メイドさんの戯れ

瞳を開けば、眼前に映るのは小さなミニチュアの街。
大抵の建物は膝以下の高さしかなく、腰まで届きそうなのは数えるほど。

「うふふ、かわいいですね。まるでおもちゃみたいです」

しゃがんで、傍にある高層ビルの一つにそっと手を乗せてみる。
…軽く触れただけなのに、建物は手の形に合わせて凹み、また無数の亀裂が走ってしまう。
ほんの少し力を加えれば、手は屋上や外壁を容易く突き破って内部へと侵入し、
さらに少し力を加えたら、幾つもの階層を突き抜けて一気に地面にまで達した。
わずかに片側の外壁だけを残し、ほとんど原形を失ってしまった建物。
支柱を失ったせいか、程なくして残りも崩れ落ち、粉塵と化した。

「まぁ…。欠陥建築でしょうか」

いとも簡単に壊れてしまった高層ビルだが、偶々かもしれない。
今度は少々頑丈そうな建物を選び、持ち上げて観察してみようとする。
しかし、両手で建物を包み込んだ時に返ってくるのは弱々しい感触。
何とか壊さないようにするも、つい力加減を誤り、両手のひらの中で建物は潰れてしまった。

「この世界の建物はとても脆いのですね」

呆気に取られながらも、不思議と自然に笑みがこみ上げてくる。
とりあえず手に付いた瓦礫を払い落すと、おもむろに立ち上がってみた。
辺りを眺めれば、やや離れた場所に大きな駅が見え、途上にはオフィスビル街。
幾多の高層ビルと、少数の超高層ビルが林立し、小さくも立派な街並みを形成している。
今いる場所はその外れのようで、足元に走る通りの傍らには細々した建物が立ち並んでいた。
この通りを道なりに進んでいけば、やや遠回りになるものの駅までたどり着けそうだ。
そうと分かれば早速通りを歩いてみる。一歩、二歩…。
通りは歩道を含めればどうにか両足が収まる道幅はあったものの、
路上に多くの自動車が停まっているため、足を下ろす度に何台も何十台も踏み潰し、
また、アスファルトの地面を深々と陥没させて足跡を刻み込んでしまうのはやむを得ない。
これだけならまだしも、ロングドレスの裾が大きく広がっているため、
歩くだけで両脇の建物がスカートに払われ、押し退けられて崩されていく。

「ただ歩いているだけなのに…脆すぎますよ」

直接手足で壊すまでもなく、次々とスカートに翻弄されるビル群。
高い建物ほど薙ぎ倒されたり上層階が抉り取られたりして倒壊する。
これではわざわざ狭い通りを歩くのが少々馬鹿らしくなってしまう。

「…考えてみれば、道路に合わせて歩く必要はありませんね」

何も道なりに進まなくとも、行く手を阻むものなどない。例えあったとしても、それはビルという名の張りぼて。
少々邪魔なものの、手で、足で、スカートで軽く触れただけで砂上の楼閣のように崩れ去ってしまうことだろう。

「では、通らせてもらいましょうか」

断りを入れ、右足を軽く上げると、まずは隣に建っていた雑居ビルを踏み潰す。
大した感触もなく、パンプスは容易く建物の大部分を踏み抜いて地下室まで破壊した。
左足でも裏手のビルを丸々踏み潰し、と両足で道を切り開きながら進んでいく。
背の低い建物は特に意識することもなく踏み潰し、蹴散らし、跨ぎ越し、
背の高い建物もスカート越しに膝で蹴り崩し、手で薙ぎ倒し、スカートで薙ぎ払う。

「ふふ、呆気ないものです」

進路上にあった建物はどれも難なく崩れ、瓦礫の山と化していく。
途中には超高層ビルがあったが、他のビルよりは大きいとはいえ高さは胸のあたりほど。
中を覗いたり、撫でたりして軽く観察したら、前に進もうと身体を押しつけて崩してみたり。
もう一棟あった超高層ビルも、スカートの両裾を持って建物を包み込んでみたら、
ビルは一瞬耐えたかのように思えたものの、次の瞬間には圧壊して粉々になってしまった。

「この程度で壊れてしまうなんて。次からはもう少し頑丈に造りましょうね」

壊れずに残った下層部を蹴り崩しながら、諭すように言い放つ。
結局、超高層ビルといえど脆すぎる存在には変わりなかった。


幾多の建物を破壊しながら歩いていくと、大きな駅まではすぐだった。
駅前のホテルを爪先で小突いて蹴り崩し、足を一歩前に踏み出せば到着。
噴水を踵で抉り、爪先でロータリーに停車していたバスやタクシーを踏み潰す。
もう片足は駐車場に下ろせば、数十台の車が一踏みでパンプスの下に消え、
潰されずに済んだ車も多くが足を踏み下ろした際の衝撃で吹き飛んでしまった。
しかし、そのようなことなどさして気にせず、駅舎を真上から一瞥すると、
さらに多くの車を巻き込みながら、脚をハの字にしてロータリーの上に座り込む。
それから身体を前に乗り出し、邪魔な連絡通路を剥ぎ取って捨ててから、
手を伸ばして一本の電車をホームから摘まみ取ってみた。

「小さくてかわらしいですね」

一両だけなら手に乗せられるほどの大きさ。それが幾つも連なり、指先の動きに仲良く翻弄されている。
車両を持ち上げたまま手を高くあげれば他の車両も引きずられて宙へと浮かび上がり、
左右に振れば端の車両は大きく揺さ振られて振り子のような運動をしてホームの屋根に激突したり。
少し余興を楽しんだところで、他の車両が地面に叩きつけられることなどお構いもせず、
指先に持っていた一両だけ残してちぎり取ると、まずはエプロンドレスの裾に車両を置く。

「こんな戯れはいかがでしょう」

そして電車遊びの要領で身体の各部を走らせてみる。
エプロンドレス越しに脚の上を通過させてみたり、手の上を転がしてみたり。
お腹の上から胸元にまで来たところで、身体を巡る旅は終わりにした。

「はい、終点です。それではおっぱいを堪能していってください」

有無を言わせずメイド服越しに車両を胸の谷間に押しつけると、まずは優しく包み込んでいく。
続いて両手を胸に当て、揉むようにすれば次第に電車は変形していき、ついには見えなくなってしまった。
胸から抜き取ってみれば、そこにあったのは平べったく潰れ果てた車両の姿。
それを見、つい口元が緩んでしまうも、壊れたおもちゃに用はない。

「お楽しみいただけましたか? それでは御機嫌よう」

別れの挨拶をして放り捨てれば、ややあって後方で何かが激突する音が聞こえた気がしたが、
振り向くこともなく、早くも次の電車へと手を伸ばしていく。

「ふふ、あなたも走らせてあげましょうか」

先頭車両を摘まむと、今度はレールに沿って走らせてみる。
架線柱を薙ぎ倒しながら、初めはゆっくりと、次第に加速させていき、
手が届かなくなったところで指を離したら電車は勢いよく直進していく。
そして、その先にあったカーブで曲がり切れずに大きく脱線してしまい、
速度をあまり減ずることもないまま線路の傍らにあった高層ビルに突っ込み大破してしまった。

「あらあら、何をやっているのでしょうか」

半ば呆れ、半ば笑いながらその様子を見届けると、再び駅の方に向き直る。
そして、残った電車も摘まみ取ると思いっきり遠くに放り投げたり、
デコピンで弾き飛ばしたり、何両もまとめて握り潰したりして、
最後は駅の上にのしかかって寝転べば、駅は一切原形を留めていなかった。


メイド服に付いた瓦礫や埃を払い、立ち上がって辺りを眺めると、
通り道になった場所と駅周辺は大きく破壊されているものの、
ミニチュアのような街にはまだまだ多くの建物が残っていた。
とはいえ、どれも小さく細々としたものばかり。目ぼしいものは特にない。

「では、仕上げとしましょうか」

胸元で腕を交差させて、念じてみる。大きくなれと。
すると、身体が浮くような感覚と共に、ただでさえ小さかった街がさらに小さくなっていった。
足元に目をやれば、膝ほどの高さだったビルが踝ほどの高さになり、ゴマ粒大の大きさに。
ほとんど見えないくらいの大きさになった頃には街はパンプスよりも小さくなっていた。
もはやこのようなものに何の価値もない。足を下ろして踏み躙れば街は跡形もなく消滅した。


 * * * * *


「御主人様、これでよろしかったでしょうか」
「ああ、ばっちりだよ。巨大メイドにすっかり成り切ってたな。
いやぁ、それにしてもこいつがこれほどのものとは」

満足気な表情で、先程まで入っていた装置を眺める主人。
ブレイン・マシン・インタフェースを用いることで仮想現実を体感できることを生かして、
仮想空間の中でメイドを巨大化させて街を破壊してもらったのだ。
勿論、先程破壊された街は現実には存在せず、初期化すれば元通りになる。
つまり、この装置を用いれば何度でも破壊が楽しめるのだ。

「…でも、わざわざこのような装置を使わなくても大丈夫ですのに」
「え、それはどういう…」
「うふふ、現実でも見せてあげましょうか」

そう言って不敵な笑みを浮かべるメイド。だが、目は笑っていない。
主人はただ乾いた笑いしか返すことができなかった…


おしまい

 

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