでこれはこれでありかも。
そうやって小人の街を味わいながら、食し方に慣れてきたところで、
遊び半分に糸のような電車も走っていたところを丸ごと舐め取ったり、
ちょっと大きな超高層ビルを周囲のビル街ごと舌で突き潰したり。
ふと目線を動かせば、相変わらず軍隊が攻撃していたみたいだけど、
戦車やら何やらを構わず街ごと舐め取り、ゴクンと一飲み。

「ふふ、今頃は胃の中にダイブしちゃっているかな」

お腹をさすりながら、楽しげに小人の軍隊の末路を想像してみる。
小人たちは栄養的にはほんの雀の涙くらいにしかならないけど、
もうすぐゆっくりと吸収されて私の身体の一部になれるんだから嬉しいでしょ。

「これがほんとの一心同体、なんてね」

そんなこんなで、小人の街をどんどんと舐め舐めしていく。
ビルも、乗り物も、兵器も、もちろん小人だって全てが私のお菓子。

「ん~、さいこ~!」

満面の笑顔で身も心もとろける私。

 * * *

気がつけば、街はすっかりなくなってしまっていた。
建物の一つ、地盤の一か所さえ残らず舐め取られている。
あまりの美味しさに、ついつい完食しちゃったみたい。

「ちょっと満足したかな。ごちそうさまでした」

さすがにこのサイズではお腹いっぱいというわけにはいかないけど、おやつとしては十分すぎるほど。
それにしても、この味にはすっかり病みつきになっちゃった。
ついでに、小人の街を色々と弄ぶことも。

またお金が溜まったら真っ先にこれを買おう。
そう強く決心した私だった。


おしまい

 

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