サンタが街にやって来た
子供達がサンタさんからのプレゼントを待ち焦がれる日、クリスマス。
夜になると、サンタさんがソリに乗りながら空から街にやって来て、
煙突から住居に不法侵入してプレゼントを置いていってくれる、そんな日。
もちろん、良い子のみんなが夢見るサンタさんは空想の世界の住人でしかなく、
コスプレやサンタ村を除いて現実にはいないはずだった。
しかし、極東のとある街ではここ二、三年立て続けに
本物のサンタさんがクリスマス・イヴの日に現れるようになったのだ。
…イヴに。…クリスマスプレゼントを収集しに。それも白昼堂々と。
そんな目的が正反対なサンタさんだったが、警察では全く太刀打ちできず、
強奪による被害は年々増える一方で、被害総額は莫大なものになっていた。
そして、今年も12月24日がついに来てしまった…
人口数十万のとある都市。普段は治安が良く、活気溢れる街であったが、
今日はクリスマス・イヴというのに人気がなく、閑散としていた。
代わりに軍が厳重な警備を敷き、至る所で兵器が見受けられた。
主要な幹線道路には戦車や榴弾砲、空には攻撃ヘリといった物々しい態勢である。
何もクーデタが起きた訳ではない。これらは全て対サンタ用に派遣されたものであった。
これ以上被害を増やすわけにはいかない。何とかここで食い止めなければ。
その為にやれることはやった。あとはサンタが現れるのを待つだけだ。
来るなら来い。返り討ちにして、あわよくば捕らえてくれよう。
などと、今日のために準備してきた各員はその時を今か今かと待ち続ける。
そして太陽が真上に昇った頃、ついにサンタが街にやって来た。
「この街に住むみんな、プレゼントを収集しに来ちゃいました♪」
街に轟く可愛らしい声。正体が分かっていても、人々は思わず声のした方を見てしまう。
すると、そこには付近に立ち並ぶ高層ビルよりもずっと大きい、サンタさんの格好をした少女がいた。
艶やかな黒髪を肩まで伸ばし、頬がほんのり火照った可愛らしい女の子。
白いポンポンのついたサンタ帽に、袖口が白くふさふさしているサンタ服。
スカートはミニで、健康的な太ももがよく強調されている。
脚には白いニーソと黒いブーツ。そして、サンタさんらしく肩に白い袋を担いでいる。
可愛らしいサンタさん。さりとて巨大なサンタさん。
この少女こそが毎年街を恐怖に陥れる元凶なのだ。
圧倒的な力と大きさをもって、あらゆる物を袋の中に入れていく。
もちろん、警察は何度も立ち向かったが、全く太刀打ちできなかった。
果たして今年も人々は成されるままに終わってしまうのか、それとも…。
「それじゃ、まずはこの通りから…」
軽く挨拶をすませると、サンタ娘は早速プレゼントを収集しようとする。
その時、彼女を待ち受けていた軍は近くの部隊から順次攻撃を開始していった。
地上正面からは戦車が、後方からは榴弾砲が砲撃を行い、
空からは攻撃ヘリが次々に空対地ミサイルを発射する。
歩兵や装甲車もそれに負けじと激しい銃撃をしていく。
四方八方からの集中攻撃である。それも間髪入れずの。
たちまち巨大サンタは硝煙に包まれ、ただでは済まないと思われた。
だが、予想に反して彼女は全くの無傷であったのだ。
もちろん、鬱陶しい攻撃に少し煩わしそうな表情はしていたが。
「うぅ、いきなり邪魔しにきちゃうなんて。
でも、いくら軍隊さんとはいえ、ぜ~んぜん効かないんだから」
ムッとした表情で軍を睨みつけるサンタ娘。
それ自体は恐ろしくない…というよりむしろ可愛らしくあったが、
何より恐ろしいことはサンタ娘に傷一つ、それどころか服に焦げ跡一つない事であった。
「もぅ、手加減して倒すって結構大変なんだよ?
その大変さに免じて、今すぐ逃げるんなら見逃してあげてもいいけど…
無駄な抵抗なんて止めて、おとなしくしていた方が身のためだからね」
しばしの静寂。そして兵士達の間に広がるざわめき。
さっさと無謀な戦いは止めるべきだとか、せめて一矢報いてからとか、
これは罠に違いないとか、いや実は少女は優しい女の子だとか、
そういった私語があちこちで交わされ、次第に厭戦ムードが高まる。
それを打ち破ったのは司令官の突撃命令であった。
玉砕の美学か、はたまた本気で勝てると思ったのであろうか。
だが、いずれにせよ兵士達にとっては迷惑な話であった。
このまま勝手に退却すれば軍紀違反となり、
かといって攻撃すればどうなるか分かったものでない。
迷った末、兵士達がとったのは『攻撃』の方であった。
再び攻撃が始まった…が、相も変わらずサンタ娘は無傷であった。
それでも国民の血税を湯水のように使うが如く、攻撃は続いていく。
「もぅ、効かないって言ってるのに分からないのかな。
そんなわからず屋さんには『実力行使』しちゃうんだから」
せっかくの警告を無視されたサンタ娘は拗ねたような顔でそう言うと、
まずは目の前の大通りに展開していた戦車隊に襲い掛かった。
くすぐったい程度でしかない攻撃を意に介さず、あっという間に詰め寄ってしゃがみ込むと、
人差し指だけで砲身をひねり潰したり、指の間でぷちりと潰したりしていき、
無力化された戦車を容易く摘み上げてはひっくり返していく。
これで戦車は文字通り手も足も出なくなってしまう。
圧倒的な力をまざまざと見せつけられ、数輌は慌てて後退するが、
サンタ娘はそれを見逃してくれるほどお人好しではない。
「今更逃げようなんて、ちょっと虫がよすぎるよ?
でも、そんな遅さでわたしから逃げ切れると思っているの?」
たった数歩で追い抜き、くるりと反転すると、
再びしゃがみ込んで、今度はキャタピラの部分を潰していく。
「ふふ、これで動けなくなっちゃったね。
さ~て、役に立たない戦車さんはもう必要なさそうだし、
あと10秒ぐらいで踏み潰しちゃおっかな~?」
今までとは一転、楽しそうな声で恐ろしいことを言うサンタ娘。
それを聞いた乗員は戦車から慌てて飛び出して逃げ散っていく。
さすがに10秒とはいかないまでも、30秒くらいで全員が脱出することが出来た。
もちろん、彼女は乗員ごと戦車を潰すつもりは毛頭なかったが。
戦車がもぬけの殻となるのを見届けたサンタ娘はおもむろに立ち上がると、
戦車隊の真上にブーツを移動させ、一気に踏み下ろした。
次の瞬間、戦車は膨大な質量に耐えることなど一瞬たりとも叶わずに
圧縮されてぺしゃんこになり、地面にめり込んでしまう。
堅固なはずの装甲も、巨大な少女にとっては紙切れ同然だった。
「あはっ、わたしに逆らうからこうなるんだよ。わかったかな♪」
小憎たらしい戦車隊を薄っぺらい鉄板に変えたサンタ娘は上機嫌だ。
「やっぱり、やられたらやり返さないとね」
すでに本来の目的などそっちのけで、関心は軍隊の方に向いている。
軍は散発的ながらも依然として無駄な攻撃を続けていたが、
その程度の火力では彼女の進攻をわずかたりとも遅らせることなど出来ず、
装甲車は真っ二つに千切られたり、いびつな形に折られて行動不能となってしまう。
兵士に至っては埃を払うかのように息を吹きかけられ、道路を転げ回ってしまう。
近くを飛んでいたヘリに対しては凄まじい瞬発力で詰め寄って鷲掴みにし、
搭乗員を手のひらにふるい落とした後、ぎゅっと握り潰してしまう。
もちろん、搭乗員に対してもお仕置きとしてくすぐりの刑を与える。
「えい、えい♪」
(実際は押しつけられる痛さで)悶え苦しむ彼ら。
その様を見てサンタ娘は一通り満足すると、
彼らを近くの建物の屋上へと解放してあげて、再び軍と対峙していく。
すでにその頃になると彼女に攻撃をするものなど誰もおらず、
持ち場を離れてただひたすら逃げ回っていたため、
去る者は追わず、残された兵器を処分するだけに留めておく。
(別に軍隊さんと戦うために来たわけじゃないからね)
巨大なブーツで放棄された榴弾砲を踏みつけ、蹴飛ばし、
土嚢や転げ落ちている武器弾薬などを平べったく踏み固めて…
こうして軍を弄び、やっつけたサンタ娘はようやく本来の目的に戻るべく、
誰も居なくなった大通りをずしん、ずしんと我が物顔に歩き、
途中、放置された車を回収しながら駅へと侵攻していった。
「うんうん、車も電車もいっぱい♪」
嬉々とした声のサンタ娘。市街の人気のなさに、もしかしたら何もないかと思ったが、
市内で最も大きな駅は確かに人がまばらなものの、車両は多く残されていた。
という訳で、彼女はまずは駅舎を削りながら膝立ちすると、
「これから電車を回収するので、中にいる人は避難してくださいね」
と警告し、しばらく待った後、電車に魔の手を伸ばしていく。
プラットホームの屋根を剥ぎ取って鉄くずに変え、架線を切断しながら
駅に停車中の8両編成の電車を両手を使って前後から掴み取り、
千切れないように持ち上げながら慎重に袋に入れていく。
さらにもう一本。緊急発車しようとした特急の先頭車両を持ち上げ、
ずるずる引き上げながら顔の高さまで持ってくる。
「残念でした♪わたしからは逃げられませんよ~?
ほら、分かったら早く降りてください」
運転席に向かって笑顔で言うと、一旦線路に戻してあげる。
そうやって乗員乗客を追い出すことに成功したサンタ娘は
無人となった特急をぐいっと引っ張って袋の中に直行させた。
7両編成の電車も、ホームをえぐりながらすくい取るように持ち上げて袋に収めたら、
もはや駅には電車が一本も無くなってしまった。
「これで電車は収集完了っと。お次はバスだね。」
サンタ娘はそう言って、今度はバスターミナルの方に向かい合う。
バスはターミナルの屋根に隠れていたものの、先と同じように屋根を剥ぎ取れば瞬く間にあらわだ。
そして、消しゴムサイズのそれをひょいっと摘み上げては易々と、しかし丁寧に何台も袋の中に入れていく。
仕上げに、ロータリーで辛うじて彼女のブーツや膝にすり潰されずに済んでいた運の良いタクシーや、
駐車場に放置されていた乗用車、さらにはたくさんの自転車を地面ごと持ち上げ、
傾斜をつけて車や自転車だけを器用に袋の中に落としていけば、駅での収集活動は終了だ。
「ふふ、いっぱい集まったね。この調子でもっと集めちゃうぞ~♪」
笑顔で、市民にとっては恐ろしく物騒な宣言をするサンタ娘。
何も目ぼしいものが残っていないことを確認すると、
地響きを立てながら半壊した駅を後にしていった…
「ほっ、ていっ」
掛け声とともにいくつもの建物を飛び越え、真っ直ぐお目当ての駐車場へと向かうサンタ娘。
多くは脛の高さほどしかなく、そこまでする必要はないが、念のためだろうか。
もっとも、少し寄り道していけば済む話ではあるのだが。
ともかく、おかげで建物は直接傷つくことはなかった。
代わりに着地の際の衝撃で中は悲惨なことになってしまったが。
そんなこんなでサンタ娘は駐車場へとたどり着くと、
周りの建物を壊さないように注意しながら屈み込み、
手先で器用に車をかき集めては袋の中に入れていく。
立体駐車場の場合は外壁の一面を剥ぎ取った後に持ち上げて横にすれば、
大した労力もなく車は滑り落ち、袋の中へと落下していく。
すでに数か所の駐車場をあさっていたので車は結構集まっていた。
「これで普通の車は十分かな。あとは…」
サンタ娘はそう言って立ち上がると、辺りを見渡す。
彼女の膝よりも高い建物はほとんどないので視界は良好だ。
「あっ、み~つけた♪」
しばらく見渡した後、彼女の目に留まったのは警察署とそれに隣接する消防署があった。
お目当てはもちろん、そこにあるであろうパトカーや消防車、救急車である。
早速、先と同じように建物を跨ぎ、飛び越えながら一直線に近づいていく。
建物とは数百メートル離れていたが、彼女の感覚では数メートルしかなく、
また、回り道をしなかったのでわずか十数歩でたどり着いてしまった。
警察署の前まで来たサンタ娘は建物と向かい合うように膝立ちすると、
とりあえずパトカーを一台ひょいっと摘み上げ、しげしげと見てみる。
白黒のそれは、『正義の車』というにはあまりに弱々しく思われた。
「正義の車と悪い女の子は、どっちが強いかな~?」
悪戯っぽい笑顔を浮かべたサンタ娘は、ためしに指先にほんのちょっとだけ力を込める。
だが、たったそれだけでパトカーは彼女の指に挟まれてぺしゃんこになってしまった。
「あはっ、悪は栄えちゃうのでした~♪」
ついつい圧倒的な優越感を感じてしまうサンタ娘。
何だか楽しく、もう一台も同じように摘んでは挟み潰していく。
「くしゃっとね♪」
ただ、やりすぎるとプレゼントが無くなってしまうので
これ以上パトカーと戯れるのはやめ、残りは丁寧に積み上げて収集することにした。
そしてパトカーを十分に手に入れたサンタ娘はそのまま立ち去ろうとするが、
ふと正面の警察署に人の気配が全くないのに気がついた。
「もしかして誰もいないのかな?」
一応、外壁をペリペリと剥がし、中を窺って見ても、確かに誰も見当たらない。
「誰もいなければ、ちょっと悪戯してもいいよね♪」
そう言うや否やサンタ娘は立ち上がり、
警察署の方にお尻を向けるとその上に座り込んでしまった。
一瞬にして瓦礫の山と化してしまう警察署。
もっとも、彼女にしてみればただ座っただけなのだが。
「ふふ、車だけじゃなく建物までもろ~い。
か弱い女の子に潰されるなんて、情けないよ~?
悔しかったら、もっと頑丈なのをつくってね♪」
立ち上がり、振り返ったサンタ娘は建物の成れ果てにビシッと指をさして言う。
そして瓦礫を踏み固めて、建物を再び建てられるように更地にしてあげた。
続いて消防署へとたった一歩で歩み寄ったサンタ娘は前かがみの姿勢になり、
建物の両脇に手をあて、壁を突き破りながら中へと指を突っ込むと、
すくい上げるようにして2階から上の部分を取っ払ってしまった。
こうすることで格納されていた消防車や救急車を楽々収集することができる。
手に持った上の部分を近くにそっと置いてあげたサンタ娘は
雑作もなく車両を袋の中に入れていき、ここでの作業も終了した。
その後、サンタ娘はあちこちで色んな車両を回収して回った。
選挙用の演説カー、ゴミ収集車、タンクローリー…。
荷物を満載にして出発したばかりのトラックを捕まえたり、
バイクは面倒なので店ごと回収してしまったり。
こうして残る収集物は工事車両だけとなったサンタ娘は
近くにあった老朽化したホテルの解体現場に歩み寄ると、
ショベルカーやクレーン車などをごっそりと収集していく。
十数台あった車両も瞬く間にサンタ娘の袋の中へと消えていった。
「これでおしまいっと。ごめんね、全部もらっちゃって。
でも、わたしが代わりに壊してあげるから安心してね」
申し訳なさそう、というよりむしろ楽しそうにサンタ娘は言うと
脚を高々と上げ、一気に解体途中の建物に振り下ろす。
10階建てのホテルはそれなりに頑丈な造りであったが、
脚が建物の屋上から地面へと踏み抜くまで一秒もかからなかった。
サンタ娘はさらに足を左右に揺さぶって、建物を容易く倒壊させてしまった。
あとは警察署の時と同じように瓦礫を踏み固めていけば作業完了である。
普通なら何十日もかかる解体も、彼女にとっては朝飯前だった。
「ん~と、これで終わりかなぁ…」
ホテルを解体した後、建設会社にも寄って工事車両をさらに回収したサンタ娘は
いっぱいになった袋を見て、収集が終わったことに満足しつつ少し物足りなさも感じていたが、
何気なく辺りを見渡すと彼女の目に留まるものがあった。
「っと、いいものみ~つけた」
それは市内で一番の高さを誇るランドマークタワーであった。
ようやく自分の腰よりも高い建物に巡り合えたサンタ娘は
嬉しさの余りついついタワーに駆け寄ってしまう。
その際、巨体が巻き起こす振動で路傍の建物は大きく揺さぶられたが、
幸いにして倒壊や全半壊といった被害を出した建物はなかった。
もっとも、道路の方は深く刻まれた靴跡と無数の亀裂が走っており、
完全に復旧するまで数カ月は掛かりそうだったが。
「ふふ、わたしの方がおっきい♪」
(今までに比べれば)些細な被害を出しながら隣に到着したサンタ娘は
身長比べをしてみて、自分の方がタワーより頭一つ分程高いことに満足する。
それから、やや真剣な眼差しでしばしタワーをしげしげと観察していたが、
急にしゃがみ込むと、その周りの地面をえぐりながら溝を掘っていって、
まるで木を掘り起こすかのようにタワーをすくい上げる。
「あれ、思ったよりかる~い。これなら楽々持てそうだね」
言葉通り、サンタ娘は高さ100m以上のランドマークタワーを軽々と持ち上げてしまう。
そして、タワーを壊さないように抱きかかえると、地面に置いていた袋を拾い上げる。
いつもより少し時間がかかってしまったが、これで収集作業はおしまいだ。
「今日はいっぱいもらっちゃった。みんな、ありがとね~♪」
サンタ娘はそう言い残すと、何処ともなく消えてしまった…
翌日。とある貧しい国で『メリー・クリスマス』と書かれた
長さ100m近くもある巨大な板が首都近くの草原に出現し、
周りには赤白にデコレートされた車などが多数置かれている事件が発生した。
その数はかれこれ数百台にも上り、自転車は数千台、
バイクに至っては店ごと置かれ、中には電車まで含まれていた。
近年、毎年クリスマスの日に起こる謎の事件だが、
何と今年はクリスマスツリーまで付いていたのだ。
真っ白に染められた、高さ130mにもなるツリーが。
おしまい
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