魔王の戯れ

むかしむかし、世界は魔界の住人である魔族に支配されていました。
残忍な性格の魔族は強靭な肉体を持ち、人間が束になってもまるで相手にならない存在。
魔族による侵攻が始まってから程なくして世界中の国は全て滅ぼされてしまい、
残された人々は家畜のように扱われ、弄ばれ、少しでも刃向かえば町ごと村ごと消されていたのです。
何の希望もない、渾沌とした世界。大地が、海原が、闇に蝕まれて荒涼としていき、
無数の町や村が滅び、滅ぼされ、もはや世界が滅亡するのも時間の問題かと思われました。
その時です、光を導く者――勇者が颯爽と現れたのは。

勇者は闇を断ち切るが如く、邪悪な魔族を次々に打ち倒しては人々を解放していきます。
闇に覆い尽くされていた世界に再び射し込めてきた光。その勢いは留まることを知らず、むしろ輝きを増していきます。
初めは勇者など全く相手にしていなかった魔族の王たる魔王でしたが、
多くの魔族を討ち取られてしまったことで、もはや看過するわけにはいかず、
ついに自らの手で葬るべく勇者の前に立ちはだかりました。
これまでの魔族とは比べ物にならないほどの圧倒的な力を持つ魔王。
しかし、ここで何としても勝たなければ世界に真の平和は訪れません。
人々の思いを一身に背負った勇者は死力を尽くして戦いに臨み、
天地を砕く長く激しい戦いの末、ついに魔王を倒したのです。
その代償は大きく、勇者も命の灯を燃やし尽くしてしまいましたが、
魔王を失った魔族は総崩れとなり、魔界に逃げだして二度と世界に現れることはありませんでした。

こうして、勇者の命に代えた働きによって世界に平和がもたらされたのでした。

                            -『勇者物語』より抜粋-


「ふん、これだから下等種族は…」
漆黒の闇に閉ざされた城の一室。紫炎が揺らめく中、少女は鼻で笑うと手に持った本を投げ棄てた。
勇者? バカバカしい。下等種族がどう足掻こうとも魔族に敵うはずもない。
どれだけ力の差があると思っているのか。ましてや魔王など論外だ。
全く、下等種族の作り話であるとはいえ不愉快この上ない。
引き上げたのは、単に人間が絶滅しそうになったからにすぎない。
下等種族とはいえ、いなくなってしまっては楽しみが減るからだ。
いつの間にかそんな立場も忘れて、すっかり身の程を忘れてしまったようだが。
「ま、いい夢を見られてよかったじゃない。でも、夢はいつか覚めてしまう儚いもの。
そろそろおしまいにして、これからは嫌でも現実をたっぷりと思い知らせてあげるわ。
ふふふ…。さあ、楽しいゲームの始まりよ!」

 * * * * *

魔界から転移した少女が降り立った場所は小さな無人島だった。
正しくは岩礁だろうか。島は少女の感覚で直径数メートルほどしかない。
青く美しい海に面した島は生い茂る緑が鮮やかであったが、
少女は何の興味もなさそうに蹴りつけると、ふわっと空へと浮き上がる。
「手始めに、何を血祭りにあげようかしら」
重力にとらわれることなく、静かに浮遊しながら辺りを見渡す少女。
島の四方はほとんどが海で占められていたが、その中に一隻の船を見つけた。
やや離れているので不確かだが、結構な大きさがありそうで、最初の獲物として不足はない。
少女は口元を緩め、身体を前に傾けると、マントをはためかせながらぐんと一直線に飛行していく。

その頃、駆逐艦はいつものように哨戒を行っていると、数十キロ離れた島の辺りに突如レーダーが反応した。
艦船か何であろうか。ゴーストかもしれないが、差し当たり警戒態勢に入る艦内。
すると、その反応はしばらく停止した後、超高速で艦に接近して来ているようであった。
音速を遥かに超す速さ。それでいて艦船のように大きな飛行物。
そんな馬鹿なと思ってレーダー員は計器を調べてみても、どこも異常がない。
となると、敵性国の新兵器か、はたまた映画に出てくるような怪獣か。
この得体のしれない物体にベテランの艦長も少し狼狽するが、
さりとて傍観して艦を危険に曝すわけにもいかず、迎撃を命じる。
すぐさまVLSから発射される対空ミサイル。レーダー上で巨大な目標に吸い込まれるように接近していく。
しかしミサイルの反応が消失しても、その物体は消滅も、回避も、停止もせず、
依然としてまっすぐこちらに向かってきているようだった。
外したか、それとも撃墜されたか。とにかく、ただちに次弾の発射を指示する艦長。
また、目標はもう視認できる距離まで近づいたので、航海士は双眼鏡を使って確認する。
すると、そこには少女がいた。それも、道具も無しに空を飛行している少女が。
漆黒のノースリーブレオタードドレスとマントを身に纏い、
同じく黒のドレスグローブを着けた腕には紅色のリボンを巻き、
脚にはこれまた黒のニーソックスに真紅のパンプスを履いている、
ウェーブのかかった銀髪に深く澄んだ金色の瞳をした美少女。
何を考えているのか、得意気な表情を浮かべながらまっすぐこちらに向かっている。
心なしか大きくなっているように見えるが…。いや、そうではない。彼女は初めからとても巨大だったのだ。
どれくらいか想像もつかないが、ひょっとしたらこの艦と同じくらいの身長があるかもしれない。
あまりに信じられない光景に、航海士は我が目を疑い何度も目を擦ってみるが、
彼女の姿は消えるばかりかますます大きくなり、もはや双眼鏡を外しても肉眼で捉えられるようになる。
と、そこにようやく発射された対空ミサイルが接近し、命中したと思われた瞬間、
ミサイルはシールドのようなものに防がれて彼女の身体に触れることなく爆散した。
モニターで、肉眼でそれを目の当たりにし、一瞬何が起こったか分からず呆気にとられてしまう乗組員たち。
艦長の怒号で彼らはすぐに気を取り直したが、すでに少女は艦の目前に来ていた。

ザバアアアアン!
勢いよく艦の脇に着水した少女。数十メートルある水深も、彼女にとっては太ももを濡らす程度でしかない。
しかし人間はそうはいかず、滝のように降り注ぐ水飛沫で洗い流された甲板から何人も海に飲み込まれてしまう。
艦の中にいた者も多くが激しい揺れで壁や床に叩きつけられてしまっていたが、
少女はそんな些細なことなどお構いなしに、腰に手を当て艦を見下ろすと、おもむろに口を開く。
「さてと、まずは貴方ね。さっそくの歓迎、感謝するわ。
先程はつい防いでしまったけれど、今度は障壁を張らないから、存分に攻撃してごらんなさい」
そして妖艶な笑み。艦橋から彼女を見上げていた乗員は思わずゾクッとする。
とはいえ、攻撃していいと言われたからにはやるしかないだろう。
どうせ攻撃しなかったところで見逃してくれるとも思えない。
ならば、駆逐艦の火力をせいぜい心ゆくまで叩きつけてやろうか。

しばらく沈黙していた艦であったが、やがて艦載砲を少女に向けると攻撃を開始した。
まずは一発試射してシールドがないことを確かめると、続けて数秒刻みで次々に砲撃する。
さらには機関砲やCIWSからも数百数千発の銃弾を撃ち込み、魚雷も太ももめがけて発射していく。
狙いは寸分違わず、次々に少女の身体に命中しては爆ぜる砲弾、弾ける銃弾、大きな水柱を上げる魚雷。
ミサイルは至近すぎて撃てなかったものの、それでもたった一人の少女に対して十分すぎる火力が注ぎ込まれ、
たちまち辺りには硝煙が立ち込めるが、どれだけ砲火を浴びせようとも
彼女は痛がる素振りを全く見せず、相変わらず笑顔のままであった。
初めは意気揚々と攻撃していた乗員たちだったが、次第に焦りが強くなっていく。
ひょっとしたら攻撃は効いていないのだろうか。いや、そんな馬鹿な。
大言壮語した手前、無理に強がってるだけだ。ああ、きっとそうだ。
科学の粋を集めた兵器が、いくら巨大とはいえ生身の少女を傷つけられないはずがない。
でも…もし本当に効果がなかったとしたら、攻撃が終わった時、我々はどうなってしまうのか。
いくらやっていいと言われたからといって、今更ただで済むとはとは考えられない。
恐らく何かしら代償を払わされるのだろうが、それはこの艦か、それとも我々か。
そんなこと考えたくもない。頼むから、攻撃が通じていてくれ。

だが、願いもむなしく、やがて艦は弾を全て撃ち尽くして硝煙が晴れていった時、
少女の美しい身体には傷一つ付いておらず、衣服すら全く破けていなかった。
「もうおしまい? 少しは楽しませてくれるかと思ったけど、全くの期待外れね。
所詮、人間どもの攻撃なんてこの程度かしら。ま、いいわ。今度はわたしの番よ」
笑顔から一転、少女は侮蔑した表情で吐き捨てるように言うと、
艦を一跨ぎして股の間にギュッと挟み込み、動けなくしたところで、
のしかかるようにしてじわりじわりと体重を掛けていく。
柔らかそうなまあるいお尻の下敷きになり、容易く押し潰されていくマスト、煙突、艦橋。
頑丈なはずの鋼材がまるで飴のように変形し、配線は寸断されて火災が発生し、
艦内にいた乗員たちは各所で隔壁に挟み潰されたり焼き焦がされたりしてしまう。
次第に艦橋などの上部構造は完全に圧縮されてぺしゃんこになり、
程なくしてCICも天井を突き破ってきたお尻に艦長を含む乗員ごと擦り潰された。
それでも辛うじて沈没を免れていた艦であったが、少女が股でぐっと挟み込むことで中央部が捻り潰され、
艦首と艦尾に分断された艦体はそれぞれ大量の水が切断面から侵入して沈没していく。
しかし、彼女はただ沈むことさえ許さずに、艦首の方は両手で持ち上げると勢いよく抱き潰し、
艦尾の方はその態勢のまま尻に敷くと、体重を預けて一気に海底まで押し付け押し潰した。
「弱い、弱すぎるわ。話にならない脆さね」
一分足らずで駆逐艦を血祭りにあげ、鼻で笑う少女。
だが、これはゲームのほんの始まりにすぎないのだ。
たいして余韻に浸ることもなく、彼女は海水を滴らせながら立ち上がると、
海底に転がる残骸をさらに何度かパンプスで踏み躙ってから飛び去っていく。
目指すは大勢の人間が住む街。ひとっ飛びに雲を突き抜け海を越えたところでそれは見つかった。
「ふふ、みぃつけた」
少女は上空で急停止すると、にやりと笑みを浮かべる。
大小様々な建物が多数敷き詰められた街は大勢の人間の存在も感じられ、何かと楽しませてくれそうだ。
全部を相手するとなると少々手間がかかりそうだが、それだけ蹂躙のしがいがあるというもの。
もっとも、その気になればこの程度の街など一瞬で消滅させることもできるが、それでは意味がない。
「ゲームはその過程が一番面白いのよ」
愚かでか弱い人間たちの無様な姿を見下ろしながら、悠々と街を破壊してやるのだ。
建物の一つ、人間の一人までじっくりといたぶって、可愛がってやろう。
そうやって残酷な現実を骨の髄まで嫌というほど思い知らせてあげる。
滅ぼすのはそれからでもいいし、あえて生殺しにするのも悪くない。
「ま、とりあえずは降りてからね」
あれこれ考えるのは街を壊しながらすることにして、少女はすっと街の中心へと降りていった。

 * * * * *

突如として街の上空に現れた、人の形をした物体。
この時点では多くの市民はその存在に気付かず、気にしなかったが、
幾人かはそれが15歳くらいの可愛らしい少女のようであると気が付く。
しかし、遥か空の彼方に浮いているのはともかく、輪郭が明瞭に見えるのはどういうことなのだろうか。
ホログラムにしては出来が良すぎるし、幻にしてもあまりにくっきりとしすぎている。
だとすると、上空のジャンボ機が小さく見えるように、彼女も巨大なのだろうか。
それこそ街にそびえる高層ビル、いや超高層ビル並みに。
…何を馬鹿な。ビルのように巨大な人間など居てたまるか。
そんな話、見たことも聞いたこともない。もし本物ならとっくに大騒ぎになっている。
だから、これはきっと何かの夢なんだ。夢に違いない…。

だが、彼らはすぐに現実を突き付けられることになった。
少女が街に降り立ったのだ。巨大な両足でそれぞれ十数階層の高層ビルを踏み砕き、潰しながら。

「はじめまして、人間のみなさん。わたしは大魔王ベル=ゼブル。
これからこの世界を征服してあげるから、覚悟することね。
といっても、貴方たちはまだわたしの力が分からないでしょうから、
見せしめに、まずはこの街を滅ぼしてあげるわ」
片手を腰に当て、片手は口元に当てながら手短に征服宣言する巨大な少女、いや大魔王ベル。
高層ビルの残骸を踏み締めながら蔑んだ笑みを浮かべ、悠然と街を見下ろす。

一方の人々は唐突に市街へと現れた魔王と名乗る巨大な少女を目の当たりにして、
初め何が起きたのかも分からず、ただ呆然と彼女を見上げていた。
あれは本物なのか? だが、あそこにあったビルが無くなっているような…。
高層ビルを踏み潰せるなんて、どれだけ馬鹿でかいんだ。近くの建物は膝の高さもないぞ。
あんな巨大な人間なんて存在するのか。いや、魔王とか言っていたか。
だが、そんなのお伽話じゃなかったのか? まさか現実にいるとは。
というか魔王は美少女だったのか。勇者め、うらやま…じゃない、余計なことしやがって。
おいおい、俺達はどうなっちまうんだ。街を滅ぼすとか、マジかよ。
あれだけでっかけりゃ、造作もなさそうだが…勘弁してくれ。
でも、あんな可愛い子にやられるならちょっといいかも…。
非現実な光景に、あまり緊張感もなく口々と思ったままに呟く群衆。
程なくして、彼らは地獄を見た。

「んじゃ、はじめようかしら」
これから何をされるかよく分かってない愚かな人間たちをよそに、足を踏み出すベル。
全面ガラス張りの中層オフィスビルをパンプスで踏みつけて一瞬で粉砕したかと思ったら、
内部から爆発したかの如く放射状に飛び散るガラス片や瓦礫が地上に落ちるより早く
もう片足でも十階建ての高層マンションを勢いよく真っ二つに叩き割る。
そうして直撃を受けた建物全体に衝撃が伝わって崩れ落ちる前に、
引き上げた後ろ足で隣接するマンションも横から踏みつけるようにして抉り、
建物の片側中央に一階から屋上まで続く大きな穴を穿つ。
百数十メートルある巨体からは想像もできない、あまりに機敏な動き。
彼女が本気だと分かって、近くにいた人々が慌てて逃げようと振り向いた瞬間には
巨大なパンプスが遥か頭上を越えて何処かの建物に激しく振り下ろされている。
それから間もなく衝撃波が襲いかかり、彼らは自動車などと一緒に埃のように吹き飛ばされてしまう。
遠くにいた人々も、気が付けば真後ろに現れた巨大な足に次々と踏み潰され、飛び散らされる。
無論、足の踏み場となった建物の中にいた人の運命は言わずもがな。
ベルがただ歩き回るだけで、瞬く間に数十の建物が破壊され、数百の人間が犠牲になっていく。
そうかと思ったら一転、今度は一つ一つの建物をじっくりと壊し始めるベル。
まずは八階建てのペンシルビルの屋上にパンプスを乗せると、一思いには踏み潰さず、ゆっくりと体重を掛けていく。
「ふふ、逃げたかったら逃げてもいいのよ」
できるのならね、と心の中で付け足しながら、一階層ずつパキパキと。
ビルを潰れるのと、人間が脱出できるのと、どちらが早いかのちょっとした戯れ。
すると、半分近く踏み砕いたところでようやく中から一人が駆け出てきたが、
さらに建物を圧縮していって爪先が地面まで達しても、脱出できていたのはたった数人だった。
「ふん、遅すぎるわ」
ベルは嘲笑いながら踵も地面につけ、ビルを靴底の下に圧し潰す。
それでも建物は土踏まずの下に一部がわずかに残っていたが、
重心を移すことでぐっと足が沈み込む際にギュッと押し固められて消滅する。
何とか外に出られた者たちは息も絶え絶えに道路にへたり込み、
自分たちがついさっきまでいた建物が巨大なパンプスにとって代わる様を呆けて見ていたが、
これで脱出ゲームは終わりでなかった。
「まさかこれで助かったつもり? 全くおめでたいわね。
ほらほら、さっさと逃げなさいよ。でないと、踏み潰しちゃうわよ?」
そんな生き残りに、楽しそうにベルは瓦礫片を撒き散らしながら足をかざすと、
彼らはよろよろと力を振り絞って走り出したが、誰も逃がしはしない。
全員が足の下に収まるように狙いをつけると、勢いよく踏み下ろす。
ズンッ!
アスファルトの道路に深々と突き刺ささったパンプス。
衝撃で近くの車が何台も吹き飛び、街路樹が薙ぎ倒され、周囲の建物も何棟と倒壊する。
それから足を上げてみれば、くっきりと刻みこまれた靴跡には彼らの姿など何処にもなかった。
あるのは、人数分の点々とした赤黒い染みだけ。
「あはははは!」
人間の成れの果てを見下ろしながら、高らかに笑うベル。

続いてベルは膝ほどの高さの高層ビルにパンプスを押しつけると、
ぐりぐりと靴を擦りつけ、抉るようにして建物を破壊していく。
外装から内装まで少しずつ削られ、砕かれ、潰される建物。
「人間の建物は脆すぎるわね」
不満を洩らしながらも、笑みを湛えたままのベルは腰に手を当てながら、
じっくりと感触を味わう様に、さらにぐりぐりとパンプスで撫でまわし、
梁や柱、壁や窓を砕き、棚やら机やら椅子やらを潰し、人間までも次々に躙る。
そして最後は地上数階だけ残る廃墟と化した建物を一気に踏み潰した。
次いでベルは逃げ惑う群衆、自動車を特に意識することもなく
さも当然のように踏み潰しながら十数階建てのシティホテルにも歩み寄ると、
ロビーに靴を捻じりこませて蹴り壊し、非常階段も踏み砕き落としてから
建物を爪先でツンツンと小突き、ザクザク突き刺していく。
幾つもの部屋に侵入する、巨大な真紅のパンプス。
ベッドが、机が、宿泊客が次々と靴と壁の間に挟まれ潰され、
たちまちホテルは大きく穿たれた穴ぼこだらけになる。
「もう少し感触がほしいけど、人間の建物相手に贅沢な望みかしら」
ベルはそう言いながらも、突き刺した靴を縦に横に斜めにつっと走らせては
部屋や廊下、階段などを粉砕しながらバリバリと建物を内部から大きく抉っていく。
それから靴を引き抜くと、辛うじて倒壊は免れているものの無残にもボロボロになったホテルを
締めにズン、ズンと何度も両足で端から端まで踏み躙り、跡形もなく消滅させた。
「ま、サクサク壊せて悪くないけどね」
あっという間に綺麗な更地となった足元を見下ろし、くすっと笑うベル。

それからベルはさらに幾つもの建物を一つ一つ丁寧に破壊し、何百もの人々の命を弄んでいくと、
少し先に大勢の乗客を乗せた電車がトコトコと走っているのが目に入った。
「あら、そんな遅いもので何処に行くつもり?」
早速、線路脇の住宅やオフィスなどを踏み潰し蹴散らしながらその数倍の速さで歩み寄ると、
パンプスを先頭車両の上にかざし、架線や線路ごと勢いよく踏み締める。
すると、下敷きになった車両はもちろん、速度を減じきることができなかったのか、
二両目以降も脱線しながら次々と足に激突して大破していったが、
どれだけ派手にぶつかろうとパンプスやニーソックスには傷一つ付かなかった。
「全く、何をやっているのかしら」
少し呆れたように言いながらも、先頭車両をさらにぐりぐりと躙っていくベル。
圧し潰れ、中の乗客など尽く死に絶えていた車両に追い討ちをかけるように捻じ擦り潰す。
それから、靴の前で半分に潰れたり大きく拉げたり歪んだりしてひしめき積み重なった車両を、
まだ多数の乗客が生き残っていたにもかかわらず、まとめて一踏み二踏みで圧縮し、
その後ろで横転していた最後尾の車両は爪先でコロコロと転がしてやる。
「んふふ、気分はどう?」
もちろん、それにまともに答えられる人間などいるはずもない。
車内の乗客たちは一番後ろの車両にいたため、衝突によるショックこそ他の車両に比べればそれほどではなかったが、
それでも傷つき、悶えていたところに車体が突如として回転しだしたのだ。
まるで何かのアトラクションに乗っているような感覚。当然、安全装置はない。
彼らは回転に合わせて転がされ、飛ばされ、投げ出され、叩きつけられていく。
そのはち切れんばかりの恐怖や絶望を感じ、絶叫のハーモニーを聞き、
ベルは悦に入りながら止めるどころかますます激しく車両を弄んでいく。
そして、次第に乗客たちの気配や声が弱々しくなり、やがて全て消え失せたところで、
内部が朱に染まった車両をパキパキとゆっくりと踏み潰し、薄い鉄板へと変えた。

電車を完膚なきまでに踏み躙ったベルはその後、沿線の高層マンションやオフィスビルを突き崩し、薙ぎ払いつつ、
レールや架線を寸断しながら線路上を歩いていき、駅に差し掛かるとそれも踏み固めていく。
たちまち駅舎が、ホームがパンプスに砕かれ、圧縮され、地面にめり込み、
構内は深々と刻まれた幾つもの靴跡に取って代わってしまう。
それからまたベルは歩みを進め、途中、架線が切れて停まっていた電車も
靴を乗せるとゆっくりと体重を掛けて一両ずつ丁寧に平たくしたり、
正面から思いっきり蹴り上げて何処か遠くの住宅街に墜落させたりする。
くるくる回転した挙句、そこにあった住宅を粉砕しながら地面に突き刺さってしまう車両。
それを傍目で見ながら二つ目の駅も踏み散らしたところでベルは線路を外れると、
駅前の建物や車列、逃げ惑う人々を踏み均しながら歩き回り、
やがて市内随一の高さを誇る超高層ビルへと歩み寄った。
「へえ、わたしと同じくらいの大きさなんて、ずいぶんと立派じゃない」
両足で幹線道路の全面を占拠しながらすぐ横に立つと、まじまじと建物を眺めるベル。
華奢な身体のため体積では負けるものの、背は彼女の方が頭一つ分だけ高かった。
「でも、強度の方はどうかしら」
そう言ってベルは妖艶に微笑むと、建物に腕をまわして抱き寄り、両腕と胸とでゆっくりと締めつけていく。
次第にそれらは柱や梁といった骨格を砕き、内装を押しやりながらビルの中へ中へとめり込んでいき、
合わさったところで、直下の階を抉り取られ支えを失った建物の上層が
彼女の胸に押しのけられてぐらりと傾き、そのまま地上へと落下して爆ぜた。
「無様ね。抱きしめてあげただけなのに」
粉々に砕け散った残骸をベルは冷めた表情で見下ろしつつ、
下層階にも膝蹴りを浴びせるとそのまま足を前にやって突き刺し、
建物の中からグチャグチャに掻き回して瞬く間に崩落させる。
「ふん、あっけない。所詮は人間の建物ね」
こうして、超高層ビルもまた瓦礫の山と化した。

それから周囲の高層ビルも次々に手で掴んで軽く押し倒したり、
屋上から地下まで一気に踏み潰したり、逆に一階から最上階まで蹴り上げて崩したり、
股の間に挟み込んで太ももやふくらはぎで挟み潰したりして瞬く間にオフィス街を壊滅させたベルは
住宅街にも足を踏み入れると、とるに足らない小さな家々を一度に数軒と踏み潰しながらサクサク歩いていく。
すると、ほんの少し先に大勢の人間たちが固まっているのが目に入った。
その場所――学校では巨大な少女の出現を受けて教師はひとまず生徒をグラウンドに避難させていたが、
周囲の建物が相次いで破壊されるのを目の当たりにしてこの場に留まるわけにもいかず、
とりあえず彼女とは反対方向へと誘導しようとした矢先に、
すぐ側まで接近していたベルは彼らの目の前で校舎を踏み躙る。
「くすっ、可愛い子がたくさんいるわね。つい虐めたくなっちゃう」
そして邪悪な微笑み。恐怖に駆られて、もはや統率のとれなくなった集団は
蜘蛛の子を散らすように四散して一目散に校庭から逃れようとするが、
彼女のプールを叩き割る一踏みに、揃って転倒させられてしまう。
その間にベルは学校の周りを一歩一歩踏み残しの無いように押し固めていき、
彼らが気付いた時には敷地は幅深さともに数メートルはある深い溝によって隔離されていた。
「これで逃げ場はないわよ。さあ、泣いて、喚いて、跪きなさい」
蔑んだ笑みを浮かべながら、大勢の生徒らを見下すベル。
あまりの恐怖と威圧感に、彼らは言われなくても泣き叫び、ひたすら助けを請う。
人間らしさの欠片もない惨めな姿とはいえ、それが功を奏したか、彼女は思わせ振りなことを口にする。
「その調子よ。貴方たちの恐怖と絶望がひしひしと感じられるわ」
ひょっとしてこのまま言われた通りに従えば助かるのだろうか。
彼らの中で芽生えた僅かな希望は、しかし次の一言で霧散した。
「だからといって、助けてあげないけど」
そうやって人間たちの絶望がピークに達したところで、ベルは容赦なく踏み躙っていく。
ズン、ズンと足を振り下ろす度に数十人が擦り潰れ、グラウンドに深々と刻まれた靴跡の染みとなる。
逃げることなどできない。逃げ場など何処にもないのだから。
動くこともできない。巨大な靴のもたらす衝撃で立つこともできないのだから。
そして、ふと空が暗くなり、落ちてきたと思った瞬間に彼らの意識は途絶える。
僅か十秒足らずで数百人が殲滅された。

その後も住宅街を縦横無尽に踏み潰し蹴散らしていたベルだが、
数は多いものの人はまばらで手応えもない小さな住宅を虱潰しに破壊していくことにすぐ飽きてしまう。
「特に楽しそうなのも残っていないし、こんなところかしら。あとは仕上げね」
歩みを止め、一通り辺りを見渡して面白そうなものがないことを確かめてから、
地面を軽く蹴りつけてマントをはためかせながら空高く舞い上がると、
街に向けて人差し指を立て、その先に淡い光球を集める。
「塵と化しなさい」
次の瞬間、指先から放たれる一本の光線。
それは地表に達すると球形状に広がって街全体を包み込み、
建物、人間、車両、田畑、山河、大地、ありとあらゆるものを瞬時に消滅させる。
光が止んだ時、街があった場所には半径数キロに渡って
瓦礫の一片、草木一本さえ残されていない巨大なクレーターが穿たれていた。
「あはは、すっきりしたわね。良い眺めだわ」
全てが消滅した虚空で高らかに笑うベル。

 * * * * *

「さてと、次はどの街を滅ぼそうかしら」
数十万人が住んでいた都市を軽く滅ぼしたベルはさらなる破壊と殺戮を求めて眼下に見える幾つかの街を品定めする。
どれもさっきの街に比べると小さいが、それなりに楽しませてくれそう…と、そこに空を飛翔するものが目に入った。
「んふふ、とりあえずはあれからね」
ベルはそう言って口元を緩めると、超音速で飛び向かっていく。

その物体――ジェット旅客機は大勢の乗客を乗せて高度一万メートルを飛行していた。
雲海に遮られて地上の異変を知ることもなく、自動操縦によって目的地に向かっていると、
とある街の上空に差し掛かったところで何かが急速に接近してくるのが窓越しに見えてくる。
それは黒衣に身を包まれた、銀髪金眼のとても巨大な少女だった。
どういった原理か、何ら道具を使うこともなく自在に空を飛行し、
得意気な顔をしながら常軌を逸した速さで機体に迫り来る。
たちまちパニックになる機内。機長も動揺しつつ、何とか逃れようと操縦を手動に切り替えて、
機首を彼女と反対方向に向け、エンジンを全開にするが、時速八百キロ以上出しても彼女はその何倍も速い。
みるみる追いつかれて、大きな揺れの後、彼女の黒い腕に捕らえられてしまった。

「つかまーえた。わたしから逃げられるとでも思っていたの?」
くすくす笑いながら旅客機の胴体を片手でがしっと握るベル。
たいして力を込めていないにもかかわらず、最高速に達していた機体を容易く止めてしまう。
もはやどれだけエンジンを吹かそうが、彼女のか細い腕はピクリとも動かなかった。
「人間は人間らしく地面を這いつくばっていればいいのよ。
こんな分不相応な翼、もいであげるわ」
旅客機の無駄な抵抗など全く意に介さず、ベルは冷たく言い放つと、
もう片手で主翼を根元からパキリと折っては放り捨てていく。
ついでに尾翼も指の間に擦り潰せば、機体は胴体だけとなった。
「これでわたしが手を離せばどうなっちゃうかしらね」
捕まえられた上に翼までもぎ取られて、ますますパニックに陥る乗員乗客をさらに煽るように、
ベルは口元を緩めながらさも楽しそうに呟く。
「でも、安心していいわ。そんなことしないから。
…その代わり、じっくりと握り潰してあげる」
それから優しげな口調で一瞬安堵させることを言うも、二の句で奈落へと叩き落し、
彼らの恐怖や悲壮をひしひしと感じながら機体を徐々に握り締めていく。
次第に軋み、歪み、くの字に折れ曲がり、ついには手の中で中央部が潰されると同時に前後に分断され、
支えを失ったことで大勢の乗員乗客を空中にばら撒きながら墜落する旅客機の胴体。
その一片を足で押さえつけながらベルも一緒に降下していき、少々の滞空の後、
一万メートルの高さを物ともせず下の街へと華麗に着地した。
機体の片割れを靴の下に押し潰し、落下の衝撃で近隣の建物を粉砕しながら。

「あら、下は街だったのね。おかげで行く手間が省けたわ」
破壊の中心で、一人美しい姿を保ったまま辺りを一瞥するベル。
着地による衝撃や降り注いだ旅客機の残骸で付近の住宅街は数百棟が全半壊し、火の海となっていたが、
壊れたものなどさして興味も持たず、サクサク踏み締めながら無事な地区に歩み寄っていく。
そしてまずは新築マンションを踏み潰そうとするが、足を上げたところである考えが思いついた。
「靴ばかりで壊すのもつまらないし、今度は靴下で踏んであげようかしら」
とりあえず足を戻したところで、早速ベルはパチンと指を鳴らすと、
真紅のパンプスが消え、履いているのは黒ニーソックスだけになる。
「それじゃ、改めていくわよ」
そしてまた足をかざし、今度は一思いにマンションを踏み潰す。
ドッシャアアアン!!
鉄筋コンクリートの構造などものともせず、各部屋も跡形もなく消滅させて、
建物の屋上から一階駐車場まで各階層を瞬時に突き抜けるニーソックス。
それは勢いのまま、突き崩した建物の残骸を堆積する間も与えず一層押し付け、
停車していた車と共に地下深くへと押し固め、大地と同化させる。
「これはこれでいいわね。少しは感触も感じられるし」
さらに足を左右に擦り動かして、踏み残した建物の残骸も躙り潰しながら、
じっくりとニーソックス越しに足触りを楽しむベル。
完成までに数カ月かかったマンションだが、築一年も経たずして、
こうして破壊し尽くされるのは十秒もかからなかった。

新築マンションを端緒に、続いてベルは他の建物も次々に破壊していく。
十数階建ての高層マンションは踵落としを浴びせて粉塵を撒き散らせながら粉砕したり、
小さなアパート群は爪先でチョンチョンと押していくだけで倒壊させたり。
住宅も数軒まとめてぺたりと踏み潰したり、一軒一軒爪先で突き潰したりする。
「ほんと、どうしようもない脆さね」
呆れたように笑いながら、さらに多くの建物をニーソックスの餌食にするベル。
数十棟、数百軒と粉砕したところで、多くの車で渋滞していた道路にも足を踏み入れ、
延々と続く車列の上にも無慈悲にニーソックスを下ろしていく。

隣市での魔王を名乗る巨大な少女の出現と破壊を受けて、
遅かれ早かれこの街も襲撃されるはずと、急ぎ避難しようと車に搭乗する住民たち。
だが、街を横断する幹線道路に皆が殺到することで通りは稀にみる大渋滞となってしまっていた。
それでも少しずつ少しずつ進んではいたが、やがて大地を震わせる衝撃を立て続けに感じてしまう。
その震源は次第に近づいてくるようで、揺れと、破壊音が大きくなっていく。
原因が何かは考えるまでもない。彼女がこの街にやってきたのだ。
だとすると、もう隣の街は破壊し尽くされてしまったのだろうか。
どれだけ巨大化は分からないが、いくらなんでも早すぎる。
そう言えば、先程その方角で凄まじい光が発せられていたが…。
まさかあの光で街は消滅させられてしまったのか。
ともかく、フロントガラスから、ウインドウから、バックミラーから見えるのは、
付近の建物が巨大な何かによって次から次へと破壊されていく光景。
大きすぎて車内からはその全容を窺うことはできなかったが、別段見たくもなかった。
彼らはただ恐怖に震え、一刻も早く遠くに離れようとするものの、
パニックに陥った車が暴走してあちこちで衝突事故が起こり、
また、電線が切断されたのかいつの間に信号灯も消えており、
もはや交通の麻痺した道路で遅々として進むことができなくなってしまう。
そのうちに、目の前に並んでいた車列の上に下ろされたのは巨大な黒い柱。
一瞬で何台もの自動車を押し潰してアスファルトにめり込んだ、圧倒的な質感のそれは、
しかしどこかで見覚えのあるかたちをしていた。いや、見覚えがないはずがなかった。
大きすぎて一瞬分からなかったが、これは靴下を履いた足なのだ。
滑らかな丸みを帯び、そこはかとなく魅力を醸し出している。
伸びている方向につられて見上げれば、確かにそこには彼女の身体を窺うことができた。
艶めかしい太もも、ぴっちりと身体に密着したレオタードドレス。
僅かに広がったスカートからはちらりと中が見え、何ともいやらしい。
ちなみに、靴下は太ももの高さまで伸びていることから、ニーソックスだろうか。
これらはどれも巨大とはいえ、女の子らしさが溢れており、思わず見とれてしまう。
と、その時青空が漆黒に取って代わった。何が起こったのだろうか。
心なしか、近づいてきているような気がするが…。
それがニーソックスの足裏であると分かった時、彼らは車と一体化していた。

感触を確かめるように、ややゆったりとした最初の二歩で十数台の車を踏み潰したベルは
続けて路上をズシンズシンと歩いていき、何台もまとめてさっくり踏み潰し、蹴散らす。
また、ニーソックスを車列の上乗せてから擦り動かしていけば、
何十台といった車が道路とに挟まれ、圧縮されてペシャンコになっていく。
「わざわざ自ら棺に入って死を待つなんて、人間は物好きね」
冷たい笑みを浮かべながら、馬鹿にしたように言うベル。
遅くて柔な自動車など彼女にとってその程度の認識でしかなく、
望み通りと言わんばかりに虱潰しに何十何百と踏み固めていく。
そうしてある程度まとめて平たくして道路を穴ぼこだらけにしたところで、
今度は生き残っていた車を一台ずつニーソックスの餌食にする。
軽自動車を小指の先で突き潰したり、大型トラックをぐりっと捻り潰したり、
スポーツカーを足の親指で押さえつけながら走らせて周囲の車を突き飛ばさせてから踏み潰したり。
渋滞で立ち往生していた路線バスも足の腹で押しつけると、ゆっくりと車体を圧縮していく。
「早く逃げないと潰れちゃうわよ」
くすくす笑いながら、バスの天井をへこませていくベル。
しかし、乗客たちは逃げようにも窓や扉が拉げて車内から脱出するのは困難で、
何人かは強引にガラスを突き破って車外に出たものの、多くはそんな勇気もなく取り残されていた。
そのうち、無慈悲に降りてきた天井に彼らは押し付けられ、床に突っ伏して動くことすらままならなくなり、
恐怖と苦痛にあらん限りの絶叫を上げ、声量が最骨頂に達したところで押し潰される。
さらに、外に出た者たちも態勢を立て直す前に足裏が迫り寄り、
やはり地面に押しつけられて虫けらみたいにプチッと潰されてしまう。
結局、誰もバスから無事に逃げ出すことなどできなかった。

多くの車を地面にめり込ませたところで、ベルはまた建物をいじり始める。
低層で小さな建物はあっさりと、比して相対的に高く大きな興味をひく建物はじっくりと。
縦長なビジネスホテルはニーソックスでなでなでして少しずつ擦り潰してから締めに捻り潰し、
文化会館は真ん中に爪先を突き立て突き刺してから足をかき回してガラガラと崩す。
また、高層オフィスビルの屋上に足を乗せると、外壁を舐めまわすようにしてニーソックスを擦りつける。
「わたしの靴下はいかが? 嬉しい? それとも悔しい?」
すると、崩れかけた建物の玄関から慌てて何人かの人間が飛び出してきたが、
ベルはまだ大勢の人々が残っていた建物をサクッと踏み潰してから、
事もなげに足をわずかに動かし彼らをまとめて爪先で捕える。
「貴方たちはどんな音色を奏でてくれるかしら」
加虐的な笑みを浮かべ、爪先にほんの少しだけ体重を加えるベル。
それだけで、足の下から頭だけを出した彼らは苦痛に顔が歪み、一層の悲鳴をあげるが、
ぐりっと爪先が擦り動かされることで、声にならない声を体中から絞り出して潰れ果てた。
「なかなか良かったわよ。あははっ!」
亡骸をさらに踏み躙りながら高らかに笑うベル。
それから郊外のショッピングモールにも侵攻すると、
屋外駐車場に放置されていた車を踏み潰し、蹴散らして瞬く間に全滅させてから、
建物の上を歩き回るようにしてズンズンと踏みつけ、大きな穴を幾つも穿っていく。
映画館は一足で粉砕し、食品売り場は何度か踏みつければ崩れ落ちた瓦礫で埋もれる。
レストラン街もモールの中で足をかき回せば人間やらテーブルやライスやら壁やら柱やらが吹き飛び、
あるいは粉微塵となって上層階の構成物ごと消え失せ、残ったのはわずかな瓦礫のみ。
こうしてショッピングモールを穴だらけにして半壊させたところで、
締めに高々と上げた足を勢いよく下ろせば、建物は完全に瓦解した。

「さてと、次はどれにしようかしら」
瓦礫の山の中で悠然とそびえるベルは人差し指を口に当て、微笑みながら辺りを窺う。
街は建物が総じて低層で数もそれほど多くなく、代わりに山林や田畑が多く占めており、
いかにも小さな地方都市といったところだが、その中に楽しそうなものが一つ。
「ふうん、あれは少し面白そうじゃない」
それは空港だった。滑走路には離陸準備をしている旅客機が一機、エプロンにも何機か駐機している。
機体やターミナルビルには大勢の人間の存在も感じられ、一暴れするのに不足ない。
早速、ベルは田畑を縦断し、取るに足らない小さな民家を踏み潰しながら一直線に空港へ向かうと、
まずは滑走路に足を踏み入れ、飛び立とうとしていた飛行機の前に両手を腰に当てながら立ちはだかる。
「おっと、逃がさないわよ」
それでも旅客機は無謀にも止まらず、目の前で機首を上げて離陸し始めるが、
ベルは足を軽く上げると機体をニーソックスで抑えつけ、地面に叩きつける。
「あら、何のつもりだったのかしら」
くすくす笑いながら、蔑んだ視線を浴びせるベル。
少しずつ足に力を込めると、機体の脚が折れ、タイヤも潰れ何処へ転がって胴体が接地するが、
さらに圧迫していくことで次第に胴体も軋み、歪み、へこみ、乗客ごと潰れ果てる。
それからもう片足でも残りを踏み潰せば、胴体を失った機体はバラバラとなり、
もげ落ちた主翼や尾翼、機首が無残にも足の周りに散らばっていた。
それらは程なくして燃料に引火して盛大に爆発炎上したが、
ベルは熱がる様子もなく、火傷を負うこともなく、平然と踏み締め鎮火すると、
滑走路を後にして今度はエプロンへ数歩で歩み寄っていく。
そこでまずはプロペラ機を掴み上げて顔の前まで持ってくると、
プロペラをくりくりと回したり操縦席の窓をつんつん突いたりしていじってから、
機内に向かってにっこりと優しげに微笑みかける。
「貴方たち、空を舞いたいのよね。だったらわたしが飛ばしてあげる」
そして、紙飛行機の要領で腕を引いてから…勢いをつけて投擲。
彼女の手を離れた機体は音速をはるかに超えて空を飛翔する。
が、あまりの速度に機体が耐えられるはずもなく、間もなくプロペラが吹き飛び翼が折れ、
ついには乗員乗客や座席シートをばら撒きながら空中分解してしまった。
「せっかく飛ばしてあげたのに」
それを見てベルはくすっと一笑し、彼らの末路を見届けることもなく、早くも足元に視線を移すと、
近くのプロペラ機も蹴り飛ばして貨物ビルに激突させ、小型機は摘まみ上げてからぐっと握り潰す。
それからターミナルビルにも足を踏み入れると端から端まで擦り足で歩き、
建物の構造を余さず押しのけて倒壊させ、利用客を尽く擦り潰す。
次いで貨物ビルを踏み固め、駐車場の車列も蹴散らし踏み散らすと、
最後まで残った管制塔も、膝立ちしてから手を伸ばして管制室は両手で挟み潰し、
残った柱の部分も拳を叩きつけて粉砕したら空港は完全に壊滅した。
「それじゃ、この街ともお別れの時間ね」
立ちあがって瓦礫を払い落してから辺りを一瞥したベルは、
もはや面白そうなものなど残っていない街に死刑宣告すると宙に浮かび上がり、
今度は手のひらを広げて街に向け――凝縮した火球を放つ。
命中と同時に膨張し全てを焼き尽くす劫火。刹那、人工物も自然物も等しく溶解する。
人間も他の動物も苦しむ間もなく消滅し、数瞬にして街は残らず灼熱のマグマの海に沈んでいた。

 * * * * *

その後、ベルは幾つもの小さな街を滅ぼし、山河を飛び越えていったところで、眼下に大都市が見えてきた。
数十万の建物に数百万の人口を擁する、この地方の中心都市である。
「次はこれね。んふふ、だいぶ大きくて遊び甲斐がありそうじゃない。
そろそろちっぽけな街を滅ぼすのも飽きちゃったし、ちょうどよかっ…と、何かしら」
ふと、彼女の視界に入る多数の小さく細長い物体――ミサイル。
それらは白煙を上げながら飛翔しこちらへ迫り来ているようであった。
「あら、ようやく軍隊のお出ましね」
だが、ベルはさも楽しそうに言うと、華麗な動きでミサイルを払い落し、蹴り壊し、叩き潰し、
瞬く間に殲滅したところで軍隊の位置をさっと確認すると、彼らのいる街の郊外へと降り立つ。
「はじめまして、健気な兵隊さん。わたしは大魔王ベル=ゼブル。
この世界の新たな支配者よ。嫌ならわたしを倒してみることね。
さあ、全力でかかってきなさい。受けて立ってあげるわ」
腰に手を当てながら、悠然と軍隊を見下ろすベル。

そこには戦車や装甲車が数十両、火砲や誘導弾も十数門展開しており、
その上空にも戦闘機と戦闘ヘリがそれぞれ数機ずつ飛行していた。
遥か彼方を飛んでいた巨大な少女が対空ミサイルを次々に撃墜し、
瞬く間に目の前まで現れてしまったことに兵士たちは一瞬驚くが、そこは軍人である。
言われるまでもなくすぐに攻撃を開始し、多数のミサイル、砲弾、銃弾を浴びせていく。
どういうわけか彼女は微動だにしないため、全弾が巨大すぎる目標に吸い込まれるように命中した。
たちまち辺りは硝煙に包まれ、十分攻撃を行ったことに加え少女が見えなくなったこともあり、戦闘は中断される。

だが、駆逐艦の攻撃にも無傷のベルがこの程度の攻撃で傷つくはずもなかった。
煙の晴れ間から、美しいままの身体をまざまざと兵士たちに見せつけながら、溜息を一つ付く。
人間の軍隊があまりに弱々しくて、こちらまで情けなくなってしまったのだ。少しでも期待したのが間違いだった、と。
では、さっさと茶番を終わらせてしまおうか。しかしそれでは面白くないし、意味がない。
だってこれはゲームなのだから。何事も様式美が大事である。
それに、この攻撃が人間の全力というわけでもないだろうし。
どうせなら猶予をやってもう少しましな戦力を集めさせてみようか。
そう考えたところでベルは不敵な笑みを浮かべると、
わざとらしく呆れた表情をしながら足元の軍隊に向かって喋り出した。
「この程度の火力で大魔王であるわたしと戦おうっていうの?
全く、人間どもは力だけでなく頭も弱いのかしら。
仕方ないわね…。じゃあ、一日だけ待ってあげる。
明日のこの時間、この場所にまた来るから、今度は立派な戦力を集めておくことね」
じっと見つめながら、人差し指を立てて彼らに言い聞かせるベル。
どうしてそのようなことを、と兵士たちは口々に疑念を言うが、
それが聞こえていたのか、彼女は笑顔で答える。
「なぜかって? そんなの決まっているじゃない。だってその方が楽しそうだから。
ま、せいぜい頑張ることね。それじゃ、明日を心待ちにしているわ」
そして指を組んで目を閉じると、ふっと消えていった。


同時刻、官邸。安全保障会議の議員は大型モニターにて巨大な少女と軍隊との戦闘の一部始終を見ていた。
そして彼女が捨て台詞を残して消え去るのを見届けてから、彼らは口々に重い口を開く。
ついに魔族が現れたか…。いつかこの日が来るとは思っていたが…。
しかし、まさかこれほどまでとは。推定身長百五十メートル、推定体重四万トン…か。
おまけに動きも非常に速く、空を自在に飛び、通常兵器は一切無効。
不明確だが、魔法のようなものを使って幾つもの都市を滅ぼしたとの情報もある。
これが魔王というものか…。強い、強すぎる…。
重苦しい空気に包まれる会議室。

首脳部は魔族の存在を一応ながら認識していた。
かつてそれらが現実にいたという事実は各地の痕跡から少しずつ明らかになり、
近年では要人の中でその存在を疑う者はほとんどいなかったが、とはいえ、
神話やお伽話とされてきたそれを公表してもいたずらに国民を混乱させるだけだとされ、秘匿にされていた。
勇者が実際にいたかどうかは別にして、永らく魔族が現れていないこと、
現代の科学力を以ってすれば魔族が再び侵攻してきても撃滅できると考えられていたことも一因である。
とはいえ、政府は魔族という脅威に無策であったわけではなく、平時でも十二分な戦力を保持することに加え、
極秘裏に同盟国と共同で秘密兵器を開発していたのだ。

そして今日、ついに魔族が現れた。しかもただの魔族ではない、大魔王である。
はったり…ではないだろう。その名は古文書にも記され、冷酷で享楽的な性格とされている。
外見こそ可憐な少女の姿をしていたが、強大さに加え、言動、行動からほぼ同一と言って間違いあるまい。
ともかく、僅か数時間にして、たった一人で幾つもの都市を滅ぼしたのだ。
哨戒中の駆逐艦も撃沈され、飛行中の旅客機も何機と撃墜された。
一体、何十万もの国民が犠牲になってしまったことか。
それに加え、間もなく大都市が滅ぼされることでさらに数百万が命を落とすはずだった。
だが、どういったつもりか、奴は軍隊を軽くあしらった後、
戦力を整えて出直してこいと言い残し、消えてしまった。
罠…だろうか。しかし、そもそもこちらの攻撃は通じていなかったはずだ。
そんな回りくどい事をしなくても、普通に各個撃破していけばいいのではないか。
もっとも、たとえそうだろうが、やるしかない。やらなければ、滅ぼされる。
幸い、秘密兵器は既に何機か稼働状態にあるらしい。また、核兵器もいつでも投入可能だ。
減らず口を叩きおって。今に人間様の力、思い知らせてやる。
その油断が命取りにならないよう、せいぜい祈っているんだな。 

降伏という考えは誰の頭の中にもなかった。

そして投入されていく、戦車をはじめとした陸上部隊、戦闘機や爆撃機といった航空部隊。
近海にいた十数隻の戦闘艦からなる海上部隊も一路大都市へ向かっていく。
さらには来るべき日に備えて秘密裏に開発されていた新兵器も少し遅れて運ばれる。
一国の総力を挙げた大兵力・火力。延いては人類の命運をかけた戦いが間もなく始まろうとしていた。

 * * * * *

翌日。避難命令によって無人と化した大都市の周辺には代わりに数万の兵士が待機していた。
当然、兵器も多数展開し、戦車や装甲車、自走砲は数百両、火砲や誘導弾、ロケット弾も百数十門、
上空には戦闘機や爆撃機、攻撃機、戦闘ヘリなど各種軍用機が百数十機、
海上には巡洋艦や駆逐艦、フリゲート艦十数隻が巨大な少女――魔王の出現を待ちかまえていた。
基地から出撃するときは少なからず不安を抱いていたものの、
こうして友軍の圧倒的な戦力に囲まれて、兵士たちの士気は自然と高まる。
これだけの火力を以ってすれば、どんな相手でも撃滅は容易いはずだ。
いいか、外見で惑わされるんじゃないぞ。奴は悪魔、いや大魔王なんだからな。
情けは無用。現れ次第、撃って撃って撃ちまくるぞ。
俺の住んでいた街をめちゃくちゃにしやがって、絶対バラバラにしてやる。
…だが、聞いた話、昨日の戦闘では全然打撃を与えられなかったらしい。
いくら戦力が揃ったとはいえ、我々の攻撃は効くのだろうか。
しかし、そうだとしても我々には切り札がある。あれを使えば…。
もっとも、それでダメだったら間違いなく人類はおしまいだがな。
刻一刻と迫る時に、次第と緊張の色が隠せなくなる兵士たち。
希望、不安、恐怖。様々な感情を巡らせながら、ただ前を向く。

そして、いよいよその時がやってきた。


時間通り、消えたのと同じ場所に現れたベル。
視界いっぱいに見える軍隊を見回し、満足そうに笑みを浮かべる。
「…へえ、なかなか集まったじゃない。よく頑張ったわね。あとは数が力になればいいけど」
余裕の表情。人間にとって圧倒的な戦力を前にしても、やられることなど微塵も感じていない。
その勝気な態度に兵士たちは怯み、憤り、やや動揺が生じたが、
やがて司令官の号令を合図に気を取り直し、一斉攻撃を開始した。
陸・空・海から無数に撃ちこまれる対地・対空・対艦・巡航ミサイル、
ロケット弾に爆弾、徹甲弾、榴弾、擲弾、機関砲・銃弾。
そこに存在していた全てを粉々に粉砕し、焼き尽くせるほどの集中砲火。
だが、仁王立ちしたままのベルは逃げることもなく、むしろ楽しそうだった。
「そうこなくっちゃ」

動かない目標に対し、あらゆる兵器が次々と間髪を入れずに射撃を行っていく。
一点集中にもかかわらず、点だけでなく面、空間までも制圧するほどの膨大な質・量の火力によって
瞬く間に郊外は完全に黒煙に包まれて対象を視認不能になってしまうが、
それでも攻撃は続けられ、半数の弾薬を消費したところでようやく中断された。
さすがにこれだけの攻撃を一身に浴びて無事なはずはないと確信する司令官。
兵士たちも多くは勝利を信じたが、しかし、すぐに淡い幻想は崩れた。
「昨日よりはましだけど、やっぱり全然だめね」
煙の中から魔王のつまらなそうな声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、
突如吹き荒れた暴風によってかき消された硝煙の中心には彼女の健在な姿があったのだ。

「数を集めたところで、所詮、人間の攻撃なんてこの程度かしら」
嘲り笑いながら、軍隊の方をじっと見つめるベル。
ちょっとそよ風を起こしただけで邪魔な煙が消え失せ、辺りはすっきりした。
視線を戻せば、煤で薄汚れてしまってはいるものの、
当然ながら身体にも衣服にも傷一つ付いていない。

もっとも、司令官も通常攻撃で魔王を倒せるとは思っていなかった。
ある程度打撃は与えられると踏んでいたため、全くの無傷は誤算だったものの、想定の範囲内である。
すぐさま第二波として核攻撃を命じ、最前線の部隊には退避指示を送る。
都市近郊で使うには被害が大きすぎるが、もはやそんなことなど言ってられない。
やらなければ滅ぼされる。後の事まで考えるのは、とりあえず全てが終わってからだ…。
そして、すぐに各爆撃機から発射される数発の核ミサイル。
「まだやるつもり? ま、簡単に降伏してもらってもつまらないものね。
さあ、今度こそはわたしを楽しませてちょうだい」
しかし、四方からそれらが迫ってくるにもかかわらず、
不敵に笑ったままの魔王は相変わらず逃げようともしない。
愚かな。その傲慢さが身を滅ぼすとも知らず。
だが、笑っていられるのは今のうちだ。人類の力、骨の髄まで味わえ。
退避しながら、すがるように核ミサイルを見つめる兵士たち。
それらは彼女に吸い込まれるように接近し、そして次の瞬間、大爆発を起こした。
たちまち膨張する火球、拡散する強烈な熱風。凄まじいエネルギーが大都市に降り注ぐ。
一瞬にして都市郊外の建物は窓ガラスが全て粉々に割れ、数瞬にして家屋も吹き飛ばされてしまう。
ビルなども多くが崩れ落ち、炎上し、そうでなくても甚大な被害を受ける。
車両もドロドロに溶け出したり横転したりし、木々や草木は全て燃え尽きる。
軍隊も、たとえ戦車や戦闘機の中にいてもビリビリと大きな衝撃が伝わったほか、
最前線の兵士たちの中には爆風に吹き飛ばされたり、熱線に焼きただれる者もいるほどであった。
多少離れていてさえこうなのだから、常識的に考えて、直撃を受けた魔王がただで済むはずがない。
核兵器の恐ろしいほどの威力に畏れ、そして歓喜する兵士たち。
これで生きているはずもない。さすがに今度こそ魔王を倒したはずだ。
ずいぶんと調子に乗りやがって、思い知ったか。

だが、次第に爆発の余韻が収まってから彼らが魔王の死に様を確認しようと爆心地を見た時、
幾つも上がったキノコ雲の下には、美しいままの彼女の姿がそびえていた。
どういうわけか、火傷の痕すらなく、衣服さえ何処も焼失していない。
そんな馬鹿な、こんなのありえない。きっと何かの悪い夢だ…。
がっくりと膝を落とす兵士たち。司令官もよろめくように椅子にもたれかかる。
まさか核さえ通じないとは。これが大魔王、ベル=ゼブル…。
初めから我々の勝てる相手ではなかったのか…。
もはや誰もが戦意を喪失してしまっていた。

「こんなものでわたしを倒せるとでも思っていたのかしら。
わかってないわね。絶対的強者はそんな常識の枠の外に存在する」
核攻撃さえものともしなかったベルは蔑んだ表情で軍隊を諭す。
どうやら今のが人間にとって究極の攻撃だったようで、
それがふいに終わったせいか、彼らからは畏れや絶望がひしひしと感じられる。
一体、どんな情けない表情をしているだろうか。別段、人間どもの醜い顔を見たくもないが。
「どう? これで少しは人間と魔族の力の差をわかった?
ま、こんなに強いのはわたしぐらいだけど」
そう言ってくすくす笑うベル。それから冷ややかな目を向けると、反撃を宣言する。
「悪いけど、貴方たちのお遊びにこれ以上付き合ってられるほど暇じゃないのよね。
それじゃ、そろそろおしまいにしてあげるわ。何もかも、全て」
そして、大地を蹴って一瞬にして最前線の部隊に駆け寄ると、一思いに踏みつけていく。
何が起こったかも分からず、兵器ごとぺしゃんこに潰される兵士たち。
遅れて衝撃波が近くの部隊にも襲いかかり、兵器が、兵士が吹き飛ばされる。
あまりの速さに彼らは逃げることも攻撃することもままならなかった。
それをあちこちで繰り返し、前線を瞬く間に崩壊させたところで、
ベルは続いて各個分断された部隊をゆっくりといたぶっていく。
「ほらほら、もっとわたしを楽しませなさいよ」
そう言いながら、戦車隊をニーソックスで踏み躙るベル。
片足で数両をまとめてグシャッと踏み潰し、ぐっと体重を掛けて押し固めながら、
もう片足も他の数両の上にかざすと、同様にして踏み固めていく。
頑丈なはずの戦車も、機銃が拉げ、砲塔が陥没し、砲身が折れ、車体が潰れ、
足の形に沿った平たい鉄板になるまで一秒もかからなかった。
破壊を免れた戦車は仲間の敵をとるべく、無駄と分かっていても必死に反撃するが、
ベルは意に介さず次々と足を振り下ろしては彼らを踏み潰していく。
あっという間に何十両という戦車が地面にめり込み、一分も経たずに部隊は全滅した。
深々と刻まれた足跡に埋め込まれた残骸を見下ろし、鼻で笑うベル。
それから足元に視線を戻したところで、ふとある考えが思いつく。
「そうだ、今度は素足で踏みつけてあげようかしら。
んふふ、わたしに直で触れられるなんて光栄なことよ。
こんなサービス、めったにしないんだからね。ありがたく思いなさい」
そして、パチンと指を鳴らしてニーソックスを消し、素足を曝け出すと、
早速、近くに展開していた装甲車の列を素足で踏みつけていく。
「あはは、プチプチ潰れていくのがよくわかるわ。何だかくせになっちゃいそう」
足裏で装甲車やら兵士やらがあっさりと潰れる感触を楽しむベル。
ぺたぺたと歩いていけば、踵で、土踏まずで、爪先で軽い足触りがあった後、足はずぶずぶ沈み込む。
ためしに足を上げてみれば、くっきりとした綺麗な足跡には平たくなった装甲車が列になってへばりついていた。
その周りには点々とした小さな赤黒い染みも。人間たちの成れの果てである。
こうしてベルは何度か装甲車を踏み踏みしたところで、残った車両も足指で挟み潰したりしていく。
逃走を図っていた装甲車の一両を足の親指と人差し指で挟み取ると、指を擦り動かして潰し、
もう一両は足指の腹で摘まみ上げると、そのままぐっと握って潰す。
また、ある一両は足の小指だけで潰してみたりもした。
時速数十キロで走っていた装甲車の上にちょんと小指を乗せただけで車両は全く動かなくなり、
それからほんの少し突くように押しただけで簡単に拉げてしまった。
「足指の一本にも敵わないなんて、ほんと情けない」
ベルは口元を緩めながら、ぐりぐりと小指を動かして残骸をさらに捻り潰していく。

やりたい放題の魔王に、軍隊は何もただ傍観しているわけではなかった。
脱走兵が続出し、指揮系統も乱れて統率のとれた動きとは言い難いものの、
いくら攻撃が効かない相手とはいえ、少しでも足止めしようと、
陸上部隊は後退しながら攻撃を続け、航空部隊はその援護に回る。
初めは遠くからミサイルを発射する程度だったが、全く相手にされず、
効果が上がらないとみると果敢にも肉迫して格闘戦を挑んでいく。
至近から大量に発射される各種ミサイル、機関砲弾。
そして幸か不幸か、彼らは彼女の気を引くことに成功した。

ベルは最後の装甲車両も踏み躙っていると、ぽつぽつと背中に軽い感触を受けた。
無視してもいいが、とりあえず振り返ってみれば、視線のすぐ先には戦闘機の編隊。
どうやらあれから攻撃を受けたようだ。
「大人しく逃げていればいいものを、そんなに遊ばれたいのね。
いいわ、お望み通り相手してあげる」
そして、装甲車を捻り潰しながら一瞬にして上空まで蹴り上がると、
手を大きく広げてまずは一機掴み取ろうとしたが、力余って握り潰してしまう。
「あら、バラバラになっちゃったわね」
手の中で砕けた機体を見て、ベルは苦笑いする。
だが、さして気にせず、残骸をふぅっと吐息で吹き散らすと、
超音速で空を舞いながら今度は慎重に別な一機を摘まみ取る。
「ふふ、つかまえたわよ。さあ、わたしと一緒に遊びましょ?」
艶美に微笑みながら、楽しそうに誘うベル。
「そうね、こんなゲームはいかがかしら。
これから貴方たちを全滅させる前に、わたしに一撃でも与えられたら貴方の勝ち。
お仲間の攻撃でも構わないわ。そしたら、ご褒美にこの国を征服するのは止めてあげる。
どう? 破格の条件じゃない? さ、分かったところで始めましょうか」
そしてベルは戦闘機を解放すると、早速空を自在に飛び回り、
無数の攻撃を掻い潜りながら航空部隊を手当たり次第に叩き落していく。
「ふっ、邪魔よ」
真正面に来た戦闘機の編隊を片手で一薙ぎに払い落し、辛うじて回避した機体を蹴り落とす。
それでも何機かは果敢に挑み、ミサイルを放ちバルカン射撃を行うが、
ベルは目にも留まらぬ速さで楽々と攻撃を全て避けながら接近すると、
彼らを握り潰し、指で弾き飛ばし、両手で折り曲げ、叩き潰していく。
続いて、一足先に撤退していた爆撃機隊を追いかけ、瞬く間に追いつくと、
その中央に両手を広げながら突っ込み、何機かを体当たりで撃墜して追い越し、
それからすぐに反転すると、両手を大きく振りまわしながら舞い、他の機体も叩き落していく。
散り散りになった残りの機体も真上から踏みつけ、回転蹴りを叩きつけ、両手で抱きしめ、
最後の一機は翼を叩き折って自由落下させれば爆撃機隊は全滅した。
そしてまた大都市の上空に戻ると、今更追いすがってきた攻撃機隊の攻撃を優雅に避けてから、
のしかかるようにしてお尻で叩き潰し、マントで薙ぎ払って壊滅させたのを皮切りに、
マントを含め一発の攻撃も受けることなく、残った戦闘機や攻撃機なども次々に撃墜していく。
のろのろと低空を飛行していた戦闘ヘリは、満足に攻撃もさせないまま、
踵落としを浴びせたり、正面から殴りつけたり、胸から覆い被さったり、
ローターを擦り潰して墜落させたりしていけばあっという間に姿を消す。
こうしてほとんどの航空部隊を瞬く間に撃墜したベルは締めに、最初に捕らえた戦闘機の前に立ちはだかると、
わざと攻撃を至近で撃たせてからそれを苦もなく回避し、機体をまた指の間に収める。
「はい、ゲームオーバー」
抑揚もなく、死刑宣告してからプチッと擦り潰せば、もはや空を飛ぶものはいなくなった。

「次はあれね」
百数十機いた航空部隊を全滅させたベルは、続いて海へひとっ飛びすると、
艦隊の上空に到達したところで一隻の駆逐艦の上に勢いよく着地する。
ザッバアアアアアアアアン
高々と上がる水飛沫。少しの間滞空した後、各艦の上に雨の如く降り注ぐ。
最初の攻撃の後、音を潜めて密かに退却しようとしていた海上部隊であったが、
そんな些細な努力は優れた感知能力を持つ彼女に対し全く意味をなさなかった。
「まさか気付いていないとでも思った?」
にわか雨を全身に浴びながら、絶妙なバランス感覚で艦上に立ち、不敵に笑うベル。
艦橋に直撃を受けた艦はくの字に大きく折れ曲がりながら沈み込んでいくが、
片足を上げると、さらに追い討ちをかけるように艦を思いっきり踏みつけ、海底に叩きつける。
その間に他の艦は何とか彼女から離れようと速度を上げ、また、煙幕を張りつつ必死に攻撃を行うが、
ベルは攻撃を払おうともせず、煙幕などお構いなしに、腰ほどの高さの海をザブザブと掻き分け近寄っていく。
そして、まずは比較的大型の巡洋艦の脇に立つと、両手を直下に潜り込ませてから艦を軽々と持ち上げる。
「あら、思ったよりも全然軽いのね。これなら簡単に抱けそう」
言葉通りベルは巡洋艦を抱きかかえると、にやりと笑ってからギュッと締めつけていき、
腕と胴体の間に艦の中央部を圧迫し圧縮し、胸を艦橋にめり込ませていく。
さらに強く抱きしめたところで火薬庫に誘爆したのか、巡洋艦は大爆発を起こしたが、
澄ました顔のベルはそのままじっくりと艦を揉みしだき、圧潰した。
次にベルは巡洋艦の残骸を放り投げると、すぐそばのフリゲート艦にも歩み寄り、
足を高々と上げてから一気に振り下ろして今度は一瞬で撃沈する。
続いて、少し離れていた駆逐艦にも飛び寄ると、勢いのまま腕を突き刺し貫く。
そうして腕を上げてみれば、艦も動きに合わせて一緒に持ち上がった。
「何だか盾みたいね。わたしには必要ないアイテムだけど」
海面と垂直になった駆逐艦をまじまじと眺めながら、ぶらぶら動かしてみるベル。
それから腕を大きく振って艦を海面に叩きつけ、腕を引っこ抜いたところで、
覆い被さるようにして両手両足で抱きしめ、抱き潰す。
さらにベルは駆逐艦を持ち上げて他の艦の上に叩き落としたり、
フリゲート艦を太ももの間で挟み潰したり、両手で持ち上げると捻じり壊したり、
巡洋艦も艦橋をお尻で叩き潰してから艦首と艦尾を踏み潰したりしていって艦隊を次々に撃沈していく。
最後まで残った一隻も、砲塔や魚雷発射管などをへし折り、払いのけながら甲板を優しく撫でていって、
艦橋やヘリの格納庫も引き剥がして海の藻屑にし、あっという間に甲板をまっさらにする。
「ふふ、だいぶすっきりしたわね。これ以上壊すまでもないくらい。
さ、当てもなく永久に海の上を漂うといいわ」
にやけながらベルはそう言い放つと、艦に止めを刺すことなく飛び去っていった。
艦内に閉じ込められながらも生き残っていた数十人を生殺しにしたまま。

それから郊外に戻ると、また陸上部隊を踏み躙っていくベル。
暫く空や海で遊んでいたにもかかわらず、彼らはまだ満足に撤退できていなかったが、
ベルはその遅々とした動きを蔑んだ表情で見下ろし、嘲笑いながら、
放棄された火砲や誘導弾などを尽く踏み潰しつつゆったりと歩み寄り、
周囲の建物ごと素足の下敷きにしてはプチプチと潰していく。
そうして、散発的に無意味な攻撃を行っていた自走砲部隊をあっさり全滅させると、
トラックやジープに乗って逃走を図っていた歩兵部隊も薙ぎ払い、蹴散らして、
住宅やオフィスに車両を突っ込ませながら、路上に転がり出た兵士たちの上に爪先を下ろす。
よろめいていた何十人かはそのまま押し潰し、まだ元気に逃げ回ろうとしていた何人かは甘踏みにして。
「くすくす、悔しかったら勇者に助けてもらえば?」
軽く、しかし万力のような強さで兵士たちを抑えつけ、素足の下から頭だけ出した彼らの顔を苦痛で歪ませつつ、
お伽話に登場する英雄の名を引き合いにからかうベル。もちろん、そんなものなどいるはずもない…はずだった。
だが、そこに差す巨大な影。ようやく新兵器がベルの前に姿を現したのだ。

全長40m、重量8000tにも及ぶ巨大人型兵器、『ユーシャ』。
魔族の遺跡で発見されたオーパーツを基に開発された秘密兵器である。
ビームソードとマシンガンを手に魔王の前へと出ると、ガシャンガシャンと格闘戦を挑んでいく。
それを頭部コクピットから操縦する、若きエースパイロット。
最終整備から出撃の間に次々と味方が魔王の餌食になるのを目の当たりにして、
血気に逸り、機体を巧みに操りながらぐんぐん接近していく。
その時、彼は魔王の足の下に何人かの兵士たちが捉えられることに気付いた。
《その者たちを離せ! さもないと痛い目にあうぞ!》
コクピットの中から怒声を上げるパイロット。
だが、叫びもむなしく、兵士たちはグチャッと潰されてしまった。
《おのれ魔王! この『ユーシャ』でギタギタに切り刻んでやる!》
いくら戦場とはいえ、一方的な虐殺という許しがたい行為に、
パイロットはもはや怒りに身を任せ、機体を一気に駆け動かしていく。

一方、ベルは自身の四分の一ほどしかない背丈の『おもちゃ』を呆れたように見下ろしていた。
「…何かしら、これ」
足の下敷きになっていた兵士たちが潰れることなど気にせず、
身体を少し前に屈ませながら、人型の機体を冷めた目で観察する。
何やらキーキー叫んでいるが、その内容からこれは『ユーシャ』というらしい。
勇者にかこつけたつもりだろうか。
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
ベル鼻で笑うと、目前に迫ってきた『ユーシャ』に拳を伸ばす。
そして、デコピン。
「えいっ」
パアアアン…
たったそれだけで、小気味いい音を奏でながら機体は頭部が弾け飛び、
程なくして首から下もゆっくりと後ろに倒れていった。
「ずいぶんと情けない勇者さんね」
大の字に転がる残骸をぐりぐりと踏みつけながら、くすくす笑うベル。
と、その後方からビームソードを大きく振りかぶって迫りくる機体。
『ユーシャ』は一機だけでなかったのだ。
だが、ベルは悠々と残骸を完全に踏み砕くと、振り向くこともなく、
くるっと空中を舞いながら鮮やかに斬撃を回避して軽やかにその後方に降り立つ。
それから両手を胴に伸ばして機体を挟み上げると、思いっきり握り潰す。
たちまち手の中で爆散する機体。パーツを撒き散らしながら、ぼたぼた地上に落下した。
もう一機はマシンガンを撃ちながら向かって来るが、
弾を全て回避しながらこちらからも接近し、がばっと抱きしめる。
「どう、勇者さん? わたしの胸は気持ちいかしら」
ジタバタと暴れる『ユーシャ』を優しく温もりに包むベル。
すると、次第に機体は大人しくなっていったが、
次の瞬間、彼女は邪悪な笑みを浮かべて一気に力を込めれば、
胸の中で大爆発が起き、機体は跡形もなくなってしまった。

こうして見せ場もなく、あっという間に全滅した『ユーシャ』。
オーパーツを使用した秘密兵器とはいえ、所詮、ベルの敵ではなかった。

 * * * * *

戦闘開始から数時間もしないうちに、完全に壊滅した軍隊。
兵器はそのほとんどが全く原形を留めていないほど無残な姿を曝け出し、
数万を数えた兵士たちも、少なからず生き残ってはいたものの、
その多くは負傷し、散り散りとなり、もはや軍隊の体を成さなかった。
燃え上がり、崩れゆく大都市の中で倒れ、よろめき、這いつくばっている。

そんな敗者の様子をベルは腰に手を当て悠然と見下ろしていたが、
やがて姿勢を正すと、彼らに向かって語りかける。
「あーあ、無様ね。みっともない。
でも、か弱いながらもよく頑張った貴方たちに敬意を表して、
最後にわたしの本当の力をほんのちょっと見せてあげるわ」
そして、胸の前で指を組むと目を閉じ、念じるベル。
すると、すでに十分巨大だった身体がさらに拡大していき、
足元の建物は膨張する彼女の素足に次々と押しのけられ、擦り潰されてしまう。
次第に雲を突く高さになったが、それでも巨大化は止まらず、雲海を突き抜け、
この国で一番高い山の背丈を超えても勢いは止まるどころかさらに速くなる。
こうして巨大化が完了した時、ベルはその山に楽々腰掛けられるほど巨大になっていた。
身長一万メートルは優に超えているだろう。遥か上空を浮かんでいるはずの雲は脛や膝の辺りを漂い、
百メートル以上の高さを連ねる超高層ビル群も、地下深くめり込んでいる彼女の足の踝の高さもなかった。
ベルはただ立っているだけで、両足の下に無数のビル群を踏み躙り、
ちょっと足を動かしただけでさらに数百の建物を消滅させていく。

そんな馬鹿な…。大きい、大きすぎる…。
あんぐりと口を開けたまま、呆然と魔王を眺める兵士たち。
もっとも、彼女はあまりに大きすぎるため、多くはその素足しか拝むことができなかった。
滑らかな曲線を描きながら天高く伸びる、透き通るように白い二本の超巨大な柱。
その高さ、太さといったら、街中のビルをかき集めてやっと同じくらいになるだろうか。
あまりの途方もない光景に、もはや彼らは絶望を突き抜けて乾いた笑いしか出ない。
だが、どうして初めからこの大きさでやらなかったのか。
これだけ大きければ、もっと征服しやすいだろうに。
ふと抱く、小さな疑問。それを感じ取ったのか、彼女が笑顔で答えた。
「だって、これはゲームなんだもの。
ただ滅ぼしたんじゃ意味がない。その過程が重要だと思わない?」
そう、これまでの全ては魔王の戯れにすぎなかったのだ…

「それじゃ、いくわよ」
ズッッシシシイイイイイイイイイイイイインンンンン……
ベルの掛け声と同時に振り落とされる超巨大な素足。
それは今までと桁違いの破滅を大都市にもたらし、
同心円状に広がる衝撃波に合わせてあらゆるものを瞬時に粉砕する。
超高層ビルも、平屋も、電車も、自動車も、学校も公園も道路も何もかも。
たった一撃で大都市はそのほとんどの建物が全半壊または一部損壊し、
交通網も高架が崩れ落ちたり地面が引き裂かれたりしてズタズタに寸断される。
当然、直撃を受けた地区が無事なはずもなく、建物など千単位で素足の下に消滅した。
続けての一歩は比較的軍隊の集まる場所に下ろされる。
逃げる間もなく、多くの建物ごと素足に踏み潰される数百人の兵士たち。
ただの染みと化した彼らが地下数百メートルの深さまで潜らされている間に、
周囲に襲いかかる衝撃波によってさらに数千人の兵士が命を落としていく。
それからベルが街を少し歩き回るだけで大都市は全ての建物が消滅し、軍隊も全滅してしまっていた。
残されたのは、幾つもの超巨大な足跡と、ごちゃ混ぜになった無数の残骸だけ。
「あはは、あっけないわね」
広大な廃墟の中に響き渡る高笑い。

次いで、ベルはまだ避難を済ませていない周辺の街にも侵攻すると、
そこでも多くの建物群や、逃げ惑う人々を踏み潰し、巨大な足跡に変えていく。
小さな街など一歩で粉砕し、大きな街でも数歩踏み締めていけば、
建物も人間も、田畑や山林でさえも消滅してしまう。
「んふふ、いい気分だわ。まさに世界を蹂躙しているといったところかしら。
ま、これだとすぐに終わっちゃうから少々つまらないけど」
心地よい快感に浸りながら、さらに幾つもの街を踏み躙るベル。
それから、盆地に築かれた街の手前で山脈を砕きながら膝立ちすると、
向こうの山脈の上にも両手をついてから身体を下ろしていき、街の上にうつ伏せになる。
たちまち胸やお腹で押し潰され、圧し潰されていく無数の建物、人間。
さらにベルが身体を擦りつけることで街は余さず擦り潰されてしまう。
その態勢のまま、ベルは顔の前に広がる別な街も指先でちょいちょい突いていき、
高層ビルを何棟もまとめて捻り潰したり、スタジアムを摘まみ潰したりしてから、
街をざっと撫でて数千の建物に数万の人間を消滅させ、まっさらな地表を露わにしたり。
こうしてベルは手の届く範囲を破壊し尽くしたところで、今度はごろごろと寝転がって大地を均していく。
胴体で、腕で、脚で山や丘を平らにし、海や川や湖を埋め立て、数十の都市を町を村を擦り潰す。
それからベルが身体についた大量の土砂や瓦礫を払い落しながら立ちあがった時、
彼女の足元には新たな平野が広大な範囲に渡って切り出されていた。

ベルはその後、散発的な抵抗など気づくこともなく、軍隊ごと進路上の街を踏み締めながら
この国一番の大都市である首都にも歩み寄ると、さっと一瞥する。
「へえ、ずいぶんと大きいじゃない。あっさりと壊すのがもったいないくらい。
そうね、貴方たちはまた別な機会にじっくり遊んであげるわ」
慈しむような表情でそう言うと、街の周囲を彼女にとってはゆっくりと、
しかし、人間にとっては驚異的な速さで住宅街や田畑ごと踏み締め踏み固めていく。
ものの数分で首都はその周りを幅数十メートル、深さ数百メートルにもなる巨大な渓谷によって完全に隔離されてしまった。
「ふふ、わたしに仕えられるだけありがたく思いなさい」
逃げ場を失い、悲嘆にくれる人々に向かって笑顔で言い放つベル。
実際、彼らはこれまでに滅ぼされた街の住民に比べれば遥かにましだった。
そして、これからの惨劇のそれに比べても。


「さて、ゲームのおわりに、もっと面白いものを見せてあげる」
首都の郊外に雄大とそびえ立つベルは悪戯っぽい笑みを浮かべながら言うと、
締めとして、さっきと同じように胸の前で指を組んで念じる。
それを目にして、これ以上言いようのない不安に駆られる人々。
まさか、これ以上大きくなるのか。やめろ、やめてくれ。
だが、彼らの願いもむなしく、彼女の身体はさらに超巨大に膨れ上がっていく。
今度は目を開けていたため、ベルは途中、首都に足指が侵入しそうになったのを見て
幾つかの街を、山脈を大きくなりつつある素足で踏み締めながら十歩ほど引くが、
それでも巨大化が終わった時、親指の先はほとんど首都に差し掛かっていた。
とてつもない大きさである。足の指一本だけでも世界一の高さの山を踏み潰せる大きさで、
片足を見れば、数百の街を踏み締めて地殻をも踏み抜き、マントルを噴出させている。
もはや、どれだけ大きいか考えるのも馬鹿馬鹿しいくらいだ。
きっと宇宙から見れば、彼女はまるで地球に玉乗りしているように見えるのだろう…。
それほどまでに超々巨大なベルは微笑みを湛えたまま、ゆったりとした動作で、
これまた数百の街を踏み締めながら近くの大陸にたった一歩で到達し、
もう片足でも同様の被害をもたらしながら足を揃え、ぐっとしゃがむと、
その場から動くことなく指先だけで幾つものを突き潰し、線を引くようにして擦り潰し、
小さな国も、手のひらを押しつけることで丸ごと滅ぼし超巨大な手形に変える。
こうして強大無比な力を見せつけたところで、ベルはくすくす笑いながら全世界の人々に対して語りかけていく。
「どう? これでもまだ抵抗する?」
もちろん、帰ってくるのは彼らの無力感だけ。
まだ抵抗しようなんていう愚か者は誰もいなかった。
「んふふ、素直でよろしい」


こうして、世界は大魔王ベル=ゼブルによって征服された。

 

おしまい

 

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