メイドさんのおしごと


「さて、今日もきれいにお掃除しましょうか」
早朝。静寂の中、黙々とメイド服に着替えたあずさはそう呟くと、
指を胸の前で組み、すっと目を閉じて口元を引き締める。
(……ご主人さま、いってきます)
心の中であいさつをし、それから精神を集中させて強く念じる。
すると、次の瞬間には彼女の姿がその場から消え失せていった…


「うふふ、今回の街はなかなか大きいですね」
瞬間移動をし、とある大都市に出現したあずさ。真下に広がる無数の建物を見下ろし、微笑んでいる。
しかし、彼女は何も高所に立っているわけではなかった。上空に浮遊しているわけでもなかった。
…都市の上に直立していたのだ。両の革靴でそれぞれ数百棟もの建物を踏みしめながら。
あずさは瞬間移動しただけでなく、超巨大な身体にもなっていたのだ。
身長はおよそ15000メートル、体重は約40億トンというとてつもない大きさである。
世界最高峰のエベレストでさえ彼女にしてみれば腰の高さほどしかなく、
世界最大の戦艦だった大和が60万隻合わさってようやく同等の重さになるほどだ。
そして彼女はその超巨体でこれから大都市を『お掃除』しようとしていた。

あずさは足を軽く上げ、『小さな』一歩を踏みだした。
ただそれだけで、オフィスビルが立ち並んでいた区画がいくつも消滅する。
超巨大な革靴に、100mを超す超高層ビルも低層の雑居ビルも関係なく押し潰され、
一瞬にして数百のビルが瓦礫すら残さず完全に踏み固められてしまった。
周囲の建造物もまた、超巨体が着地する際の凄まじい衝撃に襲いかかられ、
至近の建物は粉々に粉砕され、少し離れた建物でさえほとんどが倒壊してしまった。
革靴を中心に同心円状に広がる破壊の爪痕。まるで隕石が落下したかのような惨状。
地面は大きく起伏し、また無数の亀裂が走って道路は至る所で寸断され、
ガス管や水道管が破裂するなど、都市のあらゆるインフラがたった一歩でほとんど麻痺してしまった。
さらにもう一歩。今度は爪先で高層ビルを次々に蹴散らしながら、滑らすように靴全体を下していく。
倒壊した建物も、半壊した建物も、まだ無事の建物も、ほとんど感触を与えることなくサクッと踏み潰された。
「くすくす。お話にならないほど脆いですね」
追い討ちをかけるかのように、ぐりぐりと靴を地面にすりつけながら嘲笑するあずさ。


一方、大都市にいた人々は初め何が起きたのか分からなかった。
目が覚めて間もなくやや大きな揺れが襲い雷鳴が轟き、またはそれで目覚めた人々。
幸い揺れはすぐに収まったが、周囲を確認しようと窓の外を見てみると、
二本の柱、それも超巨大な柱が街の中心付近にそびえていた。
…それがメイドさんの脚だと人々が気がつくまでは少し時間がかかった。
ポニーテールの、小柄で可愛らしいメイドさん。やや幼い顔つきながらも、胸はかなり膨らんでいる。
恰膝丈のフレンチメイド服を着て、黒ニーソと茶色の革靴を履いている。
そんなメイドさんは信じられないほど巨大で、まさに天を衝く大きさだった。
ニーソックスの高さに雲が漂っているが、そのはるか上空にメイドさんの豊かな胸、可愛い顔があるというのだ。
超高層ビルでさえ、地面に深く沈み込んでいる革靴の上面にすら届くものなど皆無で、
ほとんどの建物は彼女にしてみれば地面のわずかな凸凹にしかすぎないのだろう。
それでは、さらに小さな我々はいったい何だというのか。
おそらくメイドさんには全く取るに足らない存在なのだろう…

事実、彼女は今までいくつもの街を滅ぼし、建物も人も何もかもを無に帰してきた。
一度現れたら、その土地は数分から十数分にして無人の荒野と化してしまう。
突然降臨しては『お掃除』と称して街を破壊して消え去っていく、巨大で強大なメイドさん。
彼女の正体や目的はいったい何なのか誰も知る由もなかったが、
人々はただ彼女を恐れ、自分たちの街には来ないよう祈るしかなかった。
しかし、現にこの大都市にメイドさんは出現してしまった。
呆然と立ち尽くす人々。これから自分たちはどうなってしまうのか。
すがるような気持ちで超巨大なメイドさんを見ていると、その足に動きがあった。
大量の瓦礫や土砂を撒き散らしながら上空に浮かびあがると、一気に街に襲いかかったのだ。
ドゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオン!!!
たった一踏みだけで相当数の高層ビルが屋上から一階まで瞬時に粉砕され、圧縮され、
その数倍の建物が全半壊して、瓦解した建造物からは無数の瓦礫片が飛散する。
もちろん、建物よりもずっと脆い人間など一溜まりもなく、
建物の崩壊に巻き込まれたり、降り注ぐ瓦礫に押し潰されたりして、
数十平方キロに渡って数千数万もの命が失われていく。
ここに至ってようやく人々は弾かれたように逃げ惑うが、
街のどこにいようが、どんな移動手段をとろうが、
もはや全てが手遅れであった。


ためし踏みをしたあずさは続いて大股で都市を数歩で縦断すると、
街の外縁を一歩一歩念入りに、踏み残しがないように足を踏み出していく。
多くは田畑や山林であったが、構わず踏みつけて大地を深く沈みこませる。
小高い山は爪先でチョンと蹴り崩してからぐっと足を押しつければ、同様に靴型の窪地と化す。
こうすることで、あずさは誰一人この都市から逃さないつもりなのだ。
周囲と完全に切り離すがごとく、深々とえぐられていく街の外縁。
誰も深さ数百メートルにも達する断崖絶壁を超えることはできない…
「うふ…ふふ…誰もわたくしから逃げられませんよ…」
恍惚とした表情をしながら、あずさは着々と外周を削っていき、螺旋状にだんだんと内側へ歩みを進めていく。
足元の光景も田畑から次第に低密度の住宅街に。それらを残らず踏み潰していく。
緑豊かだった都市の外縁は何周かするとすっかり茶色の荒野と化し、
水田も畑も草木の一本も残らず地中に押し固められてしまっていた。
家屋もまた、立派なお屋敷も小さな平屋も問わず、屋根から土台まで瞬時に圧縮され、
自動車と同様に、窪地に色とりどりな数多の模様を描いていく。

さらに歩みを進めていくと、途中、靴の周りで小さな火花がいくつも上がるのが見えた。
何事かと思って辺りを見回すと、とても小さな戦車の群れが傍らで砲撃している。
どうやら近くに軍事基地があるようで、そこから出撃してきたらしい。
よく見てみると、その上空にも攻撃ヘリが幾つか飛んでいるようで、
彼らは小さいながらも頑張って自身の靴を攻撃しているようだ。
「わたくしに勝てると思っているのですか? ふふ…お馬鹿さん♪」
健気に戦う小さな兵士たちを微笑ましく見下ろすあずさ。
蟻以下の大きさの彼らが、その何百倍も大きな革靴を相手にしているのは何とも滑稽だ。
もちろん、どれだけ攻撃されようと靴には傷一つできておらず、力の差は歴然である。
すぐに蹴散らしてしまってもいいが、せっかくなのでじっくりと可愛がってあげることにした。
「こんな戯れはどうでしょう」
しゃがみこんで、攻撃をよそに人差し指を戦車隊の手前に置くと、
柔らかな地面に指を突き刺しながら、彼らを囲うようにぐるりと小さな円を描がいていく。
その際、ヘリは指に衝突したり風圧で撃墜して全滅したが、気づくこともなく作業を進める。
地面は豆腐のように柔らかで、その上に立つ家屋も何ら邪魔になることなく弾け、
ごくわずかな時間で戦車の何倍も何十倍も深い『小さな』溝が出来上がった。
「うふふ。これで、もう逃げられませんよ」
退路を断たれた兵士たち。彼らはこれからどうしてくれるのか。
笑みを浮かべながら観察すると、必死に砲撃していたはずの戦車隊は突然沈黙してしまった。
少し拍子抜けしてしまう。もう少し頑張ってくれてもいいのに、ひょっとして降伏するつもりなのだろうか。
あまりに小さすぎて兵士一人一人の姿形は見えないが、彼らは今頃白旗を振っているのかもしれない。
「でも…助けてなんかあげません。残念でした」
あずさは笑顔でそう宣言すると、人差し指を戦車隊の真上にすっと伸ばす。
すると、自棄になったのか戦車は再び攻撃してきたが、構わずゆっくりと下ろしていく。
…ほとんど感触もなく、触れただけで戦車は全滅してしまった。
呆気ない最後。指をぐりぐり押しつければ、残骸すら残らなかった。


人々は逃げ場を完全に失っていた。
超巨大なメイドさんは郊外に向かったかと思うと、都市を囲うように大地をえぐっていったのだ。
市街地からはよく見えないが、恐らく街の外周はさぞ断崖絶壁が広がっていることだろう。
それでも人々はとにかく都市から脱出しようと無我夢中で郊外に向かっていったが、
だんだん内側に寄ってくるメイドさんに追いやられる形で、逆に街の中心へ集められてしまった。
中には運よく外周に達する者もいたが、道路も鉄道も大地でさえ完全に寸断している巨大な靴跡に呆然と立ち尽くすほかなく、
周回してきたメイドさんに意識されることもなくただ踏み潰されて靴底の染みになるだけであった。
そんな中、近くの基地から軍が出動したとの情報が人々の耳に入り、彼らはわずかな希望を軍に託す。
だが、現実はあまりに無情だった。軍は超巨大なメイドさんを倒すどころか、完全に弄ばれてしまった。
強力な火力を持つはずの高価な兵器も、メイドさんの革靴一つ傷つけることすら叶わなかった。
逆に攻撃ヘリはメイドさんのたった一本の指によって撃墜され、また指の起こした風に煽られて墜落し、
戦車隊は逃げられないように周囲の大地を削り取られて全く身動きが取れなくされてしまった。
前後左右何処も、あるのは百メートルを超す深さの切り立った崖。
つい先程までは普通の高さだった場所が、今や巨大な窪みと化している。
神々しいまでの圧倒的な力をまざまざと目の前で見せつけられ、戦闘意欲を失う兵士たち。
攻撃の手は止まり、代わりに神に祈ったり、命乞いをしたり崇めたりする。
しかし、無情にも戦車隊の真上に超巨大な人差し指が伸ばされ、
耐えきれなくなった兵士たちはひたすら恐怖を拭い去ろうと攻撃を再開する。
前にもまして熾烈な砲撃。無我夢中で、力の限り撃ち続ける。
だが、降臨してくる巨大な指先を止めることはついに叶わず、
最後は一纏めに潰されて地中深くに埋没させられたのだった。
あまり期待していなかったとはいえ、やはり大きく落胆してしまう群衆。
もはや護ってくれる者もいない状況で、彼らは己の最後が刻一刻と迫るのをただ待つほかなかった。


軍と少々戯れたあずさは軍事基地も踏み潰してあげると、再び螺旋状に歩みだした。
真下に見える光景はすでに一面の住宅街。それが、足を踏み下ろしただけで跡形もなく消えていく。
マンションがたくさん立ち並ぶ団地も、一踏みで綺麗な靴跡に早変わり。
ほんの少し靴を左右にずらせばさらに何十何百もの建物が靴の餌食に。
あまりに小さく脆い建物。どれだけ数を揃えても、一捻りでおしまい。
その気になればこんな街などあっという間に破壊しつくせるだろう。
ただ、それではつまらない。じっくりと、最後まで楽しむ。
「ふふ…たっぷりと遊んで差し上げますね」
足を下ろすのを勿体ぶったり、突然進路を変えてみたり。
この頃には都市の面積も大分狭まっていたので、一気に反対側を踏み潰しに行ったり。
突然読めない行動をされて、さぞかし人々は驚いていることだろう。
小さすぎて一人一人が見えないのは残念だが、それでも集団となると何とか確認できるので、
目立つところはピンポイントに爪先で押し潰したり、すり潰したりする。
学校、公園、駐車場。そういった場所が、小さな人間たちと一緒に次々消えていく。
また、大勢の人でごった返している大きな駅をかかとで踏み潰し、
そのままゆっくりと爪先も下ろしていって隣の駅も踏み潰したりもした。
電車で数分かかる距離も、線路やその周辺の建物ごと、たった一踏みだ。

こうして、あずさが出現してからわずか数十分でほとんど破壊されつくしてしまった大都市。
大抵の地盤は踏みつけられて、そこに存在していた多くの建物や人間ごと深く沈みこんでしまっている。
わずかに残された場所も、上に立つ建物はどれも崩れ落ち、人々も誰一人として無傷な者はいなかった。
そこはほんの1時間前までは街で最も栄え、超高層ビルも多く立ち並ぶ街の中心であったが、
今や一面は瓦礫で埋もれ、傷ついた数万の群衆が逃げ場を失ってひしめきあっていた。
だが、あずさが情けをかけることはなかった。むしろ、わざと残しておいたのだ。
「くすくす。あなた方は最後までよく頑張りましたね。
ご褒美に、わたくしが直に乗ってあげましょう」
そして、あずさはスカートをまくり上げると、薄い桃色のお尻を晒しながら、
ゆっくりゆっくりとしゃがんでいき、人々の真上に座り込んでいく。

小さな建物の残骸が、人々がプチプチと潰れていき、まあるいお尻の跡を残して街は完全に消滅した…

 

 

「うふふ…ご主人さま、どうでした? え、やりすぎ?
そ、そんなことありませんっ。わたくしはただ街を全て壊しただけです。
…自然まで破壊するのはどうか、ですか。それは…記憶にないです♪
ともかく、わたくしはご主人さまの言いつけを守っただけですよ。
だから、なーんもやましいことはございませんっ。
え、もう好きにしてくれ? …もちろんです♪」

そんなこんなで、あずさはまた一つ街を滅ぼしたのだった。
『ご主人さま』を(文字通り)尻に敷きながら…

 

おしまい

 

↓拍手ボタン

web拍手 by FC2

 

戻る