4.JUDGEMENT DAY  高島瑞穂が乗っっている湘南新宿ライン高崎行きは、本来なら8時1分には渋谷駅に到着しているはずだった。 だが、なぜか列車は渋谷の一つ手前の恵比寿を発車して、すぐに停車してしまった。 「只今、前方の信号機が停止信号を示しておりますので、列車は運行を停止しております。お急ぎのところ申し訳ありませんが、今しばらくお待ち願います」 とこういう異常があったときのお決まりの言葉を車内放送で乗客に伝えていた。 実は彼女は、彩子とは同じ学校に通っていてしかも同じクラスで、加えて、彩子をイジメていたグループのリーダー格の生徒でもあった。 湘南の高級住宅街にある彼女の実家はかなり裕福で、なんとも贅沢なことに彼女はグリーン車で通学していた。 毎日、渋谷まで座って通学できるので東京の殺人的なラッシュも瑞穂にとっては大して苦ではなかった。  瑞穂は「今日も、めんどくさいことになってしまった」と焦りとともに感じていた。 何せ昨日も電車が途中でストップし、学校に遅刻してしまったところなのだ。 遅刻をすると担任の非常に長くうざったい説教を受けなければならない。 二日連続で同じ目に遭うことに瑞穂は、心の中で自分の運の悪さを呪っていた。    電車が、この後すぐに運転を再開して渋谷駅に着けばなんとか学校には間に合うが、 もしも運行停止の原因が人身事故の類で運転再開まで時間が掛かるなら、完全に遅刻コースを辿ることになる。 遅延証明書を学校に提出すれば問題ないが、遅延証明書に人が殺到するのはいつものことであり、 証明書が確実に入手できるかどうかは怪しいところだった。 瑞穂はさっきからずっと舌打ちをして列車が動き出すのを待っていた。 *  「ふ〜ん、アレが電車なんだ。以外と小さかったんだね。 っていうか、今の私が大きすぎるだけかもしれないけど」 今、彩子は渋谷駅のすぐ南の地点で山手線と埼京線を跨いで仁王立ちしている。 足は肩幅程度にしか広げていないが、それでも今の彩子には、複々線の線路を跨ぐには十分な幅である。  渋谷駅駅一帯を壊滅させた彩子は、南の品川方面に歩いていこうとしてこの場に立っていた。 特に、品川方面に行く理由もなく、ただなんとなくそうしようと思っただけだった。 彩子が視線の先を斜め前にすると、模型のように小さな列車が二編成前方で停止していた。  二、三歩歩いて、しゃがめば手が届きそうな位置だ。 きっと大怪獣のような自分が突然出現したから、緊急停止したのだろうと彩子は考えた。 せっかくだし、この電車をオモチャにしようかと思ったが後回しにすることにした。 もう少し建物を踏み潰してみたかったのだ。 それと電車と遊んであげるのは、後のお楽しみにしたかったからでもあった。 逃げ出しても今の彩子なら10秒と掛からず捕らえることが出来るとも思っていた。 *  近くに彩子が通れる道はなかった。 幹線道路でさえ、彼女の靴の幅より狭かった。 しかし、彩子がわざわざ「小人」用の道を歩く必要は全くなかった。 彩子の足は地上にある建物を等しく瓦礫の山に変えて、 自分の歩きたい場所を通り道にすることができるのだから。  近くにある高級そうなマンションや豪邸を自分の手や足で一つ一つ潰していくのが楽しかった。 金持ちが建てた自慢の豪邸が自分の力で簡単に崩れていくのが爽快だった。 とある豪邸には、ガレージに車が7台もあった。 彩子は、車には疎かったが、この豪邸の広さも考慮すると、当然、 みな目玉が飛び出る程の超高級外車なのだろう。 次の瞬間には、7台の超高級外車はガレージごと巨大な彩子の足でまとめてスクラップにされていた。 数億円が一瞬のうちに鉄屑と化した。 さらに場合によっては、一旦、踏み潰した建物の瓦礫をもっと足に力を込めて念入りに擦り潰した。 多くの「小人」達が生き埋めになっている上に、 学校指定の白いハイソックスを穿いた足で墓標を突き立ててやるのだ。 日々の生活に悩むことなくのうのうと生きてきた連中には、できる限り悲惨な死に方をして欲しかった。 *  彩子のクラスメートの中には女子高生にいじめられたい男を相手にしたアルバイトをしている娘がいた。 金持ちのお嬢様で、横浜の郊外から学生のくせに親の金で毎日グリーン車に乗って通学してくる嫌な女だ。 アイツの名前でさえ思い出したくない。 その女が教室の中で人目も憚らずにベラベラと大きな声で、 彼女の友人(取巻きと言う方がお似合いだ)相手に話してたことからして、 それは、かなりボロ儲けできるバイトのようだった。 何せただ一時間オヤジを踏んだり引っ張たいたりして、イジメるだけで三万円もらえるのだと言う。 「何それキモーい、キャハハハ」 「あっ、でも私それならやってみたいかも。楽チンそうだし」 高飛車お嬢様の取巻き軍団が甲高い声で盛り上がる。 彩子には、自分の娘と同年代の女子高生にわざわざ大金を払ってまで、 いじめられたいという中年男の気持ちが全く理解できなかった。 「わざわざ、私が踏み潰して殺してあげるんだから感謝して欲しいくらいだよ。 でも、やっぱそういうのはキモいからみんな死ねばいいのに。 って、もう死んじゃってるか。キャハハハ」 あの嫌な女が言っていたあのバイトのことが不意に思い出された。 今、生き埋めになっている「小人」達の中にいるのかどうか分からないが、 女子高生に踏まれたいという願望をもったオヤジがいるならば、きっと喜ぶに違いない。 一通り、渋谷駅近くの高級住宅街を踏み潰し回った後、彩子は山手線の方にまた戻っていった。 お楽しみに取って置いた電車をオモチャにするために... * 山手線の線路のすぐ側までやってきた彩子は、まず両足の靴を脱いで線路の上に置いてみた。  電車の横に自分の靴を並べて二つの大きさを比較してみる。 すると、一両の車両より靴の方がやや大きかったのだ。 幅や高さは圧倒的に彩子のローファーの方が大きかった。 車両二つを横に並べた幅と彩子のローファーの横幅がほぼ同じなのだ。 目のまえの珍妙な光景は、彩子を笑わせるのには十分だった。 「なにこれ、電車って私の靴より小さいの?変なの〜」 先頭車両を切り離して自分の靴の中に入れてみることにした。 車両はなんとか靴の中に収まった。 彩子は声を出して笑い出した。 「キャハハハ、私の靴の中に電車がすっぽりと入っちゃった。 あんた達にはこれからしばらくの間、私の足の臭いをたっぷりと嗅いでもらうわ。 ここで今すぐ死ぬことはない分、目一杯苦しんでもらうんだから。 今のあんた達の状態はほんと無様だわ〜」 脱いだ靴に電車を押し込んだまま、線路上に残っている車両に手を掛けて、 今度は、おもむろに彩子が一両の電車を編成から切り離し摘み上げた。 車内には当然、何百人もの人間がギュウギュウ詰めにされている。 数十トンもの車体が女子高生の人差し指と親指だけで上空に持ち上げていく。 車内に取り残されているの人間たちが押しつぶされそうになる。 彩子はただ摘んでいるだけなのに車体が軋み出す。 予想以上に車両が諸すぎて、指先の力加減が難しいのだ。 車体を目の高さまで持ってきて中を覗いてみた。 窓の近くに立っている乗客の表情は死の恐怖を通り越していた。 「ふふふ、かわいそうに。私に怯えているのね。 すぐに楽にしてあげるからね」 彩子は指先にほんの少しだけ力を加えた。 車両の中央部は瞬時に潰れてしまった。 二つに分断された車両は彩子の指という支えを失って、 潰されず生き残っていた乗客もろとも真っ逆さまに墜落した。 * <つづく>